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十三章 屈辱! パーフェクトトラップ

十三話 屈辱! パーフェクトトラップ その四

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 ジャック達の反撃は、ある人物のコンタクトから始まった。リリアンがその人物の名を告げる。

「ジャック、チャットルームにテツが入ってきたよ」
「テツが?」

 チャットの参加者の欄にテツの名前が表示されていた。
 ジャックが使っているチャットはフレンド登録されたプレイヤーなら誰でも参加できる。テツが参加してもおかしくないのだが、理由がジャックには分からなかった。
 テツはチャットに参加せず、ただ沈黙している。
 ジャックは気になって、テツにチャットをとばす。

『ねえ、テツ、どうかしたの?』
『……』
『ねえねえ、テツ、恥ずかしいのは分かるけど、勇気出して話そうよ』
『ガキじゃねえよ、俺は。ログを読んでいただけだ。予測通りの会話で助かるぜ』
『予測通り? どうして分かっちゃったの? テツってテレパシーが使えるの? 超すごくない? 超能力なだけに』
『くだらん冗談はよせ。お前らの関係と今までのやりとりから推測したまでだ』

 テツはジャックとレベッカ、ネルソンの関係をアミルキシアの森から観察してきた。
 ジャックはレベッカに、かつての相棒、リリアンの影を重ねていること。
 レベッカはジャックに何か隠していること。
 ネルソンはジャックの事を知っていること。
 レベッカとネルソンは旧知の仲であること。

 そこから、テツは予測した。
 まず、ジャックはレベッカが敵に捕獲されていないか、確認したこと。
 この場にレベッカがいないので、ジャックはレベッカに呼びかけたこと。
 ジャックは逆さづりになっているので、メールではなく、声で文字を送信できるチャットを利用したこと。
 ネルソンの性格から、ジャックとレベッカのチャットに割り込むこと。
 ネルソンの目的はレベッカに軽はずみな行動をとらないよう釘を刺すこと。
 ジャックはレベッカとネルソンに助けを求めたこと。

 ここまでの流れについて、テツは推測できていた。ネルソンがジャックのSOSを断ることも予測できていたが、ここで一つ、テツの推理が外れていたことがあった。
 ネルソンが条件付きだが、ジャックの提案をのんでいたことだ。
 最大の難関であるネルソンとレベッカの参戦にもう一歩のところまでこぎつけたジャックの手腕に、テツは『いいね』があれば、迷わずクリックしたい気分だった。
 テツはすぐにチャットにメッセージを送る。

『単刀直入に言うぞ、ネルソン。手を貸してくれ』
『ぶっしつけですね、あなたも。ログを読んでいただけたのなら分かると思いますが』
『その条件でいい。だから、契約してくれ』

 ネルソンのメッセージをテツが遮るようにすばやくメッセージを重ねたことで、ネルソンはフリーズしたかのように黙り込んでしまった。
 テツのメッセージに返答したのはジャックだった。

『ちょっと、待って! よくないでしょ! この状況を打破するには、まだ敵に存在を知られていないレベッカとネルソンの参戦が必要不可欠だよ! 敵は絶対にこの広場の外にいる。だから、外部にいるレベッカとネルソンに動いてもらわないと』

 ここで一番の問題点は敵がどこにいるのか、分からない事だ。
 このトラップを解除するには討伐隊を縛っている縄を直接攻撃して解除するか、敵本体をたたきのめす必要がある。

 味方のトラップ解除は敵が妨害するだろう。
 ならば、敵をたたきのめす方法になるのだが、その肝心の敵が見つからないのだ。
 考えられるとしたら、敵は離れた場所からジャック達を攻撃している事だ。
 これなら、ジャック達が見つけることが出来ないのも理解できるのだが、ジャックは納得はしていなかった。
 ジャックは、敵が近くにいるような気がするのだ。しかし、見つけることが出来ない。
 それならば、ジャックの勘は外れていて、敵は近くにいないと判断せざるを得なかった。
 しかし、テツはジャックの意見を否定する。
 
『いや、敵はこの広場にいる。声は近くから聞こえてくるし、あんなに精密にトラップを手動で発動しているんだ。近くで直接確認しねえとあんな芸当はできねえよ。時間がねえ。敵の位置を教えてくれ、ネルソン。後はこっちでなんとかする』
『なんとかってどうするの! 動けるのはあと三人だけだよ!』
『だからだろ。動けるうちに勝負に出ないでどうする。時間がねえ、さっさと教えてくれ、ネルソン。てめえなら分かるだろ?』
『それってどういうこと? ネルソンには敵がどこにいるか、分かるの?』

 なぜ、ここにいないネルソンが敵の位置を知ることが出来るのか? もしかすると、ネルソンの潜在能力なら敵の位置が分かるのだろうか?
 それでも、疑問が一つ残る。テツはどうして、ネルソンなら敵の位置が分かると確信できたのかだ。
 ここにいるのはネルソンだけではない。レベッカもいる。それなのに、テツはネルソンを名指しで頼んだ。どうして、ネルソンを名指したのか?

