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五章 死闘! アミルキシアの森 前編

五話 死闘! アミルキシアの森 前編 その六

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「グゥアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 リザードマンの苦痛の声がアミルキシアの森に響き渡る。
 いきなりのことで、ジャックは何が起こったのか分からなかった。

「邪魔するわよ」

 リザードマンとジャックの間に第三者の声が割って入ってくる。
 その人物は、リザードマンの背後を切り裂き、ジャックの元へと走り寄る。ジャックはその人物を見た瞬間、驚きのあまり、声を失ってしまう。

 ツーハンデッドソードを背負ったマントに身をまとった剣士。顔は仮面で覆われているが、見間違えるはずがない。
 彼女はソウル杯初日にソレイユを襲った剣士だ。

 なぜ、ここに? というか、目的は? 突然のことでジャックは状況が把握できず、リザードマンのことを忘れて、まじまじと仮面の剣士を凝視する。

 あの夜の続きに来たのか? それなら、ソレイユを襲っているはずだが、その気配はない。

 リザードマンとタイマンをはりに来たのか? なんてチャレンジャーなのだろう。ここはもう、譲るしかない。

「そこのキミ、何後ろに前進しようとしているの? まさか、そのままバックれるわけないわよね?」
「……ねえ、キミってエスパー? そういうスキルがあるの?」
「冗談はその軽口だけにしなさいよね。まあ、好きにしなさい」

 仮面の剣士が何を言ったのか、すぐには理解できなかった。
 逃げていい?
 その言葉は、ジャックの戦意を奪うには十分すぎる威力があった。

「好きにって、逃げていいの?」
「いいわよ。ここからは私がるわ」

 なぜ、目の前にいる仮面の剣士はこうも好戦的なのだろう。あのリザードマンが怖くないのだろうか? 女は愛嬌というが、度胸の間違いではないかとジャックは思ってしまう。
 ジャックは仮面の剣士に疑問をぶつける。

「それはありがたいけど、いいの?」
「『疲労』なんでしょ? さっさと回復してきなさい。私はその間にあのトカゲを倒すから。横取りしてごめんあそばせ」

 仮面の剣士の意地悪な言い方に、ジャックはカチンとくるが、すぐにそれが思い違いだと分かってしまった。
 仮面の剣士の手が震えている。怖いんだ。ジャックは口元が緩むのを抑えつつ、仮面の剣士に問いかける。

「……それはいいんだけど、一応助けてくれる理由を訊いてもいい? 僕達、敵同士じゃないの? それとも、仲間になってくれるの?」
「理由は、討伐クエストを受けているからよ。ターゲットはあのリザードマン。これで納得していただけた? 別にキミの為に助けに来たわけじゃないんだからね」

 ジャックはそれ以上、尋ねることはしなかった。結局、仲間か敵かはぼかされたが、今は目の前の難関をどうクリアするかだ。
 助けてもらえるのなら、力を借りるべきだ。それにいいツンだ。ツインテールは伊達じゃない。ジャックは勝手に妄想していた。

「OK。それなら僕が前衛でキミは後衛でいい? 流石に女の子だけ戦わせるのは、男としてどうかなって思うし」
「……ちょっと待って。どうして、私が女だって分かるの?」

 仮面の騎士は初めて狼狽した様子を見せる。私と言っている時点で女だって認めているようなものだが、ジャックは理由を話す。

「いや、だって声を聞けば分かるよ。女の子の声じゃん」
「……」

 仮面の剣士は唖然としている姿が想像つく。
 仮面の剣士の声は、野太い声ではなく、透き通った高い声をしている。アニメで聞き慣れた女性の声だ。
 仮面の剣士はごほんと咳払いし、ジャックの隣に立つ。

「キミ、戦えるの? ハンデを背負っているじゃない。それに、右のシールドガントレット、壊れてるし。左手一本でトカゲの攻撃をさばくつもり?」
「そうだった! うわ~ダメだ~勝てないよ~」

