ねぇ、大好きっていって

深智

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ひよりの言葉、遼太の言葉

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 遼ちゃんと、仲直りどころか、お話しもできないまま2日経って――、昼休み、いつもみたいにネコちゃん達に会いに中庭に行ってみると。

「あ」
「ひよりちゃん、一足先に来ちゃってたよ」

 高橋先輩が、ネコちゃん達と戯れていました。

 ごろごろ鳴くネコちゃんたちにすりすりされて、ちょっと照れくさそうに笑う先輩は、なんだかかわいいです。

 あたしが近くに行くと、先輩は一匹の子猫を抱き上げて、あたしの腕に。

「あれ?」

 新顔ちゃん?

「見た事、ないヤツでしょ」

 うん。

 先輩が、なんだかいたずらっぽくニコニコッと笑った。その笑顔に、あたしはちょっとドキッ。

 まるで、小さな子供みたいに嬉しそうな笑顔は、ちょっと反則です。

 あたしは先輩から慌てて子猫ちゃんに視線を戻した。

 綺麗な三毛猫ちゃん。小さくて小さくて、あたしの腕の中で、ニーニーって鳴いて前足モミモミしてる。

 か、かわいいよぉ。

 あたしはかわいい仔ミケちゃん、両手で抱き上げて顔を近づけて、聞いちゃう。

「キミは、どこから来たのかな~?」

 先輩がクスクスと笑いながら言った。

「ひよりちゃん、お母さんネコが、心配そうにずっとひよりちゃんの周りうろうろしてる」

 え⁉︎ あ、ホントだ!

 足元を見ると、大人の三毛猫さんが、みーみー鳴きながら、あたしの周りをうろうろ、おろおろ。

 早くその子を返してくださいな~、ってもちろん言わないけど、そんな事を言いたそうな顔であたしを見てる。

 あれ、でも、こんな綺麗な三毛猫さん、いたかな?

「この子ね、そこの公園で赤ちゃん産み落としたみたいなんだ」

 先輩が、このママさんミケちゃんを抱き上げて話し始めた。

「でも、こんな見事な三毛猫だから、子猫もみんなかわいくて、ほとんど連れていかれたんだね。その、ひよりちゃんが抱いてる子猫だけが残ったみたいだ」

 そうだったの……。先輩の腕の中で安心したみたいに目を細くするママさんミケちゃん。

「それで、ネコ社会にも、口コミみたいのがあるんじゃないかな」
「口コミ?」

 そう、と頷いた先輩ニッと笑う。

「ここは安全ニャー、とか、この中の誰かが話し掛けて誘ったんじゃないかな」

 安全……にゃー……。

「せんぱい……」

 あたし達は、顔を見合わせて笑い出した。

「先輩、おもしろいー」
「いや、きっとそうだよ!」

 笑いながらも先輩が言った。

 うん、きっとそうだね。

 なんだか、楽しそうに笑う先輩。先輩、そんな顔して笑うんですね。なんだか、かわいいの。

「野良猫って、縄張り争いばっかしてるのかな、と思ったけど、きっとママさんネコにはみんな優しいんだよな」

 先輩はそう言って、抱いてるミケちゃんの喉元を摩ってあげていた。ミケちゃんは、目を細くしてごろごろって鳴いてる。

 一昨日、マウンドに立っていた先輩と同じ先輩なんだよね。真剣な時と、そうじゃなくてリラックスしている時。違う顔を見せてくれる――。

 ふと、遼ちゃんを思い出してしまって、あたしはふるふると小さく頭を振った。

 腕の中のちびミケちゃんがニーニー鳴いてる。

「はい、サービスタイム終了ー」

 え? え?

 先輩は、ママさんミケちゃんを下ろすと、ちょっとおちゃらけた口調でそう言った。

 あ、もしかして、赤ちゃん抱っこサービス?

 あたしはなんだかおかしくて、クスクス笑ってしまった。先輩は、とても面白い人みたいです。

 あたしの腕からちびミケちゃんをそっと取り上げた先輩は、ママさんミケちゃんの傍に下ろしてあげた。

 ミケちゃん親子は、ニャーニャー、ミーミーとなにやらお話ししながら、どこかへ消えちゃったけど、あたしと先輩は、コンクリートブロックのところに座って、残ったネコちゃんと戯れる。

