風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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二章

二話 ガキが生意気言ってるんじゃねえぞ! その八

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 強が向かった先は……玄関だった。部屋で食べないのか?
 強の部屋は俺の部屋と一緒の場所だ。てっきり、自分の部屋で食べるのかと思っていた。なら、どこで食べるつもりだ?
 強は玄関を出て、傘を差し外へと出た。強の足取りには迷いがなく、どこか真っ直ぐに目的地に歩いていく。
 こんな雨の下、どこへ行く気だ? まさか……外にあるゴミ箱に捨てる気か?
 自分の作ったご飯ならともかく、楓さんが作ってくれたおかずだってあるんだぞ。

 強への後ろめたさがあったが、今この瞬間、吹き飛んだ。
 食べ物を粗末にするとどうなるのか、体に叩き込まなければならないようだ。
 しかし、証拠がない。ただの俺の思い込みという場合もある。
 実際に捨てるところを確認した後、すぐに声をかけてしまえば、言い逃れもできないだろう。

 強にバレないよう、尾行し続ける。
 強は近くにある公園に入っていった。公園のごみ箱に捨てる気か?
 俺は息をのみながら、じっと強の行動を注視する。強がゴミ箱に近づく。

 おいおい、本気か? 俺は無意識に呼び止めようとした。
 捨てる前に声をかけては証拠にならないが、やはり、強がおかずを捨てる姿を見たくない。いや、耐えられない。
 強に声をかけようとしたとき、足元に何かが触れ、びっくりして立ち止まってしまう。
 俺の足に触れたものの正体は猫だった。猫はたったったっと俺の横を駆け抜けていく。

 しまった!
 立ち止まったせいで、強に声をかけそびれてしまった。強は……。

「……」

 ゴミ箱を通り過ぎた。
 ……驚かせるなよ。
 どうやら、俺の思い過ごしだったようだ。俺は更に引け目を感じてしまう。

 よくよく考えてみれば、ありえないだろ。
 強はいい子だ。嫌がらせでご飯を捨てるなんてありえないだろうが。全く、驚かせやがって。
 自分でも分かっている。人様のプライベートに無断で干渉するのは悪いって分かっているんだ。
 そう何度も呟きながら、強の尾行を再開する。

 強は公園の端にあるベンチに腰を下ろした。あそこで食べる気か? 雨の中? どうして?
 俺は今度こそ、強に声をかける決心をした。
 雨の降る寒空の下、一人で寂しくご飯を食べるなんて寂しすぎるだろ?
 俺が嫌なら、俺がリビングから出ていけばいい。だから、みんなとご飯を食べろ。そう言ってやりたかった。
 強はベンチにおかずを置いて……ん?
 強はおかずを食べずに、ベンチの下にある段ボールを引き出した。

 なんだ?
 段ボールの中に、何か動いている。何が動いているんだ?
 じっと段ボールを凝視すると……何か動いた。なんだ?

「わんわん!」

 い、犬? 子犬か?
 強が段ボールから出したのは、子犬だった。どうして、子犬がこんなところにいるんだ?
 段ボールに子犬……そ、そうか、捨て犬か。

 俺も子供の頃、経験がある。俺と親友の健司が公園で遊んでいたとき、段ボールを見つけた。
 その中に捨て犬がわんわんと元気よく吠えていた。
 最初は子犬と遊ぶことが楽しかったが、晩御飯の時間になり、別れの時がやってきた。
 そのとき、初めて気づくのだ。目の前にいる子犬は帰る場所がないのだと。

 俺と健司は最初、親に内緒で飼っていたが、親にバレてしまい、怒られた。
 俺と健司は子犬を飼えないか必死に頼んだが、俺の親父はアレルギーもちで、健司の母親もアレルギー持ちだった為、飼うことができなかった。
 結局、俺達は里親を探し、なんとかみつけることができた。
 名前も付けて可愛がっていた為、子犬と別れるのは辛かったな……まだ、生きているのか?