 頭を抱え、悲鳴を上げるジャックに、仮面の剣士は冷たい言葉を投げかける。

「……戯言はいいから、さっさと予備を出しなさい」
「えっ? なんで知ってるの? 僕のファンなの? サインいる?」

 ジャックは肩をすくめ、メニュー画面を開き、新たにシールドガントレットを装備する。ジャックは同じ武器を二つ用意していた。
 シールドガントレットは攻守の役割を担っている為、破壊されると攻防両方ともダウンする恐れがある。
 その為、予備でワンセット、シールドガントレットを用意していたのだ。

「これで僕が前衛で問題ないよね?」
「はあ……物好きね。せっかく逃げるチャンスを与えたのに」

 そういいつつ、仮面の剣士は嬉しそうだと思うのは、気のせいだろうか?
 素直じゃない女の子に、ジャックは好感が持てた。仮面の剣士はジャックの後ろに行かずに、隣に並ぶ。

「気を使ってくれて悪いんだけど、女である前に、私は剣士なの。だから、キミの隣で戦うわ」
「……格好いいね、キミ。惚れそうになったよ。僕はジャック。名前、きいてもいい?」
「……」
「?」
「……やっぱり、キミは私の敵だわ」
「どうして!」
「ジャック! 危ない!」

 リリアンの叫びに、ジャックはすぐさまリザードマンに注意を払う。
 リザードマンは大剣を振り上げ、二人に向かって、容赦なく振り下ろしてきた。
 ジャックと仮面の剣士はすぐさまサイドステップでお互い左右に分かれ、回避する。

 ジャックは体制を整え、リザードマンを見据える。仲間が増えたことはラッキーだったが、状況はかんばしくない。
 目の前の化け物をどう攻略すればいいのか? その方法が分からない。
 とりあえず、仮面の剣士にリザードマンが襲い掛からないよう、タゲをとらなければ。

 ジャックはシールドガントレットを叩き、リザードマンの注意を引く。リザードマンがゆっくりと、こっちを睨みつけようとする。
 これでリザードマンの気を引けたはず。ここからどうするか、考えていると……。

「遅い!」

 仮面の剣士はツーハンデッドソードの剣柄を掴み、一直線にリザードマンへ向かって走り出す。重量のあるツーハンデッドソードを持っているとは思えないほど、素早い動きで大胆にリザードマンを斬りつけた。

「グッアアアアアアアアア!」

 リザードマンが悲鳴を上げる。その光景を見て、ジャックは慌ててしまう。

 ―――ちょっと、まだ早いよ!

 まだタゲもとれていないのに、仮面の剣士はリザードマンに攻撃を仕掛けてしまう。そのせいで、リザードマンの注意は仮面の剣士に向いてしまう。

「ガァアアアアアア!」

 案の定、リザードマンは仮面の剣士に攻撃を仕掛けてきた。大剣の薙ぎ払いに、仮面の剣士はしゃがみ込むことでやり過ごす。
 ジャックはすぐにタゲを取り直そうとするが、一時停止してしまう。
 リザードマンが仮面の剣士を攻撃している事で、ジャックに背を向けていたのだ。なんとも無防備な背中に、ジャックは思いっきり拳を叩きつけたい衝動に襲われる。

 仮面の剣士を助けるか? それとも、攻撃するか?

 ジャックがとった行動は。

「背中がお留守なんじゃない?」

 ジャックは思いっきりリザードマンの背中を殴りつけた。だって、無防備なんだもん、そんな言い訳を思いつきながら、殴ってしまった。
 リザードマンが怒ったように、真っ赤な瞳でぎろっとジャックを睨む。

「せ、背中に蚊がいたんだ。だからね……」

 ジャックは言い訳をしながら、たははっと笑ってしまう。
 
「よそ見しない!」

 仮面の剣士が、リザードマンの出血した場所を思いっきり真横に斬りつけた。血しぶきが舞い、リザードマンの目が大きく見開く。
 リザードマンはまた、仮面の剣士と向き合う。ジャックに背を向けて。

