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さっきは、本当にドキッとした。
天羽さんが、宿泊日をひと月間違えていた?から。
でも、フロントのイケメンスタッフが空室を提示してくれて、私の有休は守られることになった。
ああ、良かった。
私達は、コンパクトな荷物を預け、ホテルの散策を開始する。
「チャペルの方に行ってみようか」
「はい。
それにしても、宿泊出来る事になって良かったです。
けど……天羽さんが、日にちを間違うとかって、あり得ない気がするんですけど?」
私が視線を向けると、一瞬、とぼけた表情をして、平謝りをしてきた。
(あっ、これは!
きっと、わざとだ。私まで、騙された。
空室が無かったら、どうする気だったんだろう?
平日だから、大丈夫だと思っていたのかな?
天羽さんの本気度……。凄っ!
ちょっと、引いちゃいますけど……。
いや、でも、天羽さんに協力しないとね)
私達は、案内矢印に従い歩いている。
…………………
「ねえ、桂木さん。
オフィス街にあるホテルなのに、林っぽい所があるなんて驚きだね。
早朝のお散歩がお勧めです、って案内板に書いてある。
小鳥の囀りが聞こえてきます、だってさ」
「じゃあ明日の朝、来てみますか?
でも、ここって今の時期はいいですけど、林っぽいから真夏になったら、蚊が出そうですよね?」
「うん、それもそうだね……。
あっ、桂木さん、なんか植物の香り、ハーブ系の香りがしない?
もしかして、これかな?」
小道に沿って等間隔に植えられた木々の間には、木漏れ日が差し込み、草花の苗が植えられていたのだ。
それは、柔らかなギザギザとした緑色の葉っぱを密集させ、スッ、スッと茎を伸ばした先に、硬い小さな蕾を付けていた。
私も香りに誘われ、近くに寄って行くと、葉の影にある小さな立札を見つけた。
「天羽さん、ビンゴです!
ハーブの一種で、蚊連草ですって!
この香りを蚊が嫌がるそうですよ。
色んな植物があるんですね。
全然、知りませんでした!」
「私も、こんな植物があるなんて知らなかったな。
この蚊蓮草、ずらりと植えてあるね。
お客様に色々と気を遣っているんだな。凄い……。
これは、高評価だよね」
私たちの中では、こんな細やかな事でも、ホテルに対する評価は、ぐんとアップしたのだった。
そして、チャペルに着いた私達が、真っ先に目にしたのは、
「風見鶏ですよ!」「風見鶏がある」
同時に言ったから、互いに笑い合っていた。
そんな時、チャペルの脇道から男性が出て来た。
このホテルのスタッフらしく、ネームプレートを付け、何かを吊り下げる為の細長い金属のスタンドらしき物を抱えている。
男性は可愛い顔立ちで、若そうに見えるが、多分ハタチを超えているだろう。
その人が私たちに気づき、声を掛けてきた。
「こんにちは。
チャペルのご見学ですか?
今から、扉を開けますが。
もしよろしければ、チャペルの中へどうぞ」
そう言って、チャペル入口の扉を開けてくれた。
「ありがとうございます。
お言葉に甘えて、この入口から、ちょっとだけ覗かせて頂いたら戻ります。
どうぞお仕事をなさって下さい」
天羽さんが伝えると、その人は丁寧にお辞儀をして、作業を始めた。
「せっかくだから、チャペルの中を見せてもらおうか」
頷いた私は、ホテルスタッフの手前、声を潜めて話す。
「天羽さん、見て見て!
ステンドグラスが綺麗ですね。天井もお洒落!
こんな所で、結婚式が挙げられたらいいなあ」
「うん、ホント素敵!
でも、桂木さん、お互い相手が必要だねえ」
「えっ、天羽さんにはいるじゃないですか。ここに!
そうだ、カレを探しに行きましょうよ」
「えっ!やだ、いいって、探さなくていいから!
それに今日、仕事に来ているかどうかも、分からないしね……。
ま、まあ、偶然、会ってしまったら、仕方がないけどさ……。
じゃあ、違う所へ探検に行こうか」
「はーい」
(照れちゃって……。
いつもサバサバとしている天羽さんなのに、可愛いとこもあるんだなあ)
…………………
ホテル内に戻ると、天羽さんはさりげなくキョロキョロとした。
けれど、お目当てのカレは、いなかったらしい。
それから私達は、少し早めのチェックインをフロントに願い出てみると、例のイケメンスタッフが快諾してくれた。
(おお!私に向けてくれた、この笑顔が素敵!この人が私だけの王子様になってくれたら、最高なんだけど!
