擬似恋空間【短編集】

深智

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Dark in THE COLLAR

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 子供の頃、たいして絵心なんてないのに絵の具を混ぜて色の変化を楽しむ遊びにはまっていた時期があった。たぶん、自分と同じ名前の色を見つけて嬉しくて、使ってみたくて始めた遊びだったと思う。
 自分の名前の色を軸に、絵の具の箱から取り出したチューブをパレットに絞り、夢中で混ぜ合わせた。綺麗な色に変化した時は感動し、反対に、好きな色と混ぜたのになんとも言えない汚い色になってしまった時はがっかりした。
 目に鮮やかな美しい色に変える色もあれば、澱み濁り、形容し難い色にしてしまう色もある。一つの色が、混ざり合う色によって様々な変化を見せる。わたしはあの頃、知らず知らずのうちに自らの生き方を占っていたのかもしれない。



 彼の、左手の薬指に白抜きの指輪の跡があった。全身くまなく日に焼けているのにそこだけ白くてまるで何かを主張しているみたいだった。
 ベッドの中で絡めた彼の左手をぼんやりと眺めていたわたしは数日前に彼からもらったメールの文面を思い出した。
 ゴールデンウィークは家族でグアムに行ってきたんだ。
 起き上がったわたしは、隣で寝息を立てる彼の無防備な寝顔をまじまじと眺めた。日焼けが似合う精悍な顔に、すっきりとした鼻梁、男らしい凛々しい眉。出来る男は、寝顔すらもイケている。
 込み上げるものを押さえきれなくなったわたしは、眠り姫ならぬ、眠り王子の唇を奪った。
「ん……」
 少しばかり激しめのキスによって眠りから目を覚ました彼の目は、すぐに優しく細くなる。しなやかな仕草で髪を梳いて頭を抱いてくれた。
 舌を絡めて、吸って、吸われて。唇をするっと舐めて、離れる。
「心地よい眠りから覚ましてくれた責任を取ってもらうか」
 ガバッと起き上がった彼に抱き起されたわたしの身体は再びベッドにダイブ。思わずキャハッと声を上げた
 全身をくまなく愛撫する指を感じて、舌に溺れる。
「ん……っ、ああっ」
「ここ?」
「……んんっ」
 クスッと笑う彼の吐息が首筋に掛かった瞬間、溢れる感覚があった。
 じらされて痺れを切らせたわたしは自ら動き出す。起き上がって、別の生き物のように直立しているソコに顔を持って行った。
「シックスナイン?」
 股の間から苦笑いを浮かべる彼の顔が覗く。答えの代わりにわたしは反り立つ〝彼〟を咥えた。丁寧に根本から舐めあげて指で優しくしごいてあげると、一回りくらい大きくなった。
「う……」
 これ、わたしはあまり得意ではないのだけど、吐息混じりの声が聞こえてくればこっちのもの。今夜は巧くできている。
 口の中をいっぱいにする〝彼〟を、舌を使ってゆっくりゆっくり愛撫する。
「あ……、く、ぅ」
 彼の恍惚の声が、わたしを燃え上がらせる。芯が熱くなる。もっと、もっと。えづく寸前まで長いソレをくわえた。
 好き、好きよ。大好きよ、あなたが。
 唇、舌を目いっぱい駆使して〝彼〟を愛する。
 今は、わたしもの。そうよ、今この時間だけは、わたしだけの彼なのよ。彼の全てを象徴する大事なものが、今わたしの口の中にある。
 愛してる。だからあなたも愛して。たとえ今、この瞬間だけでも。
「だ、ダメだ、藍!」
 ドクンドクン、と脈打つ感触が咥内に広がる。口いっぱいを占領していた〝彼〟がスッといなくなり、見事な早業で体勢が逆転した。
「ああっ」
 既に充分濡れていたわたしの秘壺は彼を最奥まで一気に受け入れた。
「んは、ああっ」
 芯を突かれてわたしは仰け反る。脳内がスパークしたような快感の突端を彼が貫いた。
 わたしの中に、芯を貫く彼がいる。もっと。もっとわたしを愛して。
「ああ、んっ、ああっ」
 何度も何度も突き上げられて、嬌声を上げながらわたしは彼を抱きしめた。
 今夜は果てるまで、わたしを貴方で一杯にして。



