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クウガ+サヴェルナ 出発

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 街を発ったのは朝早くのこと。俺の希望で盛大な見送りとかはしてほしくないと言ったので、まだ寝静まっているときを見計らって出て行った。まるで逃げるかのような出発にダグマルは眉を寄せていた。でも無理なものは無理なんです。
 だって未だに街の人らの好意に腰が引けてんだもん。別に嫌ってないよ。嫌ってないけど、若干引き気味ではある。そんな街の人たちに盛大に祝われながら出発とか無理無理無理無理。俺、目立つの好きじゃないし。
 そんな俺の我が儘にステンも同意してくれたのが幸いだった。考えてみればステンの強さで忘れていたが、ステンって村人Aだった。だから何ってわけではないのだが、大々的な送迎は遠慮したいのは同じだったようだ。
 サッヴァやアトランはどうでもいいらしい(特にアトラン)。サッヴァは俺のしたいようにさせてくれた。ダグマルを宥めてくれたのもサッヴァだ。本当、サッヴァには頭が上がらない。

 装備やら武器や食料らはすべてリッセン公爵家が用意してくれた。そしてそれだけでなくステンの村に行くときに使用していたものより大きい荷馬車。男5人と荷物を乗せているため馬も2頭もだ。
 そして現在はダグマルが馬の手綱を持ち、馬の並走が初めてであるステンにやり方を教えていた。馬が扱えるこの2人が交代で荷馬車を運転することになる。

 また運転する2人と違い、魔法使い(この世界じゃあまりこの言葉は使わないが)2人組はというと。


「ーーアトラン」
「はい。何でしょうか、サッヴァ先輩」
「結局私はお前の手のひらの上で踊らされていたに過ぎないのだな。何もかもがお前にとって都合良く進んで満足か?」

 怒りを隠し切れていないサッヴァに、アトランはわざとらしく目を大きく開いて口元を手で隠した。

「今更そんなわかりきったことを尋ねられるなんて。ええ、心の底から満足に決まっているではないですか。あなたが滑稽なまでに踊らされている様は」

 口元を隠しているはずなのに、うっすら見えている口の端はしっかりと上がっていた。絶対わざと見せているよ、あれ。恐ろしいわ。そしてサッヴァはサッヴァで、「殺す」という声が聞こえた気がした。今まで聞いたことないほどの低い声でだ。俺が言われているわけではないのに寒気がした。



 冷戦状態の2人の会話から意識をそらそうと、俺は改めて身につけている服を見下ろした。

 リッセン公爵家から渡された防具だということだが華美ではない装飾がついているし、いつもの服よりも格段にかっこよさが上がってはいる。それでも着ている分にはいつもの服と動きやすさに変わりはない。
 でっかい鎧なんかを想像していたため、初めて見たときは拍子抜けしてしまったくらいだ。ダグマルの装備なんかは結構ゴツめなのに。俺が着たところで似合うとは思わないけどな! けっ、どうせ似合わないですよ、と若干不貞腐れていた俺だったがサッヴァが俺の装備を見てどん引きしてから考えを改めた。

 サッヴァが言うには金属糸で作られているらしい。つまり魔力を込められ、これは防御に特価したやつだそうだ。「どれだけ金をつぎこめば、こんなものが作れるのだ?」とサッヴァがボソリとつぶやいていたが聞きたくなかった。
 ・・・・・・お高いんでしょうね。服は軽いはずなのに、気持ち的にずっしりくる。


「クウガ。お前が服に関して気にするのは仕方ないが、必要経費として割り切ってくれ」


 俺の様子に気づきダグマルがステンへの説明を中断して話しかけてきた。

「魔王に会ってすぐに殺されたら話にならねぇ。クウガだって陛下が殺されたのを見ただろ。それを着てれば会ってすぐに風魔法とかで体が真っ二つになる心配はしなくていい。耐久性もあるから他の魔法攻撃なんかにも効果あるはずだ。物理的攻撃には効かないが、それは俺たちもいるし大丈夫だろ」
「あ・・・・・・そう、ですね。防御に特価しているのはありがたいです。あと動きやすいのも助かります」
「クウガの場合は受け止めるよりも逃げた方がいいからな。それを阻害しちゃ駄目だろうよ」

