ねぇ、大好きっていって

深智

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リバース

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 同窓会の打ち合わせ。

 ただ単に、俺の家に遊びに来る口実の為の〝でっち上げ〟ではなかった模様。

 実行委員会、はちゃんと機能していた。

 今日は母校近くの居酒屋に集まった。

 元々頭のいいヤツらなので動き出ば早く効率良く事は運ぶ。一頻り、真面目な話し合いをし、あっという間に呑み会に移行した。

「では~、同窓会成功を祈って、かんぱ~い!」

 クラスのムードメーカーだったヤツは今でも陽気で元気だ。大人になればそこに酒も加わって向かうところ敵なし。

「呑むぞぉ~!」
「イェーッ」

 ワケの分からない合いの手も入って完全に、同窓会前哨戦。

 まあ、楽しいからいいけど。

 ただ、人は陽気になると気が大きくなって、色々面倒くさい事が起きる。




「じゃあね~、私らこっちだから~」
「オレもこっち~」
「おい、お前はこっちだろうが」

 どさくさ紛れのヤツを一人捕まえ尋問しようとしたが。

「やだ~、遼太くん、野暮野暮~」

 ぶん殴るぞ。



 結局、同じ方向、駅へと向かうのは俺と菊乃の二人になってしまった。

「前もそうだけど、みんな変な気を使っちゃって」
「な」

 笑う菊乃と一緒に夜の道を歩き出した。

「けど」

 俺の少し前をゆっくり歩く菊乃は星浮かぶ夜空を見上げていた。

「ちょっと遼太とお話ししたかったから、よかった」
「俺と話し?」
「うん、いい?」

 前に会った時にはなかった、時折見せる菊乃の寂しげな表情が脳裏に残っていた。

 話し、聞いてやれたらそれでいいか。

「ああ、いいよ」

 菊乃は振り返り、ふわりと笑った。

 綺麗だけど嫌味のない笑顔、ってこんな笑顔のことを言うのかな、なんてぼんやりと思ってしまって、小さく頭を振った。




 夜の公園は、しんしんと冷えて静かだ。

 公園、というより遊歩道、といった感じの、閑静な住宅街の中に続くレンガ道。

 菊乃は、高校時代に帰ったみたいに、道から少し高く造ってある植え込みの淵を、平均台に見たてたようにバランス取って歩き出した。

 俺は、楽しそうに歩く菊乃を見て言った。

「酒入ってるんだ、気を付けろよー」
「だいじょうぶー」

 菊乃がキャハハと笑う。

 そうだ、高校時代もよくこうして一緒に帰った。

 細く長い緑地になっているここは、学校から駅への遠回りルートだった。

 駅までわざわざ時間をかけて歩く。それはまあ、当時の盛り上がっていた自分達の感情そのままなんだけど。

 少しでも長く一緒にいたかった。

 それだけなんだよな。

 俺も菊乃も、部活に忙しくて、駅まで一緒に歩く時間が、すごく貴重だった。

 いわゆる緑道といった感じだが、住宅街の中にあり、人通りも程々にある為、夜でもそれほど物騒ではない。けど、少し脇に入れば――、

「ねぇ、遼太、覚えてる?」
「なにを?」

 菊乃がバランス崩して落ちたりしないよう隣を見守りながら歩く俺に、菊乃は言った。

「初めてキスをしたの、ここってこと」

 そう、ちょっと脇に入れば、人目につかないスペースがあったりするのも、この公園のいいところだった。

「覚えてる覚えてる」

 ハハと笑った俺に、菊乃は。

「私には大事なファーストキスだったのに、遼太ったらそうじゃなかった」
「そうだっけ?」

 俺の笑いが、止まった。その代り、菊乃がフフと肩を竦めた。

「それだけじゃないよ。オレも初めて、なんて嘘ついたの」

 ああ、イヤなこと思い出したぞ。

「……その先は言わなくていいぞ」
「ううん、言っちゃう」

