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業務日誌(二冊目)
(6)要人警護
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「ローザ様、お目覚めでしたか」
寝台で半身を起こしていたローザの肩に、マーサがガウンをそっとかけた。
「ありがとう、マーサ…なんだか城の雰囲気が変だけど、何かあった?」
「はい。液体魔力を狙ったコソ泥が入り込もうとしたようで、皆で対応しております」
「みんなは無事?」
「もちろん無事ですよ。ただ、ちょっと困ったことに、おかしな魔術を仕掛けられて、部屋の行き来が一時的に出来なくなっているのです」
「この部屋からも出られないの?」
「ええ。私は封鎖される直前にこちらに滑り込んだのですけど、リビーは遅れたようですね。でも、あの子のことですから、まもなく来るでしょう。
ローザは部屋を見まわすと、ソファでくつろいでいる皇子人形が、にっこり笑ってこちらを見ていた。
「アレクシス皇子殿下は、このことを…」
「確実に把握しておられるでしょうね」
「ちなみにコソ泥って、帝国の人なの?」
「いえ、違うようですよ」
「まさかとは思うけど、皇子殿下は、コソ泥さんの国に行ったりしてない…よね」
「先程服を運んでいらした秘書の方のお話ですと、しばらく各国を回って外交なさるとのことでしたから、コソ泥の国にも寄られるかもしれませんね」
そう聞いて、ローザは、名も知らぬ他国の終焉を確信した。
「皇子殿下も、ご無事でお帰りになるといいんだけど」
「ご心配ですか」
「うん。少し……前の人生のことを、また少し思い出したんだけど、あの方は、結構ご無理をされることがあったみたいだったから」
「それは、ローザ様をお助けするために、でしょうか」
「うん、たぶん。でも今回は、無理なんか、してほしくない」
「そうでございますね」
マーサは寝台のそばを少し離れると、どこからともなく、お茶の入ったカップと、焼き菓子を盛った皿を取り出して戻り、ローザに手渡した。
「長い夜になるかもしれません。お夜食などお召し上がりになって、皆からの連絡を待ちましょうか」
「うん……いつも思うんだけど、マーサ、どこから出してくるの?」
「何事も、慣れと経験でございますよ」
「慣れても出来そうにないよ、私には。マーサはすごいなあ」
「何をおっしゃいますか。ローザ様は、全く何もないところから、あのようなアレ…こほん、王子人形をこしらえてしまったではありませんか。私の小手先の技などより、その方がよほど奇跡的ですよ」
視界の端で、皇子人形が笑みを深くしているのを、マーサは全力で無視した。
その時、扉の外から荒々しい声が聞こえてきた。
「おい小娘! そこにいるのは分かっておる。すぐに出て来い。陛下がお待ちかねだ!」
マーサは扉の前に立ち、言葉を返した。
「お嬢様はお会いになりません。お引き取りを」
「言うことを聞かないと、後悔することになるぞ!」
「そうですか」
「いいから出て来い!」
「お断りいたします」
外の者はだいぶ気が短いらしく、扉をドカドカと蹴り始めた。
「こんなもの、破り壊してくれる。おいお前たち手伝え! 斧を取って来い!」
家来らしき者たちが走り去り、また戻ってきたらしき足音がした。
「叩き壊せ!」
度重なる大きな衝撃音とともに、扉に亀裂が入り始めた。
「遅い! とっととやれ!」
ローザは寝台から降りると、自分を庇うように立っていたマーサの前に出た。
「開いたら、私、陛下とかいう人のところに、行ってくるよ」
「なりません、ローザ様。私が全て片付けますので」
「なら、私も一緒に戦うよ」
「ローザ様…」
ドカーンという、一際大きな音がして、扉が割れた。
「ふん、手こずらせおって!」
腹の突き出た身体に豪華な服を纏った男が、部屋の中に入ってきた。
と思ったら、ばたりと倒れた。
いつの間にか扉の脇に立っていたアレクシス皇子の人形が、腰に差していた薔薇色の棒で、男を殴り倒したのだ。
「動く人形をお作りになっていたとは、さすがです、ローザ様」
「そういう仕様だとは、私も知らなかったわ…」
外の廊下では、倒れた男の家来たちが、何者かと乱闘をはじめたらしく、怒声と悲鳴が飛び交いはじめた。
「ローザ様! マーサさん! ご無事でしたか!」
「リビー、来てくれたのね! 私は無事よ。マーサも」
「よかったーーー! 城に置いて行かれてから、ずっと追尾しようとしてたんですけど、なかなか飛べなくて。たぶんここの扉が破られたから、来れたんだと思います…って、やだ! アレ人形が立ってる!」
「皇子の人形も、敵を倒して助けてくれたの」
「え、こいつ、動くんですか!?」
リビーに蛇蝎を見るような目を向けられても、皇子人形はニコニコと愛想よく微笑むだけだった。
「気持ち悪っ! ローザ様、これ捨てましょうよ」
「ダメよリビー。恩人なのよ。それに、私が作ったお人形だもの。皇子殿下とは別人格よ」
「うー、ローザ様がそうおっしゃるなら…」
「それよりリビー、この部屋って、うちの城じゃないところに来てるんだよね」
「ええ…戻したいんですけど、アルダス侍従長やネイトが来てくれないと、難しいです」
廊下の家来たちは、リビーが全員倒していたが、新たに人が近づいてくる気配していた。
皇子人形は、微笑みながらも抜かりなく廊下に意識を向けている。マーサとリビーもしっかりと身構えながら、ローザを背にして立っている。
皆に守られていることを有り難く思いながらも、ローザはこのままでは駄目だと強く感じた。
