ねぇ、大好きっていって

深智

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揺れる心と不安

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 緒方さんと並んでホームに立って電車を待っていると、人の視線が自然と集まっているのが分かっちゃう。隣にいるあたしは、緊張して生きた心地しないです。

 チラリと見上げると、遼ちゃんより少し背が高いこと、分かりました。

 遼ちゃんの横顔は、凛々しくて前をじっと睨む感じなんだけど、緒方さんは、まるで、歌舞伎とかの女形さんのように優美でふわりとした感じ。

 遼ちゃんがキャッチャーで、緒方さんがピッチャー。2人とも甲子園のヒーローだったんだよね。

 遼ちゃんの、大事な高校時代を一緒に過ごしたお友達さんと一緒にいることは、あたしをフワフワと落ち着かない気持ちにさせた。

 あたしとの関係が一番薄かった遼ちゃんの高校時代。

 あたしはその、遼ちゃんの高校時代の思い出に入り込むことにすごく抵抗があって、緒方さんと一緒にいることは、遼ちゃんの大事な思い出を汚してしまうんじゃないかな、なんて考えてしまうのかもしれない。

 遼ちゃんの心は、あたしの傍に、いつもあたしの心と一緒のはずなのに。今は、会うこともままならないくらいすごく遠くなってしまって。

 緒方さんとこうしていると、どうしてかな。遼ちゃんが、手を伸ばしても届かないとこにいる不安な気持ちが、どんどん膨らんでいくような気がするんです。

 これ以上一緒にいたらダメだよ、って神さまが言っているような気がしてならないんです。



 緒方さんは、大人でした。

 ごくごく自然に、あたしが固くならない、入り込みやすい楽しいお話しをしてくれた。

 夜の繁華街であんなに怖い目にあったけど、その時のこと、あたしの中で薄れてしまうくらい。

 でも、走った時に繋いでくれていた手の感触が、まだあたしの右手に残ってる。心地いい冷たさがあたしの手をしっかりと包んでた。

 ドアの前に立つ緒方さんは、電車の揺れでよろけてしまったあたしをそっと支えてくれて、ゴトンゴトンという振動が、直接心臓に響いてくるみたいだった。

 そういえばあたし、遼ちゃんとこうして電車に乗ってお出かけしたこともなかったんだ。

「ひよりちゃん?」

 ちょっとうつ向いてしまったあたしに、緒方さん、優しく声を掛けてくれた。

「あ、ごめんなさい」

 あたしが顔を上げると、心をふわっと包み込むようなやわらかな笑顔。その笑顔を向けられたら、みんな心を開いてしまうんじゃないかな、って思っちゃいます。

「あのですね……遼ちゃんとはこうやって一緒に電車に乗ったりとかしたことないな、って考えてしまいました」

 あたしの口が、自然と想いをこぼしていた。

「その、実は、手を繋いで歩いたこと、ないんです」

 たくさんたくさん、遼ちゃんと触れ合ったけど。

 遼ちゃんの全部、知っているけど。

 あたしの隅々まで、遼ちゃんの感触を覚えているけれど。

 手を繋いで、遼ちゃんと色んなところに行く、って特別な事と思うの。

 あたし、遼ちゃんと、たくさん色んなところに行きたいんだ、ってやっと分かった。

 でも、でも。

「遼ちゃんは、あたしと一緒にいたら、ダメだから――」

 うまく言葉にできないあたしのヘタな話しも、緒方さんは優しい笑顔のまま、あたしの話しを聞いてくれてた。そして、静かに言ってくれた。

「一緒にいたらダメなんてことはないんだよ。
ただ、今だけ。
今、そうだなぁ、ひよりちゃんには長く感じるかもしれないけど、長い人生の中のほんの短い時間分だけ我慢すればいいんだよ」

