白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅵ章

54話 異変

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「気持ち悪い。何あれ」

 ロゼアリアが眉をひそめて卵を観察する。自分が落ちた魔窟にあんなものは無かった。

「もしかして、灰色の地にもあれがあったの? それに、ここは魔窟が無いっていうか、この場所全体が魔窟の中みたいっていうか……」
「あながち間違ってないぞ。グレナディーヌは騎士団がラウニャドールの侵食を食い止めてたが、ザジャは魔窟自体は放置してたらしいからな」

 腕を組み、注意深くアルデバランが卵を観察している。

「中から出てくる前に処理する方が楽だな。あれはソミン達に任せる。俺とロゼは、本体を片付けるか。この前の魔窟と同じようにやるぞ」
「分かった」

 剣を抜き、アルデバランと共に黒い大木を目指す。卵の中にいるラウニャドール以外は見当たらない。とりあえず卵は無視して、警戒をしながら歩みを進めた。

「“降り注ぐ流星メテオリティッラ”!」

 ソミンの降らせた隕石が容赦無く卵を潰していく。他の魔法使い達も、様々な魔法を放ち始めた。
 ラウニャドール側も異常を感じ取ったのだろう、卵が割れ、影が溶けだすように産まれていく。重力に従って地面に落ちたそれらは、産まれたての仔馬がするようにおぼつかない足で立ち上がる。

「ロゼ、待て」

 アルデバランがロゼアリアの腕を引く。

「変な感じがしないか?」
「変?」
「ああ」

 変、とは。険しい色を滲ませた目で、血色の卵と影を睨むアルデバラン。彼にならってロゼアリアもラウニャドールを見るが、変だというのは分からなかった。

 岩の雨が、炎の風が、ラウニャドールを次々と打ち破っていく。ソミン達が優勢であると一目で分かった。
 だというのに。
 ラウニャドールを睨んでいた炎が僅かに見開かれる。

「まずい、魔法式を唱えるな!!」

 アルデバランがそう叫ぶのと辺りを黒炎が覆うのがほぼ同時だった。爆発的に広がったそれは視界を奪い、身体を穿つような熱をもたらしている。

「な、なに、今の」

 反射的に閉じた瞳を、恐る恐るロゼアリアが開いた。柔らかな金色の壁に包まれたおかげで、特に怪我はせずに済んだらしい。だが、壁の外側は酷い有様だった。黒い地面が抉られ、それが見る限り地平線まで続いている。もしこの防壁が無ければ、何も分からないまま死んでいただろう。

「無事だな?」

 瞬時にこの防壁を展開させた魔法使いが振り返る。アルデバランのおかげでまた命拾いをした。

「ソミン達は!?」
「向こうも全員無事のはずだ」

 急いでソミン達の方を見ると、彼女達も金色の防御壁で守られていた。

「一度戻るぞ」
「アルデバラン、ありがとう」

 その最中にも、再び黒炎が襲いかかる。黒炎だけではない。闇を押し固めたような岩の雨までもが降り注いできた。
 夜を迎えたこの場所では黒い炎も岩も見えにくく、いつ襲ってくるか分からない。

「何これ!」
「魔法だ」
「魔法?」
「唱えた魔法式を学習された」

 誰に、など、聞かずとも分かる。血色の卵から孵った、人の形をした魔物のことだ。

 ラウニャドールに知能があることは前から知っている。だからといって、学習してすぐにここまで高威力の魔法を扱うとは。
 急激な形成逆転に、ザジャの魔法使い達は困惑を隠せずにいた。

「ソミン! リエン! 怪我は無い?」
「貴方達、戻って来たの?」

 ソミンも困惑しているが、狼狽えてはいない。大神官である自分が動揺を見せれば、この場の全員がパニックに陥ることを分かっていた。

「ロゼアリア殿、アルデバラン殿、ご無事で何よりです!」
「なんなのアイツら、魔法を使ってきた?」

 眉間に皺を寄せるソミン。ラウニャドールによる攻撃は今も止まない。

「それにこの防御魔法。カーネリア、貴方ね?」
「ああ」
「頼んでないけど今回だけは礼を言うわ。それで、なんでアイツらはこんな高威力の魔法を使えるのよ。私達の魔法を盗んだからってこんなの有り得ない! こっちの倍くらいの火力じゃない!!」