『俺の勘だ。それでいいよな? ネルソン』

 ジャックはテツの言い分が全く理解できなかったが、ネルソンはテツのメッセージの意味を正しく理解できた。

 テツはジャックの予想通り、ネルソンの潜在能力がどのような能力が予測していた。
 ネルソンの潜在能力。それは、プレイヤーの位置を把握できることだ。

 テツがネルソンの潜在能力に気づいたのは、ある疑問からだった。
 ソウル杯初日、ネルソンは物陰に隠れていたテツを発見した。そして、テツの仲間がいると言ったブラフを見抜いていたのだ。
 それに、ジャックがライザー達にPKを仕掛けられたとき、ジャックはアミルキシアの森の地形を利用して、ライザー達を分断し、挟み撃ちで倒そうとした。
 しかし、ライザー達はまるでジャックの立てた作戦を見抜いたかのように、ジャック達を見つけ出し、挟み撃ちは失敗した。
 極めつけは、ジャックが過去の話をしていたとき、ネルソンはロビーを迎えに行ったことだ。
 ロビーは隠れていたのに、ネルソンはロビーを見つけ、連れ戻してきた。

 なぜ、ネルソンはジャック達の位置を正確に把握できたのか?

 その疑問の答えを、テツはネルソンの潜在能力だと推理した。
 ゲームならミニマップに敵やプレイヤー、NPC、自分の位置が分かるマークが表示されるが、アルカナ・ボンヤードは地図がないとマップすら表示されず、当然、敵の位置も自分の位置も分からない。
 索敵スキルで相手の位置はある程度分かるが、正確な相手の位置までは分からないのだ。
 完全に相手の位置が分かるとしたら……それは潜在能力でしかありえない。

 テツは自分の推測をとある理由で黙っていた。このチャットもテツの予想通りなら危険がある。
 だから、テツはジャックとリリアン、ネルソンにプライベートチャットを提案した。
 プレイベートチャットは、招待したプレイヤーのみ入室が出来る。四人はプレイベートチャットでやりとりを再開する。

『早速だが、ネルソン、契約がしたい』
『ねえ、ちょっと待って、テツ。どうして、プライベートチャットに切り替えたのかも謎だけど、本当にネルソンなら敵の位置が分かるの? ソースとかあるの?』
『契約内容を確認します。私は安全圏からテツたち達をフォローする。罠を無力化出来れば、参戦する。報酬はジャックさんが提示したものをいただきます。それでいいですね?』
『結構だ』
『いや、よくないでしょ! 無視しないでよ!』

 ジャックを無視し、テツとネルソンは話を進めていく。
 ジャックとしてはレベッカには捕まっている討伐隊をツーハンデッドソードで縄を斬り捨ててほしいし、ネルソンには敵の位置をわりだしてもらい、直接敵を叩いてもらいたいのだ。

 敵に捕まっていない討伐隊は三人。
 ソレイユ、エリン、ナミナと名乗っていた女性プレイヤー。
 この三人は見えない檻の中なので敵を叩くことが出来ないし、トラップから常に逃げているのでそれどころではない。
 それに敵の視線は目の前の獲物さんにんに集中しているので、奇襲にはもってこいなのだ。

 ――獲物に集中?

 ジャックは自分の考えに引っかかるものがあった。それが何か、分からない。
 だが、とても大事なことのような気がして、考え込んでしまう。その答えが見つかる前にテツがメッセージをとばしてきた。

『時間がねえって言っているだろうが! ネルソンの言い分はもっともだ。だったら、俺達で道を切り開くしかねえ!』
『でも!』
『いいから、ネルソン。さっさと教えてくれ。時間がない』

 ジャックはテツに食い下がろうとしたが、やめた。
 ソレイユ達の体力がいつまでもつのか、敵の気まぐれがいつまで続くか分からない以上、もめている場合ではない。
 それにテツは思慮深い性格だ。何か作戦があると考えるべきだろう。

『教えるもなにも、意味があるのですか?』
『意味があるのか、だと? どういうことだ?』

 テツの問いに、ネルソンの答えは衝撃的なものだった。

『だって、敵は目の前にいるじゃないですか。ジャックさんから見て正面に』

 ジャックは一瞬、自分の心臓が止まるかと思った。

 ――敵が目の前にいる? 嘘でしょ!

