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業務日誌(一冊目)
(8)開戦
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結局ローザは、自分に前世の記憶があることと、帝国の第三皇子が過去世の自分に関わっていた可能性があることを、マーサたちに白状することとなった。
邪神云々についてだけは、ローザとしても、どう話していいのか分からなかったので、今のことろ保留にしてある。
「そういうわけでしたか。お疲れが出ただけにしては、どうにもご様子がおかしいと思いましたよ」
「なんだよお嬢、そんなことなら、リバーズの野郎の家を出てすぐ、話してくれたらよかったじゃねーか!」
「そうですよっ! 前世持ちなんて、全然珍しくないですし、私たちは絶対外に漏らしませんから、何も心配いらないのに!」
心配してくれる皆に、ローザは素直に謝った。
「ほんとにごめん。記憶が湧いてきたときは完全に混乱してたし、ギルドで皇子の名前が出されるたびに、ものすごく気持ち悪くて、寒気がして、口に出すのも怖くて…」
「ふむ。前世でお嬢様を害したのは、第三皇子で間違いなさそうですな。最優先で駆除しましょう」
「アルダス…でも、皇子のほうに過去の記憶があるかどうか、分からないのよ。駆除…はともかくとして、いまの私に対して害意をお持ちかどうか、確認できたらとは思う」
「俺は駆除一択! 前世でお嬢を傷つけた奴なんか、たとえ今世がシロでも信じられるか!」
「私も! ローザ様が怖がるなんて、よっぽどの変態に決まってますから! 世のため人のためにも、断固駆除しましょう!」
「ええと…ま、マーサは、どう思う?」
ローザは目の前の四人の中では一番常識的な存在であるマーサに救いを求めた。
「そうですね。皇子の駆除というのは、この場合、悪手ではないかと、私は思いますよ」
「なんだよマーサ! こんなことで日和るなよ!」
「ネイト、日和るというのは、諸悪の根源を元から絶たずに、中途半端に残すことを言うのですよ。帝国の破却。完全抹消。原型を微塵も残さず、全てを無に帰す。私はそう進言いたします」
完全に目の座ったマーサに、異を唱えられるものは、この場にはいなかった……
城のダイニングルームでは、引越しパーティの準備がほぼ終わり、手の空いたちが集合しはじめていた。
「で、結論は?」
厨房では、ローザ防衛の司令塔である料理長のゲイソンが、諜報活動から戻った使用人たちの報告を聞いていた。
「限りなく黒に近い灰色」
「黒ってことでいいと思うぜ」
「奴はいつ攻めてくる?」
「早ければ今夜だな。こっちの態勢が整ってないところを狙ってくるだろう」
「あっちの人員は?」
「多くても二人だな」
「皇子と、もう一人か」
「秘書ってやつが、野郎の個人活動の手駒だな。他にはいない」
「ちなみに、その秘書と皇子がカップルの戯曲の売り上げは、ランク最下位でした」
「第三皇子直属の暗部などは?」
「持ってないな。必要ないんだろう」
「ランク外の秘書がよほど有能なのか」
「いや、皇子がべらぼうに強いんだよ。あいつ、隣の王国くらいだったら一人で落とすぜ」
「ふーん、まずまず強いってわけか。で、そいつがこの城をお嬢に売った理由は掴んだか?」
「あー、それがなあ…」
「なんだ?」
「いいか、皆、聞いて怒るなよ」
「もったいつけるな。早く言え」
「じゃあ言うぜ……あの皇子野郎、お嬢に求婚するつもりらしいんだよ」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
厨房の鍋釜が、一斉に宙を舞った。
「よろしい、ならば戦争だ!」
「応!!!!」
「敵の現在地は?」
「まだ帝都だ。役人や商人たちとの会食中だ」
「想定される来襲時刻は」
「最も早くて、二時間後だな」
「日付が変わるまでは断固阻止だ。お嬢が自室でお休みになったのを確認したら、丁重にお迎えしてくれよう。今すぐ全員に通達しろ。絶対にお嬢に知られるな。抜かるなよ」
「了解!」
「ローザ様、お夕食の支度が整ったそうですので、ダイニングルームに参りましょう」
「結局、みんな寝てないよね…」
「ご心配いりませんよ。私どもの体調管理は、常に万全です。なによりも、ローザ様の自由なお暮らしの、記念すべき第一日目。皆にとっても大切な始まりの日なのですから、しっかりお祝いしませんとね」
「ありがとう…」
ダイニングルームの大テーブルには、ローザの好物が所狭しと並べられ、喜びの言葉がおかしなテンションで飛び交い続けた。
皇子のことがどうしても気になるローザだったけれど、今夜だけは、仲間たちとのひとときを楽しもうと割り切った。
夜がすっかり更けたころ。
城の門前で、大きな薔薇の花束を抱えたアレクシス皇子が、殺意を全く隠そうとしない執事長と対峙していた。