なーんてね、あるわけないねっ!)
そんなバカな事を考えながら、ルームカードを受け取った。
ここは、自分達だけで部屋に向かうタイプのホテルだ。
「フロントのイケメンさん、臨機応変に対応してくれて、良かったですね」
「そうだね、私の我儘に応えてくれて嬉しかったし、なかなか良いホテルだと思う。
えーと、宿泊棟は向こうだな。
どんなお部屋かな?楽しみだね」
ワクワクしながら、6階にある部屋に入り、早速、チェック開始だ。
「ツインのベットが置いてあるのに、部屋が広々としてる。
コーヒーやお茶、クッキーとミネラルウォーターがサービスで、お湯があっと言う間に沸かせるポットがあるね。
こっちはトイレか。
おお、トイレは勝手に開くタイプだ」
「天羽さん、お風呂も広めで、シャワーヘッドが銀色の平たい大きいやつですよ。
アメニティも充実しています。
入浴剤……あ、赤い花びら形の入浴剤があります!これ、かわいー!」
「ホントだ、可愛いね。
大浴場もあるけど、ここのも入ってみようかな。
ドライヤーも風量バッチリだし、ベットサイドにコンセントもあるし、落ち着いた良い部屋だね。
窓から見えるのは、あっ、向こう側の棟か……。
眺望は、少し残念だけど、まっ、これは仕方が無いね」
私達は、ひとしきり部屋のチェックをした後で、最上階にある屋上ガーデンに行ってみることにした。
屋上ガーデン出入り口の自動ドアが開くと、人工芝の緑と風見鶏と時計のモニュメントが出迎えてくれ、そこそこ大きな木が、あちこちに設置され、ベンチも多数置いてある。
「へえ、可愛い小山がある。
屋上ガーデン、なかなか感じがいいけど、他には誰もいないみたい……。
私達で、この空間を独占しちゃうなんて、贅沢過ぎるなあ」
2人がひと通り散策をしてから、ベンチに腰掛けていると、1組の男女が屋上ガーデンにやって来た。
その男女は、小山の下の、女神像がある小さな池に来たようだ。
そこは、桂木と天羽のいるベンチの丁度、裏側に位置するが、木々と大きな庭石で目隠しされ、2人の所からは全く見えないのだ。
ボーっとしている2人の耳に、薄っすらと男女の会話が聞こえてきた。
「根岸君、ここに来るのは久しぶりだね……」
「え?」
そう呟いた天羽さんが、大きな庭石や木々が茂る後方を素早く見た。
「どうしたんですか?」
不思議に思う私に、天羽さんは無言で、人差し指を自分の口に当てたから、私は黙って様子をみることにした。
天羽さんは、裏側にいる人が誰なのか、確かめたいようで、注意深く声を聞きとっているらしい。
「そういえば、サクラをやって以来だな。あれは、面白かったよ」
「ふふふ、私も楽しかったわ。
実は、今日もプロポーズ大作戦があってね。
あっ、今日はサクラは必要ないけどね」
「へえ、またお手伝いをするんだね。
何だか楽しそうで、羨ましいな。
是非、成功させてくれ」
「ええ、任せてね!
ところで、根岸君こそ……」
そんな会話が聞こえてきたと思ったら、天羽さんが急に立ち上がった。
「もう戻ろうか」
小声で言って、静かに歩き出したから、桂木も後に続く。
裏側にいた男女は、そんな2人がいた事など気に留めていなかった。
「天羽さん?さっきは。どうして黙ってという仕草をしたんですか?」
桂木は、頭からクエスチョンマークが溢れ出ている。
天羽は、エレベーターに乗り込み言う。
「あの岩の後ろに、ここに招待してくれた、彼がいたみたいだったから。
だってね……。
今日来ているのは内緒で、調査をしているわけだから、やっぱり会うのはマズいかな?って思って!」
「えっ、カレ?
やっぱりそうだったんですか!
あー、彼氏さんの顔が見たかったなあ」
「やっだあ、彼氏さんだなんてぇ。
まだ、正式に付き合っているわけじゃないしぃ。
今日だって、仕事で頼まれているだけだしねぇ」
天羽さんは、照れるように下を向き、廊下を歩いている。
私は、あのカレと一緒にいた女性の存在が、ちょっと気になったけれど、天羽さんは気にしていないのか?