 高級品であるはずなのにダグマルはどうってことない表情だ。貴族というのではなく、おそらく命を預ける物に対して糸目をつけないのだろう。

 俺がつけている装備はこの服以外にもある。左手首にサッヴァからもらった魔力の貯まった金属と、指にステンからもらった指輪がある。ちなみに指輪は俺だけでなく、ステン以外のメンバーにも渡されている。サッヴァが魔王にも俺の目のような特殊能力を持つ可能性があると予想し、その対策として用意された。急拵えだったため数は用意出来ず、さらに石を小さく加工しているため能力を消せるのは1回だけというデメリットもある。だがそれでもあるのとないのとでは大違いだろう。

 それにしても、サッヴァからもらったこの貴金属。修行しているときに使っているものの何倍以上もサッヴァの魔力が詰まっているらしい。・・・・・・めちゃくちゃ高そうに見えるのは俺の気のせいだろうか。んなわけないよなぁ。


 こんな俺なんかに、めちゃくちゃ金かけてもらってるのわかる。ダグマルが言ったように必要経費なんだろう。
 でもさ俺、平民なんだよ。一般ピーポーなんだよ。特に友達もいなかったから、オシャレな服すら必要なかったんだぜ。金かけたのはマンガとかアニメとか、小説関連だけだぜ。最近の図書館ってラノベが普通に置いてあるから買わなくていいの本当にありがたかった。
 あああああ、体と手首が重い。かかった金額を考えると精神的に重い。



「そういえば」

 ステンが思い出したようにアトランへと話しかける。

「魔の森に入った後は、魔王のいる場所までどうやって行くんだ? 目的地ってのはあるのか?」
「今更そんなことを聞かれるのですか? 旅に同行すると決めたのは随分と早かったのに、何故そういうことには頭が回らないのでしょう。自分や他の方と違って村人なら時間に余裕があったでしょうに」
「一々言うこと言うことに敵を作らないといけない質なのか。テメェはよ」

 ステンのこめかみに青筋がたったが、アトランはそれに見向きもせずに説明する。

「古代の話になりますが。その頃は今の魔の森が大きな拠点だったのですよ。そしてその中央にあるとされる建物ーー当時の神殿といっていいでしょうーーそれに関して古文書にはこう記されています。『招かれる者はそこに引き寄せられ、招かれざる者は永久にたどり着けない』と」
「ちょっと待て。つまり招かれざる者になったらずっと着けないってことか?」
「その通りです。しかし魔王は1年という期限を与え、さらに森に来ればいいと発言しています。つまりこちらを迎えるつもりはあるということです。森に入ってすぐに奇襲されるということも考えられますが、向こうは実力に自信があるようですし騙し討ちする必要はないでしょう。あの性格の悪い男のことです。こちらと対峙してネチネチといたぶり殺す方を選ぶに決まっていますよ」

 アトランはふふふと笑い声を漏らした。
 それをサッヴァもダグマルもステンも、目を細めてアトランを凝視していた。誰も口にしないが「お前も性格悪いからな」と無言で非難している。

 そんな空気を変えるために俺は手を一回叩き、今度は俺からアトランに質問した。

「あの、ふと思い出したんですけど聞いていいですか。魔王のことじゃなくて魔法のことなんですが」

 俺が質問したことで、サッヴァの視線がこちらに向いた。逆にダグマルとステンは俺の質問内容が自分たちの専門外だからか、馬の操縦に集中する。

「あの、合体魔法とかって存在するんですか? 2人以上の魔法を合わせることで魔法の威力が上がったりするとか」

 ずっと魔法を習っていたけれど、それはずっと俺1人のみの魔法だ。水と炎の組み合わせとかがあるというのは初期の頃に教わっているけれど、2人以上の人がひとつの魔法を合わせるってのは聞いていなかった。小説やゲームでは出来るやつと出来ないやつとがあるけど、この世界はどうなんだろうか。

「難しいな」
「出来なくはないですよ」

 サッヴァとアトランの声が重なる。サッヴァが訝しむ目でアトランをにらむ。

「嘘を教えるな。理論上は可能かもしれないが、下手に合わせようとすれば魔法が暴発して危険になる。軽々しいことを言うな」
「ですから、そういう頭の固い考えがいけないのですよ。少し前まで不可能だったことが、時を得て可能になる。魔法はそうやって進化し続けているのです。駄目だという先入観があればそれ以降は停滞するのみです」
「先に進むためには、それよりも先に今の地盤を固めることの方が大事だ。足下を疎かにして無謀な行動をするのは愚か者のすることだ」
「足下すくわれるようなヘマをするわけがないでしょう。それにそんな悠長な考えでいたら永遠の命でもない限り、いつまで経っても研究は進みません」
「だからそれではーーーー」