 どこを探しても見つからなかった敵がジャックの目の前にいると断言するネルソン。
 ジャックはごくりと息をのんだ。
 ゆっくりとチャットの画面から目をそらし、前を見ると……。

『誰もいないんですけど』

 そう……誰もいない。
 ジャックの目には今も、ソレイユ達が逃げ回っている姿しか見えない。
 今も必死に逃げ回り、ソレイユ達は攻撃のチャンスを待っている。ソレイユの目は諦めていない。必ずやりかえすと闘志に燃えている。

「ほらほら、走り回れ! 乳首おっ立ててケツを突き出して俺を誘惑してみろ! そしたら、捕まえてやるぞ~。四つん這いにさせて、突っ込んでやるからな~」

 聞こえるのは下品な野次だけ。ジャックは爪が食い込むほど拳を握りしめる。
 彼女達の力になりたい。あのクソ性犯罪者の口を拳で塞いでやりたい。
 しかし、囚われの身の為、それが出来ない。ジャックは今ほど自分の非力さを呪ったことはなかった。

『おい、ふざけてるのか? 見えねえぞ、どこにも!』
『だから、いるんですって。ジャックさんの目の前に。契約している以上、私は嘘をつきません。信頼に関わりますからね』

 ネルソンが嘘をついていないとすれば、敵はどこにいるのか?
 この戦いで一番の謎がジャック達に襲いかかる。この謎が解けなければ、ゲームオーバーだ。
 焦るジャック達をせせら笑うように敵はまた、大声を張り上げた。

「待たせたな、紳士淑女の諸君! 今度こそ黒髪巨乳女の公開一本釣りショーを見せてやる! チ○ポおっ立ててよく見やがれ!」
「ソレイユ!」

 ジャックは思わず叫んでしまう。もう、ジャックにはソレイユを助けることが出来ない。指をくわえて見ることしか出来ないのだ。
 ジャックの悲痛の叫びに、ソレイユは視線をジャックに向け、ニヤッと笑った。

 安心して。そう言いたげに。

 ソレイユの足下に複数のトラップが発動する。ソレイユの体を縛らんと、下から縄が襲いかかった。
 ソレイユは縄に捕まらないよう全速力で走り抜ける。スピードを落とさず、迷いもなく駆け抜ける。

「走れ走れ! 少しでもスピードを落としたらジ・エンドだぜぇええええええええええ!」

 ソレイユは全力で走り抜ける。太ももが悲鳴を上げ、肩で息を切らし、動悸が激しくても、顔色を変えずに走り続ける。

「そこだぁあああああ!」
「!」

 ソレイユの視界が急にぶれた。ソレイユの足下にはいつの間にか葉っぱの絨毯が広がり、その絨毯に足を取られ、バランスが崩れたのだ。
 葉っぱの下から縄が飛び出す。

「ふぃっしゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 敵は完全にソレイユを捕まえたと確信した。
 バランスを崩したソレイユはその場で倒れるか、踏ん張って動きを止めると思っていたのだ。
 人はバランスを崩すと、体に力が入り、体勢を整えようとする。その習性を利用し、敵はソレイユを捕まえようとしたのだ。
 しかし、ソレイユはバランスを整えず、そのまま足を滑らせた状態で勢いよくスライディングして地面を滑る。
 ソレイユの手首に縄が襲いかかる。

「逃げ切れぇええええええええええええ!」

 ジャックは大声で怒鳴る。それに後押しされたのか、ソレイユは間一髪縄に捕まらず、かすめた程度で逃げ切った。
 ソレイユは勢いを殺さずに体を起こし、そのまま走り去る。

「くそがぁあああああああああああああ!」

 敵は大声で怒鳴り散らすが、急に黙り込み、くくくっ、と小さく低く笑い声をあげる。

「……いいぜぇ~……認めてやる。最高の獲物おんなだよ、お前は。俺が、か・な・ら・ず、お前をこの手で犯してやるからなぁ~。股をぬらして、入れて欲しいとねだれよ~黒髪巨乳女~」

 ソレイユは無表情のまま、走り続ける。しゃべる力を温存し、渾身の力でファルシオンをたたき込むと強い決意を感じた。
 ちなみに、敵はソレイユを強姦するような事を言っているが、このゲームは性行為が出来ないよう、ソウルメイトには性器が存在しない。ただ胸やお尻を触ったりすることは出来てしまう。
 女性プレイヤーの胸やお尻といった部分がシステムで防御されて攻撃出来ない場合、殴れる場所が特定されてしまうので、男性プレイヤーが不利になってしまうからだ。

『ジャック、どうしたの! 状況を説明して!』

 ジャックの叫び声はチャットにも反映されていたため、レベッカが心配になってメッセージを送ってきたのだ。
 ジャックは気持ちを落ち着かせ、チャットに戻る。

『大丈夫、敵の攻撃を乗り切ったみたい。でも、捕まるのは時間の問題だ。ねえ、ネルソン。お願いだよ。力を貸して欲しい。報酬ならここを乗り切ったらもっと用意するからさ。頼むよ、ネルソン』
『ダメですね。私は契約通り情報を提供致しました。ですが、キミたちは報酬も渡さないうちに契約違反をしようとしている。そんなこと、認められません。先ほど言ったでしょ? 信頼が大事だと。もし、裏切るのなら、私はもうキミたちに力を貸しません。この場を後にします』
『そんな! テツ! どうするの! テツが言い出したことでしょ! なんとかしてよ!』

 目を覆いたかった。ソレイユやエリンが敵に辱められる姿なんて死んでも見たくない。
 ジャックはテツを責めたが、何も反応はなかった。
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