その辺が分からないけれど、敢えて言わないことにしよう。
…………………
部屋に戻った私達は、アンケートに答えるべく、館内施設をチェックする。
「天羽さん、エステがありますよ。
私、施術してもらった事がないし、体験してみたいです!
行きませんか?ねっ、顔のマッサージだけでもしません?」
「一回だけじゃ効果が無いでしょ?
桂木さん、行っておいで」
「えー!なら、やめておきます。
あっ、あっ、天羽さん、スポーツジムがありますよ。
服もタオルもレンタルがあるって!
行きませんか?」
「えー、パスだよ。
だって、いつも身体を使って働いているし!
お金を払ってまで、動きたくないよ。
私が見学していてあげるから、桂木さんは、トレーニングをしておいで!」
「もう、どうしたんですか?
いつもよりノリが悪いですよ……」
プルルル、プルルル……
「部屋の電話、何だろう?」
天羽さんが部屋の電話を切ると、私の方を見てきた。
「桂木さんは、ウェルカムドリンクを飲めないぞ!
券を落としていますって、連絡だったよ。
部屋番号が書いてある、お食事券とウェルカムドリンク券を桂木さんが受け取って、持っていたでしょ?
廊下に1枚落ちていたってよ」
確認してみると、確かにウェルカムドリンク券が1枚足りなかったのだ。
「何度も電話をくれたみたい。
早く受け取りに行こう。
それで、お茶しよう」
本日、3回目のフロント。
あのイケメンがいてくれるといいな。
あ、いたいた、戸塚さん。
「こちらが、ウェルカムドリンク券でございます。
フロントの横にラウンジがございますので、是非、ご利用下さい」
「あ、あの、と、戸塚さんが見つけてくれたんですか?」
へへっ、名前を呼んでみた。
「いえ、スタッフが見つけました。
ご連絡が遅くなり、申し訳ございません」
「い、いえ、ご連絡をありがとうございました……」
それだけ言って、ラウンジへ向かった私は、モヤモヤしていた。
せっかくのイケメンが目の前にいるのに、何もアクションができないもどかしさ。
これが恋の達人ならば、何とか出逢いの場に出来るのかもしれないけど、私は無理だ。
名前を呼ぶだけで、凄いドキドキだもの。
私がぼんやりとコーヒーを飲んでいると、天羽さんが話し始めた。
「ふう、このブレンドコーヒー、美味しい。
癒される……。
なんかね、さっきまで、胸がこう……ざわついて、少し苛立っていたみたい。
ノリが悪くてごめんね。
せっかくだから、楽しまないとね。
飲んだら、エステの予約をしようか?
それで、夜にジムに行って、それから大浴場に行こう!」
「はい!大賛成です!
1日で綺麗になってみせます!」
「わっ、桂木さん、声が大きい!
恥ずかしいでしょっ!」
こうして潜入調査は、満足という結果で終了したのだが、ホテルを出て次の立ち寄り場所に向かっていると、天羽さんのスマホに連絡がきた。
「桂木さん!忘れ物したでしょ!
カレンダホテルに戻るよ!」
「えっ?あっ、スマホが無い!
天羽さーん、すみませーん!」
再び、ホテルに戻るなんて、もしかして、あの人に縁があったりして……。
さっきは、フロントに居なかったけど、今度は、いるかも。
それで、スマホを手渡されて、連絡先を聞かれたり、何か言われたりして……。
いやーん、ドキドキしちゃう。
「すみません、忘れ物の連絡を頂いた、桂木ですが」
「はい、お待ちしておりました」
やった!戸塚さんだ!
「こちらで、お間違いございませんか?」
戸塚さんは、私の目を見て確認するから、私も頷き見つめ返した。
「はい、かしこまりました。
では、どうぞ。
お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
……そうでしょうね。
私は、ただのお客さんだものね。
これ以外の言葉があるわけ無いよね。
だよね、当たり前だよね。
「天羽さん、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。
戸塚さんとご縁があるかと、喜んじゃいました……。
ご縁は、無かったです、はい」
「何を言っているかは、分からないけど、今日のランチは、ラーメンおっかさん だから、元気が出るよー!