 延々と俺の質問した内容でサッヴァとアトランが議論を繰り広げている。
 あ、藪蛇つついちゃった感じ? 俺の質問に関して、答えが出たんだか出てないんだかよくわからないんだが。
 呆然とする俺にサッヴァが先に気づき、慌てて話しかけてきた。

「クウガ、すまなかったな。質問の答えだが、出来るとも出来ないとも言い切れない」
「言い切れないんですか?」
「魔法には今のように議論になる内容が多々ある。これもそのひとつだ。魔力を合わせるというのは確かに可能だ。それにより魔法の威力も上がるであろうこともわかっている。だがそれをするには片方がメインの魔力に合わせる必要がある。相手の魔力をよく知り、それに出来る限り近づけることに気を揉まなければならない。言うならば他人の持っている塩水に、自身が持っている塩水の塩分濃度を濃くするか薄くするということだ。元々の魔力の質をわざわざ変えるわけだから、そうそう上手くいくわけがない。合わせる方の負担が大きすぎる」
「サッヴァさんやアトランさんのような魔導師でも難しいんですね」

 賢者のサッヴァや、魔導師でリーダーと呼ばれるアトランでも難だということか。それだけ魔力や魔法を合わせるのは大変なんだなぁ。
 そんな風につぶやいたのだが、2人の鋭い視線が俺を貫き悲鳴をあげそうになった。

 先にアトランが口を開く。

「そうですね。賢者と呼ばれるサッヴァ先輩ならば自分に合わせることなど容易いですよね?」
「お前に魔力を合わせろと? 冗談はその笑えていない笑顔だけにしておけ」
「自分がサッヴァ先輩の魔力に合わせるのですか? そんな。自分なんかの魔力ではとてもとても」

 仏頂面のサッヴァ。顔だけは笑っているアトラン。両者の表情の対比が恐ろしい。



「あの、む、難しいってことがわかれば十分なんで。それをしてほしいとかじゃなくて、単に気になっただけなんで。ほら、前に街や王都に魔物が大量発生したときなんかは能力を合わせていたって聞いた気がしますし」

 俺がビクつきながら進言すれば、2人の口論が止まる。だがアトランはこっちに視線を向けながら口を開く。

「魔王があのときに行ったのは、クウガくんが言う合体魔法とは違います。推測による結論になりますが。あれは魅了の靄を風魔法で広げて、その靄ごと王都や街に移動させたのでしょう。前勇者だった頃の魔力を考えれば風魔法で一気に国を覆うことなど余裕でしょうね」

 つまり俺が言った合体魔法とは違い、あれは魔法と能力の組み合わせによる結果ということか。
 なるほどとうなずく俺にアトランは続ける。

「そしてクウガくんの言った合体魔法ですが。サッヴァ先輩も言ったように、他人の魔力に近づけるというのは簡単には出来ません。自分ですら他人の魔力に合わせるなど出来そうにないですし、したくもありません。
 ーーですが、それが可能な人物はいますよ。クウガくんの身近な人で」
「身近な人?」
「シャンケですよ。彼は際だって魔力が高いわけではありませんが、質を変化させているのに秀でています。試してはいないので憶測でしかありませんが、長時間でなければ魔力を合わせることは出来なくないはずです。過去に誰もが手をつけては諦めた魔法による物質の具現化へ、誰よりも近づこうとしている男です。あれならば他人の魔法に上乗せすることは可能でしょう」

 そうシャンケのことを話すアトランは、どこか楽しそうに感じられた。
 それにサッヴァも気づいたのだろう。意外だと口にする。

「お前がそう他人を信頼するなど珍しいのではないか?」
「ーー信頼しているのは、魔法の能力に関してですよ。そうでなければただの平民出身をそばに置くわけがありません。ですが、ここ最近になってですね。ただの小間使いから忠犬に変わったのは。忠犬になった途端に成長するのだから、人生というのはこの年になってもわからないことだらけですよ」

 忠犬・・・・・・。確かにアトランからすればシャンケは忠犬か。俺にとっての犬っぽいのはハチなんだが。あ、いやココか。あいつら全然会ってないなぁ。どうしてるんだろうか。特にハチは俺が魔の森に向かうの嫌がってたし、もう俺に会う気はないんだろうか。

 でもアトランがいうように、シャンケは初めて会ったときよりも変わっている。それはシャンケだけじゃなくてロッドやサヴェルナも。それにギダンのやつだって。
 あれ、待って。俺だけ変わってない? 俺変わってる? 俺も成長出来てる? 自分からすると何が変わってるのかわかんないんだけど。やべぇ、成長って言葉の意味がわからなくなってきた。

