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ネーム持ちの矜持 その三

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「逃げるだと? こっちが圧倒的に有利だろうが! 逆にてめえを逃がすつもりは毛頭ねえんだよ! 冷却スプレーかけられたゴキブリのようにじっとしてろ!」

 Aの攻撃が激しくなる。無数の点で襲いかかる槍捌きと、フェイントを入れての潜在能力で私を捕らえようとしている。
 しかも、絶妙なタイミングでチャクラムの援護攻撃が襲いかかる。
 軌道修正可の攻撃は進路変更ギリギリまで引きつけて大きなアクションで躱すしかない。
 攻撃する隙はなく、敵は私の動きに対応しつつある。皮膚が……肉が斬り裂かれ、SPが減っていく。

「クルックー!」

 おなかが減った?
 私はつい笑ってしまった。
 このサポキャラ、空気を読まないのか、それとも読んでいるから催促するのかは分からないが、なかなか楽しい相棒。
 現実でも欲しいくらい。百万ドル程度なら即決で買う。
 ソウル杯で優勝したらサポキャラを貰える方が嬉しい等と感じつつ、私は一度っきりのチャンスを待つ。



「やべえよ! 絶対にヤバい! 助けに行かないと!」
「そうだ! 何が出来るか分からないけど、姐さんを助けにいくぞ、みんな!」
「だから、どうやって助けるつもりだ、ヨシュアン、ルシアン! 俺達だと足手まといだって言ってるだろうが!」
「でも、このままでいいですか、ジョーンズ。僕達に何か出来ることがあるはずです」
「その何が出来るか分からないから参戦できないんでしょうが、カリアン! 私だって悔しいわよ! でも、アニメや漫画のようにご都合主義の覚醒がおきることはないし、敵の援軍だってくるかもしれないのよ! それにコシアンがやられたら、私達だって終わりよ! 逃げることも考えなきゃ!」
「ミリアン! 姐さんはミリアンや俺達を助けるために一人で戦っているんだぞ! 騎士としてそんな恥知らずなことができるわけないだろうが!」
「……最低かもしれんが、ミリアンの案は一番現実的だ。俺達がバラバラで逃げれば三人は助かるかもしれない。覚悟しておけ」
「ジョーンズ! てめえ!」
「やめなよ、ヨシュアン。悪いのは無力な僕達だ。僕達なんだけど……」
「だったら、信じなさいよ。コシアンを。アイツ、ムカつくし、チビだし、まな板だけど、腕は確かよ。アイツは絶対にこの状況を逆転できる策がある。それを信じるのよ」
「姐さん……姐さん! 頑張れ!」



 外野がうるさい……しかも、悲観的とかありえない。
 後で説教タイム。特にミリアン。
 私の胸はまな板ではない。動きが制限されないよう、キャラメイクで一番最小限にしているだけ。

「終わりだな! 後ろはねえぜ!」

 確かに、ここは建物の上で私の後ろには地面がなく、下へ落ちるしかない。
 下へ降りることもできるが、Aやチャクラムは私を追いかけ、着地地点で攻撃される。
 着地したその瞬間は動けないので、私はまともに敵の攻撃を食らう。
 たとえ、Aの攻撃を回避出来たとしても、その場所にチャクラムが飛んできて、最悪喉元を切られ、そこで即ゲームオーバー。
 日本のゲーム、将棋ではこれを詰みというのだったか? まさにそれ。
 だが、アイツらは大事なことを忘れている。それがお前達の敗因となる。
 私は迷うことなく、Aに背中を向け、建物の下へ飛び降りた。

「トドメを刺してやる!」

 Aは私を追って建物に飛び降りる。その下に何があるのかも分からずに。
 チャクラムもAより後に建物の下へ急降下する。
 チャンスはここ!

