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十章 アレンバシルの闇

十話 アレンバシルの闇 その七

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「罰金はもういい。懸賞金をかけた相手がいなくなったんだ」
「それって撤回されたって事ですか? そんな連絡いつ頃……」
「ってことは、罰金を払わずに済むんですか! やった!」

 ジャックはその場で小躍りして喜んでみせた。リリアンも嬉しそうなジャックを見て、一緒にひらひらと空を舞い、喜びを表している。

「よくもまあ百シルバーごときであそこまで喜べるわね」
「それがジャックさんですから」

 ソレイユの呆れた声に、エリンはニコニコと微笑んでいる。ジャックは仲間達に自分無実アピールをしてみせた。

「ねえねえ! これって日頃の行いがいいから、神様が僕へのご褒美だよね、絶対!」
「ジャック、お前……日頃の行いがよかったら、こんな騒動に巻き込まれなかったとは思わねえのか……」

 テツのツッコミはジャックの都合の悪いことはスルーするスキルによって無視された。ジャックはムサシ、リリアンと一緒に喜びを分かち合っている。
 そんなジャックに衛兵の隊長は苦笑しつつも、ジャックの無罪放免に喜んでくれていた。

「隊長さん、ありがとう! 僕、これから毎日、フリメステア様に祈りを捧げるよ!」
「それはいい心構えだ。フリメステア様はきっと、キミたちの旅を祝福してくれるだろう。それよりも、バス! 懸賞金をかけられたのは二人だろうが」
「俺、女性には手を上げる趣味、ないんで」
 
 ここで二人が述べた女性とはエリンのことである。バスは女性相手に、手荒な真似をしたくなかった。
 いくらエラリド人だからといって、可愛い女性を手にかけようとするなど、バスにとっては許される事ではない。なぜなら、バスには幼い娘がいるからだ。
 年は違うが、それでも、女の子を罪人扱いすることはよほどのことがない限り、したくないのがバスの本音だった。

 それにバスはジャックのことも、シルバーがない場合は見逃そうとも思っていた。相手が凶悪犯なら話は別だが、ジャックはエラリド人ともめただけだ。
 きっとガテンが余計な事をしたから酷い目にあったのだろう。
 ただでさえ気にくわないエラリド人なのに、自業自得で怪我した事にまでかまっていられない。
 バスにはそんな思いがあったのだ。

 衛兵の隊長も、バスの気持ちがよく分かるからこそ、これ以上とがめる気にはなれなかった。
 そんな二人の思いを知らず、ジャックは喜びのあまり、迂闊な行動に出てしまう。それはただ思った事を口にしただけの言葉だった。

「神様のお墨付きとは幸先いいね! あれ? 隊長さんの肩の後ろ、アーマー(鎧)のポールドロン(肩甲)のところに血がついてるよ? 怪我したの?」

 ジャックに指摘され、隊長の顔が一瞬こわばる。
 ポールドロンの下の方に確かに血がついていた。それは前からでは見えにくいところにあり、血は後ろの部分にあったため、隊長は気づかなかったのだろう。

 ジャックの言葉に、バスは大きく目を見開く。
 隊長とバスの間に妙な緊張感が走る。

「えっ? どうかした?」

 ジャックは何か失言をしてしまったのかと思い、不安になる。隊長はすぐに笑顔になってポールドロンについた血をぬぐう。

「……いや、なんでもない。先ほど、村に入ろうとした獣がいてな、槍でつついたときに返り血がついたのだろう」
「そっか。怪我してなくてよかったね」
「全くだ。あんな惰弱な相手に怪我でもしたら、恥だからな」
「?」

 恥とはどういうことなのか?
 隊長の言葉にはどこか、相手への軽蔑した感情がにじみ出ていた。しかも、何か違和感を覚える。
 ジャックは好奇心をくすぐられるが、二人の間にテツが割り込む。

