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〔番外編〕アトラン 魔導師たちのヒトコマ

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 無事魔の森から帰った自分は正式に魔導師長という地位につくことになりました。
 目まぐるしいとまではいきませんがそれなりに多忙な日々であったと思います。
 魔導師長という仕事内容そのものは前から自分が請け負っていたため問題はないのですが、やはり引き継ぐということになると面倒なことが多々あるのです。
 ですが、自分としては苦ではありません。むしろ今後の益を考えれば、この程度の忙しさなど容易いことです。

 前の勇者でもあった魔王が倒れ、そして新しい魔王がついた。
 そしてそれにより喜ばしい結果となりました。英雄という称号ではありません。魔導師長となるのに、そんな大層な称号は必要ありません。
 ですが「ヘテロイヤル帝国との休戦」ということが自分にとっては大きいのです。




「リーダー、楽しそうですね」

 仕事場の自室にある椅子に腰掛ていた自分の顔を、魔導師たちの報告を終えたキュルブが見つめながらつぶやきました。
 自分は素直にうなずきます。

「えぇ。今後帝国との交易が進むと思うと、笑ってしまうのも仕方ないでしょう」
「そうですね。魔法関連のレベルは低いですが、それ以上にあの国での産物は興味ひかれるものが多いです。あの国は海と面しています、海の生物から穫れるといわれる石は興味引かれます」

 キュルブの言葉通り、帝国には我が国では収穫できない貴重品が大量に穫れるのです。温暖な気候から生息する生物たちはこの国とはまったく異なっています。特に海という大きな違いがあり、そこに住む生物に輝石を生み出す物がおり、その石は貴金属と同様に魔力を貯め込むことが可能です。
 もし帝国が強大な魔力を持ってさえいれば、我が国はとうに滅ぼされていたでしょう。魔の森に近い我が国だからこそ、絶対的な魔力量に大きな差が生まれるのですが。
 魔力の高い我が国。そして資源の豊富な帝国。今まで敵対していた2国が交われば、今まで入手困難な品物を手に入れることができる。つまり今以上に魔法の研究ができるということ。交易が始まるのは大分先の話でしょうが、そう遠くはないはずです。向こうとしても悪くない話なのですから。

「せっかく魔導師長になったんですから頼みますよリーダー。あなたのことだから心配する必要はないと思いますけど、こっちが得するよう進めてくださいよ」
「無論です。魔導師長になったからには、使えるものは使いますし。貰えるものは全て貰いますよ」
「さすがですね、リーダー。そうやって魔王も使ったんですか?」

 キュルブの問いに、私は無言をもって返した。

 いえ、別に魔王を利用しようとしたわけではありません。
 あの魔王に少し説明をしただけです。
 王国と帝国の戦争によってクウガくんの身に危険が起きたということ。その戦争が一時的に止まればその心配はなくなるのかもしれないということ。ついでに、もし戦争が止まれば平和主義のクウガくんは喜ぶかもしれないということを。
 自分は説明をしただけです。無理矢理戦争を休止させようだなんてそんな大それたことを言うわけがないでしょう。唆してはいませんよ。ただ仮定を話しただけです。まさか王を脅すだなんてそんなことになるなんて・・・・・・ふふふ。





 するとコン、とノックの音が聞こえてきました。入室を許可すればシャンケが顔を覗かせました。

「リーダー。言われていた書類の清書が終わりましたので報告に伺いました。それとブレイマン商会からの手紙が届いていましたので、いつものごとく返信を書かせていただきました。確認のほどよろしくお願いいたします」

 本当にシャンケは事務仕事が早い。それも字が丁寧であるため読みやすい。手紙の清書なども任せることもありますが、向こう側も自分の字よりシャンケの字の方が喜ばれるのです。
 シャンケから諸々を預かりその確認をしていると、視界の端でキュルブが移動するのが見えました。そしてシャンケが入った扉まで向かうと扉を開けて外を覗き込みました。そしてニヤニヤとしながらこっちを振り返ります。

「リーダー。ここにシャンケのお弟子がいるんですけど。どうします?」
「えっ、あ、ちょ。そのままでいいですから! それと弟子じゃなくてオラは監視役ですから!」
「監視役なら尚更近くに置かないとマズいんじゃないの?」

