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番外編 02

殺意

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「ジャック、ここで何をしているの?」
「ちょっとね……」

 アミルキシアの森から生還したジャックは、港町クロスロードの丘の上にただずんでいた。ジャックのすぐ後ろにソレイユは控えている。
 二人は丘から見える風景をじっと見つめていた。

 日は沈み、ぽつぽつと街の明かりが照らし出されている。
 その明かり一つ一つに人々の、NPCの生活がある。家族で夕ご飯を食べている家族、仕事の帰り道に酒場でお酒を飲む者等、様々な人の日常がそこにある。
 生活の息吹を感じることのできるこの世界は、到底作り物とは思えない。

 だからこそ、ジャックは悩んでいた。仲間を失った痛みと、プレイヤーをあやめた罪悪感に。
 これは現実リアルの感覚に近い。ゲームと現実の違いが曖昧で、うまく処理できず押しつぶされそうになる。

 ネルソンは言った。これはSRMMORPGの弊害だと。ゲームと現実の違いが把握できない状態だと。
 現実では人は死んでいないが、このゲームでは確実にプレイヤーは再起不能になっている。

 ジャックは自分の気持ちを持て余してしまい、つい物思いにふけてしまった。

「あ、あのね、ソレイユ。この世界での死って、どういう意味かな?」

 リリアンの唐突な問いに、ジャックもソレイユも目を丸くしたが、ソレイユは律儀に答える。

「そうね。現実と変わらないのかもしれない。やり直しがきかないのも、死んだらもう、誰にも会えないことも……」
「ははっ、来世げんじつで会いましょうってこと?」

 ジャックの乾いた笑いが二人の間に響き渡る。ソレイユはうつむき、何か言いたげに黙り込んだが、意を決して話し出す。

「ジャック君。ネルソンの言葉、覚えてる? 魂の質量の話」

 ソレイユが言っていることは、ジャック達とネルソン達が戦う前に、二人が話した内容の事だ。

「うん。それがどうかしたの?」
「私もね、アノア研究所について思うところがあるの。肉体が寿命を迎えると、魂はあの世へいくといわれているわ。そこから、死出の山、賽の河原、三途の川を通り抜けて、十王審査が始まる。そこで十王審査で来世の行き先が決まるわけなのだけれど」
「それって仏教の考えでしょ? キリスト教の信者はどうなるのかな? 三途の川をサーフィンしていたらびっくりだよね」

 ジャックのアホな発言に、ソレイユはこめかみをおさえ、頭を振る。

「キミ、キリスト教徒をなんだと思っているの? 地獄道行き確実じゃない。まあ、あの世の事なんて、宗教や土地柄が違えば、内容も違うのだけれど。ジャック、キミは怖いとは思わなかったの? アルカナ・ボンヤードへのソウルインが失敗すると、行き場の失った魂はあの世へ移動するかもしれないって」
「……ないといえばうそになるけど、あまり心配してなかったな。過去に一度も事故がないし、気にしすぎじゃない? それとも、ソレイユもアノア研究所の陰謀論がある派?」

 ソウル杯は今回で三回目になるが、一度も事故らしきものは発生していない。
 システムのトラブルがあったりはしているが、ネトゲーなら日常茶飯事にちじょうさはんじだ。問題はないだろう。
 ソウル杯で人が死んだという情報やニュースは一度も流れていない。それは、このゲームで殺されても、死なないことの証明となっている。
 つまり、ロイドやコリーは無事生きていることになる。

 その辺の事は、アノア研究所はしっかりと管理しているはず。でなければ、ソウル杯はここまで大きくはならなかっただろう。
 頭では理解できていても、心が納得しない。心とは本当に厄介だとジャックは思う。

 ソレイユもそうなのだろう。頭では分かっていても、どこか心が納得していない。だから、ソレイユやネルソンは不安になるとジャックは思っていた。
 しかし、ソレイユはジャックの思わぬ方向から指摘をかけてきた。

「もちろん、疑問に感じるのはそれだけじゃないわ。そもそも、なぜソウルなのかしら?」
「? どういうこと?」
「元素名の事よ。新元素の命名権めいめいけんは発見者に与えられるのは知っているかしら?」
「うん」

 新元素を発見した場合、発見者が名称を国際純正・応用化学連合(IUPAC)に提案し、認められると正式決定される仕組みとなる。
 最近では、原子番号113番、ニホニウムが話題となっている。