 ここまでくれば、強がなぜ、ご飯を残していたのか分かる。俺もやったからな。
 ああっ、やっぱりそうだ。強は子犬にご飯をあげている。原因が分かり、ほっとした。

 だが、これからどうする? 見過ごすか? それとも、上春信吾に報告するべきか?
 強のやっていることは理解できる。だが、この寒空でご飯を与え続けるのは強の体に良くない。風邪をひいてしまうかもしれない。
 俺としては見守りたいが、強の健康面を考えると……。
 ダメだ。いい案が思いつかん。一度、誰かに相談して……。

「正道」
「! 義信さん? それに信吾さんまで……」

 つけられていた? 俺は苦笑してしまう。強を尾行していたつもりが、尾行されていたとは……不覚だ。
 なんて言えばいいのか分からず、黙っていると。

「とりあえず、家に戻るぞ。話はそこからだ」
「……はい」

 俺と義信さん、上春信吾は強にバレないよう、この場を後にした。


 
 家に帰ると、リビングでは皆が待っていた。みんなが心配げに俺達を見ている。
 冷戦中の上春も俺に何があったのか、聞きたそうな顔をしていた。
 不安がる上春の手を、隣にいる朝乃宮が優しく握っている。その姿が本当の姉妹のように見えてしまう。

 不思議だった。このなかで、朝乃宮が唯一の他人だ。それなのに、一番家族に近い存在のように思える。
 つくづく、藤堂家と上春家が再婚するよりも、朝乃宮家と上春家が再婚したほうがいいのでは、そう思えてしまった。
 まあ、朝乃宮家の両親の事を全く知らないので、可能かどうかは分からないのだが。

「それで、正道? 何があったの?」

 最初に口を開いたのは女だった。俺はそのことに少し驚いてしまう。
 きっと上春が一番強の事を確認したかったはず。だが、俺と上春が仲たがいしているので、女が率先して尋ねてきたのだろう。
 ここは意地を張るところではない。事実を述べ、対策を練るべきだ。

 俺は、強が近くの公園で子犬に晩御飯を与えたことを説明した。
 子犬に首輪がなかったことから捨て犬であること、強が内緒で公園で犬を飼っていた事を話した。
 上春は強に怪我や非行に走ったわけではない事に、ほっと溜息をつく。しかし、子犬の問題は何も解決していない。

 どうするべきなのか? 子犬を飼うのか? それとも、諦めるよう説得するのか? その場合、子犬はどうしたらいい?

「ねえ、父さん。飼ってあげたら?」

 女が義信さんに犬を飼うよう進言する。上春家は居候なので、犬を飼いたいとは言えないだろう。
 だから、藤堂家の長女である女が進言したのだ。

 ここにいる全員が義信さんを不安げに見つめている。
 この家の大黒柱である義信さんに決定権があるからだ。つまり、義信さんの胸一つでこれからどうするのかが決まる。
 義信さんは腕を組み、女をまっすぐと見据える。

「そうはいかないだろう。犬は生き物だ。中途半端な気持ちで飼うべきではない。まだ、再婚することも決まっていないのに、軽はずみなことは言えん。もし、上春家がここを出ていくとき、子犬はどうするつもりだ? 一緒に連れていくのか? 家計にそれだけの余裕があるのか? 犬が飼える住宅に住めるのか? そこをはっきりさせない限り、犬を飼う事を許可できない」

 義信さんの言う通りだろう。
 子犬は生き物だ。もし、飼うのであれば、最後まで面倒をみるのが筋だ。人間の都合で捨てるなんて、もってのほかだ。
 飼うことができないのなら、手を差し伸べるべきではない。
 飼い主を探すなりして、飼うのを諦めるべきだ。それが、子犬にとっても幸せだろう。
 飼い主に捨てられる辛さは、立場は違えど分かる。だから、下手な希望を抱かせてはいけない。

 そのことを、身をもって知っているし、押水の件でも学んだ。義信さんの判断は致し方ないことだ。
 強には可哀そうだが、諦めてもらうしかない。頭の中ではそう思っているのに……納得がいかないことがある。
 それは…… 強の意思を確認していないことだ。
 強抜きで決めてしまっていいのだろうか? 本人の事なのに本人がいない間に、勝手に方針を決めてしまっていいのか?
 そこが疑問だった。
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