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一番の敵は
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玄関で仁王立ちのケンさんに、俺も負けじと睨み返し、沈黙。何も言わねーんなら帰る、と視線を切って、ドアを開けた俺の襟首がものすごい力でグッと掴まれた。
「うぐっ」
一瞬首がしまって、な!? と振り向く。
「おじさん!?」
おじさんは、そのまま俺を外に押し出し、自分も外へ出て来た。玄関のドアを閉めて低い声で一言。
「少しお前に話しがある」
俺はない。
とは言えないので、黙って大人しくおじさんを見上げた。
おじさんは、俺よりも少し背が高い。俺がだいたい176、7なのに対して、おじさんは恐らく180強。5センチ近い差はでかい。結構な威圧感を持って、俯瞰された状態になる。
それに加え、凛々しく締まった眉の下の大きい目。彫りの深い端正な顔は、年を重ねても往時はどんだけいい男だったか窺え、いや、今でも充分いい男で、かなり迫力満点な訳だが。
「お前、ひよとどういう関係だ」
「どういうって……」
俺はぐいと睨み返したものの、後が続かず口ごもってしまった。そんな俺を見ておじさん。
「ひよを見ていりゃ一目瞭然だ。子供だ子供だ、と思っていたひよが、いつの間にか女になってた。お前、ひよに何教えてんだ?」
うわぁ。
全身鳥肌が立つ感覚に、内心震えた。ケンさんは、ひまりさんとは正反対だ。……ケンさん、何をどこまで分かってんだ?
必死に平静を装う俺は、低い声で言った。
「正直に言ったとして、おじさん認めてくれるのかよ」
「殴るぞ」
おじさん、腕組んだまま仁王立ちしているから、殴るつもりがない事は一目瞭然なんだが、すげー怒ってるのは、分かる。でも、ひよのことは譲れねえ!
暫し続いた沈黙を、ケンさんが破る。
「お前、教師だろ。認める認めないなんてのは論外だろうが」
うぐ。
もっともな正論に二の句が継げずに詰まってしまった俺におじさん、畳みかける。
「それ以前に俺には、お前にひよをやりたくない理由がある」
〝教師〟である以上の理由?
「お前が俺に似てるからだよ」
俺がおじさんに似てるから? 意味、わかんねーぞ。
俺は怪訝な顔でおじさんを睨んだ。
「お前、女泣かすタイプだろ」
は?
「なんだよ、その理由! おじさん、自分が女泣かしてきたからって!」
「悪いか」
そこ否定しねーのかよ! しかも開き直りやがって!
「俺は……」
ひよは絶対泣かせねえ! って言おうとしたら、グイと胸ぐら掴まれた。
「ひまりが超ド級の天然無防備で、俺がどんだけ苦労したか分かるか!?」
知るかよ!
「あんな無防備なの二人も抱えた俺の身にもなってみろ! 俺は絶対認めんぞ!」
どういう理屈だよ!
「悪いムシがつくよりマシだろ!」
「お前以上に悪いムシはいない!」
「自分のこと棚に上げて、なに言ってんだよ!」
俺はおじさんの手を払って言った。おじさんは、人差し指を俺の鼻先にビシッと向けた。
「ともかく、だ! これからはひよと二人きりで会うのは許さん! ひまりにもよく言っておくからな!」
おじさん、玄関のドアを開けながら。
「教師なら教師らしくしろ!」
そう言い残し、家の中に消えた。
なんなんだよ!