「なぁ!」

 私はAの背後に飛びついた。すぐさま空中でAの体勢を崩し、Aがうつ伏せの状態で関節をキメながら地面に叩きつけた。

「ぐはぁ!」

 私は地面に落ちた衝動に逆らわず、前へ転がり落ちる。
 チャクラムはAの首筋に突き刺さる。
 地面とチャクラムの二段攻撃。
 だが……。

「痛ぇ……今のはマジで死ぬかと思ったぜ……」

 流石はゲーム。現実なら確実に死んでいた。まだ、生きている事に感心しつつ、次の手を実行する。

 痛みで動けないAを無理矢理立ち上がらせ、近くにあった井戸に突き落とそうとしたが……。

「この!」

 ギリギリのところでAは両手で井戸を掴み、落ちないように踏ん張る。
 肩から上は井戸に突っ込んでいるが、それ以上は動かせそうにない。
 体格の差がここにきてでてきてしまう。

「しょ……勝負はまだついてねえぞ……必ず押し返してやる……」

 このままだと押し返される……そうAは確信しているみたいだけど……。

「いや、これでいい。この体勢こそ我が必勝の策」
「な、なんだと……」

 私の真の目的は井戸に落とすことではない。窒息死させること。
 井戸の深さは検証済。
 これでチェックメイト!

「潜在能力解放!」
「うぉおおおおおおおおおお!」

 Aは驚愕の声を上げる。
 なぜならば、私の腕から大量の液体が噴出されたから。
 液体は井戸をどんどん満たしていき、満水になる。そうなると……。

「ごぼぉ! ごほぉ! んぼぉ!」

 ……。 

「……」
「ふぅ……」

 私はA……だった者から手を離す。Aはぶらんと力なく手をだらりと下げている。
 その手がもう動くことはない。
 私は念のためにAを体ごと井戸に沈めた。ゆっくりとAは沈んでいく。
 さて、まずは一人。

「クルックー!」

 相棒が勝利を祝ってくれる。私は礼を言いながら、自分の状態を確かめる。
 SPは二割消耗。武器はダガーと弓、矢が十一本。
 私はいろいろと次の戦闘を整える。

「クルックー!」

 相棒は私を褒め称えるが、別にたいしたことではない。
 Aの敗北はこの場を戦いに挑んだのに、地理を活かせなかったこと。

 私はソウル杯が始まってすぐに地理を把握するため、町娘の姿である程度探索していた。
 そして、この場所……私が飛び降りた家には屋上の屋根のすぐしたに窓があること、その窓に屋根があることを見つけていた。
 私は建物から飛び降りたが、それは地面ではなく、すぐ下にあった屋根に降りた。そこで身をかがめ、Aが私を追って飛び降りるのを待った。
 Aが飛び降りればこちらのもの。空中では回転でもつけてない限り、振り返ることはできないので、私はAの無防備の背後に飛びつき、地面に叩きつけた。
 それと同時にチャクラムを無効化する為、追従してきたチャクラムをギリギリのところで回避することでAに突き刺さり、動きを止めることに成功。

 正直、これで勝ったと思ったけど、ゲームの世界だからと用心していたので、Aがまだ脱落していなくても、焦ることなく、次のプランに移行した。
 計画はそうそうその通りにならない。私は常に複数のプランを用意している。
 そのプランは潜在能力を使って脱落させること。
 
 私の潜在能力は体のどこからでも粘液を放出できること。
 最初はおりものかと思ったけど、特徴が違いすぎたので、調べてみると潜在能力であることが判明。
 成分はムチンに似ているところがあり、粘りが強い。ただ、空気に触れると固まっていき、ネバネバしたゼリー状の繊維に変化する。
 そして、一番の特徴は大量に分泌できること。
 
 私がこの井戸を最初に見つけたとき、試しにどれだけ粘液を出せるのかを調べたら、井戸が満杯になり、計測不能。
 予想外の量に、私はすぐにその場を後にした。
 そのせいで、サジタリアスを探索していたとき、ちょっとした騒ぎになっていたのを覚えている。
 綺麗に清掃されていたのに、また汚してしまい、申し訳なく思う。

 私はこの能力でAを脱落できしさせた。
 Aもまさか、瞬時に井戸に液体が満タンになり、窒息させられるとは予想すらできなかっただろう。
 それに水ではなく粘液の中、窒息させたのだからかなりの苦しみがあったはず。
 粘液は水のように吐いたりできず、鼻や口といった呼吸器官にずっと張り付いて簡単にとれない。しかも、唾や体液でぬめりは繊維に変化するので、かなり危険な代物。
 その苦しさを体験したいキミ、洗面器をローションで満たし、口を開けて洗面器に顔を突っ込んでみたら分かる。ただし、命の保障はないので、絶対にやめておけ。
 
