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楽園と崩壊と
72 朱(ドロシー視点)
しおりを挟む「ク……クリストファー…さま……」
シスターや警備の男たちを振り切って現れたのはクリストファー殿下だった。
「ドロシー…!」
「殿下……、その、血……は…」
嫌な予感に背筋に冷たい汗が伝う。
「不埒者を始末しただけだ。さあ、……帰ろう、ドロシー」
どうして?どうしてクリスが居ないの?
クリスは男たちと一緒に、この教会の警備をしている。わたくしたち神殿娼婦が害されれば ーーー いいえ、わたくしの元に暴漢が現れれば駆けつけてくれるはず。
なのに…?
「おいで、ドロシー。君は私の婚約者だ」
「……ひっ!」
腕を掴まれて思わず声が出た。
怖い。
そう、目の前の男は、今までどんな酷い事をした客よりも恐ろしかった。
「……ドロシー…?」
「ク…クリス…!クリスはどこ!?いやっ、やめて!放して!!」
嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ!
目の前の男は誰だ。あの優しいだけの頭の弱い王太子ではない。わたくしの『駒』ではない。この男は ーーー わたくしを守ってなんかくれない。
「……クリス?ああ、あの男か?君の愛人だった」
「……は…?」
「さあおいで、ドロシー。ああ、そう…女神を手に入れたんだ。子供はアレに産ませればいいんだ。君は私の傍で笑っていればいい」
「……!!おやめくださいお客様!!」
シスターがクリストファーとわたくしの間に割って入る。
「………は?」
「この娘は予約制でございます!本日はお引き取り下さいま………」
言い終わらぬうちに朱が散った。
「ヒッ…!!」
……違う。違う、違う、違う!こんなの違う!!
「無礼者が」
ああ、誰かが叫んでいる。それが自分の悲鳴だと気付くのに暫くかかった。
「………ドロシー?どうした、ドロシー?さあ…」
「い…いやっ!いや、いや…!!クリス!!クリス!!」
「………ドロシー……」
これは誰だ。
草臥れた服と、手入れのされていない髪や肌。いつ剃ったのかわからない無精髭。
「………君まで……私をそんな目で見るのか…」
男はわたくしに向かって剣を振り上げる。
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