ねぇ、大好きっていって

深智

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スウィート・バスタイム1

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 担任するクラスは2年生で受け持つ授業は2、3年。だから、学校では滅多にひよと顔を合わせる事はない。たまに見かけると無意識に目で追ってしまう自分に少々驚いたりする。

 危なっかしいから、保護者的な意識が働くんだろう、と自分自身に確認してみたりする。

 そうだ、そうに違いない。

 昼休み、キャーキャーまとわりつく女子生徒を適当にあしらい、なんとか撒いて喫煙室に逃げ込んだ。

「相変わらず大変そうですな、平田先生」

 ロマンスグレーの世界史教諭がタバコを吸いながら話しかけてきた。

「はあ、すみません。いつもお騒がせして」

 軽く頭を下げながらタバコをくわえた俺に、ライターの火を貸してくれた。

 紳士で優しく、生徒にも人気のある先生だ。すみません、と言い火を貰う。

「いやいや、私の若い頃を思い出しますなぁ」

 ロマンスグレー先生はそう言い目を細めて笑っている。確かに、若かかりし日は相当なイケメンだったろなと、その顔を見、窓の外に目をやってーータバコを口から落としそうになった。

 ひよ!? なにやってんだ!?

 裏庭の大きな桜の木が、この2階にある喫煙室から見える。その根元でひよがなにやら必死にやっていた。

 なんだ? 身体の向きを変えるとひよが何をやっているかがわかった。

 ああ、猫? 降りられなくなった仔猫を助けようと? ホウキを持って必死に背伸びをして。ひよ、それはムリだろう。

「ああもうっ!! あ、すみません、失礼しますっ!」

 突然声を上げた俺に驚くロマンスグレー先生に頭を下げて、俺は喫煙室を飛び出した。




 仔猫を無事救出してひよの腕に手渡した。

「ありがと、遼ちゃん……」

 半べそだった顔から一転、安堵の笑顔。俺は半ば呆れながらため息。

「誰か呼べば良かったろ」
「だって、休み時間はみんなそれぞれの時間過ごしてて……悪いもん」

 うつ向き気味になるひよの頭をポンと軽く叩く。

「ひよはもう少し図々しく生きられないとな」

 そうは言ったが、ひよの性格はわかっている。この性格が仇になって、小中学生の時はよくいじめにあってたな。でも、基本的にいつも人の気持ちばかり考えている優しい子なんだ。

 だから、一生懸命助けようとしたひよに対して何も感じてなさそうな猫の親子が振り向きもせずにあっという間に走り去るのも、満足そうに見つめている。

 何に対しても、どんなときもそうだ。ひよには、見返りとか期待するような感情が皆無だ。

 だから守りたい。そう思う。間違った純粋培養かもしれない。けど、ひよが傷つく姿を見たら、俺がきっと耐えられない。この感情が昔と変わらない感情なのかはまだよくわからない。

 ただ、ひよを膝に抱いて目の前にした時の感情が明らかに変わっていくのは感じていた。




「遼ちゃーん、今日はおばさんいないのー?」

 階下からひよの声。帰ってきたばかりの俺はネクタイをほどきながら、その声に部屋から答える。

「今夜は残業だってさー。ついでに親父も今夜は飲み会だとか言ってたー」

 パタパタと階段を上るひよの足音がして、ドアが開いた。

「あっ、ごめんね」

 ネクタイを抜き、ワイシャツのボタンを外していた俺を見て、ひよが一瞬ためらう。

「なに今さら照れてんだよ」
「照れてるわけじゃ、なくて、」

 少し開けたドアの隙間から覗くようにこちらを伺うひよに、俺はクスリと笑った。

〝かわいい〟

 そう思う気持ちは昔と変わらないんだけどな。

「おいで」とひよの手を引いた。



 ベッドに腰を下ろし、膝の上に跨ぐ形でひよを座らせる。

「遼ちゃん、今日は学校で会えたね」
「ん、そうだな」

 白くて柔らかなひよの頬に手を添えて大きな黒目がちの目を見つめる。

「なかよしタイム?」
「そ」

 首を小さく傾げて上目遣いのひよに俺は笑いかけて、唇を重ねた。

 絡めた舌を優しく下から掬い上げる。ゆっくり唇を離した時に見せる、ほんの少し大人の表情をしたひよの顔が凄く愛しくなってしまう。

「……ん」

 唇を重ねていたひよが微かに身じろぎした。

ん? 今日はひよがいつもと少し違う。

 唇をそっと離した後、しがみついてきた。

「ひよ、どうした?」

 優しく聞くと、視線が合う。

「あのね……遼ちゃん」

 何かを話しかけたひよの表情が固まった。

 ひよ?

「遼ちゃん、これ……は?」

 固まるひよの目線の先は俺のワイシャツのボタンを外した胸元。その目線を追い、自分の胸元を見ると。

 これはっ!

 一瞬で血の気が引いた。

 菊乃のヤツ!

 キスマークだった。でもひよ、これが何かわかるのか?

 ひよの瞳に交錯する感情が見えた。

「やだ……」

 その瞳からはポロポロと涙がこぼれる。

「こんなの、やだっ」

 声を上げて泣き出したひよは俺に抱きついた。

 ひ、よ?

 ワアワア泣いて止まらないひよは、一生懸命訴える。

「イヤなの、ヤなの! 遼ちゃん遼ちゃん! 遼ちゃんが、遼ちゃんがーー」

 言いたい事がまとまらないらしく、言葉は正直、支離滅裂だった。でも、ひよを全身で感じた俺の中で何かが、何かの感情が大きく舵を切った。180度切り替わった気がした。

 ひよがコレを見て泣いた。つまり、俺が、泣かせたんだよな。

 もうしない――!

「もう、しないから」

 そうだ、もうひよが泣くのを見たくない。俺、もうひよ以外の女とは寝ない。

 そのかわり、ひよは誰にも渡さない。

「ひよ、俺、風呂まだだった。久しぶりに一緒に入ろうか。そこでなかよしタイムしよう」
「え?」

 キョトンとするひよの顔を両手で挟み、ニッと笑ってみせた。

「ガキの頃はよく一緒に入ってたろ」

 ひよの顔がパアッと明るくなった。

「うん!」

 チクリと刺すような胸の痛みは、罪悪感か。けど。

「〝なかよし〟をアップデートしような」
「?」

 俺は、ひよの頭をクシャッと撫でた。

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