 私はふと、この潜在能力が私の異名に関わっていることに気づく。
 私は一部の者から『ヌタウナギ』と呼ばれている。

 ヌタウナギとは深海に生息する円口類の一群、もしくはその一種で、四億年以前に出現した脊椎動物ともいわれている。
 ヌタウナギも体中にある粘液放出口から粘液を出し、相手のエラを塞いで窒息させたり、捕食しようとする敵の体にまとわりついて動きを制御することで防御の役目も果たす。
 粘液の量は単体で十八リットル出すとの情報がある。
 死肉をむさぼることから『深海のハイエナ』とも呼ばれていて、心臓を三つ持ち、酸素がなくても何時間も働き続けることが可能らしい。
 
 この二つ名はいろいろとツッコミたいところがあるのだが、まさか、私の潜在能力がヌタウナギの能力の一つだったとは、奇妙な縁を感じる。
 私は深層心理でヌタウナギを認めていた?
 まあ、そんなことはどうでもいいのだけど。

 さて、刺客を一人倒したことで選択肢が二つある。
 チャクラム使いを倒すか、逃走するか。
 本音は逃走したいけど……えっ?
 それは偶然だった。ちらっと死体の左腕が目に入った。
 左手にある入れ墨……。
 これは……まさか……。

「がはぁ!」
「る、ルシアン!」

 はぁ……動くなといったのに……。
 ルシアン達の声は上から聞こえてくる。
 私はすぐに武装を整え、建物の二階へと上がる。



「つ、強い! なんて強さなの!」
「一瞬でいい! 一瞬だけ動きを止めてくれ!」
「無茶を言ってくれる! ぐほぉ!」

 ルシアン、ヨシュアン、ミリアン、カリアン、ジョーンズは一人のローブの男を囲み、攻撃を仕掛けるが、あっけなく返り討ちにあっている。
 私はポーチから弓と矢を取り出す。

「素人が! 俺に勝負を挑んだ愚行、死んで償え!」
「きゃああああ!」
「ミリアン! くそ! 後は俺とカリアンだけかよ!」
「どどどどどど、どうしよう、ジョーンズ君」
「俺はまだ負けてない!」

 ルシアンが根性を見せて、敵に斬りかかるが。

「ぐふぅ! がぁ! たぁ!」

 敵はルシアンの大ぶりの隙をついて回避しながら腹に膝、動きを止めてくの字になったところに鼻に肘、鼻血で涙目になっている無防備なところにハイキックとコンボをたたき込まれていた。
 だから、いわんこっちゃない。
 素人が玄人に勝てるわけがない。あんなへっぴり腰の剣ではスイカすら割れない。

「はぁああああ!」

 カリアン先生は背中を向けた敵に対して攻撃を仕掛ける。
 きっと、隙を突いたと思っているのだろうが、雄叫びを上げなら斬りつけられても相手に攻撃を知らせるだけ。

「がぁ!」

 案の定、カリアンは敵の回し蹴りをまともに喰らって地面に倒される。ヘルムをかぶっているので衝撃は和らいでいるはずだけど、それでも脳震盪ですぐには立ち上がれない。

「痛てぇ……マジ……痛てぇ……」
「んぁ……お、女を蹴るなんて最低!」
「……うぅ……やっぱり、荒事は苦手……」
「……」


 ヨシュアン、ミリアン、カリアンはうめき声をあげて倒れているが、ルシアンはうずくまっていて、動かない。
 まあ、いい勉強になったでしょう。

「ち、近寄るな!」

 ジョーンズはダガーをブンブン振り回している。
 あれは悪手。自分が素人ですって相手に教えてあげているだけ。

「近寄れないとお前をぶん殴れないだろ? さっさとくたばれ!」

 ジョーンズは破れかぶれでダガーを突くが、敵にダガーを持っている右手首を掴まれ、腕が伸びた状態で肘鉄を鳩尾に……。

「ぎゃあああああああ!」

 敵の目に矢が突き刺さる。勿論、私がやった。
 そのとき、私はジョーンズの奇妙な動きに眉をひそめていた。
 敵がジョーンズの動きを封じると同時に肘鉄を突く最中に、私は矢を放って、目を射貫いた。敵は確実にジョーンズに向いていたから、攻撃を当てるのは比較的簡単だった。