「何がしたいのか、分かったでしょ!」
「OK! それでいこう!」

 ここからは、まるで餅つきの要領だ。
 リザードマンが仮面の剣士に注意を向けているとき、狙い澄ましたようにジャックはリザードマンの背中に攻撃を与え、リザードマンがジャックに注意を向けた瞬間、仮面の騎士がリザードマンの傷口に攻撃を加える。
 背中を攻撃する役と傷口を攻撃する役に分かれ、ジャック達はリザードマンにダメージを重ねていった。

 このゲームでは、攻撃が当たる箇所によってダメージの比率が変わってくる。
 基本は、正面は1倍で、側面が1.2倍、背面が1.5倍となる。
 もちろん、みぞおちや後頭部といった人の弱点やモンスター特有の弱点攻撃すればもっとダメージが与えられる。
 二人は効率よく、リザードマンのSPを減らしていった。

 二人の連携に、リザードマンは後ろを無視して、仮面の剣士に攻撃を仕掛ける。拳の攻撃よりも、剣の攻撃のほうが厄介だからだ。
 だが、リザードマンの背中に、ジャックが何度も何度も思いっきり拳を叩きつけられる。
 一回の攻撃は大したことはないが、何度も攻撃されると、ダメージよりも腹がたってくるのだ。

 リザードマンはしびれを切らし、ジャックに遅いかかる。仮面の剣士に背を向けた瞬間、仮面の剣士は大きく振りかぶり、リザードマンの背中を全力で斬りつけた。

 最初は単純な連携だった。ジャックが攻撃すれば、背後を仮面の剣士が。仮面の剣士が攻撃すれば、ジャックがリザードマンを背後から攻撃する。その合間にエリンが援護射撃でフォローする。
 三人の即席のコンビネーションは、リザードマンを振り回し、着実にダメージを重ねていく。しかし、エリンは攻撃の手を止めてしまう。

 二人の連携についていけなくなったのだ。
 ジャックと仮面の剣士のコンビネーションは絶妙で、ツーカーで通じ合っているかのようにみえた。
 まるで昔からお互いの事を知っていたかのような、息ピッタリの動きをしてみせる。
 二人のスピードはどんどん加速していくとともに、ジャックのソウルメイトと仮面の剣士の体から真っ白なソウルが淡く輝き出す。
 あたたかなソウルは二人を優しくゆったりと浸透していく。
 
「ジャック!」
「任せてよ!」

 驚くべきことは、ジャックと仮面の剣士は打ち合わせもせずに、やってのけていることだ。
 ジャックと仮面の剣士はリザードマンが間にいる為に、お互いの動きが見えないはず。それでも、二人は短い言葉でタイミングを合わせていた。

 二人の動きに変化が訪れる。
 ジャックはリザードマンの目の前で反復横跳びを始めたのだ。これは攻撃を回避する為のものではない。現にリザードマンが攻撃していないのに、ジャックは跳び続けている。

「へいへいへい! 鬼さんこちら~手の鳴る方へ~」

 パンパンと手を叩きながら、反復横跳びをするジャック。
 ジャックの姿に、戸惑うリザードマン。
 呆然としているリザードマンの背中をこつんこつんと何かが叩く。
 後ろを振り向くと、仮面の剣士がツーハンデッドソードの先で突いていた。
 リザードマンはすぐさま攻撃に備え、身を護ろうとするが、仮面の剣士はツーハンデッドソードを肩に担ぎ、手を前に差し出して、くいくいっと動かしてみせる。
 ようやく、リザードマンは二人にからかわれていることに気づいた。

 二人は遊んでいるのだ。この命のやりとりの中で、リザードマンをおちょくていたのだ。
 本来ならこれこそが、ゲームの楽しみ方なのかもしれない。
 バカやって、格好つけて、強敵を打ち倒す。小さな子供のように、どんなものでも遊びに変えてしまう発想と行動。
 それを二人は楽しんでいた。

