ねぇ、大好きっていって

深智

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ウワサバナシ

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 朝、目が覚めると、あたしが眠るまで側にいてくれた遼ちゃんはいなくて。カーテンから薄い明かりが漏れていた。

 遼ちゃん。

 なんだか、昨日はすごく気持ちいい〝なかよし〟にごまかされてしまったみたいです。

 でもね、遼ちゃん。あたしの中には、遼ちゃんにとってあたしは〝特別〟じゃない、って事が、重いシコリみたいに残っているんだよ。

 遼ちゃん、あたしはいつか、遼ちゃんの‘特別’になれる日が来るのかなぁ。

 ねぇ、遼ちゃん。苦しいよぉ。

 朝の薄明かりが漏れる部屋で、あたしは布団に潜ったまましばらく泣いてた――。



 窓の外から、ガシャガシャと自転車を出す音と、遼ちゃんとおばさんの声がした。

 そういえば遼ちゃん、今朝も早くから練習あるって言ってた。

「いいじゃないのー、少しくらいぃ、聞かせてよ~」
「うっせーよっ!」

 またやってる。

 遼ちゃんとおばさんのやり取りは、御近所でも有名です。

「何よ~、ちょっと話してくれたってぇ。減るモンじゃないしぃ」
「ぜってー話さねー! そうじゃなくてもアンタに話すと何かが減りそうな気がすんだよっ! 大事な何かを吸い付くされそうな気がすんだよっ!」
「ハンッ! 大したタマも持っていないくせによく言う~」
「そっちじゃねええぇぇぇ―――――!」

 いつだっておばさんの方がうわ手。今日もおばさんに軍配、みたい。

 いつもなら笑って聞いてる2人のやり取りも、今日は笑えないの。ちょこっとだけ布団から顔を出していたあたしはまた、潜り込んで丸くなった。

……遼ちゃんの、ばか。




 1日だらだら過ごして、夕方パパとママが帰って来た。

「ひよちゃん、大丈夫だった!? ごめんなさいねー」

 ママがそう言って玄関に出迎えたあたしを抱き締める。ママはやっぱり、あたしをまだ小学生くらいに思ってる、みたいです。

 あたしは、遼ちゃんのお宅にお土産を、と言われて、ママに渡されたお荷物を届けに行った。

 遼ちゃんのお宅の玄関を開けて「おばさーん」と呼ぶと、元気なおばさんが奥から出て来た。あたしは、お礼と一緒にママからのお土産が入った容器を渡す。

「あらっ、ひよちゃんありがとう! ひまりと賢さんによろしく言っておいてね」

 賢さん、というのはあたしのパパ。うちのパパもママも、遼ちゃんのとこのおじさんもおばさんも、みんな大学の時のサークル仲間なんだって。仲が良くて、いいなー、っていつも思う。

「おばさん、遼ちゃん……は?」

 もう夕方。遼ちゃん、忙しいのかなぁ。

「遼太? そういえば、さっき夕飯はいらないからって連絡あったわ。ひよちゃんには連絡してないの?」
「あ、えっと、ないですよ~。そんな約束してるわけじゃないから……」

 そう言いながらアハハと肩を竦めて笑ってごまかしたけど、おばさん、意味深な顔であたしを見てる。なんか勘繰ろうとしてるでしょ。

「ひよちゃんにちゃんと連絡しなさい、って言ってあげようか?」

 きゃあぁぁっ! やめてぇ、おばさん!

「おばさんっ! お願いっ! なんでもないから、なにもしないでねっ!」

 そう言って慌てて手を振り、あたしは遼ちゃんちの玄関を閉めた。



 結局、遼ちゃんは夜更けになっても帰って来なかった。

 遼ちゃん、どんなに触れても触れ合っても遠く遠く感じるのはどうしてかなぁ。

 遼ちゃんに触れたい、触れてしいのに。どうして帰って来ないの?

 ポロポロと零れてきてしまった涙を、ゴシゴシと拭いながらお布団に潜った。



 朝、早く起きて窓から遼ちゃんのお家を見たら、自転車がなかった。遼ちゃん、帰って来なかったのかな。

 平日は遼ちゃん自転車で通勤しないもの。

 大きな不安が胸を覆って、潰されそうです、遼ちゃん。




 学校の駐輪場に遼ちゃんのマウンテンバイクがあったけど、1年生の教室がある棟と2、3年生の教室がある棟は別だから、遼ちゃんには学校でほとんど会えない。

 来てるんだよね、遼ちゃん?

