上 下
40 / 358
五章 死闘! アミルキシアの森 前編

五話 死闘! アミルキシアの森 前編 その七

しおりを挟む
「リリアン。作戦を実行するから、みんなに伝えて。僕が右手をあげたら作戦開始だから」
「ラジャー!」

 リリアンは敬礼をした後、空高く舞い上がる。
 ジャックはリリアンにお願いし、ソレイユとエリンにメールを送ってもらっていた。内容はこれからリザードマンを倒す方法についてだ。
 この作戦にはジャックと仮面の剣士以外の、二人の協力が不可欠だ。二人から二つ返事でOKをもらい、作戦を実行する段階にきていた。
 この作戦はソレイユにはかなりの負担を強いることになるが、生き残るには多少の無理を通さなければ勝てない相手だ。
 ジャックはこの戦いに生き残ることができたら、ソレイユにご飯を奢ろうと固く誓った。

「ジャック、いつでもいけるよ!」
「……」
「……ジャック?」

 何も返事せずにじっとこっちを見つめてくるジャックに、リリアンは不思議そうにジャックに問いかける。ジャックは覚悟を決めた目でしっかりと伝えた。

「見ててね、リリアン」

 それは目の前にいるリリアンではなく、どこかで観戦してくれているだろう、相棒に投げかけた言葉だった。
 ジャックは一つ深呼吸し、仮面の剣士にアイコンタクトを送る。仮面の剣士はそれを受けて頷いてみせる。

 ジャックはゆっくりと右手を挙げた。作戦開始だ。
 リザードマンの右をジャックが、左は仮面の剣士が回り込むように移動する。リザードマンは警戒するように二人を凝視していた。

 リザードマンが二人に注意を向けていたとき、一本の矢がリザードマンの傷口に突き刺さる。エリンの攻撃だ。
 今までは二、三本攻撃して、それから場所を移動してまた二、三本、この繰り返しだったが、今回は早撃ちするかのように何本も矢が飛んできた。
 更に一本の矢が、リザードマンの矢の刺さっていない目に飛んできた。これにはリザードマンは無視できず、体をのけぞって回避する。

 しつこく飛んでくる矢に、リザードマンは我慢できなくなり、矢の飛んでくる方向へ走り出す。助走をつけたリザードマンの攻撃は木々をなぎ倒し、破壊していく。リザードマンはエリンを捜してきょろきょろと首を動かすが、その瞬間。

「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 リザードマンの背中目掛けて、ソレイユが飛び込んできた。今度はリザードマンの背中にソレイユの苛烈な剣舞が襲い掛かる。

 四十連撃。

 ソレイユはもう一度、再現しようとしているのだ。オーバーフローをしてしまうくらい激しい動きをするのに、回復してすぐに大技をまた出すのはかなり苦しいだろう。
 それでも、ソレイユはこの状況を打破する為、勝つために剣を握ってくれた。

 身体とも疲労しているはずなのに、ソレイユの動きは更に洗練され、キレが増していく。
 弱みをみせず、常に高潔であろうとするソレイユの姿を、ジャックはずっと見つめていたかったが、仮面の剣士の声に我に返る。

「あの人が頑張っているのに、キミはサボる気?」
「まさか。ソレイユの頑張りに報いないとね」

 ジャックはこのときの為に用意した奥の手を出すことを決意する。メニュー画面を操作し、選択した武器が目の前に復元する。

 ウォー・ハンマー。
 両手武器で打撃に特化した武器である。ハンマーのような形状で、コンパクト状にすることで衝撃力を集中させ、威力を高めている。
 重量がある為、連撃は難しく、すばやく動く標的に当てることは困難だが、威力は折り紙つき。まさに一撃必殺の武器だ。

