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一章

一話 伊藤ほのかの挑戦 落ちてきた男編 その六

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「先輩、おまたせしました!」

 テニスウェアに着替えてきた私を見て、先輩は怪訝けげんな顔をしている。
 あっ、これってまた小言コースかな。

「着替える必要があったのか? それに短いだろ、スカート」
「こんなものですよ、スコートの長さは」

 私はその場でくるりと回って見せた。スコートがめくれるけど、そこは見えないよう調整する。
 先輩の表情が更に硬くなる。

「ジャージでいいだろ、ジャージで」
「私って形から入るタイプでして」
「……分かった。俺が前衛ぜんえいをするから伊藤は後衛こうえいを頼む」

 先輩は先にコートにいってしまった。
 もう、テレ屋さんなんだから♪ それとも、興味ないのかな、やっぱり……。
 スコートのすそをつまみ、ひらひらとさせる。
 やっぱり、短パンにすればよかったかな……アンダーとはいえ、恥ずかしくなってきた。
 先輩が興味持ってくれないならスコートの意味ないよ……せっかく借りてきたのにな……。
 あっ、リストバンド、忘れちゃった。
 はあ……。何やってるんだろ、私。

「ん……」

 気が付くと、島津君がリストバンドを差し出していた。
 えっ? 使っていいってこと?

「ん……」

 何か言ってよ、もう。不器用なんだから。
 でも、嬉しい。年下最高! ただし、弟は除く!

「ありがとう、島津君」
「別に……後、同い年だから」
「えっ?」

 う、嘘でしょ! 身長百五十センチくらいじゃん! 私より、背が低い!

「すぐに伸びるから」

 ううっ……高校生になると骨が伸びにくくなって、身長も伸びなくなるんだよ……。
 言えないよ、そんな残酷なこと。

「伊藤、口に出てるぞ」

 先輩にツッコまれてしまった。つい、独り言がれていたようだ。
 いけないけない。気を付けないと。
 テニスコートには、私と先輩、サッキーと黒井さん、島津君とテニス部員が集まっていた。

 まだ、島津君のパートナーが現れない。誰だろう、島津君のパートナーは?
 人懐ひとなつっこい元気系の男の子かな? 穏やかな草食系の男の子かな?
 ちょっと楽しみかも! イケメンだしね!

「お待たせ~!」

 げっ!
 わかめのような髪型、人当たりのいい大雑把おおざっぱな性格……でも、肉食系のドSプレイヤー!
 もう、フラグたちまくりだよね! 学校違うでしょキミは!

「おっ、キミ可愛いね! 何、もしかして、相手、キミ?」
「は、はい。伊藤ほのかです。風紀委員です」

 牽制けんせいするために風紀委員の名前を出してみたけど、わかめ頭君はかいせずに明るく返事をしてくる。

「俺、肥後ひご赤彦あかひこ。よろしく!」

 肥後君の差し伸べた手を反射的に握り、握手する。

「柔らかい手してるね、ほのかさん」
「は、離していただけると……」
「怪我しないようにね」

 こ、この人、る気、満々なんですけど! 泣きたくなってきたよ!
 レディファーストって知ってる? 紳士的に勝負しようね?
 でも、レディファーストって地雷原を歩くさいに奴隷の女性を先に歩かせていたことが起源きげんだったような……。
 今すぐ後ろを向いて前進したい! そして、そのままお家に帰りたいよ!

「藤堂正道だ。よろしく」
「おっ、いいガタイしてるじゃん。すぐに壊れないでくださいね、退屈たいくつだからさ」
「?」

 カチーン!

 肥後君の発言に、私はつい挑発に乗ってしまう。

「せ、先輩は負けませんから!」

 私は頭にきて、二人の間に割って入る。ちなみに先輩はぽかんとしていました。

「へえ~、いいね、一応ハンデあげる。サーブ、そっちからでいいよ」

 肥後君は楽しそうに、いたぶりがいのある獲物えものを見るような目でこっちを見ている。
 バカにして! 絶対に負けないから!

「いや、伊藤。現役げんえきの選手に勝とうなんて考えが甘くないか?」
「もう! 空気読んでください! 戦う前から弱気なこと考えてどうするんですか!」

 その名の通り、きっと戦いになる。これはテニスではなく、テニヌなの!

「や、やる気満々だな、伊藤」
「スポ根ものなんですから熱くいきましょうよ!」

 あ、先輩が笑ってくれた。
 私もようやくこのノリが分かってきたような気がする。

「ねえ、始めていい?」

 島津君の言葉に私達はうなずく。じわじわとテンションが高まっていく。
 試合開始を待つのって変な緊張があるよね。少し怖いけど、楽しいって気持ちもある。

 さあ、始めようか、テニヌを。
 位置について、審判しんぱんのコールを待つ。

「青島テニス部対青島風紀委員、ダブルス、ワンセットマッチ、風紀委員伊藤、トゥサーブ!」



 結局、この展開になっちゃったね。怪我けがをしないように気をつけなきゃ。
 ルールは、三セットマッチ、アドバンテージ方式。
 エンドの交代は奇数ゲームが終了したらおこなう。一ゲームごとに休憩あり。

 私はテニスボールをバウンドさせながら集中力を高める。
 先輩の指摘してき通り、島津君達に勝つのは難しいと思う。でも、すんなりと終わるのはしゃくさわるよね、先輩。
 中学から必死に練習してきたあのサーブを高校で披露ひろうすることになるとは……。

 ふふっ、いきますよ。
 ボールを高く上に、少し後ろに投げる。
 左から右に……ワイパースイング!
 スピードよりも、コントロール重視でサーブを打ち込む。

「!」

 島津君はレシーブしようとするけど、ボールがバウンド後、右に大きくはずみ、抜けていった。
 ツイストサーブ、成功!