 頭を押さえて思考の迷子になっている俺。
 そんな俺を見てステンがボソリとつぶやいたが、上手く聞き取れなかった。





「クウガのそばにいて、変わらなかったやつなんていないだろ」

 そしてそれが4人の共通認識だということを、俺が知ることはない。



+++
(サヴェルナside)

 クウガさんやお父さんたちが街を出た日。いつも通りに神殿に行き、いつも通りに帰り道を歩く。その間に誰かに見張られているのを感じていた。
 やっぱりお父さんがいなくなったのは国にとって危惧することなのだろう。私はその人質だ。国に帰らなければ、私の命が危ないという脅しだ。私は生まれてからずっとそういう存在だった。昔から私はそれに怯えつつ、何もしなければ問題ないと思っていた。

 でもずっとそんな私でいるつもりは、これっぽっちもない。

 パン屋に寄って、今日の夕飯の分の食事を買う。いつもと変わらない日。
 でもパン屋から出た後に、それは少しだけ変わる。


「火事だあああああああああ」

 その叫び声に誰もがそっちに注目する。私もその場所へと駆けていく。そして野次馬と化した人の中へと紛れ込んだ。

「誰もいない民家で良かったよ」
「子供が火をつけたんだって? 前もその子じゃなかったか?」
「危ねぇなぁ。親は何をやってんだ」
「今回は物音に驚いて、間違って火の魔法が出ちまったんだって」
「おいおい。そんなんじゃいつ民家に放火されてもおかしくねぇぞ」

 人々の噂話の内容に心を痛めつつ、そこから抜け出してすぐに魔法を使い全力で駆け抜けた。たとえ向こうが騎士だろうと暗部だろうと、賢者の娘でもありそれなりに高い魔力を持つ私が先出しで魔法を使って逃げれば追いつけないはずだ。

 そして暗闇の中。待ち合わせた場所に行くとすでに2人が荷馬車で集まっていた。私が荷馬車に乗り込むとロッドが急いで馬を走らせる。街から離れたところで私は頭を抱えた。

「見張りを撒くためとはいえ、放火騒ぎを起こさせちゃうなんて」
「じゃあ、お前が来なけりゃいい話だろうが。シャンケが持ち出すことで追われる可能性があるってのに、お前も来るってうるせぇからこうなったんだろうが」
「だってロッドもシャンケさんも行くのに、何で私が残らなくちゃいけないのよ。私だってお父さんの娘よ。着いていく権利はあるわ」
「ねぇよ。お前の魔法に関しては使い勝手があるから、連れてくのに了承しただけだっての。ーーそれにしても、ギダンのやつ。どこで俺たちが出発するってこと嗅ぎつけやがったんだ?」

 ロッドが腹の立つことを言っていたが、その後に続く内容に私もうなずいた。




『サヴェルナ姉ちゃん。明日、勇者のあとをおうんだろ?』

 昨日、ギダンくんにそう言われたときは心臓が止まるかと思った。どこから漏れた情報なのかはわからないが、ギダンくんは「しっているのはオレだけ」と笑っていた。

『でもサヴェルナ姉ちゃん。勇者たちがいったあと、サヴェルナ姉ちゃんには見張りがつけられるんだぜ。どうやってにげる?』

 何でそんなことを知っているのか。何で私にそれを告げるのか。
 わけがわからない私にギダンくんから提案された。

『オレがきょうりょくする。だからその代わり、勇者のことたのむぜ?』

 そして言われたのが、先ほどの放火だ。その騒ぎに乗じて無事出発することができた。だがその内容にどうしても気が滅入ってしまう。
 火をつけたのはギュレットくんだ。過去にクウガさんがいる家を燃やしたことがある。1度目の放火はクウガさんが嫌われていたからそこまで酷い処罰にはならなかったが、2度目となるとそうもいかないだろう。でもギュレットくんは怯えつつ、作戦に乗ってくれた。

『ぼくは、ぼくの、やるべきことをやるんだ。だから勇者のことよろしくね』

 ギュレットくんの言葉に心臓が苦しくなる。
 いざ出発してから罪悪感に苛まれた。私が行かなければこんな大事にしなくても良かったのかもしれない。

「ーーおい、今更後悔しても仕方ないだろ」
「サヴェルナちゃん。お、落ち着いて。ギダンくんも後のことはなんとかするって言ったんですよね。それなら大丈夫ですよ」

 落ち込んでしまったことに気づいたのだろう。ロッドが呆れながら言い、シャンケさんが慰めるように話しかけてくる。ダメだ。ここまで来て2人に迷惑をかけるわけにはいかない。気持ちを落ち着けようとしていたら隅っこにある毛布が動いた。驚く暇もなく毛布から人影が現れた。

