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大勢に認められることなんて

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「失礼します」

 僕とベステルタは何事も無かったかのように、認定官さんのところに戻った。

「おお、遅かったですね。心配していました。ご無事で何よりです」

 認定官さんのほっとした表情にものすごい罪悪感が生まれる。実際は三秒もかかりませんでした……。

「ありがとうございます。苦戦しましてね。でも無事に倒せました」

「そうですかそうですか。しかしこうやってまたお話しできるのが嬉しいです」

 認定官さんの純粋な笑顔がつらい……。

 苦戦したのは別のことだしね。

 亜人ちゃんたちの繁りは感情をこれでもかってぶつけてくるから大変だ。でも同時に、うまく言えないけど、とても幸せでうれしいことでもある。

 ちなみにラミアルカはちゃんと送還したよ。僕たちを起こした後、すごい幸福そうに寝ていた。向こうのサンドリアに事情を話して世話してあげるように言ったら「あ、あたしが姉さんのお世話……ぷひゅ」と変な息を漏らして怪しげな様子だった。まあ、君らがゆりゆりしてくれる分には一向に構わん。

 気を取り直して認定官さんと話す。

「それでは認定してもらってもいいですか?」

「もちろんです。同僚に伝えますのでお待ちください」

 彼は奥に引っ込んだ。あ、一人じゃなかったのね。そりゃ流石に一人だと対応しきれないか。でも、これで24時間365日気味の仕事だってのが現実味を帯びてきたな。超ブラックじゃん。定期的にローテしなきゃ病みそう……。あれ、もしかしてシャールちゃんがここに送り込まれる可能性も微粒子レベルで存在する……?

「お待たせしました。それでは参りましょう」

 僕はいったん思考を切り上げ、そのまま六階層の石柱まで場所を移した。

「それではこれより迷宮第五階層突破認定を行います。条件はさっき言った通りです」

「はい」

 心なしか周りの冒険者も見ている気がする。

 僕とベステルタは静かに石柱の近くに立つ。彼女何か話してくれないんだよなぁ。そわそわしているし。僕もなんか少し気恥ずかしいし。うーん、甘酸っぺえ。

 ピカッ。

 石柱が光り、僕たちは特に感慨も無く転移していた。六階層だ。良かった。弾かれなかった。これで認定は完了だね。

 それにしてもなんていうか……。

「へー、六階層は草原なんだね」

「そ、そうね」

 そわそわベステルタ。もう、お尻さわさわしたくなる。

 見渡す限りの緑の海。爽やかな風が吹き、日光が差す。すごい良いところだ。今までの鬱屈とした洞窟は正反対。ピクニックでもしたくなる。あ、ちょっと先にいい感じの丘が見えるな。登ってみるか。

「ちょっとあの丘まで行ってみない? 心地よさそうだよ?」

「いいけど……あそこから血の匂いがするわよ? これは人の血の匂いね。新鮮なのと古いのが入り混じっているわ。土にまで染みているんでしょうね」

 その言葉を聞いて、僕はハッと我に返った。僕はまったく何を腑抜けていたんだ。ここはダンジョンだぞ? 人を飲み込む欲望の迷宮だ。

 そうか、戻ってこない人たちはこの残忍な心地良さにやられたんだな……。ジメジメした洞窟とボス撃破のストレスからの解放&この草原の解放感。無警戒になってふらふら歩いているところを魔獣が襲うってことか。なんていやらしいトラップなんだ。陰湿すぎる。