「はい、ガンガン食べまーす!」
女同士の小旅行、けっこう楽しかったし、暫く、独り身でも頑張れそうだ。
天羽さんが、宿泊日をひと月間違えていた?から。
でも、フロントのイケメンスタッフが空室を提示してくれて、私の有休は守られることになった。
ああ、良かった。
私達は、コンパクトな荷物を預け、ホテルの散策を開始する。
「チャペルの方に行ってみようか」
「はい。
それにしても、宿泊出来る事になって良かったです。
けど……天羽さんが、日にちを間違うとかって、あり得ない気がするんですけど?」
私が視線を向けると、一瞬、とぼけた表情をして、平謝りをしてきた。
(あっ、これは!
きっと、わざとだ。私まで、騙された。
空室が無かったら、どうする気だったんだろう?
平日だから、大丈夫だと思っていたのかな?
天羽さんの本気度……。凄っ!
ちょっと、引いちゃいますけど……。
いや、でも、天羽さんに協力しないとね)
私達は、案内矢印に従い歩いている。
…………………
「ねえ、桂木さん。
オフィス街にあるホテルなのに、林っぽい所があるなんて驚きだね。
早朝のお散歩がお勧めです、って案内板に書いてある。
小鳥の囀りが聞こえてきます、だってさ」
「じゃあ明日の朝、来てみますか?
でも、ここって今の時期はいいですけど、林っぽいから真夏になったら、蚊が出そうですよね?」
「うん、それもそうだね……。
あっ、桂木さん、なんか植物の香り、ハーブ系の香りがしない?
もしかして、これかな?」
小道に沿って等間隔に植えられた木々の間には、木漏れ日が差し込み、草花の苗が植えられていたのだ。
それは、柔らかなギザギザとした緑色の葉っぱを密集させ、スッ、スッと茎を伸ばした先に、硬い小さな蕾を付けていた。
私も香りに誘われ、近くに寄って行くと、葉の影にある小さな立札を見つけた。
「天羽さん、ビンゴです!
ハーブの一種で、蚊連草ですって!
この香りを蚊が嫌がるそうですよ。
色んな植物があるんですね。
全然、知りませんでした!」
「私も、こんな植物があるなんて知らなかったな。
この蚊蓮草、ずらりと植えてあるね。
お客様に色々と気を遣っているんだな。凄い……。
これは、高評価だよね」
私たちの中では、こんな細やかな事でも、ホテルに対する評価は、ぐんとアップしたのだった。
そして、チャペルに着いた私達が、真っ先に目にしたのは、
「風見鶏ですよ!」「風見鶏がある」
同時に言ったから、互いに笑い合っていた。
そんな時、チャペルの脇道から男性が出て来た。
このホテルのスタッフらしく、ネームプレートを付け、何かを吊り下げる為の細長い金属のスタンドらしき物を抱えている。
男性は可愛い顔立ちで、若そうに見えるが、多分ハタチを超えているだろう。
その人が私たちに気づき、声を掛けてきた。
「こんにちは。
チャペルのご見学ですか?
今から、扉を開けますが。
もしよろしければ、チャペルの中へどうぞ」
そう言って、チャペル入口の扉を開けてくれた。
「ありがとうございます。
お言葉に甘えて、この入口から、ちょっとだけ覗かせて頂いたら戻ります。
どうぞお仕事をなさって下さい」
天羽さんが伝えると、その人は丁寧にお辞儀をして、作業を始めた。
「せっかくだから、チャペルの中を見せてもらおうか」
頷いた私は、ホテルスタッフの手前、声を潜めて話す。
「天羽さん、見て見て!
ステンドグラスが綺麗ですね。天井もお洒落!
こんな所で、結婚式が挙げられたらいいなあ」
「うん、ホント素敵!
でも、桂木さん、お互い相手が必要だねえ」
「えっ、天羽さんにはいるじゃないですか。ここに!
そうだ、カレを探しに行きましょうよ」
「えっ!やだ、いいって、探さなくていいから!
それに今日、仕事に来ているかどうかも、分からないしね……。
ま、まあ、偶然、会ってしまったら、仕方がないけどさ……。
じゃあ、違う所へ探検に行こうか」
「はーい」
(照れちゃって……。
いつもサバサバとしている天羽さんなのに、可愛いとこもあるんだなあ)
…………………
ホテル内に戻ると、天羽さんはさりげなくキョロキョロとした。
けれど、お目当てのカレは、いなかったらしい。
それから私達は、少し早めのチェックインをフロントに願い出てみると、例のイケメンスタッフが快諾してくれた。
(おお!私に向けてくれた、この笑顔が素敵!この人が私だけの王子様になってくれたら、最高なんだけど!