「ジャック。これ以上、仕事の邪魔をするな。迷惑を掛けたな」
「そうですよね~邪魔しちゃ悪いですよね~。ほら、行きましょう、ジャックさん」

 テツに続き、エリンもジャック達の間に割り込み、ジャックの腕をぎゅっと抱きしめ、ここから離れようとする。
 ジャックはいきなりのことで目を白黒させていた。

「道中気をつけてな。フリメステア様のご加護があらんことを」

 隊長はジャック達を見送り、そのまま見回りに戻る。バスだけが隊長の後ろ姿をじっと見つめていた。



「ここまでくりゃ十分か」
「はあ……あせりましたよね~」

 テツとエリンは早足で村から、厳密にいえば衛兵の隊長からある程度距離をとった後、ため息をつき、立ち止まる。
 まるで危険地域から抜け出したかのような、そんな雰囲気が二人にはあった。
 ジャックは自分の腕に当たっていたエリンの胸の感触にドキドキしっぱなしだった。ここらへんはジャックも男の子、身の危険よりも性欲が勝ってしまう。
 思春期男子の頭は性欲でまみれているのだ。そんなジャックを誰が責められるというのか。

「もう、ジャック! 鼻の下伸ばしすぎ!」
「……」

 リリアンがげしげしとジャックの頭に蹴りを入れ、ソレイユはクズを見るような冷たい視線を送っている。

「いや、待って! 僕が悪いの?」
「当たり前だろ」
「少しは自覚してください」
「ジャックのえっち!」
「……」

 テツ、エリン、リリアン、ソレイユがそれぞれ冷たい態度でジャックに接する。
 先ほどまでの助け合いはどこにいったのやら、ジャックはみんなに責められていた。理由はそれぞれだったが。
 ジャックと同じく、この理不尽に異を唱える者がいた。

「お、おい。落ち着けよ。ジャックに何か非があったのか? 自分には分からないんだが」
「流石は僕らのリーダー、ザッ、ムサシ! そうだよね、そうだよね! 僕の何が悪いって言うのさ!」

 味方が一人増えただけで、ジャックは息を吹き返す。
 ジャック達の疑問に答えたのはエリンだった。

「虎の尾を踏んだんですよ、ジャックさんは」
「虎の尾を踏んだ?」

 エリンの言葉に、ジャックは眉をひそめる。
 虎の尾を踏むとは文字通り、恐ろしい虎の尾を踏むことで、きわめて危険な立場におかれることを意味する。
 ジャックの行動のどこに虎の尾を踏む要素があったのか?

「ジャック君。キミはどうして、懸賞金が取り下げられたと考えているの?」

 ソレイユの問いにジャックは何も答えられなかった。
 確かに、あの人を見下し、いつまでも恨みを忘れなさそうな執念深い男が、いきなり懸賞金を取り下げるとは変な話だ。
 だが、現に取り下げられたのだ。その理由は……。

「頭を打って心を入れ替えたんじゃない? 人類みな兄弟だし、自分の愚かさを悔いたとか?」

 ジャックは自分で言っていて違うなと感じていたが、それでも、突発的な何かが起こって、ガテンは考えを改めたとしか思えなかった。
 しかし、ソレイユはそんな曖昧な答えを許さなかった。

「それなら、最初から懸賞金をかけるようなことはしないでしょ。もう一度尋ねるけど、どうして懸賞金を取り下げたの? キミのことを恨んでいたはずなのに」

 ジャックはソレイユの感情のない淡々とした問いかけに、急に得体の知れない寒気を感じた。
 なぜ、ガテンは懸賞金を取り下げたのか? 取り下げる必要があったのか?
 ガテンが懸賞金を取り下げる理由はないはず。だとしたら、取り下げなければならない理由があったから?
 もしくは……。

「懸賞金を払えなくなったから?」

 つい口にした言葉に、ジャックはまた自分の考えを否定する。
 そんなことは更にあり得ないだろう。たった百シルバーが払えないなんて、どれだけガテンは貧乏なのかとツッコミを入れたくなる。
 ところが、ソレイユはジャックの意見に同意した。