 緒方さんの言葉は、優しく響く電車の音とリンクする。

〝短い時間〟緒方さんは言うけれど。

 でもね、緒方さん。あたしにとっては、遼ちゃんと離れている時間は、やっぱり果てしなく長い時間に感じるんです。




 電車を降りて、駅から歩いて。お家の近くまでの時間はあっという間だった。

 お茶畑が広がる中に続く細い道。外灯の明かりがポツンポツンと続いてその先の小高い丘になっているところに住宅街の明かりが見えて、あたしの家が見えた。

「僕はこの辺でお別れ。玄関の前に着くまで見ててあげるから」

 あたしの家が見えたとこで緒方さんがニッコリ笑って頭を撫でてくれた。

 え、でも。

「あ、あの、ママにちゃんとお話ししたいです」

 助けてもらった事をママにちゃんと言って一緒にお礼を、と思ったけれど緒方さんは優雅な笑みで応えてくれた。

「こんな時間に知らない男の人連れて帰る方が心配させるよ。気にしなくていいから」

 緒方さんがそう言って柔らかく笑った時、お家のドアが勢い良く開いた。

 あれ?

「パパ!」

 お家から飛び出して来たのは、パパだった。

 どうしたの? すごいタイミングだよ。

「あ、これはちょっと……」

 緒方さん、苦笑い。

 坂道をこちらに走り下りて来たパパ、わたしと緒方さんの姿を見つけて表情を険しくした。

「ひよ、と」

 立ち止って。

「緒方君、だね?」

 外灯の下、目を丸くして固まるパパに緒方さん「お久しぶりです」と落ち着いて頭を下げた。

 パパ、困惑顔であたしと緒方さんを見比べてる。

「ちょっとよく分からんのだが、どういう組み合わせだ?」

 状況を呑み込めないパパ、怒るにも怒れない、みたいです。

 なんて説明したらいいのかな?

 なんて説明したら、パパは納得してくれます?

 オロオロしていると。

「申し訳ありません」

 と緒方さんがパパに頭を下げた。

「え、緒方さん⁈」

 緒方さんが謝る事じゃないですよ?

 戸惑うあたしに構わず緒方さんはゆっくりとパパに説明を始めた。

「実は、立川駅で偶然ひよりさんにお会いして、あまりにも遅い時間だったのと、駅からの帰り道も少し心配な場所があること存じておりましたから、近くまでお送りすることにしたんです。
その事を僕自身がちゃんとお伝えしておくべきでした。
余計なご心配をお掛けしてしまいました」
「あ、いやそういう事なら、緒方君はそんな謝る事ではなくてだね」

 パパ、あまりにも礼儀正しい緒方さんに面食らってしまったご様子で、頭を掻く。

「いや、悪いのはひよりだから。緒方君は顔を上げて。本当なら上がってお茶でも、と言いたいところなんだが、何しろこんな時間だしな」
「いえ、お気になさらないでください。
僕はここで失礼しますので」
「ああ、悪いね。せっかくだから、今度遼太と一緒に遊びに来てくれ」
「ありがとうござます」

 会釈をした緒方さんとパパは軽く立ち話を始めた。

「今何年生なんだ?」
「5年生です」
「そうか、じゃあ4月からは相当忙しくなるだろう」
「ええ、ーー」

 世間話をするパパと緒方さん。二人とも背が高くてちょっと迫力があります。

 少し後ずさってしまう。

 えっと、と思ってソワソワしていると、二人の世間話が終わって緒方さんパパに「じゃあ僕は失礼します」と会釈。パパも「ありがとうな」と軽く手を挙げた。

「ひより、帰るぞ」

 パパが歩き出して、緒方さんにご挨拶しようとしたら、素敵過ぎる笑みがわたしに向けられて、ドキッとした。

「ひよりちゃん」

「はいっ」と応えたわたしに緒方さん、微笑む。

「周りの大切な人との関係を拗らせないコツは、あったことをちゃんと報告すること、かな」
「え?」

 とても意味深なお言葉を残し、緒方さんは「じゃあね」と手をひらりと振って走り去った。

 緒方さんの残り香が、フワッと辺りを染めた気がした。

 夜の中に消えた緒方さんの後ろ姿は、まるでドラマか映画のワンシーンみたいでした。

 ねえ遼ちゃん。

 あたしをムギュッとしてください。

 今すぐに。

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