風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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二十一章

二十一話 ハイビスカス -新しい恋- その四

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 私と美月さんは学園を出て商店街に来ていた。失恋の痛みを忘れることができるのなら知りたい。この辛い気持ちを忘れ去りたい。
 でも、忘れたときに何が残るのか? そのとき、私は先輩の事をどう想っているの? 先輩を好きでなくなってしまうの?
 痛みを忘れたいと思う反面、痛みを忘れてはいけないような気がする。だから、答えを知りたい。美月さんには、

「残酷な光景だけど、覚悟ある?」

 って言われているけど、私はうなずいた。この苦しみから解放されたい一心いっしんだった。
 商店街に入ると、電柱やお店に青島祭のポスターが貼られている。風紀委員の見回りと一緒にポスターを貼ったんだっけ。
 本当、風紀委員って雑用が多いよね。押水先輩の調査で先輩と一緒に商店街に来た時は、私が風紀委員になることはもちろん、青島祭の準備をするなんて全然予想できなかった。
 ここにも先輩との思い出がつまっている。先輩とお惣菜を食べたこと、デートでゲームセンターにいったこと……。
 また一緒に遊びにいきたい……。

「ねえ、結構ショッキングな出来事になるけど、いいの?」
「いいです。覚悟していますから」

 教えてほしい。失恋の痛みの忘れ方を。忘れるってことは忘れる方法があるってことでしょ? それを知りたいの。
 私の覚悟が伝わったのか、美月さんがため息をついて指差す。指差した方向を見ると……。

「ユーノ?」

 懐かしい……。
 ユーノは以前、BL学園に在籍していた女の子、いや、アンドロイド。
 富士山重工が開発していた家庭用汎用はんようアンドロイド、そのプロトタイプがユーノ。
 おかっぱ頭でパッチリした目、人懐っこい可愛い笑顔場を和ませるマスコットのような女の子。関節部分を除けば、人としか思えないくらい感情豊か。
 ユーノと友達になったんだけど。ハーレム騒動以降、彼女は研究施設に戻っていたので、それ以降音信不通になっていた。
 でも、ユーノと失恋を忘れることって何か関係があるの?
 ここで考えても仕方ない。ユーノに話しかけてみよう。

「お久しぶり、ユーノ!」
「……どなたですか?」

 あ、あれ?
 この展開は予測できてなかった。私、忘れられてる? ちょっとショックなんですけど。
 再開できたことが嬉しくて、はりきって挨拶あいさつしたのに、私って恥ずかしい人?
 ユーノの意無邪気な視線が余計にいたたまれなくなる。ううっ、私って影薄い?

「あははっ、ごめんね。私、伊藤。ユーノが学園に通っていた時に友達になったんですけど……」

 そうだよね? 言質とったよね? ズッ友だよね、私達。

「ご、ごめんなさい! 私、記憶がなくって」

 記憶がない? どういうこと? 政治家の言い訳? 遠回しに友達じゃないって言われてるの? 斬新ざんしんすぎ!

「あっ、キミ! ユーノのお友達かい?」

 声をかけてきたのは優しげな男の人だった。髪の白髪が多いことから五十代くらいかな? ユーノさんのお父さん……じゃないよね。

「すまない。ユーノの記憶はもうないんだ」
「記憶がない?」

 それって記憶喪失ってこと? でも、アンドロイドが記憶喪失になるの? 記憶はきっと記憶媒体に保存されるはず。
 人間のように思いだせないことがあっても、なくなることはないはず。ユーノはプロトタイプだから、次の開発の為にバックアップをとっていると思うんだけど。
 記憶がなくなるということは……まさか……消された?

 私は目の前の男の人を睨みつけた。私の視線に気づいた男の人は目をそらしてしまう。
 その行動が私の憶測を確信に変えた。ユーノの記憶を意図的に消したんだ。
 ひどい……いくら生みの親だからって何をしても許されると思っているの?
 言いようのないこみあげてくる怒りに、その感情にゆだねて怒鳴ってやろうと思った。それをユーノの言葉に遮られる。

「あの……もしかして、昔の私の事、ご存じなのでしょうか?」
「もちろんだよ! 訊きたいことがあるのなら、何でもきいて。教えますから!」
「やめろ! ユーノ、黙っていなさい!」

 男性の怒鳴り声に、私は恐怖よりも怒りを感じる。都合の悪いことは知らなくていいってこと? 勝手すぎる!