「元素名がどうかしたの? ソウルって分かりやすくていいと思うんだけど」
「確かに分かりやすいし、魂に関連した元素だからその名前でもいいと思うのだけれど、新元素の名前を付けることができることは、人類の知的財産というべき名誉だわ。それをふいにしてまでソウルの名前を付けたことが気になるの。分かりやすい理由だけで、ソウルなんて名前をつける? 普通なら、研究所の名前であるアノアではなくて? もしくは、代表者の名前か、国の名前を含めた名前とも考えられるわ。そちらのほうがしっくりとくるのよ。それなのに、みすみす歴史に名を遺す名誉の機会を、アノア研究所は失っている。何か理由があるとは思わない? それに一番不可解なのが……」

 ごくりとジャックは息をのむ。ソレイユが一番気にしている事とはどのようなことなのか?
 ひょんなことから陰謀論まで発展しようとしている事に、ジャックは不謹慎だと思いながらも、少し興味がわいてきた。
 ソレイユはゆっくりと口を開く。

「ジャック君、第六感を感じたことある?」
「……」

 ――ああっ、言っちゃったよ、この人。

 ソレイユの指摘したことは、ジャックも感じていた。たぶん、この世界にいるプレイヤー全員が感じていることかもしれない。
 アレンバシルの美しい自然の風景は目にした。クロスロードの人々の声を聞いた。美味しい料理を口にした。草原の匂いや潮の匂いを嗅いだ。傷つけられる痛みと傷つける痛みを感じた。
 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚は体験した。残りは第六感のみ体験していない。

 それらしきものは、いくつかあった。
 敵が来ることを事前に察知できた事。
 リザードマンとの戦いで、ソレイユの剣劇が光り輝き、リザードマンの攻撃をはじいたとき、シールドガントレットに強い光と熱が発生した事。

 ただ、これらを第六感だと定義するには、根拠が弱い。
 索敵能力は、敵がプレイヤーに近づけば警報が鳴るよう、プログラムされていることで説明がつくし、光輝いたのはただのエフェクトで説明できる。

 他の現象も、システムで作られた演出だと説明ができるだろう。なぜなら、この世界は人が作り上げた世界だからだ。どんな現象も、思いのまま作成できてしまう。
 空を緑色にすることも、太陽を西から東に動かすことも、世界を崩壊させることも思いのまま出来るはずだ。
 第六感について、アノア研究所は何も発表していない。サポートキャラのリリアンに尋ねたことがあったが、

「秘密」

 と、言われてしまった。
 だとしたら、第六感とは?

「感じたことないわよね? もし、私の考えが正しければ第六感もソウルも……」
「第六感はあるかもしれない」
「えっ?」

 ジャックの答えがよほど意外だったのか、ソレイユは呆然としている。
 ジャックには一つだけ、第六感が何か、思い当たるふしがあった。
 それは……。

「……聞こえたんだ。リザードマンがソレイユとロビーに襲い掛かろうとしたとき、二人を助けてってロイド君の声が聞こえたんだ。ロイド君はもうSPがゼロになっていて、ソウルメイトは灰になっていたのに、ロイド君の声が僕の耳に届いた。そのおかげで、僕はリザードマンに立ち向かうことができた。ねえ、ソレイユ。シックスセンスって映画、知ってる? 映画の中では、死んだ人間が見える能力、それが第六感ってことになっているんだけど、ロイド君の声が聞こえたことは、まさに第六感って感じがしない?」
「……」

 ジャックの推測に、ソレイユは何も言葉を発しない。自分で体験したわけではないので、検証のしようがないのだろう。
 ロイドの声は幻聴だったのかもしれない。リザードマンへの恐怖とロイドの死を受け入れられなかったジャックの脳が、ロイドの声を聞こえたように認識して、心の安定を求めてしまった結果かもしれない。

 しかし、あの声はジャックに勇気を与え、その結果、あの死闘を生き残ることができた。これが第六感であってほしいと思うのは、ただの感情論にすぎない。
 それでも、ジャックは第六感だと信じたかった。

 仲間を失った痛み、プレイヤーを殺した罪悪感でジャックは自分の事でいっぱいいっぱいだった。だから、気づかなかった。

 ジャックが背を向けたとき、ソレイユがそっとショートソードに手を掛けていたことを。鞘から剣を抜き出そうとしていたところを。
 リリアンがソレイユの殺意を見抜き、阻止してくれたことを。

 ソレイユの行動の意味をジャックは全く気づかなかった。
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