ねぇ、大好きっていって

友秋

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あたしが見たものは

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 お家に帰ると、今日はお休みだったパパがリビングでテレビを観ていた。

 あ、これ――。

「ただいま、パパ。これって」

 あたしの声に、パパが振り返ってニッコリ笑う。

「お帰り、ひよ。今な、録画の整理をしていたんだ。見始めたら止まらなくなってしまった」

 ああ、だから――。

 テレビの画面は、夏の甲子園。アナウンサーの実況する声が画面から流れる。

《迎えるバッターは、前の打席でホームランを放っている4番、平田!今日の平田は4打数4安打!》

 高校生の遼ちゃんが大写しになった。

 白いヘルメット。名門高校のユニフォーム。真っ暗に日焼けした凛々しい遼ちゃんが、そこにいた。

 あたしの胸が、ギュッと締まる。

《9回裏ツーアウト満塁で、バッテリーは一番勝負を避けたいであろう最強バッターを打席に迎えました!》

 パパは、ずーっと遼ちゃんのファンだったね。

「遼太はこんな場面でも強かったな」

 パパが呼ぶ〝遼太〟はいつも、まるで本当の息子を呼んでいるみたいに愛情がこもってる。遼ちゃんに一番最初に野球を教えたのはパパだったからね。

《8回まで無失点の好投を続けてきたピッチャー緒方が9回表まさかの乱調4失点で逆転を許しその差2点! サヨナラのチャンスで女房役平田――!》

 画面にはベンチで肩にタオルを掛けてうなだれる緒方さん。遼ちゃんの親友――そして、バッターボックスで構える遼ちゃん。

 緊迫した雰囲気に、あの日この目で実際に観たのに、結果が分かるのに、ドキドキする。

 それは小さかったあたしのあの時の興奮とはまったく違う。その、あまりにもカッコイイ姿にあたしの胸は張り裂けそうだった。

 あたしとパパは、今まさにライブで観ているかのように「がんばれっ」とテレビの前で両拳握っていた。

 キィ――……ン、と甲子園の上空に広がっていた青空に響き渡った快音。

《打った―――――!》

 アナウンサーの興奮の実況が、耳をつんざく。

《入った! 入った! 入った――――! 逆転満塁サヨナラ――……》

 遼ちゃんは高々と拳を掲げて、白い歯を見せ眩しい輝く笑顔でダイヤモンドを駆け抜ける。

 パパもあたしも、手を叩いて万歳しちゃった。結果、分かっててもドキドキしちゃった。

「高校3年間緒方君ばかり注目を浴びて、遼太はあまり……だったな。でも遼太はそんな事には少しも腐ったりせず、いつも緒方君を立てて影の女房役に徹してたんだ」

 パパは遼ちゃんの話になると止まらない。

「遼太の方がずっといい選手だったとパパは思っていたよ。遼太は優しすぎたんだろうな」

 画面では、ベンチ前で仲間と喜び、ピッチャーの緒方さんと抱き合う遼ちゃん。その眩しい笑顔に胸がキューンと痛んだ。

 あたしは、高校生の遼ちゃんを、知らない。思えば、一番疎遠になっていた空白の3年間なんだね。

 ふと、あたしの頭の中に浮かんでしまった。

〝あの人〟は、知ってるんだ、って。

〝あの人〟が知る遼ちゃんが、そこにいる――。

「パパ、あたし着替えてくるね……」

 あたしはもう、それ以上は観られなかった。




 勉強しよう、と机に向かっても、教科書の文字も、問題集の問題も全然理解出来ない。

 夕焼けのオレンジ色の光に包まれた教室で、彩乃ちゃんが話していた事が頭から離れなくて。

 そのままシャープペンを置いてベッドにうつぶせにゴロン。

 そういえば、遼ちゃんが高校生の時は部活が忙しくて、ほとんど遊んでもらえなかった。家にいても、女のコを連れてきてる事が多かったから。

 あたし、やっぱり遼ちゃんと同じくらいの年だったら良かった。

 枕に顔を埋めた時、ガシャガシャッと自転車をしまう音が外から聞こえた。

 遼ちゃんが帰ってきた。いつもなら窓から顔を出すけれど、今は遼ちゃんの顔を見たら泣いてしまいそう。

「ひよりー」

 あたしはママの呼ぶ声に顔を上げた。



 あたしの手に、この前遼ちゃんが持ってきてくれたおばさんのおかずが入っていた保存容器。温かい。

「今日はね、おけいちゃん夫婦が旅行なの。この前の容器を返せるから、これを遼ちゃんに持っていってあげてね。今帰ってきたみたいでしょ」
「なんだ、ママ! 遼太しかいない家にひよをやるのか!?」

