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Ⅵ章
53話 暗転
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買ったお土産は全てアルデバランが持ってくれている。ローブの内側に物を保管できる空間への扉を設けているらしく、おかげでどれだけ買っても手ぶらで歩けた。
茶屋を後にして、再び街歩きを再開する二人。曲がった通りは比較的人通りが少なく、のんびり歩くには最適だった。
「アルデバランは何も買わないの? あの水晶持ってる木彫りの龍とかいらない? 黒いやつ」
「いらない」
せっかく市に来たというのに、アルデバランはこれで楽しいのだろうか。
「一つください」
苺を六つも串に刺した糖葫藘をロゼアリアが買う。もうアルデバランは顔色を変えない。
「さっきも食ってただろそれ」
「さっきのはサンザシ! これは苺!」
「そうか」
薄氷のようなパリパリとした飴の食感と瑞々しい果実のコントラストが気に入ったらしい。
「ソミンの目、治せてよかったね」
苺飴を美味しそうに食べながら、ロゼアリアが話しかける。
「アルデバランて相手が魔法使いだったら、嫌われててもあんまり気にしないのね。あ、揚げ焼売一つください。六個入りの方で」
「自分から会話を投げといて注文しに行くなよ」
焼売を揚げてもらうのを店の外で大人しく待つロゼアリア。それに付き添うアルデバラン。
「……俺は、フィメロの目を治したかったんだ。あの子が生きてる間に治してやれなかったのが、心残りだったのかもな」
フィメロ?
アルデバランから発せられた聞き慣れない女性の名前に首を傾げたが、ちょうど差し出された揚げ焼売により質問する機会は失われた。
「もう少しで飴食べ終わるから、ちょっと持ってて」
「……」
アルデバランに揚げ焼売を持たせ、最後の一つとなった苺を食べる。装飾品などは一つも買わず、結局日が傾くまで食べ歩いた。
夕方には迎賓殿に戻る約束だ。名残り惜しいが、市を離れて帰路につく。
「もう明日で帰国かあ……ザジャもあっという間だったわ。もっと色んな所を見てみたかったのに」
「また来ればいいだろ」
残念がるロゼアリアに、アルデバランが当然のことのように言う。その言葉を受けて、ロゼアリアの表情がみるみる輝きを取り戻した。
「そっか! そうよね! また皆で来れば良いんだわ!」
ザジャが毎月市を開けるほど安定しているのは、民のクシャ帝への信頼ゆえ。即ち皇帝としてのクシャの絶対的な権力のおかげだ。統治者が変われば国も変わる。皇位継承戦が控えている今、半年後のザジャが今日と変わらない姿を持っているかは分からない。
しかしこの場でそれを口にするのは野暮だ。だからアルデバランは、上機嫌のロゼアリアを見下ろして「そうだな」とだけ返した。
「お嬢!」
後ろからオロルックの声がした。彼らも今戻るところだったらしい。
「オロルック、デートどうだった?」
「デっ」
オロルックを通りの端に手招き、ロゼアリアが尋ねる。相変わらずこの友人は分かりやすい。これで気づかないのだから、フィオラもフィオラだ。
「デートじゃないっスよ! そしたら、お嬢とカーネリア卿もデートじゃないスか!」
「私とアルデバランは友達だからデートじゃないわ。フィオラに何か買ってあげた?」
「ま、まあ……それは、まあ……」
「やったじゃないオロルック! これで一歩前進よ!」
ロゼアリアに背中をバシバシ叩かれ、オロルックが咽せた。
そうして四人で迎賓殿に向かっていると。
「あっ、ソミン」
神殿の魔法使い達を従えたソミンの姿があった。リエンもいる。リエンとはもう会えないと思っていたので、ここで姿を見かけることができて嬉しい。
「リエン! ソミン!」
ロゼアリアが名前を呼ぶと、二人がこちらに気づいた。近寄ってきてくれたが、その様子はあまり穏やかには見えない。
「ちょうど良いところにいたわ。癪だけど手伝ってくれない?」
ソミンが声をかけたのは──アルデバラン。そんなソミンをアルデバランも意外に思ったのか、片眉を上げて話の続きを促した。