 菊乃は、クスクス笑いながら続けた。

「後で、中学の時の彼女サンが出てきて。私と遼太、初めて喧嘩した」

 俺は、笑うしかない。

 菊乃は楽しそうに言うけれど、当時はそれなりに修羅場だったぞ。

 今にして思えば取るに足らない小さなことを、嘘ついたりして、当時の俺が目の前にいたら殴ってやりたい。

 けど、取るに足らない小さなことでも、あの頃の俺にしてみたら真剣で、必死だったんだ。

 それだけ若くて未熟で未完成な人間だったんだ。

 流れた時間とともに積み重ねてきた時間と経験は、俺を、ちょっやそっとの事は上手にスルーできる人間にしてくれた。

 そう思ったとき、ひよのことが頭に浮かんだ。

 ひよは?

 そうだ、ひよはあの頃の俺と同じ位置にいるんだ。

 不意に、誠が以前言った言葉が俺の頭の中に蘇った。

『遼太より幼い分、ひよりちゃんはもっと苦しんでいると思うよ。年下と付き合うリスク、考えないと――』

 そんなこと、どうしたって忘れてしまう。それだけ、俺、真剣なんだよ。

 だから俺、かえってひよを傷つけてしまうのか。

 思考は巡る。考え事を始めた俺に菊乃は不意に話しかける。

「遼太」

 我に返って顔を上げて菊乃を見ると、変わらず足元を見て、平均台歩くみたいにゆっくり歩いていた。菊乃はそのまま顔を上げずに言った。

「好きな子と、上手くいってる?」

 ドキッとした。

 そうだ、随分前、最後に菊乃に会った時だな。

 菊乃に「好きな子が出来たのね」と言い当てられたんだった。

 もう半年くらい前になるのに覚えていたのか。

 ちょうどひよのことを考えていたから、余計にどきりとした。

「んー、まあまあ……ぼちぼち、かな」

 そう答えてはみたが。

 実際のところ、今、まあまあ、ぼちぼち、ではない。

 昨夜、ひよから怒りのメッセージが来た。

 ケンさんとの売り言葉に買い言葉の約束事、ひよは知ってしまったらしい、

 ケンさんの野郎~。

 あの後、懸命に返事を送ってもつれない返事しか返ってこない。

 実は結構、焦っていたりする。

 はっきりとした形の喧嘩じゃない分、どう言っていいのか分からない。ケンさんとあんな約束した手前、会いにいくことも出来ない。

 なにがいけなかった?

 俺にとっては、ひよとの関係が本当に大事だからケンさんに認めてもらいたい。長い目でみれば、ああするしかなかった。

 と思っていた。でも待てよ。

 ひよくらいの頃の自分だったら?

 やっぱり直接会って目を見て話さなきゃ駄目だ。

 ちゃんと会って話さなければすれ違いによる溝は深くなるばかりじゃないか。

 悶々としだした俺の耳に、菊乃のフフフという柔らかな笑いが届いた。

「私の、入る隙、ある?」
「……あ?」

 思わず、変な声で聞き返してしまった。

 一瞬、意味が理解できなかった。

 ずっと俯き加減で足元を見ていた菊乃が立ち止り、顔を上げ、俺を見た。

 月明かりの下で、陰影ができる表情にさっきから気になっていた寂しげな表情が重なった。

「菊乃?」

 その後、少しの沈黙が続いたが、菊乃は、フッと笑って言った。

「遼太、私、別れたよ」

 え? と聞き返してから瞬時に切り替えた。

「あの、彼氏とか?」

 言いにくかったが口にしてみると、菊乃は小さく頷いた。

 女心ってのは、ちょっと難しい。聞いて欲しいのか、そっとしておいて欲しいのか、踏み込んでもよいボーダーラインとか。その匙加減が。

 俺は、菊乃を真っ直ぐに見つめて言った。

「気にはしてた、ずっと。
菊乃の顔がこの間から暗かったからさ。
けどこっちから、何があった? なんて聞くのは、土足で菊乃の中に踏み込むような気がして聞けなかったんだ。
菊乃が話したいタイミングがあれば、それでいいと思う。
俺は、いつでも話しは聞くよ」

