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第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』
第9話『大人たちと、それぞれの事情』
しおりを挟む「よーう、小夜ちゃんじゃないか」
「村長さん、こんにちは」
みゅーちゃんを抱いたまま、あたしは村長さんに挨拶をする。
彼は変わったデザインのTシャツを着ていて、頭には麦わら帽子、右手にうちわを持っていた。
あのTシャツは島でボランティア活動をしている人たちがプレゼントしたもので、今の時期、村長さんが彼らと協力して夏野菜を収穫しているのをよく見かける。
「今日も野菜の収穫ですか?」
「んー、今日は違うなぁ。寄り合いだ」
そう言った彼が背後を見やる。すると村長さんの家のほうから、何人もの大人たちが出てくるのが見えた。
そこには担任の高畑先生や、港の係員の士郎|《しろう》さん、コンビニヨシ子を経営するヨシ子さんの姿があった。
「あら、小夜ちゃんじゃない」
「靖子さん、こんにちは」
あたしはそう言って頭を下げる。ちなみに、学校では『高畑先生』、それ以外では『靖子さん』と呼び分けている。これは島の皆の決まりごとだ。
「夏休みも残すところ半分だけど、宿題は終わってる?」
「ぼ、ぼちぼちですねー」
「ココアが全然って言ってたよ」
他の誰にも聞こえていないはずなのに、あたしは思わずみゅーちゃんの口をふさぐ。
「新しい子も来たし、先生も二学期からは忙しくなるね」
「そうですね。小夜ちゃんはもう知ってるかもだけど、新学期からクラスのお友達が増えるかもしれないの。楽しみにしててね」
隣に立っていたヨシ子さんが言い、靖子さんがそう続ける。おそらく、例の双子姉妹のことを言っているのだろう。
「今年は夏祭りだけじゃなく、芸術祭もあるからなぁ。これから忙しくなるぞぉ」
ぱたぱたとうちわで自身をあおぎながら、村長さんが言う。
なるほど。だからヨシ子さんや士郎さんが寄り合いに参加していたのね。
大きなイベントでは大規模な仕入れが必要になるし、多種多様な業者さんと繋がりを持つヨシ子さんの協力は不可欠だ。
加えて芸術祭もあるのなら、期間中は船も増便される。港で係員として働く士郎さんがこの場にいるのも納得だった。
「わしらはこのまま漁協に行ってくるからなぁ。テンメンジャンもいるし、勝手に上がっていいぞぉ」
最後にそう言い残し、村長さんたちは去っていった。
その背を見送りながら、大人は大変だなぁ……なんて、しみじみ思ったのだった。
◇
大人たちと別れたあと、あたしは村長さんの家には上がらず、港をぶらついていた。
かなり傾いてはいるものの、夏の太陽は粘り強い。まだまだ沈む気配はない。
一方で潮風は心地よく、あたしの髪を揺らす。まさに島の夕暮れといった感じだった。
「あ、また逃げられました……」
「くっそー。次こそは大物釣り上げてやるからな!」
なんともいえない心地よさを感じながら歩いていると、遠くから聞き覚えのある声が飛んでくる。
視線を向けると、ヒナが男子二人と一緒に防波堤で釣りをしていた。
「やっほー。あんたたち、釣れてるー?」
「あ、サヨです!」
近づいていくと、一番にヒナが反応してくれる。
「あはは……小夜ちゃん。見ての通り、ボウズだよ」
続いて裕二がばつの悪そうな顔でバケツを見せてくれる。先程の会話から察しはついていたけど、中には海水しか入っていなかった。
「ヒナにいいとこ見せようとして、力んでんじゃないのー?」
「うっせ。今から入れ食いになるんだよ」
「……こっち側には魚いないんじゃないかな」
「うん。潮の流れが悪い気がする」
そんな男子たちの近くには、おこぼれを狙っているのか、ミミとハナの姿があった。
「潮の流れが悪いって、ミミたちも言ってるわよー?」
「大丈夫だって。これからがチヌの時間帯なんだし、たくさん釣れたら小夜にも分けてやるよ」
「あはは、期待しないで待ってるわねー」
ちなみにチヌとはこの地方の呼び名で、一般名はクロダイというらしい。
人の姿が見えていたらまず釣れず、船の下に隠れる非常に頭のいい魚だけど、それを出し抜いて釣り上げた時の優越感といったら堪らない……と、新也の父親である士郎さんが以前力説していた気がする。
「新也はいいとして、祐二はお母さん手伝わなくていいのー?」
明らかにムキになっている新也に呆れながら、あたしは裕二の隣に腰を下ろす。
祐二の家は母子家庭で、母親の雪絵さんは古民家を改装した図書館カフェを経営している。
それこそ夏は稼ぎどきだから、連日営業中のはずだけど。
「カフェは14時半で閉店だよ。今は食材の買い出しに行ってる。帰ってくるのは最終便だと思うよ」
ちらりと腕時計を見たあと、彼は言う。
最終便が島に戻ってくるのは19時前だし、それまではここで釣りを続けるつもりなのだろう。
「そういえば、さっき村長さんの家に大人たちが集まっててね。夏祭りの話し合いをしてたみたいよ」
「あー、そういえば今年もそんな時期だよな。楽しみだぜー」
なんとなしに話題を振ってみると、新也の嬉しそうな声が返ってきた。
「うへぇ……また神輿の担ぎ手に駆り出されるのかなぁ」
「あったりまえだろー。島には男も少ないんだから、貴重な戦力だぜ!」
声をはずませる新也に対し、インドア派の裕二は明らかに嫌そうな顔をしていた。
獅子舞や屋台もあるけど、あれは基本、小学校低学年まで。高学年になると、男の子は例外なく神輿の担ぎ手をやることになる。
「ま、頑張んなさいよー。なっちゃんと一緒に応援してあげるから」
「そうだ。小夜もサラシ巻けば神輿担げるじゃないか? 小さいしバレな……いって!」
新也が言い終わる前に、あたしは彼のむこうずねに一撃を加える。
……小さいとか言うな。気にしてんだから。
「そ、それよりさ。今年も祭りのあとに花火あるんだよね?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら痛みに耐える新也を気にしつつ、裕二が言う。
「夏祭りの締めくくりといえば花火だし、例年通りなら、あると思うけど……あ、今年はヒナも一緒ね」
「あの、ハナビってなんですか?」
隣のヒナにそう提案するも、彼女は首を傾げていた。
外国から来たのなら、花火を知らなくても無理はない。
「どう説明したらいいのかしら……まあ、きれいだし、きっと驚くわよー。楽しみにしてて」
「はい!」
「あ、あの、小夜ちゃん、その花火さ……」
「え、何?」
ヒナにそんな言葉を返した時、裕二が小声で何か言ってくる。後半は小さすぎて、よく聞き取れなかった。
「……ううん。なんでもない。僕、ちょっと用事思い出したから!」
そう言うが早いか、裕二は持っていた釣り竿を放り出して、そそくさとその場から去っていった。
「……なんだったのかしら」
「ユウジ、絶対サヨと二人で花火見たかったんだよ」
「うんうん。きっとそうだ」
その背を見送っていると、ミミとハナが何か言っていた。
「そんなわけないでしょー。色恋話も大概にしなさい」
あたしはからからと笑いながら言い、裕二が置いていった釣り竿を手に取ったのだった。
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