 悦楽の余韻燻る気だるい身体を横たえる時間は好きだ。
 ベッドから下りて少し離れたところで煙草を吸っている彼をぼんやり眺めていた時、わたしのバッグの中で鳴る電話の音を聞いた。彼がバッグを取ってくれて、取り出してみると友人の葵からの着信だった。
「もしもし~、藍?」
「はいはい、もしもし」
 やたらと上機嫌な葵の声に、こちらもなんとなく合わせてみた。葵の背後からは楽し気な人の声が聞こえてくる。
 葵は今夜、婚活パーティーに参加している。「藍も一緒にどう?」と幾度か誘われていた今夜のパーティー、確かグランドハイアットだったはず。
「予想通り、今夜のパーティーは豊作だよ。藍も来たら良かったのに」
 お酒が入って上機嫌な葵の声はいつもより上ずっている。
「ハイグレードな男オンパレード。やっぱり条件は選んで参加するべきだよね」
 そうだね、とわたしは苦笑いしながらサイドテーブルに置きっぱなしになっていた呑みかけのビールを手に取った。一口呑んで、ぬるくて不味くてテーブルに戻した。
「朱莉は?」
「いるよ。いるけど、朱莉、今は1対5でトーク中。相変わらず何の対策を講じなくても男が勝手に寄って来て、寄り取り見取り状態。ここまでくると腹も立たないよ」
 電話の向こうでアハハと笑う葵と一緒にわたしも笑う。
 葵と朱莉は大学時代からの友人だ。北海道出身の葵と、九州出身の朱莉、そして埼玉出身のわたし。出身の全く違うわたし達だったけれど学籍番号が近かったのと、3人とも名前の頭文字が同じ〝あ〟だからトリプルAだ、と言う縁もあって、仲良しトリオになった。大学を卒業して就職をしてからもしょっちゅう呑みに行き、旅行に行った。結婚をしないところまで一緒で、気付けばそろって三十路となっていた。
 そろそろ焦ろうよ! などと言い始めたのは堅実な人生設計を描く葵だった。昨年は随分と婚活パーティーに参加したようだ。何度か誘われたけれど、わたしはまだ行った事はない。今回初めて、朱莉が一緒に参加した。
「じゃあ、頑張って何かしらの収穫、報告するからね!」
 葵はとびきりポジティブな言葉で締めくくり、電話を切った。
 朱莉が一緒か……大丈夫かな。一抹の不安を覚えつつも携帯をバッグの中に放り込むと、煙草を吸い終わった彼がこちらに戻ってきた。
「友達? 今夜は俺と会ってて良かったのか?」
 ボクサーパンツを履く半裸の彼は、彫像のようにバランスのとれた肉体を惜しげもなく披露している。
 ああ、この身体にまた抱かれたい。わたしは伸ばした腕を彼の首に絡めた。
「いいの。玄樹(はるき)に会える日は、わたしはどんな予定でもキャンセルするんだから」
 彼はわたしの腰を抱きながらクックと笑った。
「それはちょっと重いナァ」
「やだ、なにその言い方」
 わたし達は笑い合いながらキスをした。
 ベッドに潜り込んできた彼とじゃれ合って、キスをして、何度も繋がって一つになる。
 わたしを抱きしめて頭を優しく撫でながら玄樹は言った。
「そういや、この間の仕事のミス、どうなった。だいぶ悩んでたろ。俺が川辺さんに話しておいたんだけど、ちゃんと効果あったか心配していたんだ」
 わたしの心がとろりと溶ける。ああ、とわたしは彼の胸に顔を埋めた。
 一週間前、わたしは社内で大きなミスをした。どんな処分が待っているのだろう、と落ち込んでいたのだけれど、誰かが助けてくれた事により大事は免れた。誰が助けてくれたのだろうと考えていた。まさか、同じ部署の上司である玄樹だったなんて。
「ありがとう……」
 涙に溺れ、消え入りそうな声で言ったわたしの頭を、玄樹はよしよし、と撫でてくれた。
「藍が困った時は助けてやる、って約束したろ」
 腫れ物のようになっていた胸の内に玄樹の声は優しく染みる。
「大丈夫だ、俺は藍の傍にいるからさ」
 顔をあげたわたしは玄樹の柔らかな口づけに溺れた。
 次に会える時まで持てるように、しっかり充電させて。あなたの〝愛〟を。誰にも言えない、燃えるような〝愛〟を。
 わたしは、葵のような婚活になんの意味も見いだせない。安定した一番の地位になんて何の魅力も感じない。
 いいの、愛されてさえいれば。
 わたしと玄樹は世間一般から言えば背徳の愛に身を投じているのかもしれない。けれどわたしは玄樹の家庭を壊す気はないし、玄樹だって自分の家庭を守る自覚を持っている。
 それでいいの。家族を大事にするスタンスを維持した上でわたしを愛してくれる玄樹を、わたしは愛しているのだから。