 菊乃は笑った。

「遼太は、やっぱり優しいんだ」

 月明かりを逆光にして立つ菊乃を見て、綺麗だな、と思ってしまった時。

 菊乃の目がみるみるうちに潤み、ぽろぽろと涙が溢れだした。

「きっ、菊乃!?」

 焦った俺は一歩菊乃に近づく。菊乃は、溢れる涙を拭おうともせずに言った。

「私が、ダメだったの」
「ダメだったって、なにが?」

 腫れものに触るように、そっと、努めて優しく続きを促すと、菊乃は俯いた。

「やっぱり、やっぱり遼太じゃないとダメだったの」
「菊乃……」

 鈍器で殴られたような衝撃を、頭というか、心に受けた。

 これは、本当にどうしようもできない。

 耳鳴りのような音が頭の中で鳴り止まない。

「どうしてそんなこと言うんだよ、菊乃」

 思わず手を伸ばしそうになって、踏みとどまる。

 俯いたままの菊乃は小さく頭を振った。

「ダメだったの。
なにかがあった時、どんな時でも、遼太だったらこうした、遼太だったらこうしてくれる、遼太だったらこんなことしない、って気付けばいつもいつも遼太のこと思い出してた。
このまま結婚しても、相手を不幸にしてしまう、って私、自信なしてしまったの。
だから――、」

 植え込みの段から降りた菊乃は俺の胸に飛び込んできた。そのまま、しがみつくように顔を埋めた。

「ごめんね、遼太」

 俺は、ふう、と息を吐いて言った。

 ともかく、落ち着け、俺。

 抱き締めてしまいそうになる自分を蹴り飛ばし、遥か彼方へ追っ払った。

 菊乃の肩に手を置いて、もう一度深呼吸して、ゆっくりと言った。

「謝んなくていいけどさ。
今はアルコール入ってるし、少し落ち着いて、頭冷やそう。
話しはまた改めてゆっくり聞くよ。
今夜はもう、帰ろう。
な?」

 今言えるのは、これだけだ。

 ここで盛り上がったりしたら、最悪の結果を招くだけだ。

 そっと、さり気なく菊乃を胸元から離して顔を覗き込んだ。

 ああ、ダメだ。ホントに、綺麗なんだよ、菊乃は。

 化粧、濃くないから、泣いても少しも崩れてない。

 なんて、一瞬の隙を見せたのがマズかった。

 ふわっと菊乃の手が俺の首に巻き付いた、と思った次の瞬間。

 唇に柔らかな感触。

 あ……!

 俺が離す間もなく、菊乃は自らパッと離れた。

「菊乃!」

 菊乃は、可愛らしく歯を見せて、いたずらっぽく笑った。

「私、諦めないことにした」

――は?

「それはどういう……?」

 戸惑いを隠せない俺に、ゆっくり歩き出していた菊乃は振り向いて言った。

「みっともないって思われたっていい。
もう、自分の気持ちに嘘つきたくないもの。
そうだ、みっともないくらいがむしゃらにぶつかって、いっそのこと遼太に嫌われたらいいんだ、私。
私がこんな闘志燃やすの、最初で最後、きっと」

 ちょっと待て。

 なにの、闘志?

 なにに、対する?

 いやその前に。

 俺が菊乃を嫌いになっても?

 そうなることは考えられないが。

 これは酒の力?

 にしても、ちょっと待てって……。

 テンパる頭の中で、俺は必死に思考を整理していた。

 これが、波乱の幕開けになるとはこの時は思いもしなかった。



 
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