【竜と乙女1】竜と乙女と水溜まり

とうや

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(王太子視点)


「フェリーチェ・ミネルヴィーノ!今日という今日は我慢がならぬ!この私、ヴェスパジアーノ・フィアンマは貴様との婚約を破棄し、ダラス国がミシュリーヌ姫と婚約を結ぶッ」


フェリーチェのに私は叫んだ。婚約破棄このようなことは公証人と両家の代表を交えて、個室で厳かにおこなうものだ。だが、今日という今日は我慢がならなかった。要は証人が居ればいい。この夜会にいるみなが証人だ。


「まあ…っ!あ…で、でも……」


私の告白に、ミシュリーヌ姫は頬を染めて目を潤ませた。なんて愛らしいのだ。それに比べて…。

私の婚約者、フェリーチェは口元を扇子で隠したまま、じっとこちらを見る。その目は凍えるような『無』だ。気味が悪い。女神も斯くやと思わせる美貌。婚約当初は私は舞い上がったものだが、フェリーチェはとにかく気味の悪い女だった。

フェリーチェは感情というものを見せない。いや、のだ。美しい花にも、甘い菓子にも、そして美しい私にも喜ばない。愛し子として、処女性を大事にするとかで手さえ握れない。エスコートには必ず手袋をする。手にキスさえさせない。あの冷たい宝石のような瞳で、私の心の奥底までを暴くように見つめてくる。

そんな冷え切った関係の婚約で、私がミシュリーヌ姫に惹かれていったのは当然では無いか。

ミシュリーヌ姫が留学してきたのは1年前。美しく愛らしく、感情豊かで奔放。隣国はが過激なほど緩いらしく、私とミシュリーヌ姫は出会って3日で口付けを交わし、4日目で愛し合った。柔らかく、幼子のような体なのに、ミシュリーヌ姫は驚くほど大胆で、脳が蕩けるほどの快楽を貪った。ミシュリーヌ姫に心酔した令嬢や令息を交えて、取っ替え引っ替え。一度、フェリーチェを誘ってみたのだが、「ご遠慮いたします」と汚物を見るような目で断られた。


「理由をお伺いしても?」


私との婚約の破棄を告げられても、フェリーチェは動揺の欠片さえ見せなかった。あの、澄んだ瞳で私を見る。それは罪を知らぬ幼子のように。穢れを許さぬ断罪の女神のように。


「お前は私の婚約者という身分を傘に着て、ミシュリーヌ姫を虐げたな!」

「いいえ」

「私に近付くなと罵り、頬を張り、突き飛ばし、命を狙った」

「何故そんなことを?」

「嫉妬したのだろう!ミシュリーヌ姫に!私を奪われると恐れて…」

「いいえ。必要ございません」

「……っ!!き、今日の夜会も!ミシュリーヌ姫の誕生パーティーをこの国で開いたというのに、お前のその姿はなんだ!!見窄らしい古びたドレス!装飾品もその扇子だけ!結い上げた髪は乱れ……ミシュリーヌ姫の夜会などと言っているようなものではないか!!」

「そうですね。と判断のでしょうね」

「フェリーチェ!!貴様…!」


はあ、とフェリーチェは溜息を吐き、扇子を閉じる。フェリーチェが珍しく見せる感情に、私は何故か『勝った』と浮き足だった。そうだ。フェリーチェは『女神の愛し子』といえど出自は卑しい平民。筆頭公爵家の養女となってやっとこの私に釣り合う身分なのだ。

さあ、私に縋りつけ!情けなくも必死に愛を乞え!そうすれば側妃くらいには……。


「……よろしいので?」

「はっ…はあ!?よろしい…と……貴様!自分の立場がわかっているのか!」

?」

「フェリーチェ!!お前とは婚約破棄だ!!何が女神の愛し子だ!!お前は何も成さない!誰も救わない!我が国には、世界には必要がない!!お前など誰も必要としない!お前など足の腱を切って鉱山の奴隷どもの寝床に放り込んでやるわ!!」


勢いのままに叫ぶと、フェリーチェの唇の端が上がった。それは『微笑み』だというのに、私の背筋に大量の冷たい汗が流れる。


、何もおっしゃらずにということは、みなさまもなのですね」


美しく。たおやかに微笑んで。フェリーチェはぐるりと周りを見回した。


ああ、美しい。


襤褸を着ても。髪を乱しても。化粧は紅だけでも。


それでも彼女は美しい。


だからこそ許せなかった。フェリーチェが私に微笑まないのが。フェリーチェが私を愛さないのが。フェリーチェが私に全てを許さないのが。

フェリーチェは決して私のものにならない。

フェリーチェは『女神の愛し子』だ。神殿から公爵家へ、公爵家から王家へと重々言われているのは『愛し子は処女でなくてはならない』ということ。私と婚約を結び、ゆくゆくは妃になるが、私はフェリーチェと子をなすどころか閨を共にすることもできない。何よりフェリーチェは私を愛していない。神殿の女神像の前で祈るフェリーチェの、あの穏やかな微笑みは決して私には向けられないのだ。


手に入らぬものなら壊してしまえ。


そして忘れてやろう。お前は忘れ去られるほど、取るに足らぬものだった、と。






「よろしい。では






フェリーチェは無機質に、けれど背筋が凍るような声で言った。








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