 そんな中で、先輩がぽつりと言った。

「この前は、みっともないとこみせちゃったね」

 え、っとあたしは先輩を見た。先輩の横顔が、ちょっと哀しそうに見えて、あたしの胸がツキン。

 長い睫毛が影をつくる。彫りが深くて、鼻が高いの。だから、余計に影ができて、哀しそうに見えるのかな。

 先輩――。

 あたしは、どう言っていいかわからなかったけど、ゆっくり頭で考えて、思ったことを正直に口にしていった。

「先輩は、カッコよかったですよ。
だって、あんな風に、監督さんに、勝負を挑む、とか勇気、いることでしょう?
あ、ごめんなさい、あたしは何もやってないから分からないんですけど……でも、先輩は、すごいと思います」

 先輩、あたしの顔を見て、目を丸くした。そのお顔見て、あたし、焦っちゃう。

「あっ、ごめんなさい、あたし、変なこと言っちゃいました?」

 どうしよう、っておろおろしていたら、先輩、アハハって笑ってあたしの頭を撫でてくれた。

「ありがと、ひよりちゃん。いや、ちょっとびっくりしたんだ。ひよりちゃん、平田っちと同じこと、言うから」

 今度は、あたしの目が丸くなる。

 遼ちゃんが、あたしと同じこと?

 先輩、ゆっくり立ち上がって、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、ゆっくり話し始めた。

「あの後さ、部内がちょっとギクシャクしちゃって。
うちの部はさ、平田っちの事、尊敬してるヤツが大多数なんだ。
1年生なんてほとんどそう。
だから、あんな形で監督に勝負なんて挑んだら、当然反感買うよな。
俺、キャプテンなのにさ。
1年生なんて、キャプテン変えて欲しい、みたいな空気になって、2年はまぁ俺の味方多かったけど。
そんなんで、1年と2年の仲がちょっとまずくなっていたんだけど、平田っちはその事に直ぐ気付いて。
俺をロードのマラソンに出している間に、みんなに言ったらしいんだ。
今、ひよりちゃんが言ったこと、ほとんどまんまの内容。
アイツの度胸はお前らにはないだろうって。
あれくらいのヤツじゃないと、キャプテンは務まらないんだ、って。
まいったよ。
そこまで言われたら、やらなきゃじゃんって。
それだけじゃなくて、今回のことで平田っちは校長先生に怒られたのにさ。
生徒相手になにやってるんだって。
でもこれは誰かから聞いた話。
平田っちは、何も言わなかった」

