ねぇ、大好きっていって

深智

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親友の言葉

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 母さんの兄貴であるテツ叔父さんは、大手新聞社で記者をしていて、この度ヨーロッパ支局に転勤になったのだという。それで、戻ってくるまでの間空いてしまう自宅を借してくれる事になった。

ーーのは有り難いのだが、何しろ、急過ぎだ。けど、断るわけにもいかないんだ。

「遼太、ありがとな。遼太が住んでくれるなら、家具家電は置いていくよ。構わず使ってくれ」
「こちらこそ助かるよ、おじさん。有り難く使わせてもらうよ」

 年明けには向こうに行くというおじさん夫婦。あとひと月余りだ。リビングの隅にはダンボールが幾つが積まれていた。

 俺の家が国立市で、勤め先である学校は杉並区。おじさんの家は新宿だ。家から学校を挟んでちょうど対角線上、反対側、といったところだ。

 子供のいないテツおじさん夫婦は、いわゆるパワーカップルとかいうヤツで、都心の高級マンションを余裕で買えたらしい。都心一等地のアクセスの良さこの上ない最高の物件に格安で住めるわけだがーー、

「彼女の連れ込みも構わんぞ」

 おじさんが笑いながら話す。

 それな。

 俺は「ハハ」と乾いた笑いだけで受け流した

 誰も連れ込まねーよ。おれが一緒にいたいのは、ひよだけだから。

 今なら、互いに家を行き来してもし誰かに見られたとしても、家族ぐるみの付き合いがある幼なじみだ、とか言えばいくらでも申し開きが出来る。けど、俺が一歩外に出てしまえばそうはいかない。

 可視化社会といってもいい昨今。いつ何処で誰に見られているかも分からない。写真でも撮られようものなら一気に拡散だ。

 ここに住んだらもう、ひよりとは会えない。いや、卒業までは、だけどな。

 そう、卒業まで。

 長過ぎる。フッとありとあらゆる不安が脳裏を過ってため息を吐きそうになって押し留めた。おじさんに前で憂鬱な顔をするわけにはいかない。条件に不満は一切ないからな。

「遼ちゃん、よかったら、お夕飯食べていかない? お寿司でもご馳走するわよ」

 テツ叔父さんの奥さん、マナミ叔母さんがキッチンから声を掛けてくれた。

「そうだ、遼太、一緒に呑もうや」

 叔父さんもおちょこで呑む仕草をしてみせたけど、俺は「ごめん」と応える。

「今夜は先約があるんだ」
「なんだ、そうか。また近いうちに来るから、その時に」
「そうだな、また来い」





「あーっははははっ!」
「笑い過ぎだ、誠」

 仕事帰りのサラリーマンで賑わう居酒屋でビールグラス持ったままお腹を抱えて笑う親友を睨む。

「ごめん。いやでも、色んな女のコ散々泣かせて何時だって平気な顔をしてきた遼太がそんな一言でオロオロする姿……想像も出来なかったよ」
「るせーよ」
「泣かせてきた女のコ達の怨念かな。バチが当たったのもね」

 コイツは昔からこうだ。歌舞伎の女形が出来そうな綺麗な顔で爽やかに微笑みながら辛辣な言葉を吐く。

 緒方誠(おがたまこと)。

 多感な時期を一緒に乗り越えてきた、大事な親友。生まれも育ちも俺とは違う正真正銘のお坊っちゃまだ。でも、三男坊のせいか少しばかり斜に構えたようなところが俺と同じ男兄弟の末っ子同士、気が合ったのかな。

 なんだって話せて何でも相談できた相手、だったが、ひよりの事を話すのは、年の差とかが気になって躊躇われた。それが、例の『だいきらい!』事件。

 あの直後、茫然自失になっていた俺の携帯にタイムリーにコイツからの着信があった。

『どしたの、遼太? 元気ないよ?』

 久々に聞いた誠の声は、消沈していた俺の気持ちの緩みを誘った。それで、直ぐに呑みに行こうと約束し、現在に至るわけだが。

「なんか、お前に話したこと、すげ後悔してんだけど」
「ごめんごめん」

 誠は自分のグラスにビールを手酌しながらカラカラと笑う。

 悪いとか思ってねーよな?