 仮面の剣士が前へ、ジャックがその後ろにつく。二人はソレイユの連撃が終わるタイミングを見計らっていた。

「ねえ、四十連撃はうまくいくと思う? 途中でヘバるんじゃない?」
「ソレイユがやるといったらやるよ。そういう女性ひとだから」
「そう……信じているのね」

 仮面の剣士の問いに、ジャックは鼻をかきながら答える。

「信じてるっていうか……信じさせられるんだよね」
「信じさせられる?」
「そう。彼女と一緒に旅をしたら分かるよ。どう、これが終わったら僕達の仲間にならない?」

 ジャックの提案に、仮面の剣士は呆れ果てていた。

「……呆れたわね。私、一度キミの仲間を殺しかけたのよ」
「それでも、今は共闘しているじゃない。僕とソレイユの出会いも殺し合いから始まったけど、今は仲良し小好しだよ。気が合うならそれでOKさ」
「……おしゃべりはここまで。もうすぐ、四十連撃が終わるわ」

 仮面の剣士はリザードマンの方へとツーハンデッドソードを構える。ジャックは心の中で、自分はナンパにむいていないと思っていた。
 そして、尚更、リリアンとの出会いは一生ものだったと思ってしまう。まあ、リリアンが男だったら納得いく話なのだが。

 ソレイユの斬撃はいまだに続いている。ソレイユのショートソードと体が光に包まれ、もう少しで四十連撃に達しようとしていた。
 ジャックは改めて手にしたウォー・ハンマーの重みに息をのむ。今からやることはぶっつけ本番だ。失敗すれば勝機を失う可能性が高い。
 成功したとしても、勝つ保証はない。それでも、今うてる最高の攻撃手段をリザードマンにぶつけるしかない。

 ソレイユの攻撃はリザードマンの背中を斬り刻み、尻尾を切断してもなお、止まらない。まさに光の暴風だ。
 しかし、どんな攻撃も終わりはおとずれる。
 ソレイユの全身全霊の一撃がリザードマンを斬りつけた。四十連撃をソレイユは成し遂げたのだ。

 ソレイユは最後の一撃の後、バランスを崩し、そのまま地面に倒れた。
 自分の役目を果たしたソレイユに、ジャックは心の中で賞賛する。今訪れた勝機をふいにできないからだ。
 四十連撃が終われば、ソレイユはオーバーフロー状態になり、動けなくなる。そして、リザードマンも少しだが、硬直状態になる。この瞬間が逆転勝利のチャンスとなる。

「任せたわよ、ジャック!」
「必ず成功させる!」

 仮面の剣士が一直線にリザードマンに駆け寄る。ダッシュからの跳躍でリザードマンの背を蹴り、後ろの首筋にツーハンデッドソードを突き刺す。
 仮面の剣士はそのまま、ツーハンデッドソードを押し込めようとする。

「グッワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 リザードマンが前のりに倒れる。絶好のチャンスが到来する。
 ジャックはウォー・ハンマーをハンマーの部分を後ろに下げた状態で構えながらダッシュする。リザードマンとの距離を注意しながらタイミングを計る。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ジャックはウォー・ハンマーをまるでハンマー投げするかのように回す。遠心力をつけた状態で飛び上がった。下から上へ、上から下へ、勢いのついたウォー・ハンマーを仮面の剣士目掛けて振り下ろす。
 仮面の剣士はツーハンデッドソードを残して真横に飛ぶ。残されたツーハンデッドソードにジャックのウォー・ハンマーが叩き込まれる。

「ガッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 ハンマーの部分がツーハンデッドソードの柄頭にヒットし、ツーハンデッドソードはリザードマンの喉元を突き抜け、血をまき散らしながら外へと飛び出した。
 リザードマンは断末魔をあげ、そのまま地面を這いつくばる。ジャックはウォー・ハンマーを杖にして、膝をつく。

 ――これで死んでくれ!