「観測していたラウニャドールの巣窟なんだけど、一つだけ、卵の中に人影を確認した所があるの。陛下はそれを危険因子と捉えて、卵が孵る前に処理命令を下されたわ」
ラウニャドールの卵の中に人影。そんな話、聞いたことがない。
「卵の中に人影なんてザジャでも初めてだから、手を貸してちょうだい。管理者が二人もいれば不測の事態でも対処できるでしょう」
「分かった」
アルデバランは二つ返事で承諾すると、ロゼアリア達を振り返る。
「ロゼ達は先に迎賓殿に戻ってろ。さっさと行くぞ。転移で向かえるか?」
さらに詳しい話をしながら、アルデバラン達が離れる。その先で地面に金色の魔法陣が現れた。それが光り始めると同時に、ロゼアリアも駆け出す。
「ちょっと、お嬢!」
「ロディお従兄様に言っておいて!」
「言っておいてって」
驚いたのはオロルックとフィオラだけではない。ロゼアリアに気づいたアルデバランも目を丸くしている。
「は? おい、ロゼ──」
魔法陣の光が一際強くなり、滑り込んだロゼアリア諸共その場から消えてしまった。
ポカンとした表情のオロルックとフィオラだけがその場に残されていた。
転移した先は一体どこなのか。
「馬鹿じゃないのか!?」
周囲を理解する前にアルデバランに叱られた。血相を変えたアルデバランなんて初めて見る、と呑気にロゼアリアは目の前の魔法使いを見上げる。
「発動した転移魔法陣に飛び込んでくるなんて何考えてるんだ!! 今だって俺が陣を拡張してなければ、身体が千切れてたかもしれないんだぞ!!」
「でもアルデバランが助けてくれるんでしょ? じゃあ大丈夫じゃない」
ロゼアリアの身体はきちんとくっついている。何も問題ではない。
「そういう話じゃない。今回は間に合っただけだ。二度とやるなよ」
有無を言わせぬ圧で睨まれた。そんな目で睨まれるのは、彼の秘密について無遠慮に踏み込んでしまった時以来だ。
「……分かった。ごめんなさい」
アルデバランがため息を吐き、改めて転移してきた場所を見渡す。
「随分荒れてるな。例の卵ってのはあれか?」
「ええ。人影はもう少し近づかないと確認できないけれど」
ここは、グレナディーヌの灰色の地よりさらに鬱蒼とした場所だった。生命の枯れ果てた地は日が暮れることで深淵に呑まれていく。その中央に、ぼんやりと不気味に光る無数の卵が。脈打つ黒い根が集まり、巨大な木を形作っている。
「放置しすぎだろ」
淡々とアルデバランが感想を述べた。
「とりあえず近づいてみるか」
「あの、アルデバラン殿」
歩き出そうとしたアルデバランをリエンが呼び止める。
「ん?」
「ロゼアリア殿までここへ来て大丈夫ですか? 騎士といえど貴族の女性がこのような場所に来るのは」
ぱちりとアルデバランと目が合う。たった今叱られたばかりで気まずかった。
もしかしたら帰れ、なんて言われるかも。とロゼアリアが身構える。
「つまりお前は、ロゼがラウニャドールに太刀打ちできないほど弱いと思ってるのか?」
リエンに言葉を返しているはずなのに、アルデバランはずっとロゼアリアを見ている。
「なら、お前の人を見る目はその程度ってことだな。ロゼの度胸と根性は大したもんだ。問題無い」
「あ……」
アルデバランに言われて、リエンは武闘会のことを思い出した。たしかにあの時のロゼアリアは、どれだけ追い込もうと決して負けを認めなかった。
「そう、ですね。失礼しました、ロゼアリア殿」
「ううん、気にしないで。ラウニャドールと戦うのは慣れてるから」
もう怒ってはいないようだったから、ロゼアリアはアルデバランの隣に駆け寄った。
「ほら」
「あ、私の剣」
アルデバランがローブの内側から取り出したのは、ロゼアリアが愛用している片手剣。迎賓殿に置いてきた物がこうも簡単に取り出せるなんて、つくづく魔法は便利なものだ。
剣さえあればラウニャドールに立ち向かえる。魔窟から生還したことだってあるのだ。今さらラウニャドール相手に怯まない。
「ここからなら分かるでしょう。卵をよく見てみて」
ソミンが杖で指し示した先に、血色の卵。アルデバランが目を細めて観察する。グレナディーヌにあったものよりも色が鮮やかだ。ドクドクと拍動を繰り返すそれは心臓を想起させ、気味が悪い。
