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事情 side遼太
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日曜日。練習が終わって職員室で雑務を片して、今日は少し早く帰れる。そう思っていたが、スマホを確認しLINEのメッセージに気付いた。
『会いたいの。お願い。菊乃』
菊乃、先月会った時に、結婚するかも、みたいな事言ってたな。
短いメッセージから、何となく切実さが伝わってきた。会うだけ、なら。
『了解。いつ?』
『今日。今遼太の学校の近くにいるの』
は!? 慌てて立ち上がった。菊乃らしくない。
校門のところで待ってるという菊乃のメッセージに、とりあえず帰り支度をした。
チャリは……しょうがない明日だ。
「じゃあ、お先に」と数人いた先生達に簡単に挨拶だけして職員室を後にした。
学校か。誰かに見られるのは避けたいな。
日曜日の夕方なら残っている生徒はそんなにいないと思うが、ひよの耳にだけは入らないよう、祈る。
校門の外に菊乃が立っていた。夕焼けに染まる景色を背にした姿はあまりにも綺麗で、不覚にも一瞬見惚れてしまい頭を振った。
「遼太、急にごめんね」
「いや、ちょうど帰るとこだったから構わない」
「この辺じゃ、遼太嫌だよね? 少し遠くに行こうか?」
「そうだな」
うーん、車じゃないからな、と大通りを見ると、交通量が多くタクシーが拾えそうだった。
「遼太」
通りをゆっくり歩きながら空車を探す俺に、菊乃が話しかる。
「どうした?」
「2人きりになれるところがいい……」
以前なら迷わずホテルに入ったが、あの一件以来、俺はひより以外の女とは絶対に寝ない、と決めた。
ならば、と考えて、個室がある馴染みの料理屋で手を打った。
菊乃が俺のグラスにビールを注ぎながらクスリと笑った。
「ホテルじゃないの?」
「菊乃さん、身体を安売りしてはいけません」
冗談半分の口調で返しながら、今度は俺が彼女のグラスに注ぐ。
「いやだ、失礼しちゃう。私は遼太としか寝ないわよ」
アハハと笑いながらグラスを合わせた。
同級生達の話をしたり仕事の話をしたり。なんだ菊乃、いつもと変わらないじゃないか。
と思った時だった。ふと、グラスを置いた菊乃が泣き出した。
「菊乃?」
「遼太、お願いがあるの」
「どうした、菊乃。俺に出来る事ならーー」
テーブルを回って、顔を覆って泣く菊乃の側に行った次の瞬間。
――!?
菊乃が俺に抱きついた。
「き、きくの!?」
ただならぬ雰囲気に、無下に引き離す訳にもいかず。
「どうしたんだよ」
幾度も抱いた身体なのに、かなり動揺していた。手の行き場に困り、とりあえず背中を優しくポンポン、と優しく叩く。
「後生だから……抱いてよ……」
俺は目を閉じた。
危うく〝一度だけなら〟なんて盛り上がる寸前だったもう一人の自分を殴り飛ばし、とにかく冷静になれ、と言い聞かせた。気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をし、声を出した。
「ごめん、菊乃。それは出来ない」
ひよの為の決意を覆らせたら、本物のクズだ。
長い沈黙があった。フワッと動いた菊乃が、俺の首筋にキスをした。かなり長く……あっ、またやったな!
「菊乃!」
俺が声を上げるのと菊乃が離れるのはほとんど同時だった。
「イーだっ! 悔しいから付けちゃったからっ!」
パッと俺から離れた菊乃は小さく歯を見せる表情をし、また何事もなかったように食事を始めた。
な、なんだったんだ。
キスマークを付けられたと思われる首筋を擦りながら眉根を寄せる俺に、菊乃がまだ少し涙の跡が残る目で笑いかけた。
「好きな子が出来たのね?」
手にしていた箸が止まってしまう。不覚にも、固まってしまった。
「珍しい、遼太がそんな風になるの」
「うっせー」
菊乃が笑う。
「お前こそ、今幸せなんじゃないのかよ」
「……幸せよ」
菊乃がフッと微笑んだ。
「女は、自分が好きで好きで堪らない人と一緒になるより、自分をうーんと愛してくれる人と一緒になる方が幸せなんだから」
*
キスマーク、はしっかりくっきり付いていて。現在に至る。
俺の膝に座ったまま凍りつくひよりの目線に気付き慌てて手で隠した。
ひよの表情がみるみる崩れる。
「いやだ――――!」
そう叫んで両手で俺の胸を叩いた。泣きながら、首を振って。
「ひよ!?」
暴れる両手を掴んでその顔を覗き込んだ。涙でぐちゃぐちゃに崩れた顔で、キッと睨むと俺の手を振りほどいて立ち上がった。
その後は、きっとひよ自身、何を叫んでいるのかもうわかっていなかったのだろう。ただただ、気持ちを吐き出して俺にぶつけていた。
俺に対する気持ちを。
ひよの、初めて見る激しく取り乱す姿を、俺は瞬きも出来ず目を見開いて見つめていた。
ひよは一頻り叫んで、
「遼ちゃんに、誰も触れて欲しくないの! あたしだけを見て欲しいの! あたしは遼ちゃんの〝特別〟になりたいの――!」
最後にそう言って、わぁ――……と泣き出した。
ちょっと、待て。
俺にとってひよはとっくに〝特別〟で、大事な存在で。
まあ、自覚したのは最近だけど。
だけどひよにとって俺はまだ〝幼なじみのお兄ちゃん〟でしかないと思っていたから、だからずっと耐えて、我慢して、悩んで。
それは、ひよも同じだったのか?