 続けてもう一発おみまいしてやろうとしたとき、ジョーンズはここぞとばかりに敵に近づき、手にしていたナイフを思いっきり至近距離から投げつけた。叩きつけたといってもいい。
 敵から五十センチも離れていない場所からの攻撃なのでヒットしたが、敵のアーマーの上から当てているので、ナイフが刺さったわけもなく、打撃としてもあまり意味を成していない。
 本当にただ、当てただけ。

 何をしたいの? もしかして、あれで攻撃したつもり? 
 子供が地面に転がっていた小さな石を壁に当てるような行為。けど、思慮深いジョーンズがそんなことをする意味が理解不能……だと思っていた。
 答えはすぐに判明した。

「……な、なんだと……」

 敵は矢の刺さった目をおさえるわけでもなく、ただ地面に倒れ、そのまま動かない。日本のことわざでいう俎上の鯉? 違うか。
 けど、そう表現してしまう。

「はぁ……はぁ……はぁ……やったぞぉおおおおお!」

 ジョーンズは両拳を突き上げ、歓喜の声を上げている。
 理解した。これがジョーンズの潜在能力なのだと。
 私はチャットでジョーンズに連絡をとる。 

『ジョーンズ』
『あ、姐さんですか。俺、やりましたよ。敵を一人、捕らえました。でも、姐さんの援護のおかげなんですけどね』
『油断しない。ソイツは昼間に襲いかかってきた連中の一人。他に敵がいないか警戒を』

 ジョーンズは慌てて周りを見渡す。私も他に敵がいないか確認しているけど、それらしき気配はない。
 私は慎重にジョーンズの元へ移動する。
 敵はわめいているが、ジョーンズの様子からして、今は大丈夫みたい。

『ジョーンズ。後どれくらい敵を動けないようにできる』
「後、二分程度です。どうしますか。トドメを刺しますか。それとも、情報を引き出しますか』
『引き出す?』
『だって、コイツら、姐さんを狙ってましたよね。それに姐さんのことパイシースって』
『始末する』

 即決。
 拷問で情報を引き出したいところだけど、ルシアン達にこれ以上、私のことを詮索されたくない。
 私はジョーンズに姿をみせる。ジョーンズは安堵のため息をこぼす。
 ダガーを取り出し、動けない敵にトドメを刺そうとしたとき。

「待ってください、姐さん。俺がやります」

 ジョーンズがこわばった顔で告げてきた。

「できるの?」
「……これ以上、姐さんに頼っていられないから。覚悟を決めました」

 それなら、何も言うまい。
 私はダガーを装備する。万が一のことを考えて。
 ジョーンズは顔を真っ青にし、呼吸が乱れつつも、ダガーを構え……。

「だ、ダメだ、ジョーンズ! 殺しちゃ、ダメだ!」

 ルシアンの言葉に、ジョーンズは動きを止める。
 私は見逃さなかった。ジョーンズがほっとした顔をしたのを。

「殺しはしないって決めただろ! それに人を殺したら、きっと後悔する! だから……」

 ぶしゅううううううううううううううううううう!

「がぁあああああああああああああ!」

 私は全体重を乗せ、敵の喉元にダガーを押しつける。刃が喉に食い込み、のめり込んでいく。

「く、くそぉおおおおおお! がぁはぁあああああああ!」

 敵の口と首から勢いよく血が飛び出るが、私は何の躊躇もなく、刃をゆっくりと押し込む。絶命するまで。
 絶命だつらくを確認して、私は敵から離れた。
 血の臭いが充満し、床が赤く染まる。
 ポタポタとダガーから血がしたたり落ちる。

「うぅええええええええ!」

 ミリアンとヨシュアンは吐き気をこらえている。カリアンは卒倒していた。

「なんで……なんで、殺すんですか!」

 ルシアンの無意味で何の発展性もない、無駄な問いに私は我に返り、淡々と答える。

「そういうゲームだから……これは仮想世界での出来事。相手は死なないし、ただ、脱落するだけ。それに……」

 私はルシアンに冷たく言い放つ。

「敵は殺す」

 そう、それだけ。
 私はルシアンを無視し、もう一度死体を確認……えっ?

 目の前でまた不可解なことが起こった。
 死体が……塵になっていく。ゆっくりと塵になり、その速度は急激に広まっていき……五分程度で全て消え去っていった。
 これがこの世界での死……。
 塵一つ残さないとは……。

 これが明日の我が身にならなければいいのだけれど……そんな都合のいい話などない。
 私は改めて殺し合いの意味を考えさせられていた。
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