 お昼前、家に帰ると、締まっていると思っていた玄関の鍵が開いていた。
「ただいまー。お母さん、いるの?」
「はーい、いまーす。おかえり、藍ちゃーん」
 明るい声が帰ってきた。リビングには旅行用のトランクが広げてあり、それを跨いで辿り着いたソファにわたしはバッグを置いた。ジャケットを脱ぎながらキッチンの中にいる母に声を掛ける。
「お母さん、今日は仕事お休みなの?」
「はーい、休みでーす」
 陽気な母の声と共に微かなコーヒーの香りが流れてきた。
「今ちょうど淹れるところだったの。藍も呑む?」
「うん」
 わたしが部屋で着替えを済ませてリビングに戻るのと、母がコーヒーをトレーにのせてキッチンから出てくるのはほぼ同じタイミングだった。
 コーヒーを飲みながら窓から差し込む初夏の陽光に目を細め、わたしは聞いた。
「お母さん、もう旅行の準備始めてるの?」
「そうよ。だって、久しぶりに藍ちゃんと旅行、楽しみで仕方ないんだもの」
 母は、間もなく還暦を迎えようという年なのに少女のようだ。下手をすると、20代の女性並みにキャピキャピしている。娘の贔屓目を抜きにしても愛らしい女性と思う。
「久しぶり、って言ったって緋那子さん、2月に北海道行ったじゃないの」
「もうあれから三か月よ! 年寄りは時間の流れが早いんだから、生き急ぐの」
「なにそれ」
 わたしと母は明るく笑い合った。
 わたしには母しかいないし、母にはわたししかいない。母一人子一人の場合、その関係性がどう転ぶかは千差万別らしい。けれど、わたしと母の場合は互いのピースが隙間なくがっちりはめ込まれたように、身も心もシンクロした親子だった。女手一つで育ててくれた母とわたしの間に違和感など欠片もない。
 母はコーヒーを半分くらい飲んだところで、ふう、と息を吐き、おもむろに口を開いた。
「藍はもう充分に大人だから朝帰りに関して深く追求するつもりはないけど、いいお相手がいるのなら、そのうち紹介してちょうだいね」
「はーい」と答えてはみたものの、妻帯者である玄樹を彼氏です、と紹介するわけにはいかない。内心で苦笑いしてしまう。
 けれど、母はわたしを理解できると思う。わたしの、男の愛し方は母譲りだから。
 母の愛した人は、妻子ある人だった。私生児のわたしは父に認知されていない。母がそれを望まなかったという。母は、愛する男の家庭に歪みが生じる事を回避したかったのだと思う。
 母が今、父と会っているのかは知らない。ただ、男の気配を一度も感じさせた事の無い母がずっと父を想い続けていることは想像に難くなかった。ただひたすら影の女であり続ける母は、きっとこれからもずっとそうやって生きていくのだと思う。
 わたしが結婚という形式になんの感情も湧かないのは母の影響だ。
 結婚という契約を交わさずとも、わたしを産み育てた母は幸せそうに生きていた。少なくとも、不幸には見えなかった。母は、一番ではなくとも、影の女であっても幸せに生きられる事をわたしに実証してくれた。
 わたしは二番目でいい。不動の、安定の一番なんてないと思うから。
 愛する人を束の間独占できる刹那を大事に生きる方が、わたしは幸せだと思うから。