「……引き返そうか」

「そうしましょう。今日はなんだか、久しぶりにゆっくり眠りたい気分だわ」

 そうだね、と相槌を打って石柱に近付く。

 ピカッ。

「……良かった。戻ってこられたんですね」

 認定官さんがまだ待っていてくれた。泣きそうになっている。僕も泣きそうなんだけど。この人、優しすぎるだろ。心すり減らさないといいけど。

「ええ、そのつもりでしたからね」

 ちょっと危なかったけど。

「ふふ、そうでしたね。それではこれが認定証です。ギルドに提出してください。すぐにIランク昇格が認められるでしょう。おめでとうございます」

 認定官さんが、ぱちぱちと拍手してくれる。

「おめでとう!」

「やったな!」

「お疲れ!」

 周りの冒険者たちも拍手やらねぎらいやら賞賛の言葉をかけてくれた。

「ケイ、泣いているの?」

「ち、ちがわい」

 心配するベステルタが顔を覗き込んできたので、慌てて顔を隠す。目尻をごしごしと拭いた。こんな風に、大勢に認められることなんて無かったな……。

……

「ケイさん。折り入ってお願いがあるのですが」

「何でしょうか。カークさん」

 その後自然な流れで僕たちは名乗りあった。カークさんと言うらしい。認定官の仕事はもう三年ほどになるらしい。ローテしてないのかな。

「さっきお見せした、認定証を冒険者ギルドに届けて欲しいのです。せめて彼らがIランクに昇格したことを知らせたく……」

 カークさんは無念そうに俯いた。

「届ける人はいないのですか?」

 それがですね、とカークさんは切り出す。

「たまに来るギルドの補給部隊に頼んでいますが。彼らの荷物を圧迫する訳は行きません。他にもケイさんのように、帰りの冒険者の方に頼みますが、やはり断られてしまいます。認定証は数が多く、嵩張って意外と重いですから。お金もあまり出せませんし、ほとんどボランティアみたいなものなんです」

 まあ迷宮の荷物事情ってシビアそうだもんなあ。少しでも軽くして金目の物を多く持ち帰りたいだろうし。

「もちろん、ケイさんの持てる範囲で構いません。一枚でも構いません。彼、彼女らの軌跡が誰にも知られずここで途絶えてしまうのはあまりにも酷な話です。どうか……」

 頭を下げて頼んでくるカークさん。マジで僕なんかに頭下げないで欲しい。
 この人、きっと色んな人に頼んできたんだろうな。ギルドの補給部や冒険者に頼んでは断られて。きっと冷たく断られたこともあったろうに。
 たぶんだけど……、誇りがあるんだろうな。仕事に。そうじゃなきゃこんな辛そうな仕事続かないよ。僕には無理だね。

「もちろん、構いませんよ」

「……ありがとうございます。これで彼らも浮かばれます」

 目を閉じて感謝してくる。真面目だよね。

「一枚とは言わず、全部持っていきますよ。あるだけ出して下さい」

「ぜ、全部ですか? その、お気持ちは嬉しいのですが全部合わせると大変な重量になります。お二人はポーターは何人連れていますか? ここにはいないようですが」

 う、魔法の鞄のこと言って良いものか。なるべく知る人が少ない方が面倒に巻き込まれなくて済みそうなんだよな。

「それにたくさん持っていくと、ギルドの受付嬢や他の事務員たちにも負荷がかかりますから、適度な量で大丈夫です。せっかくのご提案ですが……お願いする立場にも拘らず、申し訳ありません」

 受付嬢ってことはシャールちゃんに迷惑がかかるのか。それなら仕方無いな。適度に持って行くことにしよう。魔法の鞄のことも言わなくて済みそうだし。

「であれば、ある程度まとまった量で問題ありません。僕のパーティーのポーターは優秀なので」

 魔法の鞄先輩は超優秀だからな。足を向けて寝られないぜ。

「さようですか。助かります。本当にありがとうございます」

 カークさんは感極まった様子でお礼を言った。ええんやで。



 その後、カークさんがえっちらおっちら運んできた認定証を怪しくないようにこっそり鞄に入れていった。
 彼が認定証を取りに行く間に、「外にいるポーターに渡している」と嘘をついて鞄に入れている訳だけど、これくらいの嘘はいいよね。

 その場から離れる前に少し世間話をした。

 カークさんはこの仕事はとても大変だし、辛いこともあるけど、誇りを持っているんだって。だから普通の人なら半年持てば良い方の認定官の仕事をずっと続けているらしい。たまにローテーションで来る新人に、何とかこの仕事のやりがいを伝えようしているんですが、心が折れて辞めてしまうか配置転換してしまうんです、と悲しげに微笑んでいた。

 何も言えねえ。

 カークさんに兎肉を差し入れしたらとても喜んでくれた。これ、ランラビットって魔獣なんだってさ。足が速くて捕まえづらいけど美味しくて需要があるらしい。
 食料は補給部隊頼みだし、保存が利く食べ物が多いからあまり美味しくない。久し振りに新鮮な肉が食べられます、と喜ぶカークさん。二人目の貢ぎたくなるギルド職員が生まれてしまった。僕にもやることは色々あるけど……やれる範囲で食料の提供や環境改善の手助けをしよう。こんなのえこひいきだけどね。そんなのは分かっているさ。

「ケイさん、本当にありがとうございました。お願いを聞いてくれた上に、差し入れまで……。感謝いたします」

 カークさんが五層から戻る僕たちを見送ってくれた。

「いいんですよ。僕がしたいからそうしただけです」

 なんて、かっこつけているよな。実際そう思うけどね。でもマジでかっこいいのはカークさんだからな。僕が彼に何かしたくなっただけだ。

「私は立場上肩入れすることはできませんが……。ケイさんに迷宮の加護があらんことを」

「ありがとうございます」

 最後に握手して、僕たちは五層を後にした。
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