注視していると、たしかに影が見える。胎児のように身体を抱えているようだった。
茶屋を後にして、再び街歩きを再開する二人。曲がった通りは比較的人通りが少なく、のんびり歩くには最適だった。
「アルデバランは何も買わないの? あの水晶持ってる木彫りの龍とかいらない? 黒いやつ」
「いらない」
せっかく市に来たというのに、アルデバランはこれで楽しいのだろうか。
「一つください」
苺を六つも串に刺した糖葫藘をロゼアリアが買う。もうアルデバランは顔色を変えない。
「さっきも食ってただろそれ」
「さっきのはサンザシ! これは苺!」
「そうか」
薄氷のようなパリパリとした飴の食感と瑞々しい果実のコントラストが気に入ったらしい。
「ソミンの目、治せてよかったね」
苺飴を美味しそうに食べながら、ロゼアリアが話しかける。
「アルデバランて相手が魔法使いだったら、嫌われててもあんまり気にしないのね。あ、揚げ焼売一つください。六個入りの方で」
「自分から会話を投げといて注文しに行くなよ」
焼売を揚げてもらうのを店の外で大人しく待つロゼアリア。それに付き添うアルデバラン。
「……俺は、フィメロの目を治したかったんだ。あの子が生きてる間に治してやれなかったのが、心残りだったのかもな」
フィメロ?
アルデバランから発せられた聞き慣れない女性の名前に首を傾げたが、ちょうど差し出された揚げ焼売により質問する機会は失われた。
「もう少しで飴食べ終わるから、ちょっと持ってて」
「……」
アルデバランに揚げ焼売を持たせ、最後の一つとなった苺を食べる。装飾品などは一つも買わず、結局日が傾くまで食べ歩いた。
夕方には迎賓殿に戻る約束だ。名残り惜しいが、市を離れて帰路につく。
「もう明日で帰国かあ……ザジャもあっという間だったわ。もっと色んな所を見てみたかったのに」
「また来ればいいだろ」
残念がるロゼアリアに、アルデバランが当然のことのように言う。その言葉を受けて、ロゼアリアの表情がみるみる輝きを取り戻した。
「そっか! そうよね! また皆で来れば良いんだわ!」
ザジャが毎月市を開けるほど安定しているのは、民のクシャ帝への信頼ゆえ。即ち皇帝としてのクシャの絶対的な権力のおかげだ。統治者が変われば国も変わる。皇位継承戦が控えている今、半年後のザジャが今日と変わらない姿を持っているかは分からない。
しかしこの場でそれを口にするのは野暮だ。だからアルデバランは、上機嫌のロゼアリアを見下ろして「そうだな」とだけ返した。
「お嬢!」
後ろからオロルックの声がした。彼らも今戻るところだったらしい。
「オロルック、デートどうだった?」
「デっ」
オロルックを通りの端に手招き、ロゼアリアが尋ねる。相変わらずこの友人は分かりやすい。これで気づかないのだから、フィオラもフィオラだ。
「デートじゃないっスよ! そしたら、お嬢とカーネリア卿もデートじゃないスか!」
「私とアルデバランは友達だからデートじゃないわ。フィオラに何か買ってあげた?」
「ま、まあ……それは、まあ……」
「やったじゃないオロルック! これで一歩前進よ!」
ロゼアリアに背中をバシバシ叩かれ、オロルックが咽せた。
そうして四人で迎賓殿に向かっていると。
「あっ、ソミン」
神殿の魔法使い達を従えたソミンの姿があった。リエンもいる。リエンとはもう会えないと思っていたので、ここで姿を見かけることができて嬉しい。
「リエン! ソミン!」
ロゼアリアが名前を呼ぶと、二人がこちらに気づいた。近寄ってきてくれたが、その様子はあまり穏やかには見えない。
「ちょうど良いところにいたわ。癪だけど手伝ってくれない?」
ソミンが声をかけたのは──アルデバラン。そんなソミンをアルデバランも意外に思ったのか、片眉を上げて話の続きを促した。
「観測していたラウニャドールの巣窟なんだけど、一つだけ、卵の中に人影を確認した所があるの。陛下はそれを危険因子と捉えて、卵が孵る前に処理命令を下されたわ」
ラウニャドールの卵の中に人影。そんな話、聞いたことがない。