 オフィス街の中にあるカフェレストランのランチタイムは制服姿のОLさんで賑わう。わたしは窓際の席でコーヒーを飲みながら通りを眺めていた。
 小柄な女性が財布を持って走ってくるのが窓の向こうに見えた。彼女は窓際に座るわたしに気づいて手を振った。わたしは手を振り返して向いの席を指し示した。
「ごめんね~、なかなか抜け出せなくて」
「こっちこそごめん、無理に来させちゃったね」
 目の前に座った朱莉はニコッと笑って「ううん、大丈夫だから」と小さく首を振った。何気ない仕草なのに、可愛くてドキッとする。朱莉の一挙手一投足には同性をもクラッとさせる破壊力がある。
 色白巻髪、小作りの顔。丸くて大きな二重の目が彼女の魅力を倍増させていた。少女漫画のヒロインがリアルの世界に飛び出したらちょうどこんな感じだろう。
 隣の男性がちらちらと朱莉に視線を送っているのが分かった。小さく息を吐いてわたしは切り出した。
「あのさ、ちょっと言いにくい事なんだけど」
「ん?」
 メニューを手にした朱莉の黒目がちの目に吸い込まれそうになって、わたしは一瞬怯んだ。でも、意を決して口を開く。
「葵と、ちゃんと話した?」
 わたしの言葉に朱莉は少し悲しそうな顔をした。
「葵から、聞いたの?」
 わたしは躊躇いながらも頷く。
「そっか」と朱莉はメニューをテーブルに置いた。
「私は、付き合うつもりなんてなかったし、それどころか、連絡先の交換なんてしてないのよ?」
 朱莉は泣きそうな表情で言葉を選びながら話しを続けた。
「だって、葵がいいな、って言っていたの知っていたもの。応援していたの。それなのに、彼から連絡が来たの。どうして私の連絡先知ってるの? って聞いたら、葵に教えてもらった、って。おかしいと思ってよく聞いたら――、」
 これだ、とわたしは手で軽くこめかみを押さえて目を閉じた。
 昨日、わたしと同じ会社で働く葵に「呑みにいこう」と誘われた。何かあったな、と思ったら案の定。アルコールの入った葵は、半月前にあった例の婚活パーティー絡みの鬱憤を吐き出した。
「聞いてよ! 私がやっと何度かデートできるところまでいった彼が昨日のデートでいきなり朱莉の話を始めて――」
 要するに、この間の婚活パーティーで葵はいい人を見つけ、お付き合い寸前まで行ったのに、気付いた時には、彼は朱莉にハマってしまっていた、という事だ。
 ショックを受けた直後の、お酒も入って興奮冷めやらぬ状態の葵に、「それは朱莉が悪いわけではないかもしれないよ」なんて言えなかった。とにかく、うんうん酷いね、それは酷い、と相槌を打ち続け「とりあえずわたしが朱莉に会って話してみるから」と言って落ち着かせた。
 今こうして朱莉から話を聞き、やはり朱莉は自分から男にアプローチしていない、と確信した。
 朱莉は心根の優しい子で決して友達を裏切るような子ではない。誤解を受けやすいだけだ。それは葵も分かっていると思う。ただ、朱莉の難点は、男の方が放っておかない、というところなのだ。
 わたしはため息を吐いた。
「それは、朱莉も辛かったよね」
 気遣う言葉を掛けると朱莉は目元を拭いながら頷いた。
「私、今でも本当に仲良くしてる親友って呼べる友達って、藍と葵だけなの。だから……」
 朱莉は言いながらまた思い出したのか大きな黒目を潤ませた。この姿は男には堪らないだろう。わたしが男だったら思わず抱きしめていたかもしれない。
 これは難しい。朱莉はきっと、一旦葵に謝っておいた方が、なんて言ったら本当に謝るだろう。でもそんな意見は無責任過ぎるし、それで朱莉と葵の関係が元に戻るかと言えば、そうではない気がした。
 葵も朱莉もわたしにとって大事な友人だ。こんな板挟みは辛い。
「とりあえず、何か頼もうか」
 ともかくここは美味しいものを食べて気分でも変えよう、とメニューを手にした時だった。わたしの目に、彼が飛び込んできた。
「片瀬」
 玄樹が目を丸くしてこちらを見ていた。
「黛課長!」
 よそ行き顔の玄樹が同僚達に先に席に付いているよう目配せをし、こちらに歩いて来た。
 センスのよいネクタイを締めてスラックスのポケットに手を突っ込んで歩いてくる玄樹はファッションモデルのよう。玄樹ほど外国製のブランドスーツが似合う男性に出会ったことはない。
 跳ねる鼓動が胸を締め付ける。躰が火照る。手を伸ばしてあなたの名前を呼んで、抱きつきたい。
 でも、出来ない。決してしてはいけない。



「なんだ、いつもここで昼メシ食ってるのか」
「はい、いつもではないんですけど、よく来ますよ」
 わたしもよそ行き態度でお返しし、玄樹は「そうか」と部下に見せる笑みを浮かべた。
 玄樹はわたしの働く部署の上司だ。だから当然、公にはできないわたし達の関係は誰も知らない。葵にも朱莉にも話した事はない。わたしはここ数年ずっとフリーで通している。
「友達?」
 朱莉に視線を向けた玄樹にわたしは「ええ」と答える。
「大学時代からの友人なんです」
「そうか」と答えた玄樹は朱莉に、わたしの胸の奥をチリッと焦がすような魅惑の笑みを向け、軽く会釈した。朱莉も柔らかで愛らしい笑みを浮かべて会釈を返した。
 二人の視線が交わされた瞬間、胸中にざらりとした感触を覚えた。不快な、気持ちの悪い感触だ。なんだろうこの気持ち。
「まゆずみ~、注文するぞー」
 向こうの席から声を掛けてきた同僚に玄樹は手を挙げて応え、わたし達に笑いかけた。
「悪い、楽しいランチタイム、上司が顔出したらぶち壊しだな」
「いえ、そんな」
 わたしと朱莉は笑いながら手を振った。
「じゃあ、俺は退散するから楽しくメシ食ってくれ」
 玄樹は同僚達の元へと去って行った。
 わたしも朱莉も、玄樹が仲間と楽しそうに話しをする姿を暫し眺めていた。
「なんだか、楽しそうな人ね」
 朱莉が目を細めて言った。
「うん、仕事も出来て、優しい上司なの」
 セックスも巧くて。胸の内でそっと付け足す。
「いいな~、そんな上司」
 微笑む朱莉の横顔に、何故か胸がざわざわした。
「あ、でも妻帯者だからね。お子さんもいるんだから。やっぱり、素敵な男性はもう人のものだよね」
 そう言わずにはいられなかった。自分に言っているのか、はたまた目の前の朱莉に対する忠告なのか。
「そうだよね~」と笑って玄樹から視線を切ってこちらを向いた朱莉の笑顔はいつもと変わらないふんわりとした表情だった。特に揺れた様子は見られなかった。
 朱莉はいつだって、どんな時だって、その柔らかで愛らしくて思わず抱きしめたくなってしまうような笑顔を崩さない。
 本気の恋をした時、この子はどんな顔をしていたっけ? 確か、そんな事もあったと思うのだけど、忘れてしまった。
 わたしの頭の中に、昨夜葵が吐き捨てるように言った言葉がフッと浮かんだ。
「藍も取られないように気を付けなよ!」
 酔いつぶれてしまった葵の悔し紛れ、とわたしは「気を付けまーす」なんて軽くいなした。だって、気を付けるべき彼は妻帯者だから。取った、取られた、なんて騒げる立場じゃないから。
 わたしには、一番になる戦いはないのだから。



