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五章 死闘! アミルキシアの森 前編

五話 死闘! アミルキシアの森 前編 その五

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 答えは分かっていた。恐怖を克服するには、その元凶である、ロイドを殺したリザードマンの大剣に打ち勝たなければらない。
 大剣から想像してしまう死の影にジャックは怯えているのだ。

 勝てるのか?

 ジャックは弱気になりそうな自分に活を入れる。戦闘で一番やってはいけないのは、弱気になることだ。弱気になれば、体が硬直し、判断が鈍り、実力が出せない。
 それが敗北を呼び込む原因になることをジャックは体で理解している。だから、挑むのだ。恐怖に打ち勝つために。
 ジャックは両足を踏ん張り、リザードマンと向き合う。リザードマンは全力で大剣を薙ぎ払う。

 ――ここだ!

 ジャックはリザードマンの大剣を、ぎりぎり当たるタイミングを見計らってシールドガントレットで受け止めた。
 盾のアビリティで『ジャストガード』が存在する。これは、攻撃が当たる瞬間にガードすることで、ダメージを完全無効化となるアビリティだ。

 ジャックはシールドガントレットを使って、このジャストガードを再現しようとした。
 シールドガントレットが大剣に当たった瞬間、今までに感じたことのない衝撃がジャックに襲い掛かる。

「ガッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「くっ!」

 腕の筋肉とシールドガントレットが悲鳴を上げているのを感じる。
 リザードマンはジャックごと吹き飛ばすような勢いで、力をめ、大剣を薙ぎ払おうと襲い掛かる。
 弾き飛ばされそうになるのを、ジャックは足を踏ん張って、必死に耐えていた。
 この一撃をさばくことができれば……きっと、この恐怖心に打ち勝つことができる。勝機を見いだせるかもしれない。
 そう信じて、ジャックは全力で大剣を受け止めようとする。

「おっおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ジャックは大声を出すことで力を振り絞ろうとした。
 人間の体は大きな声を出すことで脳を刺激し、アドレナリンが分泌される。これを『シャウティング効果』と呼ぶが、ジャックはこれを実行していた。
 アドレナリンには、身体能力、筋力、集中力、判断力を一時的にアップする力があることが証明されている為だ。

 持てる力を全て振り絞ることで、全力でぶつかることでジャックはこの大剣に打ち勝とうとしていた。
 ジャックがなぜ、ここまで勝敗にこだわるのか?
 ソレイユが回復した後、全員が四方八方に逃げ、リザードマンを巻けばそれですむはずだ。
 逃げた方が生き残る可能性が高い。

 それでも、ジャックが戦いを挑むのはロイドの仇をとりたい気持ちもある。ソレイユの活躍に影響されたこともある。強い相手にどこまで通じるのか、挑みたい気持ちもある。
 だが、一番の理由は……。

「ジャック! 頑張れ! 頑張れ!」

 後ろから聞こえるリリアンの声に、ジャックはある想いが込み上げいるのだ。
 このゲームの戦闘シーンは、ライブ中継として放送されている。ということは、どこかで元相棒にして嫁のリリアンが見ているかもしれない。
 だったら、もう無様な姿は見せられない。リリアンの相棒として、立派に戦い抜ける強い男として、見て欲しい。
 そして、伝えたい。僕ならキミの力になれる。だから、僕に打ち明けて欲しいんだ。キミの悩みを……。

 ジャックは命を懸けて、大剣に挑む。死と隣り合わせの状況で、リリアンへの想いがジャックに勇気を与えてくれている。
 あふれんばかりの勇気を武器に、ジャックは闘志を燃やす。

 シールドガントレットと大剣がせめぎ合う中、変化が訪れた。
 シールドガントレットが光り出したのだ。強い光と熱があふれだし、シールドガントレットが徐々に大剣を押し返していく。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ジャックは更に雄たけびを上げ、筋肉を膨張させ、シードルガントレットを思いっきり、振り払った。
 大剣は押し返され、リザードマンはのけぞるように体勢を崩す。ジャックはその隙を見逃さない。
 ジャックは一度膝を曲げ、しゃがみこみ、両足に力をこめ、一気に解放させる。飛び上がりざまに、リザードマンの無防備な顎をアッパーカットで打ち抜いた。

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAM!

 リザードマンは顎を撃ち抜かれ、よろよろと後退し、そのまま尻餅をつく。ジャックは自分より二倍以上のある巨体を地面に手を付けることに成功したのだ。

「イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェス!」

 ジャックは渾身こんしんのガッツポーズをとる。
 ついにジャックはリザードマンに一矢報いたのだ。まだまだ死闘は続くが、それでも、この一撃はジャックにとって活路を見出す一撃になったはずだ。

 リザードマンがゆっくりと立ち上がる。気のせいか、目は更に赤く黒く染まり、ジャックを見据えている。
 だが、威嚇するような動作は一切ない。まるで獲物を観察するようなハンターのような目つきだ。
 その仕草に違和感を覚えつつ、ジャックは決断を迫られる。

 様子を見るか? 続行するか?

 本音を言えば、様子を見ることが望ましい。敵のSPがある程度減ると攻撃パターンが変わる可能性がある。
 考えられるとしたら、口からブレスか毒を吐く可能性があげられる。正面に立つのは危険だろう。
 攻撃パターンを解析し、その後に戦うのがセオリーだが、ここで攻撃の手を休めると出血が止まり、継続ダメージが解除されてしまう。それに流れも止まってしまう可能性がある。

 戦いには流れがあり、勢いは攻撃を円滑に進めることができる。それに運も味方する可能性も高い。仕切り直しはお互いの勢いをゼロにしてしまう。

 迷っている暇はない。決断はすぐにでもするべきだ。

 ジャックが選んだ選択とは……リザードマンに飛び込む事だった。つまり、攻撃続行だ。
 リザードマンの大剣に突きはない。薙ぎ払うか、振り下ろすか。ブレスは口元を注意すればいいだけ。

 油断はなかった。ジャックはありとあらゆる可能性を瞬時に判断し、攻撃に転じたのだ。
 リザードマンがとった行動は……くるりと背中を向けながら後退した。

 ――ここで逃げるの?