 パパが声をあげた。

「パパったら、今さらよ。こんな事しょっちゅうよ」
「なに~!?」
「遼ちゃんがひよりに何かするわけないでしょう?」
「そんな事はないぞ! ひよはこんなに可愛いんだぞ! いくら遼太でもひよはやらんぞー!」
「はいはい。ひよりは誰にもやれないのね」

 ママが肩を竦めて苦笑いしながら「じゃあお願いね」とあたしに言った。なんだかまだパパが喚いていたみたいだけど、ママがなだめていたので、あたしは急いで外へ出た。



 遼ちゃんのお家の前でドアを開けるのをためらうなんて初めてです。

 遼ちゃん、昨日はどこに行ったの? どうして帰って来なかったの?

 ――誰と……会ったの?

 こんな事、あたしが聞いたら遼ちゃん、嫌がるよね。あたしは遼ちゃんの彼女とかじゃないんだもん。

 唇を噛んで立ち尽くしてしまった。その時、突然ドアが開いてあたしの顔にバン! とぶつかった。

「いたっ!」
「ひよ!? なにやってんだ、こんなとこで! 大丈夫か!?」

 遼ちゃんがビックリしてあたしを見て、ドアにぶつけたおでこを撫でてくれた。

「あ、だ、大丈夫よ。あの、ね……ママがこれ」

 ジーンズにパーカー、レザージャケット。突然現れた遼ちゃんにあたしはドキマギ。

「もしかして、ひまりさんの?」

 うん、と頷く。

「ラッキー。今、コンビニ行こうと思ったんだ。うちのオバハン、息子の食事なんて何一つ用意してかねぇの」

 遼ちゃんが首を竦めて笑った。その笑顔に胸がギュッってなる。

「ひまりさんの手料理食べられるなら、オバハン一月くらい帰って来なくていいかも」
「遼ちゃんたら……」

 キヒヒといたずらっ子みたいに笑った遼ちゃんは、あたしの手を引いた。

「すぐに帰らなくてもいいんだろ?」

 うん。

 手を引かれて遼ちゃんのお家にあがる。

 遼ちゃん。握られた手の温もりだけで胸が熱くなるの。あたしの中に混沌とする複雑な想いに胸がツキンと痛くなるの。




 リビングで〝なかよし〟をした事は何回か、あります。遼ちゃんのお家に誰もいない時。

「遼ちゃん……」

 ソファに座ってたあたしを抱くと、遼ちゃんは自分がそこに座って膝に乗せてくれた。遼ちゃんの上に跨いで座って向かい合うのがいつものスタイルです。

 軽くキスをして、遼ちゃんの手はあたしの服の中。ブラの上から遼ちゃんの大きな手が優しく揉む……。

 ピリリ、と身体に軽い痺れが流れる。

「ん……ぁ」

 思わず声が漏れて、肩を竦めて小さく身体を捩ってギュッと目を瞑る。そのまま、そっと遼ちゃんの胸を押した。

「ひよ?」

 遼ちゃん、あのね。

 言葉が、出てこない。きっとこの言葉が出ればその先が言え……あれ?

 ちょっと首を傾げたあたしの目に、飛び込んできたもの。

「遼ちゃんっ!」

 首筋に小さな、赤いアザ。ポツン、と1つ。ソレは、小さくてもしっかりと。まるでそこにある事を主張するように。

 つけたその人の主張が、聞こえる。

 そう。『この人は、私のモノよ!』って!

 目を見開き凝視するあたしを見た遼ちゃんは、その視線の先からハッと気づき、手で首筋を隠した。

 あたしの頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。

『きっと平田センセの中にはまだーー』

 彩乃ちゃんの言葉があたしの中でぐるぐるとまわる。

 やだ! やだやだやだやだやだ!遼ちゃんが――! そんなの、やだ――――――――!

「ひよ!?」

 遼ちゃんがあたしの両手を掴む。あたしはその手を振り払い、遼ちゃんを突き放して立ち上がった。

 遼ちゃんがどんな顔をしてるかなんて、もう見えない。もう、自分が何を叫んでいるかもわからなかった。

 遼ちゃんの昔の彼女。
 あたしのクラスの子が言ってた。
 昨日は誰に会ったの!?
 あたしは遼ちゃんがーー、

 支離滅裂だった。でも、ずっと苦しかった胸の中。それを吐き出した。
遼ちゃんに、ぶつけた。

 あたしはずっと怖かったの。

 遼ちゃんに想いをぶつけたら、もう〝なかよし〟してもらえなくなるかも、って。でも、もう我慢できなかった。

 遼ちゃんに、誰も触れて欲しくないの――――!






 
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