 玄樹と二人きりで会えるまで、ひと月かかった。
 毎日顔を合わせる職場でごくたまに、偶然の産物として二人きりになれれば刹那の想いを交わす事は出来る。そんなスリルも悪くはない。けれどやっぱり誰にも邪魔されない空間で身も心も許して睦み合う濃厚な時は必要で、玄樹もそうあってくれてると信じていた。
 今夜は、玄樹がいつもと少し違う、と感じた。胎内の奥に伝わる熱は突端に達しない。もっと、もっといつもみたいに先を突き破るくらいの強さが、熱が欲しかったのに。
 ベッドの中でわたしは玄樹の首に腕を絡め、しがみついた。けれど、熱い反応を感じられなくて、腕を緩めた。玄樹の顔をそっと覗き込む。
「疲れてる?」
「どうして?」
「ん……なんだか、心ここにあらずって感じがするから」
 玄樹は、ああ、と虚ろな声を漏らしてから、言った。
「俺、転勤になるかもしれない」
「転勤!?」
 玄樹の目をジッと見つめたけれど視線がぶつからない。玄樹は天井を見つめ、思案顔のまま動かなかった。わたしの胸の中に黒い雲が拡がり始める。
「ど、どこに?」
 答えを聞くのは怖かった。場所によっては――、
「長崎」
 わたしの思考よりも玄樹の答えが先だった。視界の中から光が消えた気がした。
 ここは東京だ。長崎になんて行かれてしまったら、と焦燥に取りつかれる心を必死に抑え、深呼吸してわたしは口を開いた。
「そう言えば玄樹、実家は長崎だったっけ」
「ああ。実を言うとさ、長崎支社に転勤希望出したんだ。そうしたら、あっちでちょうどいいポストが空いてさ。そこに入れてもらえそうなんだ」
「そんな……」と言った切り、わたしは言葉の接ぎ穂を失った。
 遠すぎる。そんな遠くに行ってしまったら。
 ああ、そうだ、追いかけて行けば?
 ぱっと浮かんだ考えをすぐに打ち消した。そんな事、してはいけない。わたしの立場にはなんの保障もないのだから。影に徹してきた女が攻めに転じた時に待っているのは破滅のみだ。
「たださ、」
 わたしが黙り込んでいると、玄樹が静かに話し始めた。
「嫁さんが、長崎には行きたくない、って反対しているんだ」
 眉間を寄せた苦し気な表情を浮かべる玄樹を見て、迷っている、そう感じた。
 玄樹の奥さんの実家は確か立川だ。今転勤してしまったら東京にはもう戻って来られないかもしれない。反対するのは当然だ。
「お、奥さんの気持ち、尊重してあげた方がいいと思う!」
 動揺が声に表れ、震えた。これはわたしの良心ではないから。代理性ミュンヒハウゼン症候群、とでも言えようか。玄樹の奥さんは、わたしの〝代理〟だ。
「奥さん、そんな実家から離れたところに言って子供を育てるなんて、不安なんだよ、きっと。玄樹、奥さんの気持ち考えてあげなきゃ」
 玄樹は目を丸くしてわたしを見ている。ただ単純に驚いたのか、それともわたしの卑しい心を見透かしたのか。わたしは唇を噛んで玄樹を見つめた。
 玄樹はわたしの頭を優しく撫でて、静かに笑った。
「藍はいつもそうやって俺の家庭を壊さないように気を遣ってくれていたよな。だからこうして一緒にいられたんだよな。ありがとうな」
 ドクン、と胸が鳴った。玄樹の言葉の中に不穏な気配を感じさせるワードはない筈なのに、心が騒ぐ。
 何故。ああ、わかった。過去形だからだ。未来に繋がる言葉じゃないからだ。
〝ありがとう〟って何だろう。感謝の意を伝える言葉は時に、別離の暗喩とも受け取れる。
 玄樹に愛されていると信じている。でもわたしは一番目じゃない。それは自分が望んだ事なのに、どうしてこんなに胸がざわざわするのだろう。
 長崎。九州――。
 この地名がわたしの中に赤黒い、小さなシミを作った。ほんの小さなシミは、確かな存在感を持ってじわりと滲んだ。