 ジャックは一瞬、注意がそがれてしまった。心の奥底で、生き残ることができたと安堵してしまったのだ。それが致命的な隙を作ってしまう。

 直感だった。
 ジャックは嫌な予感がした瞬間、無意識に腕を防御する位置に動かそうとした。その瞬間、シールドガントレット越しに強い衝撃がジャックを襲い掛かった。

「がはっ!」

 シールドガントレットが砕け散り、ジャックは空を舞った。そして、そのまま地面に叩きつけられる。
 何が起こったのか? なぜ、ジャックは空を見上げているのか? すぐには理解できなかった。
 右腕のシールドガントレットが破壊され、右腹に痛みを感じる。ということは、右腹を攻撃されたことになる。
 考えられるとしたら薙ぎ払いだが、リザードマンは後ろを向いた状態だった。
 ならば、どうやって、攻撃したのか?
 リザードマンに視線を送ると、尻尾がたんたんと地面を叩いている姿が見えた。

「……尻尾で攻撃するなんてありなの?」

 そう、尻尾だ。リザードマンがくるりと背を向けたのは遠心力をつける為だ。つまり、尻尾を鞭のようにして、薙ぎ払ったのだ。
 想定外の動きと、心の隙を突かれ、ジャックはリザードマンの攻撃を受けてしまったのだ。
 幸い、シールドガントレットがクッションのようになって威力を殺してくれたが、それでも、SPは三分の一は減っていた。一撃でこの様だ。本当に恐ろしい。

 ジャックは体を起こそうとしたとき、異変に気付く。体が重いのだ。
 まるでフルマラソンを走り切った後の様に、体と足が重く、疲れがどっと押し寄せてくる。膝がわらい、まるで鉛を背負っているような感覚になる。

「ジャック!」
「……リリアン。ちょっと体がだるいんだけど、これって何? リザードマンの特殊な攻撃を受けたからなの?」

 一時的なバットステータスなら、回復を待てばいい。戦うことが出来る。
 だが、リリアンが告げた言葉はジャックに絶望を与えた。

「それは『疲労』だよ、ジャック。ストレスや疲れが体に蓄積されると、動きに制限がかかるの」
「……まいったな。ここまで忠実に再現しなくてもいいじゃない」

 苦笑しか出てこないジャックに、リザードマンはゆっくりと近づいてくる。
 リザードマンの剛腕から繰り出される大剣の攻撃は、どれも必殺の一撃。どんな状況も一撃でひっくり返すことができるのだ。
 しかし、どれほど強力な攻撃であっても、当たらなければ何も問題は無い、という名言があるように、ヒットしなければSPを減らすことはできない。

 しかし、そんなふうに割り切れることができるだろうか?
 当たらないと分かっていても、殺意のこもった大剣の一撃を目前にしたとき、ストレスを感じないだろうか? 少なくともジャックは感じていた。

 それでもジャックが戦えていたのは、勇気とテンションで恐怖を無理やり押さえ込んでいたからである。
 気分がのっている時は疲れを忘れていられたが、リザードマンの攻撃を受けてしまい、強制的に高まっていた気分が元に戻ったとき、押さえ込んでいたものが一気に噴き出してしまった。

 ストレスと疲労でジャックの体はボロボロ、立っているのがやっとの状態。

 こんな状態で勝てるのか?

 ジャックは無理やり湧き上がってきた疑問を考えないようにするが、心の隙間に忍び込むように不安が押し寄せてくる。

 勝てないとき、どうなってしまうのか?

 待ち受けている運命は死……。

 ジャックは首を左右に振り、恐怖を振り切る。
 弱気は敗北を呼び寄せる。それはまるで、死神の鎌のようにまとわりついてくる。
 ジャックはすぐさま頭を回転させ、生き残るために今後のプランをひねり出す。
 この際、リザードマンの出血は回復されても仕方ない。まずは、体力の回復に努めるべきだ。

「リリアン、疲労の回復方法は?」
「一番の薬は、戦闘を離脱して、リラックスすることだよ」

 不可能な提案だった。戦闘を離脱することは可能だ。だが、ここで逃げたらソレイユはどうなるのか?
 ソレイユはまだ頭を垂れ、回復する兆しが見えない。このままだと、動けないソレイユは確実に殺されるだろう。
 体を張ってくれた恩人を見捨てる選択肢はジャックにはなかった。ならば、戦いを続行するするしかない。
 せめて、ソレイユが回復するまで時間を稼がなければ……。
 ジャックは拳を握りしめる。

「……実にいい提案だね、リリアン。それなら、もっといいプランがある。トカゲクンと一緒にお茶するってどう? ラブアンドピースってことで」
「実にいい提案だね、ジャック。その前に、トカゲさんに言葉が通じたらいいんだけど。食べたら言葉が通じるこんにゃくを開発してみる?」
「結構」

 リザードマンはジャックを攻撃範囲にとらえた。戦闘はいつ再開されてもおかしくない。
 ジャックは絶望の中、ガードをあげ、リザードマンを迎え撃つ。体を休めたいところだが、リザードマンの攻撃を見極める為、神経を張りつめてしまい、それどころではない。

 ますます勝てる要素がない中、第二ラウンドが始まろうとしていたが……。
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