刺客としての技量の高い使用人たちが十名ほど、姿を隠して皇子に狙いを定め、司令塔のゲイソンからの合図を今か今かと待っている。
(まあ、こうなるよね…)
アレクシス皇子は、小さくため息をついた。
「して、ご用件は?」
「ローザ・ブラックデル嬢に、お目にかかりたい」
「女性を訪問するには、いささか非常識なお時間だと思われますが」
「先触れは、昼間のうちに何度か出したはずだけど。本日夕刻にはうかがうとね」
「頂戴しておりませんな。そしていまは夕刻でもございません。
「城の前の道に、どうしても入れなかったんだよね。一歩踏み込むと、なぜか僕だけ別の道に飛ばされちゃって」
「怪奇現象ですな」
「あれって、どういう魔術なの?」
「はて、魔術には詳しくありませんので」
門扉に隠れてサムズアップしている使用人がいた。
「ところで、先触れを頼んだうちの秘書が、なぜか行方不明なんだけど、何か知らない?」
「さあ、存じません。ご自宅の寝室でお休みなのでは?」
「あ、そう。ちなみに、僕がこちらに来た理由については、知ってる?」
「近頃は老いのせいでございましょうか、想像力がどうにも弱っておりまして、高貴な御方のお考えなど、分かろうとしても、何やらヨコシマな模様ばかりが見えてまいりますよ」
「それは、魔導眼科医に相談したほうがいいかも知れないね」
「ご心配には及びません。お嬢様を守るのに、何ら、支障がございませんので」
「やれやれ……君とこんな話ばかりしていても、仕方がないな」
「では、お帰り願いましょう」
「いや、ここで話を聞いてもらうことにする。どうせ家中の人間が聞いてるんでしょ?」
「お嬢様は、すでにお休みになっておられますがね」
「そっか。疲れたんだろうね、いろいろあって…」
城の窓のあちこちから、強い死の呪詛と共に、声無き怒号が飛んできた。
(お前のせいだろがクソ皇子!)
(とっとと帰ってクソして寝ろ!そして二度と起きるな!)
「おや、うまく回避されますな」
「こんなの当たったら死ぬでしょ!?」
「まあ、そうですな」
「ああもう、何から話せば、理解してもらえるのかな」
「お帰りはあちらでございますよ」
執事長の指さす皇子の足元に、底知れない穴がポッカリと口を開けていた。
「さりげなく地の底に案内しないでくれる?」
「神々のおわす天上にご案内申し上げても、お客様では追い返されますでしょうから」
「ご配慮ありがとう。そうだな、神の話が出たから、そこから行こうか。君たち、神々の戦いについての伝説って知ってる?」
「全く興味がございません」
「ローザ嬢を守るために、絶対に必要な情報だと言ったら?」
「……一応、うかがっておきましょうか」
邪神云々についてだけは、ローザとしても、どう話していいのか分からなかったので、今のことろ保留にしてある。
「そういうわけでしたか。お疲れが出ただけにしては、どうにもご様子がおかしいと思いましたよ」
「なんだよお嬢、そんなことなら、リバーズの野郎の家を出てすぐ、話してくれたらよかったじゃねーか!」
「そうですよっ! 前世持ちなんて、全然珍しくないですし、私たちは絶対外に漏らしませんから、何も心配いらないのに!」
心配してくれる皆に、ローザは素直に謝った。
「ほんとにごめん。記憶が湧いてきたときは完全に混乱してたし、ギルドで皇子の名前が出されるたびに、ものすごく気持ち悪くて、寒気がして、口に出すのも怖くて…」
「ふむ。前世でお嬢様を害したのは、第三皇子で間違いなさそうですな。最優先で駆除しましょう」
「アルダス…でも、皇子のほうに過去の記憶があるかどうか、分からないのよ。駆除…はともかくとして、いまの私に対して害意をお持ちかどうか、確認できたらとは思う」
「俺は駆除一択! 前世でお嬢を傷つけた奴なんか、たとえ今世がシロでも信じられるか!」
「私も! ローザ様が怖がるなんて、よっぽどの変態に決まってますから! 世のため人のためにも、断固駆除しましょう!」
「ええと…ま、マーサは、どう思う?」
ローザは目の前の四人の中では一番常識的な存在であるマーサに救いを求めた。
「そうですね。皇子の駆除というのは、この場合、悪手ではないかと、私は思いますよ」
「なんだよマーサ! こんなことで日和るなよ!」
「ネイト、日和るというのは、諸悪の根源を元から絶たずに、中途半端に残すことを言うのですよ。帝国の破却。完全抹消。原型を微塵も残さず、全てを無に帰す。私はそう進言いたします」
完全に目の座ったマーサに、異を唱えられるものは、この場にはいなかった……
城のダイニングルームでは、引越しパーティの準備がほぼ終わり、手の空いたちが集合しはじめていた。
「で、結論は?」
厨房では、ローザ防衛の司令塔である料理長のゲイソンが、諜報活動から戻った使用人たちの報告を聞いていた。
「限りなく黒に近い灰色」
「黒ってことでいいと思うぜ」
「奴はいつ攻めてくる?」
「早ければ今夜だな。こっちの態勢が整ってないところを狙ってくるだろう」