(私もみんなを守りたい……何かできることを探さなきゃ)
寝台で半身を起こしていたローザの肩に、マーサがガウンをそっとかけた。
「ありがとう、マーサ…なんだか城の雰囲気が変だけど、何かあった?」
「はい。液体魔力を狙ったコソ泥が入り込もうとしたようで、皆で対応しております」
「みんなは無事?」
「もちろん無事ですよ。ただ、ちょっと困ったことに、おかしな魔術を仕掛けられて、部屋の行き来が一時的に出来なくなっているのです」
「この部屋からも出られないの?」
「ええ。私は封鎖される直前にこちらに滑り込んだのですけど、リビーは遅れたようですね。でも、あの子のことですから、まもなく来るでしょう。
ローザは部屋を見まわすと、ソファでくつろいでいる皇子人形が、にっこり笑ってこちらを見ていた。
「アレクシス皇子殿下は、このことを…」
「確実に把握しておられるでしょうね」
「ちなみにコソ泥って、帝国の人なの?」
「いえ、違うようですよ」
「まさかとは思うけど、皇子殿下は、コソ泥さんの国に行ったりしてない…よね」
「先程服を運んでいらした秘書の方のお話ですと、しばらく各国を回って外交なさるとのことでしたから、コソ泥の国にも寄られるかもしれませんね」
そう聞いて、ローザは、名も知らぬ他国の終焉を確信した。
「皇子殿下も、ご無事でお帰りになるといいんだけど」
「ご心配ですか」
「うん。少し……前の人生のことを、また少し思い出したんだけど、あの方は、結構ご無理をされることがあったみたいだったから」
「それは、ローザ様をお助けするために、でしょうか」
「うん、たぶん。でも今回は、無理なんか、してほしくない」
「そうでございますね」
マーサは寝台のそばを少し離れると、どこからともなく、お茶の入ったカップと、焼き菓子を盛った皿を取り出して戻り、ローザに手渡した。
「長い夜になるかもしれません。お夜食などお召し上がりになって、皆からの連絡を待ちましょうか」
「うん……いつも思うんだけど、マーサ、どこから出してくるの?」
「何事も、慣れと経験でございますよ」
「慣れても出来そうにないよ、私には。マーサはすごいなあ」
「何をおっしゃいますか。ローザ様は、全く何もないところから、あのようなアレ…こほん、王子人形をこしらえてしまったではありませんか。私の小手先の技などより、その方がよほど奇跡的ですよ」
視界の端で、皇子人形が笑みを深くしているのを、マーサは全力で無視した。
その時、扉の外から荒々しい声が聞こえてきた。
「おい小娘! そこにいるのは分かっておる。すぐに出て来い。陛下がお待ちかねだ!」
マーサは扉の前に立ち、言葉を返した。
「お嬢様はお会いになりません。お引き取りを」
「言うことを聞かないと、後悔することになるぞ!」
「そうですか」
「いいから出て来い!」
「お断りいたします」
外の者はだいぶ気が短いらしく、扉をドカドカと蹴り始めた。
「こんなもの、破り壊してくれる。おいお前たち手伝え! 斧を取って来い!」
家来らしき者たちが走り去り、また戻ってきたらしき足音がした。
「叩き壊せ!」
度重なる大きな衝撃音とともに、扉に亀裂が入り始めた。
「遅い! とっととやれ!」
ローザは寝台から降りると、自分を庇うように立っていたマーサの前に出た。
「開いたら、私、陛下とかいう人のところに、行ってくるよ」
「なりません、ローザ様。私が全て片付けますので」
「なら、私も一緒に戦うよ」
「ローザ様…」
ドカーンという、一際大きな音がして、扉が割れた。
「ふん、手こずらせおって!」
腹の突き出た身体に豪華な服を纏った男が、部屋の中に入ってきた。
と思ったら、ばたりと倒れた。
いつの間にか扉の脇に立っていたアレクシス皇子の人形が、腰に差していた薔薇色の棒で、男を殴り倒したのだ。
「動く人形をお作りになっていたとは、さすがです、ローザ様」
「そういう仕様だとは、私も知らなかったわ…」
外の廊下では、倒れた男の家来たちが、何者かと乱闘をはじめたらしく、怒声と悲鳴が飛び交いはじめた。
「ローザ様! マーサさん! ご無事でしたか!」
「リビー、来てくれたのね! 私は無事よ。マーサも」
「よかったーーー! 城に置いて行かれてから、ずっと追尾しようとしてたんですけど、なかなか飛べなくて。たぶんここの扉が破られたから、来れたんだと思います…って、やだ! アレ人形が立ってる!」
「皇子の人形も、敵を倒して助けてくれたの」
「え、こいつ、動くんですか!?」
リビーに蛇蝎を見るような目を向けられても、皇子人形はニコニコと愛想よく微笑むだけだった。
「気持ち悪っ! ローザ様、これ捨てましょうよ」
「ダメよリビー。恩人なのよ。それに、私が作ったお人形だもの。皇子殿下とは別人格よ」
「うー、ローザ様がそうおっしゃるなら…」
「それよりリビー、この部屋って、うちの城じゃないところに来てるんだよね」
「ええ…戻したいんですけど、アルダス侍従長やネイトが来てくれないと、難しいです」
廊下の家来たちは、リビーが全員倒していたが、新たに人が近づいてくる気配していた。
皇子人形は、微笑みながらも抜かりなく廊下に意識を向けている。マーサとリビーもしっかりと身構えながら、ローザを背にして立っている。
皆に守られていることを有り難く思いながらも、ローザはこのままでは駄目だと強く感じた。
(私もみんなを守りたい……何かできることを探さなきゃ)
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