 キュルブとシャンケの会話に、自分も入りました。

「キュルブ、入れてあげなさい」
「リーダー!?」

 焦るシャンケを無視してそう伝えれば、心得たとキュルブが扉の外にいる者を手招きしました。そしてオドオドと入ってきたのは小さな体。

「は、はい・・・・・・」
「ギュレッド! 『失礼します』ぐらい言えっぺ!」
「は、はい! しゅ、し、しちゅれいしぇます!」

 緊張で思いっきり噛んだのは、ギュレット少年。かつてクウガくんのそばをチョロチョロしていた子供たちの内の1人です。
 何故彼がここにいるのか。それは彼の身が魔導師預かりとなっているからです。彼は街で2度も魔法の暴発を起こしているため少々危険人物扱いとなっています。そこで魔導師がその身柄を預かることになり、その見張り役としてシャンケが選出されたのです。
 シャンケも一応英雄扱いとなっていますが、国が捕らえていた魔物を外に持ち出してしまった罪があります。本来ならば魔導師の職を剥奪すべきでしたが、英雄となったその報酬としてそれは免れました。しかし何の咎もないというのは角が立つため、ギュレットくんの見張り役となったわけです。まぁ、あってないような罰ですが。
 ギュレットも魔導師に憧れていたらしいので、この結果はむしろ彼にとって喜ばしいことだったでしょう。シャンケは頑なに監視役と言っていますが、人目を忍んで魔法を教えてあげているのも気づいています。やってしまったことは仕方ないですし、これはこれで良い2人組じゃないでしょうか。

 ーーえ? 自分がシャンケに言って魔物を連れ出した? さぁ、何のことでしょう。あくまでシャンケが勝手にやったことですので。自分は何もしておりませんよ。「~~してくれれば助かるのですけれどね」とボソリとつぶやいたことはあったかもしれませんが。

 まぁ、ギュレットもシャンケに懐いているようですので問題はありません。そんなギュレットがオドオドしながら自分を見上げていました。
 そういえばこの少年がやってきてしばらく経ちますが、このようにギュレットと対面するのは初めてですね。シャンケが自分に対して無礼を働かないようにとギュレットを遠ざけていたようですので。

「ーー何かな?」

 そう問うただけでしたが、ギュレットはビクッと跳ねてからブルブルと震えています。慌てたのはシャンケです。ギュレットを腕で抱え上げて(魔法を使っていますが)頭を下げてきました。

「すいません! まだリーダーに会わせるくらいの礼儀が出来てないので! 自分はここで失礼します! ほらギュレット、お前も謝る!」
「はい、センセー」
「先生じゃない! オラを先生って呼ぶな言ったっぺ! よりにもよってリーダーの前で! あくまでオラはお前の監視っぺよ! 先生なんて大層な名前で呼ばれる存在じゃないっぺ!!」
「ご、ごめんなさいセンセー」
「だーかーらー・・・・・・」

 2人のちぐはぐな会話にキュルブが吹き出しました。
 泣きそうなシャンケに退出の許可をとらせればシャンケは謝罪を叫びながらギュレットと共に出て行きました。扉を閉める余裕もなく開いたままの扉から「オメーなあああああ」というシャンケの声が遠ざかっていきました。
 そしてキュルブが笑い声をあげてその扉を閉めると、こっちに向かって話しかけてきました。

「あの2人、似てると思いません?」
「そうですね。ギュレットも怯えがちのようですし」
「いや、そうじゃない。そうじゃないですよ、リーダー」

 自分の返答に対してキュルブは否定しました。どういうことだと視線で返せば、キュルブは愉快そうに説明しました。

「いや、だってね。ギュレットのやつ、シャンケを『センセー』って呼んでるんですよ。忘れちゃったんですか? 誰があなたのことを『リーダー』と名付けたと思っているんですか」