 過ぎ行く時節は疾風のよう。年を重ねるごとに時の早さが身に染みる。母の「生き急ぐの」という言葉も分からなくはない。
 街に木枯らしが吹く季節を迎え、社内に辞令が出た。玄樹の転勤が確実になっていた。
「黛さん、本社で出世街道まっしぐらだったのに、長崎なんて、ねえ?」
 ランチで入ったお店で向いの席に座る葵は湯呑を手に首を傾げていた。
「ご実家が長崎だから転勤希望出したって聞いたよ」
 わたしも信楽焼と思しき湯呑を手に取り、一口呑んだ。
 お給料日のランチタイム、わたしは葵と二人で落ち着いた和食のお店に来た。
 お洒落なイタリアンやフレンチから離れてたまには粋な和食のお店もいい。ОLさんたちの甲高い声がないし、何より会社から少し離れているから社内の人間に会う可能性が低いのがよかった。
 運ばれてきたお重の蓋を開けると焼いた醤油の香りがフワッと鼻先に流れてくる。わたし達は「美味しそうだね」と笑みを交わした。お給料日の細やかな贅沢はОLの楽しみの一つだ。
 いただきます、と手を合わせて割りばしを割ろうとした時だった。
「ちょ……っ」
 葵が急に身を屈め、わたしにもそうするようジェスチャーを送ってきた。
「なんなの?」
 シッと口の前に人差し指を立てた葵はわたしの後ろを指さした。指された方を見たわたしは息が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
「どういう、組み合わせなの? ありえないんだけど。どうして?」
 わたしとは別の意味での衝撃を受ける葵が答えの出ない問いを繰り返していた。
「分かんないよ。そんな事、わたしだって……」
 まるで全速力で駆けた後のような勢いで心臓が脈打っていた。苦しい。〝どうして〟が脳内を駆け巡る。
 瞬きも忘れて見入るわたし達の視線の先で、見られているとも知らない〝二人〟は店員さんに二階席へと案内され、階段の向こうに消えて行った。
 緊張の糸がフッと切れたわたし達は呆然とした表情で顔を見合わせた。葵は深く息を吐くと思案顔をし、考えを整理するように話し始めた。
「間違いなく、朱莉だった」
 わたしは無言で頷く。
「朱莉は、男と一緒だった」
 その言葉にも無言で頷く。
「明らかに、普通の関係じゃなかったね」
 朱莉が、わたし達には見せた事もない〝女〟の表情で相手を見上げ、微笑んでいた。相手もそんな朱莉を愛おし気に見つめ、背中に優しく手を添えてエスコートしていた。
「相手は、わたし達の知る男だった」
 わたしはゴクリと固唾を呑み込んだ。
「どうして。どこで繋がったの、あれは」
 そんな事、わたしが聞きたい。
 朱莉が一緒にいたのは、玄樹だった。



 月に一度の贅沢ランチだったのに味なんて分からなかった。それどころか、食べ切ったか、口を付けたかすら覚えていなかった。午後の仕事をどう熟したのかも思い出せない。
 何が起きていたの。わたしの与り知らないところで何が始まっていたのだろう。
 帰りの地下鉄の中、真っ暗な車窓をぼんやりと見つめ、車輪とレールとが擦れ合う轟音を聞くわたしの脳裏に葵の言葉が蘇った。
「私、まだ朱莉と仲直りしてないんだけど、朱莉の会社に友達がいるから聞けたことがあるんだ。朱莉、会社辞めて長崎の実家に帰るらしいよ。どんな偶然なの。ていうか、偶然じゃないね、これ」
 思い出した。〝長崎〟は、朱莉の故郷だった。
 胸の内に小さく滲んでいた赤黒いシミが、葵の言葉で一気に拡がった。わたしの〝色〟が呑み込まれる。
 自分の足元がどれ程頼りなく危ういものだったかを思い知ったわたしが救いを求めたのはやはり、母だった。
 母は、こんなに危うい足場をどうやって踏みしめて生きてきたのだろう。
 今なら母に聞いてもらえる――!