 すぐに魔法の体制をとるが、その人影の姿に見覚えがあった。

「ふうう。ぶじに脱出できてよかった」
「ティ、ティムくん?」

 毛布から出てきたのはティムくんだった。

「何でここにいるんだよ!?」
「ついてきたからにきまってるじゃん。ギダンからきいてたんだよね。だからまえもって、ここにかくれてた。まぁ、ぼくが気配消したら大人でもきづかないし、ロッド兄ちゃんたちがきづかなくてもしかたないよ」

 ロッドが剣から手を離し、ティムくんに怒鳴りつける。だがティムくんはそれに怯むことなく告げた。

「な、何で着いてきちゃったの?」

 私が尋ねると、ティムくんは私を指してきた。

「クウガ兄ちゃんのそばには、サッヴァ神官がいて」

 次いでロッドとシャンケさんを指し、そして最後に自分を指した。

ダグマル騎士がいて、アトラン魔導師がいる。それならステン射手がいてもいいじゃんか」
「どういう理屈だよ」
「それにさ、ぼくがいて1番助かるのはロッド兄ちゃんだよ。ぼく、馬あつかえるから交代で運転できるよ。まさか寝ずに魔の森までいくつもり? できるだけ魔力の節約したいんでしょ?」

 ティムくんの言葉に文句を言っていたロッドの口が閉じる。
 確かに私たち3人じゃ馬を運転出来るのはロッドだけ。ロッドには回復魔法をかければ寝なくてもいいと言われていたが、ティムくんの言う通り魔力をあまり使いたくはない。何よりロッドの負担が大きすぎる。

「それにさ、いまから街にもどれないよね。なら、ぼくをつれてくしかないよ」
「ーー遊びじゃねぇんだぞ」
「しってるよ。でもしぬつもりもないけどね。母ちゃんには言ってないんだ。だからもしものときは、全員みすてても1人でにげるから」

 ニコッと笑うティムくんの心情がよくわからない。ロッドはしばらくティムくんをにらみつけていたが、ため息を吐いて前を見る。

「わかった。もう何も言わねぇ。何かあっても、それは自分自身の責任だからな」
「うん、わかってる」

 ティムくんは次にシャンケさんの方を向いた。

「あとシャンケ兄ちゃんにたのみがあるんだけどさ」
「た、頼み?」

 シャンケさんはティムくんの言葉に身構える。

「魔王たおして、ぶじにもどったら。ギュレットを魔導師にしてよ。みならいでも、下働きでもいいんだって。街にはいづらくなっちゃっただろうし」

 それを聞いてシャンケさんは言葉につまったが、首を横に振る。

「無理だよ。僕は魔導師を捨てる覚悟でここに来てるから」
「じゃあ、もし魔導師にもどれたら。でいいよ」
「ーーうん、それならいいよ。もし魔導師に戻れるなら本気でリーダーに掛け合う。それこそ、断られたって何度でも」

 シャンケさんが笑って答えれば、ティムくんが首をひねる。

「いいの? もっと、いやがるとおもったのに」
「前からクウガに勧められてたし。それにあの子は昔のオラに・・・・・・あ、いや、僕に似ている気がしてね。何にしても、もし僕が魔導師でいられたらの話だけど」
「やくそく、だからね!」

 ティムくんは安心した顔でシャンケさんに念を押した。
 ふとそこで私は思いだした。

「そういえばシャンケさん。魔導師のところから持ち出した『あるもの』って何なんですか?」

 シャンケさんが魔導師をやめることになるかもしれない代物。
 もしかしたら私たちには見せられないものなのかもしれないが、聞くだけならと思って尋ねてみた。

 するとシャンケさんは「あ」と思い出したようで、隅っこに移動して大きな布袋の口を開けた。その袋は小さな子供くらい簡単に入ってしまうような大きな袋だった。
 そしてシャンケさんが袋を開けた瞬間。




「ぷはああああっ~」



 可愛らしい声が聞こえた。

「ひどいですぅ~。口開けるまではじっとしててって言われたから、じっとしてたのにぃ~。忘れるなんてぇ~。もう、やだぁ~。クウガに会いたいですぅ~」

 どこかで聞いたことのある声だった。
 そしてバッグから現れた姿に、私はポカンとしてしまった。




「コ、ココちゃん?」
「ほぇ? はい、ココですぅ~」




 かつてクウガさんに助けられた魔物の少女は、のほほんと自己紹介するのだった。
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