「卵の中に人影なんてザジャでも初めてだから、手を貸してちょうだい。管理者が二人もいれば不測の事態でも対処できるでしょう」
「分かった」
アルデバランは二つ返事で承諾すると、ロゼアリア達を振り返る。
「ロゼ達は先に迎賓殿に戻ってろ。さっさと行くぞ。転移で向かえるか?」
さらに詳しい話をしながら、アルデバラン達が離れる。その先で地面に金色の魔法陣が現れた。それが光り始めると同時に、ロゼアリアも駆け出す。
「ちょっと、お嬢!」
「ロディお従兄様に言っておいて!」
「言っておいてって」
驚いたのはオロルックとフィオラだけではない。ロゼアリアに気づいたアルデバランも目を丸くしている。
「は? おい、ロゼ──」
魔法陣の光が一際強くなり、滑り込んだロゼアリア諸共その場から消えてしまった。
ポカンとした表情のオロルックとフィオラだけがその場に残されていた。
転移した先は一体どこなのか。
「馬鹿じゃないのか!?」
周囲を理解する前にアルデバランに叱られた。血相を変えたアルデバランなんて初めて見る、と呑気にロゼアリアは目の前の魔法使いを見上げる。
「発動した転移魔法陣に飛び込んでくるなんて何考えてるんだ!! 今だって俺が陣を拡張してなければ、身体が千切れてたかもしれないんだぞ!!」
「でもアルデバランが助けてくれるんでしょ? じゃあ大丈夫じゃない」
ロゼアリアの身体はきちんとくっついている。何も問題ではない。
「そういう話じゃない。今回は間に合っただけだ。二度とやるなよ」
有無を言わせぬ圧で睨まれた。そんな目で睨まれるのは、彼の秘密について無遠慮に踏み込んでしまった時以来だ。
「……分かった。ごめんなさい」
アルデバランがため息を吐き、改めて転移してきた場所を見渡す。
「随分荒れてるな。例の卵ってのはあれか?」
「ええ。人影はもう少し近づかないと確認できないけれど」
ここは、グレナディーヌの灰色の地よりさらに鬱蒼とした場所だった。生命の枯れ果てた地は日が暮れることで深淵に呑まれていく。その中央に、ぼんやりと不気味に光る無数の卵が。脈打つ黒い根が集まり、巨大な木を形作っている。
「放置しすぎだろ」
淡々とアルデバランが感想を述べた。
「とりあえず近づいてみるか」
「あの、アルデバラン殿」
歩き出そうとしたアルデバランをリエンが呼び止める。
「ん?」
「ロゼアリア殿までここへ来て大丈夫ですか? 騎士といえど貴族の女性がこのような場所に来るのは」
ぱちりとアルデバランと目が合う。たった今叱られたばかりで気まずかった。
もしかしたら帰れ、なんて言われるかも。とロゼアリアが身構える。
「つまりお前は、ロゼがラウニャドールに太刀打ちできないほど弱いと思ってるのか?」
リエンに言葉を返しているはずなのに、アルデバランはずっとロゼアリアを見ている。
「なら、お前の人を見る目はその程度ってことだな。ロゼの度胸と根性は大したもんだ。問題無い」
「あ……」
アルデバランに言われて、リエンは武闘会のことを思い出した。たしかにあの時のロゼアリアは、どれだけ追い込もうと決して負けを認めなかった。
「そう、ですね。失礼しました、ロゼアリア殿」
「ううん、気にしないで。ラウニャドールと戦うのは慣れてるから」
もう怒ってはいないようだったから、ロゼアリアはアルデバランの隣に駆け寄った。
「ほら」
「あ、私の剣」
アルデバランがローブの内側から取り出したのは、ロゼアリアが愛用している片手剣。迎賓殿に置いてきた物がこうも簡単に取り出せるなんて、つくづく魔法は便利なものだ。
剣さえあればラウニャドールに立ち向かえる。魔窟から生還したことだってあるのだ。今さらラウニャドール相手に怯まない。
「ここからなら分かるでしょう。卵をよく見てみて」
ソミンが杖で指し示した先に、血色の卵。アルデバランが目を細めて観察する。グレナディーヌにあったものよりも色が鮮やかだ。ドクドクと拍動を繰り返すそれは心臓を想起させ、気味が悪い。
注視していると、たしかに影が見える。胎児のように身体を抱えているようだった。
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