 母は、家にいた。けれどリビングの椅子に座り、「おかえり~」と出迎えた母はわたしの知る母じゃなかった。
 母の左手薬指に大粒ダイヤの指輪が光っていた。うっとりした表情を浮かべてダイヤを灯りにかざす母の顔を見た時、わたしは、この人は誰だろうと思ってしまった。
「お母さん、その指輪はどうしたの?」
 母の傍に立ち尽くし、わたしは聞いた。
「あのね聞いて藍ちゃん!」
 明らかに声が上ずっている。興奮、というよりこれは浮かれていると言った方がよさそうだ。
「あの人、やっと奥さんと離婚できたの! とうとうお母さんの辛抱が実る時が来たの!」
 母の言葉は知らない国の言語のように聞こえた。
「ごめん、お母さん、意味が分からないんだけど?」
「だからね、あなたのお父さんでもあるあの人と、お母さん、晴れて夫婦になれるの。お母さん、30年、ずっと信じて待っていたの。だから嬉しくてうれしくて――」
 言葉の末尾はもうわたしの耳には届かない。緩み切った母に今のわたしの感情など読み解けよう筈もない。おめでとうなんて言う気持ちにはなれなかった。
「わたしは、お母さんはこのままわたしと一緒に生きてくれるんだと思ってた」
 母は、え? という顔をした。
「お母さんは、影の女じゃなかったの? 確かにずっとお父さんを想い続けていたのかもしれない。でも、わたしはお父さんの家庭を見守りながら、静かに生きているお母さんの背中を見て育ったから、今そんな事実を突き付けられたって受け入れられない。お母さんは、二番目でいい、って思って生きてきたんじゃなかったの?」
 わたしの言葉を、目を丸くして聞いていた母は、突然アハハと笑い出した。
「私、二番目でいい、なんて一度だって言ったことないと思うけど。駄目よ藍、そんな考え方は。女は常に一番愛される存在を目指さなきゃ」
 誰なの、この人? 全身総毛立つような感覚に身震いした。
 瓦解する。わたしの信じてきたものが、音を立てて崩れていく。深呼吸して酸素をいれないと脳がパンクする。
 わたしは、ショート寸前の思考をゆっくりとゆっくりと巡らせていった。
 目の前にいるこの人が実の母だという事は確かで、わたしは今、この人の知らなかった顔を見せられたのだ。
 この人は、影の女として二番目に甘んじるいじらしい女ではなかった。虎視眈々とナンバーワンの、正妻の座を狙い続けた執念の女だったのだ。
「どうしてくれるの」
 全身をわなわなと震わせながらわたしは言葉を絞り出した。
「お母さんを見て育ってきたわたしのこの性格を、お母さんはどうしてくれるの。二番目の女は、相手の家庭を脅かすような存在になってはいけない。それが影として生きる女の美学なんだっていう考え方をわたしに植え付けたのはお母さんなんだから。だから、わたしにはそんな生き方が染み付いてしまってる。どうしてくれるの」
「何言ってるの?」
 母が、呆れ顔でわたしを見ていた。その顔にゾッとした。冷たい、わたしの知らない女の顔を見せる彼女はフッと笑って言葉を継いだ。
「あなた不倫してるのね。いやだわ、私の生き方を真似る、って、あなたが人のものしか好きになれないことを私のせいにするの? そんなの私のせいにされちゃ困るわ。女は、誰かの一番として愛されなければ、幸せになんてなれないわよ」
 判った。この人が何故幸せに見えたのか。この人には、〝彼の愛〟に絶対的な自信があったのだ。自分は影ではない、実質は一番なのだ、という確信があったのだ。
 わたしの生きてきた30年は、一体、何だったというのか。



 混ざり合った絵の具の色が濁り汚くなるのは、絵の具の中の不純物が混ざり合うせいだという。
 女の生態は絵の具のようだと思う。個々では美しく艶やかな、もしくは澄んだ発色を見せていても、混ざり合う色によって時にくすみ、気付けば名の付けようもない澱んだ色になっていく。色を濁らせる不純物はさしずめ、女が心に隠し持つ、歪んだ感情か。