「そうね。私もそう思う。でも、どうしてガテンは急に懸賞金を払えなくなったのか? 百シルバーなんて誰でも払えるわ。懸賞金は普通、依頼した本人が払うものだけれど、きっとケチったのでしょうね。ガテンは衛兵に、ジャックに懸賞金をかけるよう指示したけど、その懸賞金はガテン達が払うのではなく、衛兵達に払わせようしたと考えれば、あの値段の低さも、衛兵のやる気のなさも納得できる。衛兵も懸賞金を払うのが馬鹿らしくて、自らジャックを探し出し、ジャックに罰金を払わせようとしたのだと思う。ジャックから罰金をもらえれば、任務は完了し、衛兵はガテンの言うことをこれ以上従う必要はないのだから。それに、罰金され貰えれば、ジャックを捕まえられなかったときの言い訳も立つ。これはバスって呼ばれていた衛兵の考えね」

 なぜ、ここでソレイユは状況の説明をしたのか、ジャックには分からなかった。今の話で分かったのは、衛兵のバスがいい人ってことくらいだ。
 ジャックは疑問を投げかけようとしたが、ソレイユはそのまま説明を続けた。

「でも、衛兵の隊長の考えは違ったみたいね。よほど、彼らの態度に腹に据えかねていたのでしょうね。殺意を抱くほどに……ここまで言えばご理解いただけた?」
「……」

 ジャックはごくりと息をのむ。緊張で息が苦しくなる。
 もしかして、先ほどジャックが隊長のアーマ―に血がついていたことを指摘したのは、かなり不味かったのではとようやく思い始めた。
 あの血は獣の返り血ではなく、ガテン達の返り血だったのではないか? それを裏付ける言葉がある。隊長はこう言っていた。

「あんな惰弱な相手に怪我でもしたら、恥だからな」

 その意味はエラリド人相手に苦戦するのは恥だと言いたかったのではないか?
 相手とは普通、人を指す言葉だ。獣に使う言葉ではない。これが先ほどの違和感の答えだとするとに落ちる。
 もちろん、比喩ひゆする言葉として使うことはあるだろうが、人間の方がしっくりとくる。

 ここまで考えがまとまれば、ガテンがなぜ、ジャックの懸賞金を取り下げたのか、答えが導きだせるはずだ。
 その解は、ガテン達がもうこの世界には存在しないことを示すのではないかとジャックは結論づけた。
 だからこそ、ジャックの懸賞金は取り下げられた。懸賞金を出すよう指示した相手がいなくなれば、懸賞金を掛ける意味はなくなるからだ。

 では、ガテン達を殺した犯人は誰か?
 ジャックに罰金を支払うよう交渉していたバスは、懸賞金が取り下げられた事を知らなかった。隊長だけが知っていた。なぜか?

「実行犯だからですよ!」

 いきなり、エリンがジャックの後ろから耳元で叫んだ。

「うわぁああああああああああああ!」
「! ウゥウウ……ワンワン!」
「キュピィ!」

 ジャックは驚きのあまり、尻餅をついてしまう。
 ジャックの叫び声にムサシのサポキャラ、金重がびっくりして後ずさり、金重の後ろにたまたまいたソレイユのサポキャラ、アスコットが金重に尻尾を踏みつけられた。
 金重とアスコットはとんだとばっちりだ。

「怖っ! 怖すぎるでしょう! それって本当なの? いや、マジで!」

 鳥肌の立った体を抱きしめ、本気で怖がるジャックにソレイユは肩をすくめる。

「ただの憶測よ。状況証拠しかないわ。でも、余計なことに首を突っ込む必要はないと思う。そうよね、テツ君」
「全くだ。これ以上、トラブルはごめんだからな。これに懲りて、余計な手間かけさせるんじゃねえぞ」
「そうですよ、ジャックさん。今度ボカしたら、もっと怖がらせちゃいますよ~」

 ジャックはもしかして、三人にからかわれたと思った。だとしても、やり過ぎではないか?
 けれど、ジャックは三人に文句を言うことが出来なかった。
 なぜなら、ソレイユの憶測は的外れだとは思えなかったからだ。むしろ、真実とさえ思えた。
 
 ジャックはアレンバシルの闇を垣間見たような気がした。
 マルダーク人のエラリド人に対する恨みの深さ。それは人の命さえ奪ってしまうほどの強い感情。
 マルダーク人とエラリド人との戦いは水面下で続いている。
 この二つの種族は近いうちに戦争を起こすだろう。
 エラリド人は支配者として反乱を鎮圧し、マルダーク人は解放を夢見て命を捧げる。
 血で血を洗う凄惨な戦いが、更にアレンバシルの大地を血に染めていく。