 防御壁に魔法がぶつかる音がひっきりなしに爆ぜるせいで、声を張り上げなければ会話ができない。
 アルデバランが指を一つ鳴らすと、金色の壁の内側に乳白色の壁が現れた。途端に、鼓膜を打つ轟音が遠くなる。

「とりあえず、一番面倒な奴だけ片付けておく。気休めだと思うがな」

 空から大地までを一本の稲妻が突き刺し、一瞬目の前が白く塗り潰された。閃光と共に訪れるはずだった雷鳴は、防音壁に阻まれ不機嫌そうにゴロゴロと唸る。
 何の前触れもなく凄まじい雷魔法を放ったアルデバランに、魔法使い達はきょとんとしていた。

「詠唱も無しにあの威力の魔法を寸分の狂いもなく打ち込むなんて、本当に気持ち悪い魔法使いね」
「気持ち悪いは言い過ぎだろ……」

 ソミンがアルデバランを褒める日など、生涯訪れることは無いだろう。

「異物共はここのエリューを相当奪ってる。馬鹿みたいな威力はそのせいだ。恐らく、奴らが蓄えたエリューを全て使い果たせば楽に処理できるだろうが」
「それを待ってたらこの地どころか、ザジャの半分が終わるわ。数千年、もしかしたら数万年は生命が育つことはないでしょうね」

 既に見渡す限り枯れ果ててしまった土地。魔法でも使わない限り、この土地が再生するには途方もない時間を要することは目に見えている。
 それが国半分まで広がれば、あっという間にザジャは大国という立場を失うだろう。

「で、どうやってアイツらを片付ければいいのかしら。どうせ何か企んでるんでしょう?」
「俺とロゼで本体を内側からから焼く。そしたら、ソミンは外側から女神の炎で焼いてくれ。ラウニャドールの相手も頼む。本体さえ潰せば、奴らが湧いてくるのも止められる」
「魔法式の詠唱ができないのに、どうやって相手をしろって言うのよ」

 唱えた魔法式は全て覚えられ、倍以上の威力で攻撃されてしまう。実戦レベルの魔法を無詠唱で使える魔法使いは数少なく、ソミンもまだその段階には到達していない。
 どれだけ倒しても卵からラウニャドールが産まれてくる。その数を考えれば、無詠唱で対峙するなど無謀にも程があった。

 だがアルデバランは表情を変えない。

「問題ない。防音壁はこっちの音も外に出さない。この中にいる限り、魔法式の詠唱が異物共に聞かれることは無いだろ」

 なるほど。それならば、向こうからの攻撃、それと魔法の学習を防ぎながら、こちらから攻撃ができる。

「防御壁と防音壁の権限をソミンに渡す。既に式は組み立ててあるから、維持だけなら大した魔力は使わない」
母なる石ミテラ・エリューの加護を使えば魔力なんて気にならないわ。それより、結界を維持してたら神焉魔法は使えないわよ?」
「本体にダメージを与えれば新たなラウニャドールは湧かないはずだ。傷を塞ぐ方に力を使うだろうからな。手を出してくれ」

 ものすごく嫌そうにソミンが手を出した。アルデバランがその手を握る。

「そのまま俺の式を上書きしろ。そう、その調子だ……二つとも出来たな? 離れるぞ」

 魔法式の権限を移行し、アルデバランがそっと手を離した。二つの結界は問題無く維持されている。

「アルデバラン殿、僕にできることはありませんか?」
「無い」

 リエンは魔法でラウニャドールを倒すことはできない。結界の外に出れば高威力の魔法に襲われてしまう以上、この中で見守ることしかできなかった。

「そうですか……」
「あるとすれば、この結界を解いた時だな。だが、それまでに魔法を覚えた異物共を排除しなきゃ全員死ぬぞ」

 さらりと恐ろしいことを言うが、決して脅しではない。リエンもそれは分かっている。

「必ず、僕がソミンを守ります」
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