 その言葉に自分はしばし停止していましました。
 そんなことすっかり忘れていたからです。もう当たり前のように思っていたのですから。



~~~回想中~~~

 それはシャンケが初めて魔導師となった日のことです。

「シャンケ。あなたはここにいる誰よりも不利な立場にあります。ですから少しでも怠惰な様子を見せるようでしたら、すぐさまここから追い出されると思いなさい」
「は、はい」

 当時のシャンケは自分と目を合わせることなく怯えながら返事をしました。
 自分たちのそばには他にキュルブ、ジャルザ、レグロの3人がいましたが、誰もが口を閉ざして自分たちの様子を伺っているようでした。

「主に自分の手伝いをしてもらいます。そして他の魔導師から何か頼まれ事をされた場合も引き受けなさい。自ら動いて仕事を見つけなさい。時間がなければ睡眠時間や食事の時間をなくしてでも、遂行しなさい。死を覚悟するつもりで日々を過ごすのですよ」

 そう伝えればレグロが「ギャヒ。アトランさん、普通に死ねって言ってるぜ」と小声でつぶやきました。ですが別にそれでも構わなかったのです。シャンケを拾ったのは、ただの気まぐれでしたので。平民出身ですので邪魔になれば処分するのも楽だと思ったからです。いらなければ捨ててしまえば良かったのです。

「シャンケ、わかりましたか?」

 私の言葉にシャンケはゆっくりと顔を上げました。
 そしてうなずいてこう口にしたのです。


「りょ、りょーかいです。リーダー!!」


 その場が固まったのは言うまでもありません。

「・・・・・・リーダーとは何です? 名前は教えたはずですが。まさかと思いますが、覚えられないというわけではありませんよね?」
「ち、ちちちちがいます。でも、で、でも、僕なんかが、名前をおよびするなんておこがましいですから!」

 シャンケが首が取れるのではないかという勢いで横に振りました。
 どうやらからかっているのではないようです。

「いいんじゃないですか、リーダー。呼びやすくて」

 そしてそう言ったのはキュルブです。他の2人もうなずいています。

「ーーあなたたちは、既に名前で呼んでいましたよね?」
「ですが別に間違いを犯しているわけではないでしょう? 敬っているのは確かですし。好きに呼んだって構いませんよね」

 キュルブの言葉に強く言い返す気もなくなりました。
 別にどう呼ばれようと関係ない。表に出して罵倒をしなければどうでもよかったのです。



「勝手にしなさい」


 自分はそのとき、そう冷たく言い放ったのでした。


~~~回想終了~~~


 ああ、そういえばそういうことがありました。


「ーー懐かしいですね」
「そうですね。あのときのリーダー、すっごく冷めてましたから」

 そうキュルブが言いますが、実際どうでも良かったのですよ。陰口などざらにありましたし、誰が自分をどう呼ぼうと気にする理由などなかったのですから。
 しかしそれを考えるとシャンケとギュレットが似ているというのは納得がいきます。多分元々の人間性が似ているのでしょう。

「ギュレットのことはシャンケに任せましょう」
「僕は面白そうなときには構いにいくつもりですけれどね。いやー、それにしてもリーダーは顕著に変わりましたよね」
「そうですかね? 自分は何も変わったつもりはありませんが」
「僕らから見たらですよ。年を重ねても人は変われるという例を見させていただいています」

 中身の読めない笑みを浮かべるキュルブ。自分もそれに笑みをもって返しました。






 ふとまた扉の向こうからノックの音が聞こえました。入室を許可すれば入ってきたのはジャルザとレグロです。

「リーダー、すまない。前に提出した資料の直しを持ってきた」
「おれは直したけど、酒こぼしてダメにしまったぜえええ。リーダー、すんません! もう少し猶予をくっださあああああい」

 ・・・・・・ジャルザはともかく、レグロは反省の色がまったく見えません。常人では考えつかない突拍子もない思考を持つ彼ですが、その吹っ飛んだ頭は日常生活にも悪影響を与えているのです。過去に何度魔導師から追い出そうとしたことか。実際数度は追い出したのですが、またゴキブリのように舞い戻ってくるのです。

「別に急ぎの案件ではありませんので構いませんよ。その代わり提出するものは必ず代筆屋に頼むように。あなたの字は読めないので」
「さっすがリーダー。この恩は一生忘れないっすよ。ヒァッハアアアアア」

 レグロが勢いしかない言葉で叫びました。この台詞は何度も口にしているので、レグロには忘れない恩というのが数多に存在するはずです。実際は3日も覚えてないのでしょうけれど。
 ジャルザから資料を受け取り目を通しました。改善すべきことが数点ありますが、及第点というところでしょう。

「そういや、リーダー。聞いたっすか、今貴族で流行ってる噂話」

 唐突にレグロが言い出しました。
 急に何ですかと言いたくなりますが、レグロのその内容は自分も何度か耳にしたことがあります。貴族と関わることが多い仕事ですので。

「男同士の恋愛話のことでしょう。貴族の令嬢たちが想像を膨らませて話しているそうですね。彼女らにとっては真実などどうでもよく、ただ良い話題作りなのでしょうけれど」

 クウガくんの出現により同性同士の恋愛というものが知らされた。
 そしてクウガくんの評価が悪いものではないと広まれば、おのずと同性愛というものも奇特なものでありますが、好意的に捉える者たちもいるということです。人間というのは自分自身が巻き込まれなければ、面白おかしく話をするものですから。
 男同士の性行為がなければ魔力膨張による死も起こりませんが、ここまで話が広まるとなると少し配慮すべきかもしれません。まだクウガくん以外の男が同性に走るとは思いませんが、性欲というものはどう暴発するのかわかりませんので。