 この美しい世界の裏側には怨念と陰謀が渦巻いている事をジャックは肌で感じていた。
 そして、エラリド人とマルダーク人の争いに巻き込まれることを、心のどこかで予感していた。
 そのとき、ジャックはどっちの味方をするのか? エラリド人か? それとも、マルダーク人か?
 そんな悩みを嘲笑うかのように新たな試練と激戦がジャック達に訪れる。
 その入り口となる一声がジャック達に投げつけられた。

「よう、兄ちゃん。ちょっといいか?」
「!」

 ジャック達ははじかれたように、声のした方向に振り返る。一番敏感に反応したのはエリンだった。
 エリンはすぐさまククリナイフを装備し、戦いに備えた。

 なぜ、ここまでエリンは敏感に反応するのか?
 それはこの中で誰も声を掛けてきた人物の接近に気づかなかったからだ。探知能力に長けたエリンでさえ、声を掛けられるまでそこに人がいた事に気づかなかった。

 エリンはどんなに悪ふざけしていても、必要最低限の警戒はしている。体に染みついた習慣といってもいい。
 それなのに、エリンは背後をとられていた。由々しき事態と判断していた。

 ジャック達に声を掛けてきたのは三人組の男女だった。
 女性が一人真ん中に、その女性のすぐ後ろに男が一人ずつ左右に並んでいる。
 一番左にいる男がジャックに話しかけてきた男だが、日に焼けた健康的な肉体の持ち主で、明るく人なつっこい雰囲気があった。
 しかし、隙はなく、いつでも戦闘態勢に入れるような立ち振る舞いをしている。

 一番右の男は左にいる男とは違って、ポーカーフェイスでじっと黙ったまま、ジャック達を観察するように見つめている。サングラス越しでも鋭い視線を感じた。
 筋肉の付き方は左の男の方が盛り上がっているが、サングラスの男は肉体が引き締まり、無駄がなく、機敏な動きが予測される。

 真ん中の女性は二人の男達よりも一回り小さいが、それでも身長は百七十以上はある。自信に満ちた目つきはまるでネコ科の動物のような、獲物を見定める目だった。

 三人は似た服装をしている。
 ブーツにアーミーパンツ。Tシャツにジャケットを着ている。もちろん、全員が同じ色、同じ服ではないが、時代を無視した服装は、あきらかにプレイヤーであることを意味していた。

 一番左の男のジャケットはノースリーブで、サングラスの男と女性は長袖のジャケットを着ている。

 Tシャツは女性だけタンクトップで、豊満な胸が強調されて谷間が見えた。ただ、女性の鍛え上げられた肉体と堂々とした態度がいやらしさよりも健康的な色香を醸し出していた。
 もちろん、ジャックはその色香に惑わされることなく、すぐに戦えるよう、戦闘態勢に入る。

「何か用ですか、プレイヤーさん。PVPなら喜んで受けて立つけど。それとも、仲良く狩りにでもいく?」

 ジャックは率先して彼らに話しかけた。目の前にいる三人は、もしかするとジャックよりも格上かもしれない。だからといって、ビビる必要性はない。
 数はこっちの方が多い。コンビネーションはそこそこだが、それでも、戦いは基本、数で優劣が決まる。
 それに意地の張り合いも立派な駆け引きとなる。
 ジャックの言葉に対し、男の反応はおおげさに手をあげ、戦う意思はないと、同伴者とジャック達にアピールする。

「いいね、狩り。俺も好きなんだ。特に可愛い子なら文句なしだ」

 男はエリンに向かってウインクするが、エリンはうっすらと笑みを浮かべたまま、警戒を解かずに三人の動きを注視している。
 真ん中にいた女性が男を制する。

「グローザ、少し黙れ。話が進まん。悪いな、いきなり声を掛けて。私達は取引に来た」
「取引?」
「単刀直入に聞く。私達と組まないか?」

 女性からもたらしたこの提案は、ジャック達にとって吉と出るのか凶と出るのか。
 ジャック達の新たな冒険が始まろうとしていた。
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