「ユーノの意思を無視して記憶を消しておいて、ずいぶんな言い方ですね」
「何も知らないくせに勝手なことを言うな! 僕だって、僕だって……」

 男性の苦痛と後悔に歪んだような顔をみせられ、一瞬だけ怯んでしまう。
 でも、それはすぐに怒りへと変化する。どんな理由があったとしても、記憶を奪うことなんで許されるはずがない!
 私はユーノに向き合い、ユーノの疑問に答えようとした。
 ユーノは男性の機嫌をうかがいつつ、おぞおずと私に尋ねてきた。

「あの……」
「やめろ、ユーノ!」
「私、どなたか好きな人がいませんでしたか?」
「えっ?」

 ユーノの好きな人? それって押水先輩の事? 目の前にいる男性はユーノの最愛の人の記憶まで消したっていうの?
 私は、頭が沸騰ふっとうするような怒りでおもいっきりユーノの手を握りしめる。
 許せない! 絶対に思いださせてあげなきゃ。ユーノの大切な人を。

「私、とても大切な人がいたんです。お父さんよりも、誰よりも大切な人が」
「それはね、ユーノさん……」
「知っているんですか! 教えてください!」

 い、痛い!
 ユーノが私の腕にしがみついてきた。捕まえてきた手の力が尋常じゃない。
 痛くて叫び声をあげそうになった。叫ばなかったのはユーノの姿に釘つけになったから。
 ユーノの目は何の彩色もない、まるで深い闇にのぞかれているような感覚におちいる。いつもの優しいユーノは見る影もなかった。

「私、思いだせないんです! でも、分かるんです! 私の中に、とても暖かくて優しくて、お日様のようなそんな感情があったってことは! とても、とても大切な人がいたってことが! でも、分からないんです! 声も顔も仕草も思いだせないのに……大切な人がいるってことだけは理解できるんです! お願いです! 教えてください! 誰なんですか! どうして、忘れてしまったんですか!」

 私は何も言えなかった。言えるはずもなかった。名前は知っている。でも、どうして忘れてしまったのかは言えなかった。気づいてしまった。
 私のせい。私がハーレム発言を押水先輩から引き出してしまったから、ユーノと押水先輩は別れることになってしまった。
 噂で知っていた。ユーノがうまれてはじめて我儘を言った内容、それは押水先輩と別れたくないってことを。

 きっとユーノは失恋の痛みに耐えられなかったのでは? だから、記憶を消されたのではないか?
 罪悪感で押しつぶされそうになる。今までに感じたことのない、強い胃の痛み、頭痛がする。
 逃げ出したかった。でも、ユーノは追及をやめてくれなかった。最後の希望にすがるよう、私に必死に掴みかかっている。離してしまえば最後、もう取り戻せないと思っているかのように。
 必死に、必死に私の腕をつかんでいる。

「教えて! 教えてください! 私は誰を……だれ……」

 ユーノの言葉が途切れたと思った瞬間、恐ろしいことがおこった。
 ユーノの瞳孔どうこうが大きく開いたと思ったら、瞳が上下左右にまるで跳ね回るピンボールのように動き出す。

「ksahfoyhoi3hio4u80gfhgjlvnc,mbgaro;urhy;u;asiczvn,lna,jhbfwio;eur9q@u:apuj:a@ur0@q23yrouihsdjlhbjlhbzjkyho8yu1oujaihfalshfaslfhlsdhlsdhfo;oshimizuitirou@dkrifdklrnthklshgioyh8oi7y8hljkbnkafjphjlhbcljha8pyt:uasipfhifhufiaufoisa;oashfyo!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 意味不明な言葉がユーノの口から吐き出され、耳から蒸気が噴出される。
 ユーノの異常な行動に私は何もできなかった。男の人がユーノの首の後ろを強く叩く。ユーノの耳から勢いよく蒸気がまた出たと思ったら、すぐに止まった。
 ユーノはまるで支えを失った人形のように倒れた。

 震えが止まらない。ユーノが人間でないことを理解させられてしまった。もちろん、ユーノがアンドロイドってことは知っている。
 でも、あの優しくて人を和ませるユーノに、私は人間と同じ友情を感じていた。
 だからこそ、目の前の光景が信じられなかった。受け入れることが出来なかった。

「すまない……すまない……ユーノ……情けない僕を……許してくれ」

 男性は泣きながら、謝罪の言葉を何度も何度もつぶやきながら、ユーノを背負っていった。

 私はもう耐えきれなかった。
 近くの電柱に膝をつき、吐いてしまった。何度も何度も吐き続けた。
 涙がこぼれた。体の中にあった罪悪感が汚物となって、涙となって流れ出ていく。
 私の体の中にもう、押さえつけることのできなかった感情が出ていく。

「やだ……やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!」

 私は大声で叫んだ。少しでも体の中にある黒いものを出したかった。耐えられなかった。
 私のやってきたことは人の人生を狂わせてしまうことだった。一人の女の子を、沢山の人を、友達さえも地獄にたたき落としてしまった。
 罪悪感以上に耐えられなかったのは、失恋の痛みを忘れるとはどういうことかを見てしまったことだった。

 あれが失恋を無理やり忘れた結果なの? そんなのって、そんなのってないよ……忘れる方が地獄じゃない。
 違う、あれはコンピュータだから。現実の人間は違う。違う違う違う違う違う……。

 私は必死に今の現実を否定した。しなければ狂ってしまう。本気でそう思った。
 人間、追い詰められたら本性がでるという。私の本性は、傷つけた人達への償いの気持ちよりも、自分が傷つきたくないという、みにくくて、身勝手なものだった。
 自分の矮小わいしょうさを思い知らされてしまった。
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