「僕も聞いていますよ。シャンケなんか頭を抱えて叫んでましたし」

 キュルブの話した内容も知っています。
 若い娘たちがシャンケとクウガくんとロッドくんで恋愛模様を想像していると知ったとき、シャンケは膝から崩れ落ちて叫んでましたから。

『何で! 何で! こんなにサヴェルナちゃんが好きって言ってるオラが、男と恋愛をしなけりゃならないっぺ! オラは、普通に、女の子が好きだっぺのに! とかくこの世はままならない!!』

 若干泣いてましたね、あれは。



「リーダーはどう思ってるんですか?」
「別にどうも思っていませんね。シャンケは見目はそれなりに整っているとは思うので噂話になっても仕方ないでしょう。若い娘さんたちの話ですから、シャンケたちのような年代の青年はそれこそ話題として適当かもしれません」

 キュルブにそう返しながら、自分はシャンケが持ってきていた資料にもう1度目を通しました。やはりよくまとめられています。
 シャンケの場合字の綺麗さはもちろんのこと内容がわかりやすくシンプルであり、なおかつ伝えたいことが何かはっきりしています。仮に内容がないものだったとしても、思わず目を通してしまうような作りです。王都にいる代筆屋でもここまで出来る者はそういないでしょう。



「あれ、リーダーは知んないんすか?」

 レグロがキョトンと自分を見つめていました。
 キュルブとジャルザがマズいという表情で、レグロの方を向きましたがレグロは気にせずに続けます。

「最近の貴族のブームはリーダーと神官のサッヴァってやつじゃねぇっすか。おっさん同士の恋愛模様の何が面白いんだか知らねぇっすけど」

 ジャルザがレグロの口を手で塞ぎましたが、内容はほぼ聞こえてきました。



「ーーーーーーほう・・・・・・」



 私は笑顔で息をつきました。
 愉快な話ですね。自分と先輩の、恋愛模様など。ほう、ほう・・・・・・。

「いや、リーダー。つい最近になってから一気に話に上っただけですよ。すぐ鎮火しますって」

 キュルブがにこやかに話しかけてきます。
 何を慌てているんでしょうか。自分はこんなにも笑顔でしょう?

「そういう話題に自分があがっているというのは耳にしたことがあります。ですがここ最近になって急に火がついたというのが気になりますね。何か理由があるのでしょうか?」
「理由といいましても。貴族間で話が広がっているってことですからね。こちらと関わりのある貴族からでしか話は聞けませんし。魔導師になる連中だってほとんどが跡取り競争から外れたやつらばかりですから関係もないでしょう?」

 それは納得です。自分も含めてここにいるのは貴族からあぶれた者たちばかり。
 ならば貴族の中で誰かが意図的に広めたとしかーー。


 ふとそこで浮かんだ顔がありました。
 ああ、いましたね。クウガくんと関わっている彼らの中で貴族である者が。
 騎士という脳筋の固まりであるあの男が。



「・・・・・・リーダー、何考えてます? あ、やっぱり言わなくていいです。リーダーが楽しそうならそれでいいです」



 そうですか、そうですか。あの男が勝手に自分と先輩の話を広めたわけですか。
 おそらくあの男も元々の話題の中にあったのでしょう。そしてそれから気をそらすためにあえて自分と先輩の話をあることないこと言ったのでしょう。

 別にいいのですよ。自分と先輩が噂されるのは。まったくもって気にくわないですが。その内容を考えるだけで殺意が沸きますが。
 おそらく先輩の耳に入ったならば憤慨するでしょうから、その様をからかうのはとても愉快なことだと思います。ですが勝手に自分のことをあれこれと捏造されるのは気にくわないですね。


「良いでしょう。あちらがそう来るのならば、こちらも仕返しするまでですよ」


 堪えきれず笑い声を漏らすと、キュルブとジャルザは視線をそらしました。
 ですがジャルザがレグロの口から手を離した瞬間、彼はこう言ったのです。



「なんかよくわかんねぇけど、めっちゃ面白い展開になってきたぁぁあ。ヒャッホイ!」



 とりあえずこの男は、また魔導師から追い出しましょうかね。
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