 ジャックは倒れているリザードマンが立ち上がらないよう必死に祈った。ソレイユはもう、オーバーフロー状態から回復しても、精神的、肉体的疲労から四十連撃は出せないだろう。
 ジャックも疲労のピークを迎えている。スタミナが三分の一から回復しない。
 ウォー・ハンマーは攻撃力は高いが、単発でしか攻撃できないこと、攻撃速度が遅いこと、スタミナをかなり消費するので、今の状態では一撃が限界であり、まさに打つ手なしになってしまう。

 先程のツーハンデッドソードを釘にして、ウォー・ハンマーを打ち込む作戦は、以前に経験した事を応用したものだ。
 ジャックがまだ、鍛冶スキルで今の武器を作成できなかった頃、素材を手に入れる為に狩りをしていた時の出来事だった。



「はぁああああああ!」

 ロイドのショートソードがオオカミの口元を突き刺す。それでも、オオカミは口にショートソードを突き刺したまま、暴れまわった。
 ロイドはグロテスクな光景のせいで、ショートソードを手から離してしまう。
 そのショートソードの柄頭を、テツのロングスピアの突きがショートソードに当たり、ショートソードはオオカミの口からお尻を通り、突き抜けたのだ。
 かなりグロテスクだった為、ロイドはなかなかショートソードを触れずに、微妙な空気が流れた。



 少しデンジャラスな出来事だったが、ここで大事なのは、ショートソードがオオカミの体を突き抜けたとき、オオカミは即死したことだ。オーバーキル気味に大ダメージを与えることができたのだ。

 有効な攻撃手段を見つけたが、かなり凄惨せいさんな方法だった為、二度とやることはなかった。皆が忘れ去ろうとしていたのだ。
 ジャック自身も忘れかけていたが、ロイドが思い出させてくれたのかもしれない。この危機を乗り切るための手段を。

 ジャックはそれを運命のように感じ、実行し、成功した。
 エリンの傷口への連続攻撃にソレイユの四十連撃、仮面の剣士の下突きにジャックの遠心力のつけたウォー・ハンマーので釘打ち。
 ジャックの考えられる最大の攻撃をやりきったのだ。もう、死んでほしいと何度も何度もジャックは願った。

 しかし、リザードマンは悶え苦しみながら、大剣に手を伸ばす。
 その姿にジャックは戦慄せんりつしてしまう。この戦いでカウントアウトがあれば、ノックダウンでリザードマンは文句なしのKO負けだ。
 だが、この戦いは殺すか殺されるかのルール無用の真剣勝負だ。果たして、どちらが生き残るのか。

 リザードマンは大剣を掴み、ジャックの方へゆっくりと首を向ける。それだけで、ジャックは蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。倒し切れなかったのだ。

「そんな……」

 ジャックの心の中に絶望が埋め尽くしていく。最大の攻撃で倒せなかったことで、何をしてもリザードマンは倒せないと、心が絶望に屈してしまいそうになる。

 リザードマンはゆっくり、ゆっくりとジャックの方へと匍匐前進ほふくぜんしんしながら、体を引きずって近寄ってくる。
 ジャックは後ろに、後ろへと下がっていく。

「うわぁああああああああああ!」

 ジャックは石に足が当たり、その場に尻餅をついてしまった。その間にもリザードマンは地を這いながら、ジャックに近づく。

 ――来るな……来るなぁ!

 ジャックは顔をゆがめ、血まみれで近づいてくるリザードマンを怯えた目つきで見つめている。
 ジャックの瞳には恐怖が宿り、作戦を実行したときの強い意志は完全に消え去っていた。
 リザードマンは吐血したまま、それでも、ジャックを睨みつけ、大剣を振り上げようとしたが。

「グ……ルゥゥゥゥゥゥ……」

 リザードマンは前のりに倒れ、体を痙攣させる。
 目には涙を浮かべ、ぴくぴくと小刻みにふるえ、地面にリザードマンの血が広がっていく。そして、そのまま動かなくなった。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 誰も言葉を発せず、ジャックの吐く息だけが場を支配している。
 ジャックはこぼれるように言葉を吐き出す。

「こ、これって……」
「おめでとう、ジャック! リザードマン、攻略したよ!」

 リリアンの祝福の声が聞こえてきた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【画像あり】転生双子の異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:689pt お気に入り:9

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

SF / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:1,685

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:887pt お気に入り:307

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:840

叶わない恋ならば……あなたを忘れよう

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:11

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,201pt お気に入り:33

許してもらえるだなんて本気で思っているのですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,723pt お気に入り:3,751

処理中です...