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肆
しおりを挟む(同級生視点)
目の前で婚約破棄が行われている。破棄されたのはフェリーチェ・ミネルヴィーノ公爵令嬢。平民のくせに公爵家の養女になり、お高く止まった嫌な女だ。
ほぅら、見なさいよ。私の言った通りじゃない。
予想通りの展開に、私は唇をにんまりと吊り上げた。あらいけない。はしたないわ。扇子で口元を隠してあの子の転落を見届ける。
フェリーチェ・ミネルヴィーノは嫌な女だった。
神殿の神託だかなんだか知らないけれど、ただの平民から高位貴族の、それも筆頭公爵家の養女になり、王太子の婚約者になった女。美しくて、ぼんやりしていて、口数も少ない。けれど、頭が悪いわけではないようで、授業中に当てられてもきちんと正解を口にできるし成績も常にトップ。試験の点数は忖度でしょ、とか笑われてたけど、きっとそんなことはしない。だってあの子は教師たちからも嫌われていた。
あの子は特別な子。
だから嫌われた。浮世離れして。ぼんやりして。生きているのはついでです、って顔して。感情がない。欲もない。食べ物をぶち撒けられても。教科書を目の前で燃やされても。髪を鋏で切った令嬢は、流石に次の日から見なくなった。かなりひどくやられていたけど、次の日には戻っていた。あれは回復魔法?それとも 鬘だったのかしら?
あの子は嫌われ者。
だってそうでしょう?平民のくせに。綺麗な顔をして。綺麗な服を着て。綺麗な所作と言葉使い。溢れるほどの贅を注がれた、下賤の血。筆頭公爵家の令嬢でありながら、高位貴族に虐められていた。だからね?最初は私たち下位貴族が助けてあげようとしたんだよ?だって可哀想じゃない?あの子は平民なの。ちょっと幸運だっただけの、とても卑しい血筋。だから私たちが守ってあげる。そう言ったのに。フェリーチェは無機質に「結構です」と突っぱねた。
そこから、学園全体での虐めが始まった。
拘束する。監禁する。殴る。蹴る。人格を否定する。処女性を失う以外の、ありとあらゆる虐めが繰り返された。
だから、私は。私だけは、話しかけてあげたの。「友達になりましょう」って。
けれど。あの子はそんな私の施しすら突っぱねた。「必要ありません」…ってね。
馬鹿なのかしら?私とお前如きが対等だと。いいえ、お前が上だとでも思ったのかしら?
「残念ね」
私はそう笑って引いたけれど。翌日からは虐めに加わった。
地獄を見ると良い。
下賤の血の分際で。男爵令嬢たる。貴族たる私を拒否した愚か者。
虐めて。
虐めて、虐めて、虐めて。虐め抜いて。
毎日襤褸襤褸にしたのに、あの子は次の日にはなんでもないかのように登校してきた。
そして、ミシュリーヌ様が現れたのだ。
王族に相応しく。愛らしく残酷なミシュリーヌ様。数多の令息を虜にし、とうとうあの子の婚約者 ── 王太子殿下にまで辿り着いた。
なんて素敵…!
素敵だわ。ねえフェリーチェ?悔しいでしょう?
私は嬉しかった。
これできっとフェリーチェは音を上げる。以前優しくしてあげた私のことを思い出す。きっと縋ってくる。その時、私は天使のように優しく助けてあげるの。
そのはずだった。
なのに彼女は縋ってこなかった。壊れなかった。
いつもにように。無機質に。興味の欠片も示さずに。
「左様でございますか」
そう言って、こちらをジッと見つめてくる。さぐるように。さがすように。
ああ、嫌な女ね!
私はこの子のこの瞳が嫌いだった。
最上級の宝石のように美しく澄んだ紫色。その穢れのない瞳に映り込んだ、醜い私。
堪らず逃げ出した私は、そこから物語の世界に没頭した。
わかりやすい偽名を使って。
あの子を悪役にして、王太子殿下とミシュリーヌ姫の恋物語を書き綴った。
まさかそのお遊びが、大衆紙の編集者である伯父の目に留まるなんて思わなかった。
私の妄想は、あれよあれよという間に出版され、吟遊詩人が歌い、お芝居にもなった。
そして、それが『真実』になった。
ただの可哀想な平民のフェリーチェは『悪役令嬢』になり、浮気者の王太子と阿婆擦れの姫の火遊びは『真実の愛』になった。
あとは落ちていくだけ。
ああ、なんて……なんて…
なんて甘美なのかしら!他人の不幸って!美しいものを壊すのって!
「お前など足の腱を切って鉱山の奴隷どもの寝床に放り込んでやるわ!!」
そう王太子殿下が叫んだ時。
美しいフェリーチェが、汚く悍ましい男たちに穢される場面を想像して、私は興奮した。泣き叫ぶフェリーチェを想って下着を濡らした。
それなのに。
それなのに。フェリーチェは。
泣き叫ぶどころか、笑ったのだ。
私の興奮が、氷水を浴びせられたように引いていく。心臓が縮み上がる。
「よろしい。では片付けましょうか」
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