 東京の空っ風がわたしの人生史上、最強の鋭利さを持って吹きすさんだ冬が過ぎると、今度は花粉に悩まされる春に体力をそぎ落とされた。
 堪え凌いだわたしのもとにやっと、爽やかな風吹く新緑の季節がやって来た。緑が心を癒してくれる新宿御苑の中を、ランチ後の空いた時間、葵と一緒に散歩した。
「そうだったんだ、藍、黛さんと付き合っていたの……。お母さんの事もショッキングだったけど、重なったんだね、そんなのが」
 葵は呟くような声で、辛かったね、と言った。友の優しさがじんわりと胸に染み入って、喉の奥が痛くなった。
 昨年末、母はわたしを置いて出て行った。30も過ぎた娘だ。生活の面で母に寄りかかってはいなかったけれど、精神面では完全にパラサイトしていたから、ショックだった。そこに玄樹が転勤前のゴタゴタを大義名分にしてわたしとの関係を巧みにフェードアウトした事も重なった。
 関係を誰にも話さなかった口の堅さは思わぬ形で災いした。愚かなわたしはやっと気付いた。自分がただの都合のよい女だったという事に。
 大事な存在をいっぺんに失ったわたしには、更にとんでもない追い打ちが待っていた。
 隣を歩く葵は大きく息を吐いて「それにしても」と話し始めた。
「まさか、家庭を大事にする愛妻家と評判だった黛さんが転勤を機に離婚して、その転勤先で不倫相手と再婚するとはね。しかも、相手が――」
 そこまで言って葵は口を噤んだ。ちらりと葵を見ると眉を下げた苦悶顔で前方を見つめていた。わたしの手前、悪いと思って言葉を切ったのか。
 春先に、朱莉から写真付きの葉書きが来た。
『結婚しました。お相手は、藍と以前一緒にランチをした時にお会いした、藍の会社の上司さんの、黛玄樹さんです。黛さんとはあの後、街で偶然お会いして、そこで初めてお話ししたのですが、地元が同じという事で直ぐに親しくなりました。黛さんには奥様もお子様もいらして、乗り越える事はたくさんありましたが、今はとても幸せです』
 乗り越える事、なんて一言で綴っているけれど、想像を絶する修羅場があった筈だ。葉書の中で幸せそうに寄り添って映る二人の顔が晴れやかなのは、苦難を乗り越えたのだという達成感の成すものか。ハワイなのかグアムなのか知らないけれど、葉書に映る底抜けに青い空とコバルトブルーの海が嫌味なくらいに爽快で目に沁みた。
「不倫も貫けば純愛、なんて誰か言ってたよね。恐れ入っちゃうよね~」
 わたしは葵に気を遣わせないよう努めて明るく言った。葵は困った顔をしつつ「ホントホント」と笑った。
「朱莉ってさぁ」
 葵がゆっくりと、何かを思い出すように話し始めた。
「友達、私たちくらいしかいなかったんじゃない?」
「そう言えばそうかも」と同意したわたしに葵は続ける。
「今回色々あって私考えたんだけど、朱莉と私らが大学卒業してからもずっと友達でいられたのは、彼氏を朱莉に紹介したことがなかったから、じゃない? 朱莉って、きっとことごとく友人の男を喰ってきてしまったんじゃないのかな。私らは朱莉に男を喰われることなく過ごしてきたから仲良しのままでいられたんじゃないのかな」
 ハッとさせられた。思い当たる節があり過ぎた。
「藍、あの葉書き、どうした?」
「燃やした。丸めて灰皿に突っ込んで、火を点けたマッチ放り込んだ」
 葵は目を丸くしたけれど、次の瞬間、アハハハハッと豪快に笑い出した。
「それはいい!」
 真の略奪愛なら心から憎めるのにこれはちょっと違う。朱莉は知っているのだろうか。知らなかったとして、朱莉が真実を知る時は来るのだろうか。
 どちらにしても、東京と長崎に離れ、わたし達は疎遠になるだろう。隠された真実なんて自然と消えてなくなるのかもしれない。わたしの中では永遠に燻り続けるのだろうけれど。
 わたしは、青。朱莉は赤。そして、玄樹の〝玄〟は黒を表す。わたしは結局、自ら取り込み混ぜ込んだ色で完全に自分の色を失った。
 思えばもう一人、赤がいた。母、緋那子だ。緋那子の緋は、緋色の緋。燃えるような情熱を表すにぴったりの紅だ。
 絵の具混ぜ遊びの中でわたしは、自分の色に大好きだった母の名を使ったの色を混ぜた。藍と緋色は混ざり合った瞬間、どす黒く汚い色へと変貌した。大好きな母の色が、わたしの色を得も言われぬ色に変えた事はショックだった。夢中でやっていた絵の具遊びの熱はそこで一気に冷めた。わたしの色は、生まれ落ちたその瞬間から迷う運命にあったのかもしれない。
 永遠の二番目でいいなんていうポリシーは、自身の心に言い聞かせてきた、わたしがわたしの為に吐く最大の嘘だった。永遠の二番目なんてものはそもそも存在しない。二番目なんて都合のよい存在でしかない。
 わたしは玄樹が好きだった。本気で好きだった。本当は一番になりたかったのに、自分に嘘を吐いてきた。けれどそんなのは今更だ。
 素直になれない者の色には不純物が多くて混ざり合った色によって濁り、澱む。でも素直な者の色は澄んでいて、どんな色を挿されても、穢れない。
 玄樹は朱莉の為に、朱莉を生涯堂々と一番に愛する為に仕事、家庭を犠牲にして人生を掛けた。玄樹は朱莉との愛を貫いて、朱莉もその愛に呼応した。玄樹をそこまでさせる力を持っていなかったわたしは、文字通り負けたのだ。
 わたしは、負けた。
 改めてその事実を噛み締めてわたしは前を向く。
「一人の男を愛し抜く自信のない女は、一番になんてなれない」
 誰とはなしに口にした言葉に、葵は「え?」と聞き返した。わたしは「なんでもない、独り言」と答えて笑った。
「ねえ葵、次の婚活パーティーはいつ、どこ?」
 いきなりのわたしの言葉に葵は意表を突かれて後退る。
「ど、どうしたの、いきなり」
 わたしは拳を握り、不敵な笑みを見せた。
「行くよ、闘いに! 誰かの一番になる闘いに!」
 呆気に取られていた葵だったけれど、直ぐに満面の笑みを見せる。
「そうこなくっちゃあ! じゃあ、とびっきりの婚活パーティーを探そう!」
「うん!」
 わたし達は緑広がる公園を元気に歩き始めた。
 わたしは、一番になりたい。たった一人の、誰かにとっての一番に。そしてわたしも、その人を一番に想うのだ。その為に、わたしは、わたしの〝色〟を取り戻して新たな一歩を踏み出す。
「見てろぉ、クズ男! 絶対に捨てた事後悔させるいい女になってやるぅ!」
「そうだよ、その意気!」
 冬の青空に向かって拳を突き上げたわたしに、葵が笑っていた。





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