*
「アハハハハッ! 一番のライバルは父親だって話、そういえばよく聞くけど、そこまであからさまに遼太の前に立ちはだかるとはね」
誠が可笑しそうに笑っていた。
仕事終わりのサラリーマンで賑わう焼き鳥屋は、煙とグラスがぶつかり合う音、そして酔っ払いのおじさん達の陽気な声で溢れ返っていた。
誠とは、メールや電話で連絡し合う。たまに互いの予定が合えば、こうして呑む。今夜は、俺から誘ってみたのだが。
「冗談じゃねぇ。ずーっともう1人の父親だと思っていたけど、あんなのもう父親じゃねぇ」
升の中のグラスに注がれた日本酒に口をつけながら誠が上目遣いで俺を見て、ニッと笑って言った。
「向こうも同じ事思ってるよ」
向こうも同じこと、か。なるほど。ケンさんにしてみたら、息子同然にかわいがってきた男が、ってことか。
俺はため息を吐いた。
「お陰様で、ひよと過ごす時間、激減した……」
電話も危険で、メールくらいでしかやり取り出来ていない。学校で話すのはまず出来ないからな。
今まで、手を伸ばせばすぐ届くところにいたのに、急にメールという媒体を通してだけのやり取りしかできなくなると、それはもうまどろっこしいことこの上ない。そうなると、当然、コミュニケーションが足りなくなる。
募るのは、イライラばかりだ。
俺は、日本酒を旨そうに呑む誠の綺麗な顔見て、ちょっとムカ。
「あ~あ、その余裕綽々の美しいお顔が焦るとこ、久々見せていただきたいね」
もうこれは八つ当たりだ。
クスッと笑った誠は俺のグラスにビールを注ぎながら、言う。
「高校時代に散々見せたでしょ」
確かにそうだ。あの頃は、コイツは俺がいなけりゃ、って感じだったのに、いつの間にか……なんか立場逆転してないか?
なんだか複雑な心境になって注がれたビールをグイと飲み干した時、誠が思い出したように口を開いた。
「そう言えば、この間さ、ひよりちゃんに会って」
「ひよりに……会った?」
聞いてないぞ。
怪訝な表情をした俺の顔を見た誠の目がほんの一瞬動いた。
「いや、あれは会ったとは言わないかな。この間、国分寺の駅前の繁華街でぶつかった女の子がいてね。僕は、その子がつけてたキーホルダーでひよりちゃんだって分かったんだけど……彼女は僕って分からなかったんだね」
気のせいか? 誠の目に電光石火の速さで動揺が走り抜けたような気がした。まさかな。
「人違い、じゃないのか?」
誠はもう、いつもの澄ました表情に戻っている。升の中の酒に視線を落として、伏し目がちになったまま静かに言った。
「そっか、そうだね。人違いだったのかもしれないね」
まさかな。
敵は、ケンさんだけで充分だからな。
「うぐっ」
一瞬首がしまって、な!? と振り向く。
「おじさん!?」
おじさんは、そのまま俺を外に押し出し、自分も外へ出て来た。玄関のドアを閉めて低い声で一言。
「少しお前に話しがある」
俺はない。
とは言えないので、黙って大人しくおじさんを見上げた。
おじさんは、俺よりも少し背が高い。俺がだいたい176、7なのに対して、おじさんは恐らく180強。5センチ近い差はでかい。結構な威圧感を持って、俯瞰された状態になる。
それに加え、凛々しく締まった眉の下の大きい目。彫りの深い端正な顔は、年を重ねても往時はどんだけいい男だったか窺え、いや、今でも充分いい男で、かなり迫力満点な訳だが。
「お前、ひよとどういう関係だ」
「どういうって……」
俺はぐいと睨み返したものの、後が続かず口ごもってしまった。そんな俺を見ておじさん。
「ひよを見ていりゃ一目瞭然だ。子供だ子供だ、と思っていたひよが、いつの間にか女になってた。お前、ひよに何教えてんだ?」
うわぁ。
全身鳥肌が立つ感覚に、内心震えた。ケンさんは、ひまりさんとは正反対だ。……ケンさん、何をどこまで分かってんだ?
必死に平静を装う俺は、低い声で言った。
「正直に言ったとして、おじさん認めてくれるのかよ」
「殴るぞ」
おじさん、腕組んだまま仁王立ちしているから、殴るつもりがない事は一目瞭然なんだが、すげー怒ってるのは、分かる。でも、ひよのことは譲れねえ!
暫し続いた沈黙を、ケンさんが破る。
「お前、教師だろ。認める認めないなんてのは論外だろうが」
うぐ。
もっともな正論に二の句が継げずに詰まってしまった俺におじさん、畳みかける。
「それ以前に俺には、お前にひよをやりたくない理由がある」
〝教師〟である以上の理由?