 俺はムスッとタバコをくわえてそれに火を点けた。グラスに口をつけた誠は俺を見てクスッと笑う。

「そのくらいの年の子はさ、〝だいきらい〟なんてよく口走るでしょ。かなり余裕なくしてるね、遼太」

 余裕? んなもん、ねーわ、とっくに。

 学校でひよを見つけるのが辛くて、喫煙室にまで行けなくなったわ。

「ひよ……アイツは〝だいきらい〟なんて言葉簡単に口走るようなコじゃねーから悩んでんだよ!」

 誠が目を丸くした。なんだ、その「マジ!?」みたいな顔。ハハハッと声を上げて笑い出した誠にカチン。

「もういいよっ」
「まあまあ……。あのさ、僕は恋愛に関しては全くダメだけど。僕にはちょっと年が離れた妹がいたから分かるんだって。遼太の事が好きな分だけその裏返しだよ。彼女は大人じゃないんだから、上手く気持ちを伝えられないんだよ」

 大人じゃないから。

「〝恋愛マスター〟と言われた男がなんてザマですか」

 なんだそりゃ。そんなん言われた事ねーし。

 心底可笑しそうに笑いながら言う誠に、〝だんまり〟という対抗しかしようがない。

 ホントになんてザマだ。

「遼太がどれほど真剣で、どんなに想っているかは、わかったよ。でもさ……」

 誠がグラスを傾け、気泡が立つ黄金色の液体を見ながら話す。

「そんなにひよりちゃんを想うなら、こっちは年食ってる分だけ、彼女の先にある〝気持ち〟まで汲み取ってあげなきゃ。年下と付き合うリスク、少しは考えなよ」

 誠はニコッと笑いかけ、優しい口調で続ける。

「幼い分だけ、彼女の方がずーっと大きな不安に苦しんでると思うよ。遼太、ダメじゃん」

 誠の言葉は不思議だ。素直に俺の心に染み込んでいく。

 コイツの恋愛経験は俺よりずっと少ない。でも、一番最初の彼女と死に別れた、という過去を持つ。そのせいか、たとえ恋愛に対して奥手でも、相手を想う心の持ち方、は卓越しているのかもしれない。

 俺はどうしても、ひよりと対等に付き合いたくて、年上だから、とか思いたくなくて。でも、それはまだひよりには酷な要求なのかもな。

 大事に想うなら少しずつひよりが大人になるのを待たないといけないのか。

「ひよりちゃんには、遼太から仲直りのキッカケ作ってあげなきゃダメだよ。それが、大人の男の責任」

 うぐ、と詰まってしまう。

「わかったよ。……なんだよ、偉そうに」

 むくれる俺に誠は、相も変わらず優雅で端正な顔でハハハと笑っていた。





「ごちそうさまー。遼太、悪いね」
「いいよ、別に。お前まだ学生だし」
「そっかぁ、じゃぁまたおごってもらう。学生って特だね」

 居酒屋を出たところで誠がカラカラと明るく笑った。

 コイツは一浪した上、医大生の為、まだ学生だ。

「そのうちお前の方が稼ぎが良くなるから、出世払い。タカるよ、俺は」

 アハハと笑いながら誠は歩き出した。

 街行く人が振り向くくらいの、男から見てもいい男。

「お前、今彼女いねーの?」
「今はいないよ」

 ふーん……。

 とりとめない話をして、駅の改札で乗る電車が反対方向だからここで別れるのだが、じゃあ、と言おうとした誠が、そうだ、と笑いながら言った。

「それにしても、遼太をこんな骨抜きにしちゃうくらい魅力的な女のコになったんだ、ひよりちゃん」

 誠の言葉にハッと顔を上げた。

「僕が会った時はまだ小学生だったからなぁ。会ってみたいな」

 ロングコートのポケットに両手を入れてスマートに立つ誠の姿に、不穏な予感がスッと脳裏を過った。

 いやいや、気のせいだよな。

「いや、そんな……ひよりは美人じゃないし、なんつったってまだまだガキだし……」

 俺、なに慌ててるんだ?

 いつも誠を辟易させるくらい付き合ってる彼女の自慢話を披露していた。なのに、なんで俺ひよりの魅力語るの躊躇ってんだ?

 本当は、すげーいい子で可愛くて……って声を大にして言いたい。けど、それはどうしても言えなかった。

 この時の不穏な予感が、この先、とんでもない形で的中して、コイツがとんでもなく手強いライバルになるなんて、この時はツユほどにも思わなかったよ。
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