 そこまで話して、先輩は、少し髪が伸びた坊主頭を掻いた。なんだか、ちょっぴり照れ隠しみたいに――。

「俺、まだ悔しいからアイツのこと、認めたくはない。
でも、あんな大人になりたい、って不覚にも思っちまった」

 先輩……。

 先輩のお話しは、遼ちゃんの〝監督さん〟の姿をほんの少しだけ見せてくれた。それは同時に、遼ちゃんを遠く感じさせるものだった。

 遼ちゃんの、人を想う心はちゃんとみんなに届いて、それが形になってちゃんと遼ちゃんのとこに帰ってきてる。

 遼ちゃんは、すごい。

 あたしは、遼ちゃんと一緒にいていいのかな。

 あたしは、遼ちゃんにふさわしい女の子かな。

 心が、ギュッと締め付けられたように痛い。寒い北風も、刺すように痛くて。涙、堪えるのに必死だった。

 びゅうっと吹き抜けた冷たい空っ風にあたしがギュッと目をつむった時。頬に微かに柔らかな感触があった。

 あ、と目を開けると。

「ごめん」

 そう言いながら、あたしの前に屈んでいた先輩がゆっくりと離れた。

「ほっぺただから、いいよね」

 あたしは、冷たくなった手を頬に当てた。まだ、ちょっと残る、先輩の唇の感触。先輩、真剣な顔をあたしに向けていた。改めて、あたしは真っ直ぐに先輩を見上げる。

 先輩は、切れ長の涼しげな目が印象的な、素直にカッコいいといえる男の子でした。でも、その先輩の次の言葉はあたしの胸を刺した。

「ひよりちゃん、先生との恋愛は駄目だって、わかってるよね? それが例え、幼なじみのお兄ちゃんでも」

 たとえ、幼なじみのお兄ちゃんでも。

 あたしの胸がドクンと跳ねた。

 先輩? 胸のドキドキが止まらない。

 冷たい風にカサカサと鳴って舞う枯葉も、先輩と同じことを囁いてるみたいに思えて。先輩を見上げるあたしの目から、ぽろっと涙が落ちた。

「ひよりちゃん⁉︎」

 わかってるの。わかってるの。遼ちゃんは、先生なんだって。ホントは、あたしとそういう関係になっちゃいけないんだって。

 心のどこかでちゃんとわかっていたの。でも、でもでもでも。

 好きなの。

 好きで好きで、どうしようもないくらい好きなの。だから、遼ちゃんに触れたくて、触れて欲しくて――、知らなければよかったんだ。気付かなければよかったんだ。

 遼ちゃんが好きだって。





 あのあと、先輩は何度も何度も謝ってくれた。

『ひよりちゃんを泣かすつもりはなかったんだ、ごめんね』って。

 ううん、ごめんなさい、先輩。先輩の言うことは、正しいと思うの。

 あたしの目線に合わせて屈んだ先輩は。

『ひよりちゃん、俺のこと、好きになって?』

 あたしの手、掴んで言った。

 先輩のこと、好きになってたら、よかったです。でも、やっぱり、どんな瞬間も、考えちゃうのは、遼ちゃんなんです。あたしの頭の中に浮かんじゃうのは、遼ちゃんなんです。

 なんで、遼ちゃんじゃないんだろう、って思っちゃうの。

 ごめんなさい、先輩――。

 あたしは、手を掴まれたまま、俯いて泣くことしか、できなかった。




 気づけば、ぼんやりとしたまま期末も終わって、後は冬休み……。

「宮部、あのな。お前は確かにそんなにデキル方じゃない。でもな、赤点スレスレでも、いつもなんとかなってただろ。それが、今回は全教科『なんじゃコリャ!』な成績なわけよ」

 ここは職員室。あたし、担任の先生に呼び出されて、お説教されてる真っ最中です。

 先生、声が大きいです。周りの先生達がクスクス笑いながら見てるよー。

 あたしは、真っ赤になって俯いて、先生のお説教が終わるのを待ってた。

「先生先生」

 大好きな声がして、あれ? って、少しだけ顔を上げると、遼ちゃん!

「もう少しボリューム下げてあげないと、その子可哀想です」

 先生に小声で耳打ちすると「生意気言ってすみません」と笑いながら頭を下げて行っちゃった。あたしの方は、チラリとも見なかった。

「いやいや、平田先生は優しいからなぁ。まあ確かに宮部にここで泣かれたら大変だしな。よし、今回は補習授業倍増という事で……」

 その後の先生の話なんて、耳に入って来なかった。全部、すり抜け。補習倍増、後で予定表渡されてビックリするのだけど。

 助けてくれた、のかな、遼ちゃん。でも、目、合わせてもくれなかった。ホントに、嫌われちゃったのかも。

 胸、痛い……。苦しいよ……。




 惨憺たる結果のテストの成績表も返ってきて、もう踏んだり蹴ったり。いやだ、もう。泣きそうです。ママの困ったお顔とパパの怒ったお顔が浮かんでホントに涙が。

「ひーよりっ」

 放課後の教室で、すっかりうなだれていたあたしに茉奈ちゃんが話しかけてきた。

「もうすぐイルミネーション点灯式だよー。ひよりはどうする?」

 イルミネーション点灯式――。

 うちの高校はキリスト教とかじゃないけれど、冬休み前に、2年生が中心となってこれから受験就活と戦う3年生への激励の意味を込めてクリスマスパーティーみたいな行事をする。

 正門前のもみの木に飾り付けして終業式の日までライトアップするんだけど、学校の周りの遊歩道のイルミネーションと一緒に点灯式をするの。

 これがけっこう一大イベントで、ロマンチックで幻想的な雰囲気は、たくさんの恋の舞台にもなるんだよね。

 でも、あたしには関係ないもん。

「茉奈ちゃんは若林君と?」

 ちょっと寂しいなぁ。

「ひより、そんな顔しないでよー。私達まだそんな感じじゃないから、ひよりも一緒にいようよ」

 えー、なんかおジャマな感じじゃないかなぁ。

 遼ちゃんはどうするのかな。一緒にイルミネーションみたい……けど、ムリだよね。あたし嫌われちゃったもん。

 あのね、と茉奈ちゃんが続ける。

「ごめんね、ひより。ここだけの話なんだけどね。なんかね、若林君が先輩に頼まれちゃったらしいの。どうしてもひよりを連れて来てって」

 先輩……。

 あれからも、時々お話しする。先輩は優しくて。あの日のことは触れることなく、いつもあたしを明るいお喋りで笑わせてくれる。

『返事は、今じゃなくていい。焦らないで、ゆっくり考えて欲しいんだ。俺がひよりちゃん好きなのは変わらないから』って言ってくれた先輩。

 そういえば、若林君は野球部で高橋先輩と仲がいいって、茉奈ちゃん言ってたっけ。

 あたし、困った顔しか出来なかった。あたしは、どうしたらいいんだろう。先輩を好きになれたら、いいのかな。

 でも。やっぱり、あたしの中から遼ちゃんを消すことは、絶対にできないと思うの――。








 
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