なーんてね、あるわけないねっ!)
そんなバカな事を考えながら、ルームカードを受け取った。
ここは、自分達だけで部屋に向かうタイプのホテルだ。
「フロントのイケメンさん、臨機応変に対応してくれて、良かったですね」
「そうだね、私の我儘に応えてくれて嬉しかったし、なかなか良いホテルだと思う。
えーと、宿泊棟は向こうだな。
どんなお部屋かな?楽しみだね」
ワクワクしながら、6階にある部屋に入り、早速、チェック開始だ。
「ツインのベットが置いてあるのに、部屋が広々としてる。
コーヒーやお茶、クッキーとミネラルウォーターがサービスで、お湯があっと言う間に沸かせるポットがあるね。
こっちはトイレか。
おお、トイレは勝手に開くタイプだ」
「天羽さん、お風呂も広めで、シャワーヘッドが銀色の平たい大きいやつですよ。
アメニティも充実しています。
入浴剤……あ、赤い花びら形の入浴剤があります!これ、かわいー!」
「ホントだ、可愛いね。
大浴場もあるけど、ここのも入ってみようかな。
ドライヤーも風量バッチリだし、ベットサイドにコンセントもあるし、落ち着いた良い部屋だね。
窓から見えるのは、あっ、向こう側の棟か……。
眺望は、少し残念だけど、まっ、これは仕方が無いね」
私達は、ひとしきり部屋のチェックをした後で、最上階にある屋上ガーデンに行ってみることにした。
屋上ガーデン出入り口の自動ドアが開くと、人工芝の緑と風見鶏と時計のモニュメントが出迎えてくれ、そこそこ大きな木が、あちこちに設置され、ベンチも多数置いてある。
「へえ、可愛い小山がある。
屋上ガーデン、なかなか感じがいいけど、他には誰もいないみたい……。
私達で、この空間を独占しちゃうなんて、贅沢過ぎるなあ」
2人がひと通り散策をしてから、ベンチに腰掛けていると、1組の男女が屋上ガーデンにやって来た。
その男女は、小山の下の、女神像がある小さな池に来たようだ。
そこは、桂木と天羽のいるベンチの丁度、裏側に位置するが、木々と大きな庭石で目隠しされ、2人の所からは全く見えないのだ。
ボーっとしている2人の耳に、薄っすらと男女の会話が聞こえてきた。
「根岸君、ここに来るのは久しぶりだね……」
「え?」
そう呟いた天羽さんが、大きな庭石や木々が茂る後方を素早く見た。
「どうしたんですか?」
不思議に思う私に、天羽さんは無言で、人差し指を自分の口に当てたから、私は黙って様子をみることにした。
天羽さんは、裏側にいる人が誰なのか、確かめたいようで、注意深く声を聞きとっているらしい。
「そういえば、サクラをやって以来だな。あれは、面白かったよ」
「ふふふ、私も楽しかったわ。
実は、今日もプロポーズ大作戦があってね。
あっ、今日はサクラは必要ないけどね」
「へえ、またお手伝いをするんだね。
何だか楽しそうで、羨ましいな。
是非、成功させてくれ」
「ええ、任せてね!
ところで、根岸君こそ……」
そんな会話が聞こえてきたと思ったら、天羽さんが急に立ち上がった。
「もう戻ろうか」
小声で言って、静かに歩き出したから、桂木も後に続く。
裏側にいた男女は、そんな2人がいた事など気に留めていなかった。
「天羽さん?さっきは。どうして黙ってという仕草をしたんですか?」
桂木は、頭からクエスチョンマークが溢れ出ている。
天羽は、エレベーターに乗り込み言う。
「あの岩の後ろに、ここに招待してくれた、彼がいたみたいだったから。
だってね……。
今日来ているのは内緒で、調査をしているわけだから、やっぱり会うのはマズいかな?って思って!」
「えっ、カレ?
やっぱりそうだったんですか!
あー、彼氏さんの顔が見たかったなあ」
「やっだあ、彼氏さんだなんてぇ。
まだ、正式に付き合っているわけじゃないしぃ。
今日だって、仕事で頼まれているだけだしねぇ」
天羽さんは、照れるように下を向き、廊下を歩いている。
私は、あのカレと一緒にいた女性の存在が、ちょっと気になったけれど、天羽さんは気にしていないのか?