なんだ俺達。
ちょっと可笑しくなってしまった。安堵とか、込み上げる愛しさとか。ダメだ、表情が緩む。
立ち上がった俺は、ひよを抱き寄せキスをした。
「遼、ちゃん?」
涙をパーカーの袖でゴシゴシと拭ってやる。
「いた」
顔を擦られてひよがちょっと痛がる。可愛いからもうちょいやったれ。
「いたいよ、遼ちゃん」
また泣きそうだからやめとこ。俺はクスリと笑った。
ひよが、怒ったような、不安なような、複雑な表情で俺を見上げている。
そうだ。ひよが叫んだ中には菊乃の事を言ってるらしい話も出ていたな。菊乃が前に話していた姪っ子、友達だったのか。
「遼ちゃん」
恐々と窺うような声音に、もう一回キスを。安心、させてあげなくちゃいけないよな。
「ひよ、沢山教えてあげたい事がある」
「?」
ひよが首を傾げる。不安そうな顔はそのまま。その顔を変えてあげるよ。
ベッドで。
「きゃっ、遼ちゃん!?」
ヒョイッとひよを抱き上げた。
「初めてはやっぱりベッドじゃなきゃダメでしょう」
「え? ええっ?」
まだわかっていないようだけど、そんなのは構わない。
教師と生徒――もうそんな事も気にしない!
ひよりは、絶対に誰にも渡さないからな!
成るように成れ、だーー!
『会いたいの。お願い。菊乃』
菊乃、先月会った時に、結婚するかも、みたいな事言ってたな。
短いメッセージから、何となく切実さが伝わってきた。会うだけ、なら。
『了解。いつ?』
『今日。今遼太の学校の近くにいるの』
は!? 慌てて立ち上がった。菊乃らしくない。
校門のところで待ってるという菊乃のメッセージに、とりあえず帰り支度をした。
チャリは……しょうがない明日だ。
「じゃあ、お先に」と数人いた先生達に簡単に挨拶だけして職員室を後にした。
学校か。誰かに見られるのは避けたいな。
日曜日の夕方なら残っている生徒はそんなにいないと思うが、ひよの耳にだけは入らないよう、祈る。
校門の外に菊乃が立っていた。夕焼けに染まる景色を背にした姿はあまりにも綺麗で、不覚にも一瞬見惚れてしまい頭を振った。
「遼太、急にごめんね」
「いや、ちょうど帰るとこだったから構わない」
「この辺じゃ、遼太嫌だよね? 少し遠くに行こうか?」
「そうだな」
うーん、車じゃないからな、と大通りを見ると、交通量が多くタクシーが拾えそうだった。
「遼太」
通りをゆっくり歩きながら空車を探す俺に、菊乃が話しかる。
「どうした?」
「2人きりになれるところがいい……」
以前なら迷わずホテルに入ったが、あの一件以来、俺はひより以外の女とは絶対に寝ない、と決めた。
ならば、と考えて、個室がある馴染みの料理屋で手を打った。
菊乃が俺のグラスにビールを注ぎながらクスリと笑った。
「ホテルじゃないの?」
「菊乃さん、身体を安売りしてはいけません」
冗談半分の口調で返しながら、今度は俺が彼女のグラスに注ぐ。
「いやだ、失礼しちゃう。私は遼太としか寝ないわよ」
アハハと笑いながらグラスを合わせた。
同級生達の話をしたり仕事の話をしたり。なんだ菊乃、いつもと変わらないじゃないか。
と思った時だった。ふと、グラスを置いた菊乃が泣き出した。
「菊乃?」
「遼太、お願いがあるの」
「どうした、菊乃。俺に出来る事ならーー」
テーブルを回って、顔を覆って泣く菊乃の側に行った次の瞬間。
――!?