 二人ともそんなつもりはなかったのだろう。
 しかし、今まで離れ離れになっていた魂が惹かれあい、一つになったとき、彼らは欠けていたものを取り戻した喜びに包まれていた。
 二人は心と心を激戦の中で確かめ合っていたような感覚におちいったのだ。
 そして、楽しくなってつい、遊んでしまった。

 不思議な感覚だった。こんなにも分かり合える人と出会えるなんて。
 ジャックは何かあたたかいものにおおわれたような安心感に包まれていた。
 それは仮面の剣士も同じだったのかもしれない。
 二人のソウルはお互い共鳴し、想いを結んでいる。その姿はソウルが二人を祝福しているかのように見えた。

 二人の存在が理解できないリザードマンは、まるで追い詰められているような気分だった。
 そこにいる人間は脆弱で、リザードマンにとって、敵とはなりえない存在だった。
 しかし、その貧弱ひんじゃくな種族は、自分に恐怖するどころか、からかってきたのだ。

 言いようのない苛立ちとこんなはずではなかったという焦りから、リザードマンは逃げるように、ジャックと仮面の剣士のいない横へと跳躍ちょうやくする。
 リザードマンを挟み撃ちしていたので、ジャックと仮面の剣士が横に並んでいる状態になり、そこを狙ってリザードマンは攻撃態勢に入る。くるりと背を向けるように再度跳躍した。

 その姿を見て、ジャックと仮面の剣士はすぐさま行動に移る。言葉は不要だった。ソウルが、想いが二人を繋ぐ。
 仮面の剣士はツーハンデッドソードを、ジャックは両手を使ってリザードマンの尻尾の攻撃をガードする。
 重く鋭い攻撃に二人は少し後退するが、それだけだ。
 完全にリザードマンの攻撃を受けきったのだ。ジャックは仮面の剣士の方を見る。
 お互いシンクロしたかのように顔を見合わせたことに、ジャックは笑ってしまった。
 仮面の剣士も顔の表情は見えなかったが、笑ったように思えた。

 ジャックはリザードマンに殺されかけたとき、仲間と群れることは弱さだと感じた。
 しかし、隣に、一緒に困難に立ち向かってくれる相手がいるだけで、どんな苦境も乗り越えられる、そんな気にさせてくれる。
 疲労で立つのも苦しい状況なのに、ジャックはそれでも力が湧いてくるのを感じていた。
 何か暖かいものが胸の中でうずまいている。何度も限界を迎えているソウルメイトが、ソウルに癒やされ、主の心に応えてくれる。

 この世界はたった一人しか勝者になれない厳しい世界だ。それでも、だからこそ、仲間の存在が大切なんだってジャックは感じていた。
 きっと、間違いじゃない。
 いつかは殺しあう関係になっても、それでも、仲間と一緒に行動するのは間違いじゃない、弱さじゃない。

「ねえ、キミ。私はまだまだやれるけど、体力、もつの?」
「……正直、限界。後、二、三回全力で攻撃したらバタンキューかも。せっかく楽しくなってきたのに、ごめん」

 ジャックは素直に状況を告げる。まだまだ戦えそうな気はするが、希望的観測を伝えるのははばかれたからだ。
 それに仮面の剣士に嘘をつくことに罪悪感を覚えてしまうのも理由だった。

「……仕方ないわね。ここからは、私が一人で戦う……」
「待ちなよ。僕に作戦があるんだ。リリアン、どう?」
「OKサインもらったよ、ジャック」
「よし!」

 ジャックは仮面の剣士に自分の立てた作戦を伝える。無謀ともいえる作戦の内容に、仮面の剣士は呆れ果てていた。

「……本気なの?」
「もうこれしか勝機はないと思う。この賭けに乗ってくれる?」

 ジャックには確信があった。仮面の剣士は必ず自分の無茶で無謀な作戦に乗ってくれると。
 仮面の剣士の返答はもちろん……。

「いいわ。その賭け、乗ってあげる。一蓮托生いちれんたくしょうといこうじゃない」

 ジャックと仮面の剣士はこつんと拳をあわせ、互いの健闘を祈った。
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