その辺が分からないけれど、敢えて言わないことにしよう。
…………………
部屋に戻った私達は、アンケートに答えるべく、館内施設をチェックする。
「天羽さん、エステがありますよ。
私、施術してもらった事がないし、体験してみたいです!
行きませんか?ねっ、顔のマッサージだけでもしません?」
「一回だけじゃ効果が無いでしょ?
桂木さん、行っておいで」
「えー!なら、やめておきます。
あっ、あっ、天羽さん、スポーツジムがありますよ。
服もタオルもレンタルがあるって!
行きませんか?」
「えー、パスだよ。
だって、いつも身体を使って働いているし!
お金を払ってまで、動きたくないよ。
私が見学していてあげるから、桂木さんは、トレーニングをしておいで!」
「もう、どうしたんですか?
いつもよりノリが悪いですよ……」
プルルル、プルルル……
「部屋の電話、何だろう?」
天羽さんが部屋の電話を切ると、私の方を見てきた。
「桂木さんは、ウェルカムドリンクを飲めないぞ!
券を落としていますって、連絡だったよ。
部屋番号が書いてある、お食事券とウェルカムドリンク券を桂木さんが受け取って、持っていたでしょ?
廊下に1枚落ちていたってよ」
確認してみると、確かにウェルカムドリンク券が1枚足りなかったのだ。
「何度も電話をくれたみたい。
早く受け取りに行こう。
それで、お茶しよう」
本日、3回目のフロント。
あのイケメンがいてくれるといいな。
あ、いたいた、戸塚さん。
「こちらが、ウェルカムドリンク券でございます。
フロントの横にラウンジがございますので、是非、ご利用下さい」
「あ、あの、と、戸塚さんが見つけてくれたんですか?」
へへっ、名前を呼んでみた。
「いえ、スタッフが見つけました。
ご連絡が遅くなり、申し訳ございません」
「い、いえ、ご連絡をありがとうございました……」
それだけ言って、ラウンジへ向かった私は、モヤモヤしていた。
せっかくのイケメンが目の前にいるのに、何もアクションができないもどかしさ。
これが恋の達人ならば、何とか出逢いの場に出来るのかもしれないけど、私は無理だ。
名前を呼ぶだけで、凄いドキドキだもの。
私がぼんやりとコーヒーを飲んでいると、天羽さんが話し始めた。
「ふう、このブレンドコーヒー、美味しい。
癒される……。
なんかね、さっきまで、胸がこう……ざわついて、少し苛立っていたみたい。
ノリが悪くてごめんね。
せっかくだから、楽しまないとね。
飲んだら、エステの予約をしようか?
それで、夜にジムに行って、それから大浴場に行こう!」
「はい!大賛成です!
1日で綺麗になってみせます!」
「わっ、桂木さん、声が大きい!
恥ずかしいでしょっ!」
こうして潜入調査は、満足という結果で終了したのだが、ホテルを出て次の立ち寄り場所に向かっていると、天羽さんのスマホに連絡がきた。
「桂木さん!忘れ物したでしょ!
カレンダホテルに戻るよ!」
「えっ?あっ、スマホが無い!
天羽さーん、すみませーん!」
再び、ホテルに戻るなんて、もしかして、あの人に縁があったりして……。
さっきは、フロントに居なかったけど、今度は、いるかも。
それで、スマホを手渡されて、連絡先を聞かれたり、何か言われたりして……。
いやーん、ドキドキしちゃう。
「すみません、忘れ物の連絡を頂いた、桂木ですが」
「はい、お待ちしておりました」
やった!戸塚さんだ!
「こちらで、お間違いございませんか?」
戸塚さんは、私の目を見て確認するから、私も頷き見つめ返した。
「はい、かしこまりました。
では、どうぞ。
お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
……そうでしょうね。
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これ以外の言葉があるわけ無いよね。
だよね、当たり前だよね。
「天羽さん、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。
戸塚さんとご縁があるかと、喜んじゃいました……。
ご縁は、無かったです、はい」
「何を言っているかは、分からないけど、今日のランチは、ラーメンおっかさん だから、元気が出るよー!
「はい、ガンガン食べまーす!」
女同士の小旅行、けっこう楽しかったし、暫く、独り身でも頑張れそうだ。
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