「お前が俺に似てるからだよ」
俺がおじさんに似てるから? 意味、わかんねーぞ。
俺は怪訝な顔でおじさんを睨んだ。
「お前、女泣かすタイプだろ」
は?
「なんだよ、その理由! おじさん、自分が女泣かしてきたからって!」
「悪いか」
そこ否定しねーのかよ! しかも開き直りやがって!
「俺は……」
ひよは絶対泣かせねえ! って言おうとしたら、グイと胸ぐら掴まれた。
「ひまりが超ド級の天然無防備で、俺がどんだけ苦労したか分かるか!?」
知るかよ!
「あんな無防備なの二人も抱えた俺の身にもなってみろ! 俺は絶対認めんぞ!」
どういう理屈だよ!
「悪いムシがつくよりマシだろ!」
「お前以上に悪いムシはいない!」
「自分のこと棚に上げて、なに言ってんだよ!」
俺はおじさんの手を払って言った。おじさんは、人差し指を俺の鼻先にビシッと向けた。
「ともかく、だ! これからはひよと二人きりで会うのは許さん! ひまりにもよく言っておくからな!」
おじさん、玄関のドアを開けながら。
「教師なら教師らしくしろ!」
そう言い残し、家の中に消えた。
なんなんだよ!
*
「アハハハハッ! 一番のライバルは父親だって話、そういえばよく聞くけど、そこまであからさまに遼太の前に立ちはだかるとはね」
誠が可笑しそうに笑っていた。
仕事終わりのサラリーマンで賑わう焼き鳥屋は、煙とグラスがぶつかり合う音、そして酔っ払いのおじさん達の陽気な声で溢れ返っていた。
誠とは、メールや電話で連絡し合う。たまに互いの予定が合えば、こうして呑む。今夜は、俺から誘ってみたのだが。
「冗談じゃねぇ。ずーっともう1人の父親だと思っていたけど、あんなのもう父親じゃねぇ」
升の中のグラスに注がれた日本酒に口をつけながら誠が上目遣いで俺を見て、ニッと笑って言った。
「向こうも同じ事思ってるよ」
向こうも同じこと、か。なるほど。ケンさんにしてみたら、息子同然にかわいがってきた男が、ってことか。
俺はため息を吐いた。
「お陰様で、ひよと過ごす時間、激減した……」
電話も危険で、メールくらいでしかやり取り出来ていない。学校で話すのはまず出来ないからな。
今まで、手を伸ばせばすぐ届くところにいたのに、急にメールという媒体を通してだけのやり取りしかできなくなると、それはもうまどろっこしいことこの上ない。そうなると、当然、コミュニケーションが足りなくなる。
募るのは、イライラばかりだ。
俺は、日本酒を旨そうに呑む誠の綺麗な顔見て、ちょっとムカ。
「あ~あ、その余裕綽々の美しいお顔が焦るとこ、久々見せていただきたいね」
もうこれは八つ当たりだ。
クスッと笑った誠は俺のグラスにビールを注ぎながら、言う。
「高校時代に散々見せたでしょ」
確かにそうだ。あの頃は、コイツは俺がいなけりゃ、って感じだったのに、いつの間にか……なんか立場逆転してないか?
なんだか複雑な心境になって注がれたビールをグイと飲み干した時、誠が思い出したように口を開いた。
「そう言えば、この間さ、ひよりちゃんに会って」
「ひよりに……会った?」
聞いてないぞ。
怪訝な表情をした俺の顔を見た誠の目がほんの一瞬動いた。
「いや、あれは会ったとは言わないかな。この間、国分寺の駅前の繁華街でぶつかった女の子がいてね。僕は、その子がつけてたキーホルダーでひよりちゃんだって分かったんだけど……彼女は僕って分からなかったんだね」
気のせいか? 誠の目に電光石火の速さで動揺が走り抜けたような気がした。まさかな。
「人違い、じゃないのか?」
誠はもう、いつもの澄ました表情に戻っている。升の中の酒に視線を落として、伏し目がちになったまま静かに言った。
「そっか、そうだね。人違いだったのかもしれないね」
まさかな。
敵は、ケンさんだけで充分だからな。
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