「あっちの人員は?」
「多くても二人だな」
「皇子と、もう一人か」
「秘書ってやつが、野郎の個人活動の手駒だな。他にはいない」
「ちなみに、その秘書と皇子がカップルの戯曲の売り上げは、ランク最下位でした」
「第三皇子直属の暗部などは?」
「持ってないな。必要ないんだろう」
「ランク外の秘書がよほど有能なのか」
「いや、皇子がべらぼうに強いんだよ。あいつ、隣の王国くらいだったら一人で落とすぜ」
「ふーん、まずまず強いってわけか。で、そいつがこの城をお嬢に売った理由は掴んだか?」
「あー、それがなあ…」
「なんだ?」
「いいか、皆、聞いて怒るなよ」
「もったいつけるな。早く言え」
「じゃあ言うぜ……あの皇子野郎、お嬢に求婚するつもりらしいんだよ」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
厨房の鍋釜が、一斉に宙を舞った。
「よろしい、ならば戦争だ!」
「応!!!!」
「敵の現在地は?」
「まだ帝都だ。役人や商人たちとの会食中だ」
「想定される来襲時刻は」
「最も早くて、二時間後だな」
「日付が変わるまでは断固阻止だ。お嬢が自室でお休みになったのを確認したら、丁重にお迎えしてくれよう。今すぐ全員に通達しろ。絶対にお嬢に知られるな。抜かるなよ」
「了解!」
「ローザ様、お夕食の支度が整ったそうですので、ダイニングルームに参りましょう」
「結局、みんな寝てないよね…」
「ご心配いりませんよ。私どもの体調管理は、常に万全です。なによりも、ローザ様の自由なお暮らしの、記念すべき第一日目。皆にとっても大切な始まりの日なのですから、しっかりお祝いしませんとね」
「ありがとう…」
ダイニングルームの大テーブルには、ローザの好物が所狭しと並べられ、喜びの言葉がおかしなテンションで飛び交い続けた。
皇子のことがどうしても気になるローザだったけれど、今夜だけは、仲間たちとのひとときを楽しもうと割り切った。
夜がすっかり更けたころ。
城の門前で、大きな薔薇の花束を抱えたアレクシス皇子が、殺意を全く隠そうとしない執事長と対峙していた。
刺客としての技量の高い使用人たちが十名ほど、姿を隠して皇子に狙いを定め、司令塔のゲイソンからの合図を今か今かと待っている。
(まあ、こうなるよね…)
アレクシス皇子は、小さくため息をついた。
「して、ご用件は?」
「ローザ・ブラックデル嬢に、お目にかかりたい」
「女性を訪問するには、いささか非常識なお時間だと思われますが」
「先触れは、昼間のうちに何度か出したはずだけど。本日夕刻にはうかがうとね」
「頂戴しておりませんな。そしていまは夕刻でもございません。
「城の前の道に、どうしても入れなかったんだよね。一歩踏み込むと、なぜか僕だけ別の道に飛ばされちゃって」
「怪奇現象ですな」
「あれって、どういう魔術なの?」
「はて、魔術には詳しくありませんので」
門扉に隠れてサムズアップしている使用人がいた。
「ところで、先触れを頼んだうちの秘書が、なぜか行方不明なんだけど、何か知らない?」
「さあ、存じません。ご自宅の寝室でお休みなのでは?」
「あ、そう。ちなみに、僕がこちらに来た理由については、知ってる?」
「近頃は老いのせいでございましょうか、想像力がどうにも弱っておりまして、高貴な御方のお考えなど、分かろうとしても、何やらヨコシマな模様ばかりが見えてまいりますよ」
「それは、魔導眼科医に相談したほうがいいかも知れないね」
「ご心配には及びません。お嬢様を守るのに、何ら、支障がございませんので」
「やれやれ……君とこんな話ばかりしていても、仕方がないな」
「では、お帰り願いましょう」
「いや、ここで話を聞いてもらうことにする。どうせ家中の人間が聞いてるんでしょ?」
「お嬢様は、すでにお休みになっておられますがね」
「そっか。疲れたんだろうね、いろいろあって…」
城の窓のあちこちから、強い死の呪詛と共に、声無き怒号が飛んできた。
(お前のせいだろがクソ皇子!)
(とっとと帰ってクソして寝ろ!そして二度と起きるな!)
「おや、うまく回避されますな」
「こんなの当たったら死ぬでしょ!?」
「まあ、そうですな」
「ああもう、何から話せば、理解してもらえるのかな」
「お帰りはあちらでございますよ」
執事長の指さす皇子の足元に、底知れない穴がポッカリと口を開けていた。
「さりげなく地の底に案内しないでくれる?」
「神々のおわす天上にご案内申し上げても、お客様では追い返されますでしょうから」
「ご配慮ありがとう。そうだな、神の話が出たから、そこから行こうか。君たち、神々の戦いについての伝説って知ってる?」
「全く興味がございません」
「ローザ嬢を守るために、絶対に必要な情報だと言ったら?」
「……一応、うかがっておきましょうか」
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