「フィフティーン・ラブ!」
「へえ~、すごいじゃん」

 やった! すごいじゃん、いただきました!
 顔面に向かってボールが飛ばすことは出来なかったけど、一般的なツイストサーブを打てるように頑張って練習した。
 そう、これだけ頑張った!

 だって、他のはちょっと無理。ひ○ま落としなんて私がやってもピエロだもん。
 フォームだけで精一杯で、あれはイケメンがやってはじめて効力を発揮するって技だって思い知らされた。

「ナイス、伊藤!」

 エヘヘッ! 先輩にめられた!
 この調子でどんどんいくよ!

「それ!」

 ツイストサーブを相手コートに打ち込む。
 でも、肥後君にあっけなく打ち返されちゃった!

 パン!

 先輩がボレーで返す。
 ここからラリーが始まるけど、やっぱり経験の差が出て先輩のショットがネットに当たる。

「すまん」
「ドンマイです、先輩」

 気を取り直してサーブを打つ。
 島津君にレシーブされ、ラリーがまた続くけど、決め手がない。こっちが不利。
 どうしようか悩んでいたら、島津君がロブをあげる。
 私のスマッシュしやすいコースだ。島津君が指をクイクイッと動かし、笑っている。
 さっきのサービスの仕返しかな? 打ち返してやるって。
 安い挑発……でも!

「はっ!」

 あえて挑発に乗ってあげる! 私の一番の決め手、ツイストスマッシュをたたき込であげる!

「よっと!」

 即、返された!
 先輩がフォローに入ってくれたけど、ラケットに当てるだけが精一杯で、ボールがネットに……あっ、ネットの上端に当たって、相手側のコートに入った! ラッキー!
 でも、肥後君がそのボールをかろうじてひろう。ロブが再びあがる。
 もう一度、スマッシュチャンス!
 今度こそ!

 にやけている島津君めがけてスマッシュを……したら打ち返される!
 ここは、体勢をくずしている肥後君に切り替えて、渾身こんしんのスマッシュを叩き込む!

 やった! 抜けた!
 肥後君がダイビングボレーで返そうとした時は肝を冷やしたけど、一瞬、ボールの方が早かった。

「サーティ・フィフティーン」

 やった! これでまたリード! もしかしたらワンゲームとれるかも!
 先輩と一緒に喜んでいたら、コートの異変に気付いた。
 あれ、肥後君が倒れたまま動かない。怪我……じゃないよね?

「やばいんじゃない……プライド傷つけられたよ、肥後のヤツ」
「ここからが地獄だぜ」

 外野の声が聞こえてくる。
 えっ? これって、もしかして……。

「伊藤、どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」

 肥後君の目つきが変わった。獰猛どうもう猛禽類もうきんるいのような目つきになっている。ああ、やだな~、気を付けないと。
 サーブをリターンされ、またラリーが続く。肥後君がドロップショットでボールを手前に落としてくる。

「先輩、任せて!」

 前に出てボールを拾えたけど、ロブになってしまう。

「!」

 肥後君がスマッシュを私めがけて打とうとしてる。前のりになってしまい、動けない。
 そんな私に目掛めがけて、肥後君が思いっきりスマッシュしてきた!
 当てられる!
 思わず目をぎゅっとつぶる。

 バシィ!

 ぶつかる音がしたが、痛みはない。
 私はそっと目をあけると、目の前に大きな手があった。先輩の手だ!
 先輩の左手にボールが握られていた。
 先輩が護ってくれた! やっぱり、先輩は私の王子様だ!
 でも、なんでラケット使わなかったのってツッコんでいいですか、先輩!

「おい、肥後君。危ないだろ」
「すんません。わざとじゃないです」

 嘘だ! 肥後君の目が笑ってる。
 全然反省していない。それどころか、楽しんでいる。
 その笑顔は肥後君の凶暴性をあらわすかのようで怖い。この人、またやる気だ。
 肥後君の態度に、先輩が睨みつける。

「そんなに睨まないでくださいよ。でも、避けられないのはどんくさい証拠でしょ? そこまでは面倒見きれませんけどね」
「……」

 先輩は睨みつけている。肥後君は髪をイジりだした。

「だから、そんなににらまなくても……」
「……」

 先輩は睨みつけている。肥後君の顔が引きつっている。

「そ、その……」
「……」

 先輩は睨みつけている。肥後君も負けじと睨み返しているが、ドン引きしているのが分かる。
 ここでフツウの男の子なら、えっ? なにマジになってるの、キモ! と自分ビビってませんアピールする。ソースは中学三年の時、同級生だった古賀先君、サッカー部だ。

「……」
「……」

 す、凄い! 先輩の眼力がんりきで肥後君を黙らせちゃった。
 肥後君の目が元に戻ってるっていうか、震えてうつむいちゃってるよ。目も泳いでるし。
 私はつい、助け船を出した。

「先輩、その辺で勘弁かんべんしてあげた方が。私なら平気ですから」
「伊藤は黙ってろ。人を平気で傷つけるようなヤツを俺は許せないんだ」

 ううっ、被害者は私なんですけど。
 はぁ……。
 分かってはいたけど、先輩は私の為に怒ってくれたわけじゃないんだよね。
 テンション下がるな……。

「ダブルフォールト!」

 いけない、ぼんミスして逆転されちゃった。
 しっかりしなきゃ。でも、なんだかテンションあがらないよね。
 はあ……。

「伊藤」
「……なんですか、先輩。次は失敗しないから大丈夫ですよ~」

 なげやりな態度をとる私に先輩が近づいてくる。
 お説教かな? ちょっと失敗したくらいで……。

「本当に大丈夫か?」
「えっ?」

 わ、私の肩に先輩の手が!
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