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第五十五話

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その日。

俺はニーナに呼び出されて屋敷へと来ていた。

「はい、アルト様。あーんです」

「ん…?あーん…」

「はいっ、どうぞ」

「んぐ…ん…?」

キッチンへと連れてこられた俺は、ニーナに口を開けさせられて、中へ何かを放り込まれる。

「これは…?」

「クッキーです…焼いてみたんですけど…どうでしょうか?」

「ええと…」

モグモグと咀嚼し、飲み込む。

甘さが口の中に広がった。

焼き加減もちょうどいい。

「美味しい」

率直な感想を俺は口にした。

ニーナが顔を綻ばせる。

「よかったです。アルト様に食べて欲しくて一生懸命作った甲斐があります」

「俺のため…?」

「はい…えへへ…この間助けていただいたお礼です」

「この間…?」

「ほ、ほら…私が攫われて…危うく売り飛ばされそうになってしまって…」

「あぁ、そのことか」

一週間ほどまえ。

ニーナは人攫いに攫われて、危うく売られるところだった。

カイルに頼まれた俺が、探索魔法を使ってなんとか居場所を割り出し、人攫いから助け出したのだ。

このクッキーはその時のお礼らしい。

「わざわざありがとう。本当に美味しいぞ」

「えへへ…こんなことしか出来ませんけど…たくさんあるので食べてください」

「おう。じゃあ、ありがたくいただこうかな」

その後、俺はさまざまな形に焼かれたクッキーをありがたく頂戴させてもらった。

「お茶もどうぞ」

「サンキュー」

食べ終わると、お茶も出してもらい、ごくりと飲んで一息つく。

「ふぅ…美味しかったぞ。ごちそうさま」

「お粗末様です」

「じゃあ…俺はそろそろお暇して…」

「あっ、待ってください、アルト様。帰ってはダメです」

「はい…?」

服の袖を掴まれ、呼び止められる。

「まだ何か用なのか?」

「はい。アルト様。この後ダンスのレッスンや、パーティーマナーのおさらいをしますよ」

「はい…?ダンスレッスン…?」

唐突にそう言われ俺は首を傾げる。

すると、ニーナは怪訝な表情になった。

「あれ?お父様から聞いていませんか?」

「…?何をだ?」

「一週間後の第三王女様の誕生日パーティーのことです。アルト様には私の護衛騎士として付き添ってもらいます」

「は…?」

それは全くの初耳の任務だった。


ルーナ・ルミナス。

それがこの国、ルミナス王国の第三王女の名前である。

ルーナ・ルミナス第三王女は、数いる第八までいる王女たちの中でも一際美しいと評判で、一週間後にそんな彼女の十六歳の生誕祭であるらしい。

大貴族アルトリア家は、当然のごとく招待されており、当主カイルはニーナを伴って参加をするつもりだった。

ついてはニーナの護衛として、俺にも同行するようにとのことらしい。

「ま、またダンスレッスンなのか…」

俺は前回の貴族のパーティーに参加したときに、無理やりやらされたダンスの特訓を思い出し、思わず顔を顰める。

「あの…ちなみになんだが、俺に拒否権は…」

「ダメです、アルト様。私の外出の時は、アルト様が護衛につくと取り決めたではありませんか。今回もアルト様には私の護衛についてもらいますよ」

「…はい、仰せのままに」

雇い主一族からこう言われるともう俺にはどうしようもない。

渋々、俺はニーナに従う。

「はいっ、よろしくお願いしますね。では…早速色々教えていきますね。今回は前と違って王族主催のパーティーですから絶対に失礼があってはいけません。前回よりも厳しくいきますよ!!」

「…まじかよ」

ニーナにはやる気がみなぎっていた。

俺はうんざりしながら、前回同様、彼女から王侯貴族たちの間での、格式ばった挨拶や、マナー、ダンスなどを学ぶために別室へと連行されていくのだった。


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