 放課後になってグラウンドを見たら……いた。でも、4階の窓から見る遼ちゃんは遠い。

「だからさぁ、茉奈。それはただの憧れ。惚れてんのとは違うと思うわ」

 放課後の教室はたまに、女の子の雑談の場になる。机の上に大きな鏡を置いてビューラー、マスカラ、チーク、ルージュ……と、忙しく手を動かしながら、平田センセが好き、という茉奈ちゃんのお悩み相談を受けているのは、翠川彩乃ちゃん。

「えー、だってね、平田センセはね、私の名前まで覚えててくれて」
「そのくらいで、そんな事言ってんの~。もう茉奈はぁ」

 彩乃ちゃんの顔がどんどん完成していくのを、あたしは目を見張って見てた。何もしなくても綺麗なのにな。

 彩乃ちゃんの通学バッグの中は、いつも着替えと化粧品で一杯。教科書類はほとんど学校に置きっぱなしらしいけど、すごく頭が良くて、いつも成績は学年トップです。

 もとが違うから、ですね。

 そんな綾乃ちゃん、今日は社会人の彼とデートということです。

「そういえばさぁ、平田センセ好きっていう茉奈に悪いから言わないでおこうかと思ったんだけど……」

 彩乃ちゃんの隣に座っていた子が口を開いた。

「実は昨日ね。テニス部の練習が終わったのが夕方だったんだけどね。平田センセが校門のとこに待ってたすんごい美人と帰っていくのを目撃しちゃったんだよー」
「えー!? まじで~!?」

 周りの子達が立ち上がってその言い出した子の側に近づく。

「まじだって!!」
「ほらぁ~、茉奈。あんないい男に彼女いない訳ないじゃん」
「え~……」
「まな~、泣かないで~」

 あたしはその、みんなが騒ぐ中に入れず、呆然としてた。

 昨日、遼ちゃん帰って来なかった、よ?

「ああ、それきっと私の叔母だね」
「え?おばさん!?」
「ああ、叔母とはいっても、私の母の年の離れた妹だから、平田センセと同い年。高校の同級生。そして……」

 彩乃ちゃんが、含みを持たせて言葉を切ると、ルージュを塗ったツヤツヤの唇を鏡で確かめながら、言った。

「平田センセの、元カノ」

 もとかの?

「もとかのって?」

 ちょっと乗り遅れ気味だったあたしが、会話に入ってみんなが振り向く。

「出たっ」
「ひよりはぁ~」
「安定のひより~」
「元カノっていうのは、昔の彼女。つまり元の彼女で元カノね」

 彩乃ちゃんは鏡から視線を外す事なく教えてくれた。

 遼ちゃんの、昔の、彼女。そう、だよね。遼ちゃんずーっと彼女いたもん。色々……沢山……。そういえばあたし、今は? って考えた事なんてなかった。

 胸が、ザワザワと落ち着かない。

 彩乃ちゃんがチークブラシを使いながら言う。

「翠川(みどりかわ)菊乃っていうんだけど。菊乃姉、平田センセに会いに学校まで行っちゃうかもって、つい最近言ってたからねー」
「でも、元カノでしょ」
「甘い」
「え?」

 少しホッとした様子を見せた茉奈ちゃんがドキッとした顔をする。それはあたしも。

 彩乃ちゃんがチークの蓋をパチンと閉じた。

「あの2人は、菊乃姉はハッキリとは言わなかったけど、初めての相手同士みたいなの。お互いが初めての相手、なんてちょっと羨ましい。私の初めての男なんて、私で何人目? って感じだったもん」

 遼ちゃんの、はじめての女(ひと)。

 はじめて……。

 ちょっとよくわからないけど、それは[特別なヒト]?

 胸のドキドキが止まらない。このドキドキは、不安の鼓動。

「あの2人ね、高校の時に別れてからも、寄りを戻したり別れたり、を何度も繰り返したらしいの。大学も同じだったからね。菊乃姉の中にはずーっと平田センセがいるんだと思う。それでね、これは私の勝手な憶測だけど」

 彩乃ちゃんは机の上に広げたお化粧品をポーチにしまいながら続けた。

「平田センセの中にも絶対に菊乃姉はいるんだと思う」
「……今は付き合ってないの?」

 誰かが言うと、彩乃ちゃんは肩を竦めた。

「菊乃姉は結婚するかもしれないから。別の人と」
「え~! なんで~!? そんなに好きな人がいて~!?」
「菊乃姉は私と違って才色兼備のお嬢サンだから、いくらでも申し込みがあるの。私達みたいな子供にはわからない大人の事情があるのんじゃない?」

 みんながあまりにもロマンチックな2人の話に盛り上がる。茉奈ちゃんが「え~平田センセー」と泣いてた。

 あたしは、あたしは――。

「ひより!?」

 隣にいた子が、驚いてあたしの顔を覗き込む。

「どうしてひよりが泣いてるの!?」

 え、あたし泣いて? 頬に手を当てると、涙。

「どうしたの、ひより? どっか痛いの?」
「もしかしたら、平田センセのロマンチックなお話に感動しちゃった?」

 みんな、あたしの頭を優しく撫でてくれた。

 でもね、違うの、違うの。心の中で、あたしは叫ぶ。

 でも、声が、出ないの。

 涙が止まらないの。

 あたしの中の遼ちゃんが、手を振って消えていった。


 今ここで許されるものなら、思い切り声をあげて泣き叫びたかった――。
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