菊乃が俺に抱きついた。
「き、きくの!?」
ただならぬ雰囲気に、無下に引き離す訳にもいかず。
「どうしたんだよ」
幾度も抱いた身体なのに、かなり動揺していた。手の行き場に困り、とりあえず背中を優しくポンポン、と優しく叩く。
「後生だから……抱いてよ……」
俺は目を閉じた。
危うく〝一度だけなら〟なんて盛り上がる寸前だったもう一人の自分を殴り飛ばし、とにかく冷静になれ、と言い聞かせた。気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をし、声を出した。
「ごめん、菊乃。それは出来ない」
ひよの為の決意を覆らせたら、本物のクズだ。
長い沈黙があった。フワッと動いた菊乃が、俺の首筋にキスをした。かなり長く……あっ、またやったな!
「菊乃!」
俺が声を上げるのと菊乃が離れるのはほとんど同時だった。
「イーだっ! 悔しいから付けちゃったからっ!」
パッと俺から離れた菊乃は小さく歯を見せる表情をし、また何事もなかったように食事を始めた。
な、なんだったんだ。
キスマークを付けられたと思われる首筋を擦りながら眉根を寄せる俺に、菊乃がまだ少し涙の跡が残る目で笑いかけた。
「好きな子が出来たのね?」
手にしていた箸が止まってしまう。不覚にも、固まってしまった。
「珍しい、遼太がそんな風になるの」
「うっせー」
菊乃が笑う。
「お前こそ、今幸せなんじゃないのかよ」
「……幸せよ」
菊乃がフッと微笑んだ。
「女は、自分が好きで好きで堪らない人と一緒になるより、自分をうーんと愛してくれる人と一緒になる方が幸せなんだから」
*
キスマーク、はしっかりくっきり付いていて。現在に至る。
俺の膝に座ったまま凍りつくひよりの目線に気付き慌てて手で隠した。
ひよの表情がみるみる崩れる。
「いやだ――――!」
そう叫んで両手で俺の胸を叩いた。泣きながら、首を振って。
「ひよ!?」
暴れる両手を掴んでその顔を覗き込んだ。涙でぐちゃぐちゃに崩れた顔で、キッと睨むと俺の手を振りほどいて立ち上がった。
その後は、きっとひよ自身、何を叫んでいるのかもうわかっていなかったのだろう。ただただ、気持ちを吐き出して俺にぶつけていた。
俺に対する気持ちを。
ひよの、初めて見る激しく取り乱す姿を、俺は瞬きも出来ず目を見開いて見つめていた。
ひよは一頻り叫んで、
「遼ちゃんに、誰も触れて欲しくないの! あたしだけを見て欲しいの! あたしは遼ちゃんの〝特別〟になりたいの――!」
最後にそう言って、わぁ――……と泣き出した。
ちょっと、待て。
俺にとってひよはとっくに〝特別〟で、大事な存在で。
まあ、自覚したのは最近だけど。
だけどひよにとって俺はまだ〝幼なじみのお兄ちゃん〟でしかないと思っていたから、だからずっと耐えて、我慢して、悩んで。
それは、ひよも同じだったのか?
なんだ俺達。
ちょっと可笑しくなってしまった。安堵とか、込み上げる愛しさとか。ダメだ、表情が緩む。
立ち上がった俺は、ひよを抱き寄せキスをした。
「遼、ちゃん?」
涙をパーカーの袖でゴシゴシと拭ってやる。
「いた」
顔を擦られてひよがちょっと痛がる。可愛いからもうちょいやったれ。
「いたいよ、遼ちゃん」
また泣きそうだからやめとこ。俺はクスリと笑った。
ひよが、怒ったような、不安なような、複雑な表情で俺を見上げている。
そうだ。ひよが叫んだ中には菊乃の事を言ってるらしい話も出ていたな。菊乃が前に話していた姪っ子、友達だったのか。
「遼ちゃん」
恐々と窺うような声音に、もう一回キスを。安心、させてあげなくちゃいけないよな。
「ひよ、沢山教えてあげたい事がある」
「?」
ひよが首を傾げる。不安そうな顔はそのまま。その顔を変えてあげるよ。
ベッドで。
「きゃっ、遼ちゃん!?」
ヒョイッとひよを抱き上げた。
「初めてはやっぱりベッドじゃなきゃダメでしょう」
「え? ええっ?」
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