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第6話:新技誕生!言霊の極意
しおりを挟む「くっ...」
天音は木にぶつかり、勢いよく倒れた。背中に鈍い痛みが走る。
「まだまだだな、天音!」
カゲロウの声が庭のどこからか響いた。だが、その姿は見えない。あまりに速すぎるのだ。
前回の戦いから三日が経ち、天音はカゲロウとの再戦に挑んでいた。仙人の計らいで、修行の一環としてカゲロウが再び訪れたのだ。
「動きながら言霊を放つ訓練」——それが今日の課題だった。
「加速!」
またしても見えない速さでカゲロウが接近し、天音の腹部に鋭い蹴りを入れる。天音は地面に膝をつき、苦しそうに咳き込んだ。
「立て、天音!」
仙人が道場の縁側から声をかける。
「動いている敵に対しては、自分も動いて対応せねばならん。静止した状態での言霊は、実戦では限界がある」
「わかって...ます」
天音は息を整え、ゆっくりと立ち上がった。この三日間、移動しながらの言霊発動を徹底的に練習してきた。走りながら、跳びながら、回転しながら...あらゆる動作の中で言葉を発し、対象を正確に捉える訓練だ。
だが、カゲロウの「加速」を捉えるのは至難の業だった。
「もう一度!」
天音は気合を入れ直し、庭の中央に立った。今度は先手を打つ。
「静寂!」
前回効果のあった音を消す言霊を発動。庭全体が一瞬静まり返った。
だがカゲロウは前回の教訓を活かしていた。彼は小さな鈴を取り出し、それを振る。鈴の音はなくとも、その振動で「加速」の言霊を発動させたのだ。
「そんなトリックは二度と効かないよ」
カゲロウの一撃が天音の横腹を襲う。衝撃で数メートル吹き飛ばされた。
「天音!」
仙人の声には焦りが混じっていた。
「相手の動きを見極めよ。そして自分も動け!」
天音は痛む体を引きずるようにして立ち上がった。
「見極める...か」
彼はふと、仙人が修行中に語った言葉を思い出した。
「言霊は言葉と心の力。しかし、それだけでは不十分な時もある。時に言霊使いは、自然の力を借りることも必要じゃ」
自然の力...
天音は周囲を見回した。木々、土、石...そして風。特に風に注目する。庭には緩やかな風が吹いていた。
「自分も加速する必要がある...」
天音は深呼吸し、風の流れを感じ取った。
「疾風!」
新たな言霊を発動した瞬間、周囲の風が天音の周りに集まり始めた。まるで小さな竜巻のように風が彼の体を包み込む。
「おや?」
カゲロウが驚いた様子で足を止めた。
天音の体が風と共に動き始める。通常よりも明らかに速い。
「俺も...加速する!」
天音は風を纏ったまま、カゲロウに向かって駆け出した。その速さは人間離れしていた。
「ほう...」
カゲロウが感心したように呟く。
「加速!」
彼も再び言霊を発動。二人の高速戦が始まった。
庭の中を疾走する二人の姿は、一般人の目には残像としか映らないだろう。木々の間を縫い、石の上を跳躍し、時に空中で交差する。
「弾け!」
天音が防御の言霊を放つと、カゲロウの攻撃が弾かれた。今度は天音の反撃。
「押せ!」
風の力を借りた押しの言霊がカゲロウを襲う。彼は一瞬体勢を崩したが、すぐに立て直した。
「面白い!面白いぞ、天音!」
カゲロウの声には興奮が混じっていた。
「『疾風』の言霊か。自然の風を味方につける古典的だが強力な技だ。だが...」
彼は再び鈴を強く振った。
「二段加速!」
カゲロウの動きがさらに加速する。風を纏った天音でさえ、その速さについていけない。
「なっ...!」
再び一方的な展開になる。カゲロウの攻撃が天音を次々と襲う。疾風の言霊を維持しつつも、天音は防戦一方だ。
「まだだ...もっと速く...」
天音は疾風の言霊にさらに集中した。風をより強く、より速く...
「疾風、強まれ!」
天音の周りの風が勢いを増し、さらに速度が上がった。だが、それでもカゲロウの「二段加速」には及ばない。
「いいぞ、天音!だが、それだけじゃ足りん!」
仙人の声が聞こえた。
「言霊の真髄は、言葉と心の力を一つにすること。言葉だけでなく、心の叫びを聞け!」
心の叫び...?
天音は必死にその意味を考えた。言葉と心...
そのとき、カゲロウの鋭い一撃が天音の胸を襲った。衝撃で風の纏いが一瞬途切れ、天音は地面に倒れる。
「終わりか...」
カゲロウが天音を見下ろした。
「いや...まだだ...!」
天音は立ち上がろうとする。だが、体が言うことを聞かない。疲労と傷で限界に達していた。
「言葉と心...一つに...」
天音は目を閉じた。自分の心の声に耳を傾ける。
──もっと速く、もっと強く...追いつきたい...追い越したい...
心の奥底から湧き上がる純粋な願望。それは単なる「言葉」では表現しきれないものだった。
「響け...」
天音の唇から、新たな言葉が漏れた。それは練習したこともない、考えたこともない言霊だった。
「響け、言霊!」
その瞬間、天音の体から奇妙な波動が広がった。それは目に見えるものではなく、感じるものだった。音波のように空気を震わせ、庭全体に広がる。
カゲロウの動きが見えた。いや、正確には「感じられた」。彼の加速した動きが、波動を通じて天音に伝わってくる。まるでレーダーのように、カゲロウの位置と動きが把握できるのだ。
「これは...!」
天音は目を見開いた。
カゲロウが再び攻撃に入る。だが今回は、天音には彼の動きが「見えて」いた。いや、見えるというより感じられた。
天音は身体を反転させ、カゲロウの攻撃をぎりぎりで回避。
「なに...?」
カゲロウの驚きの声。
「疾風!」
天音は再び風の言霊を発動。今度は「響け、言霊」の効果で、カゲロウの動きを把握したまま対応できる。
二人の高速戦が再開した。今度は互角だ。いや、むしろ天音がわずかに優位に立っていた。
「弾け!」「押せ!」「回れ!」
移動しながら次々と言霊を放つ天音。カゲロウは防御に回るようになった。
「三段加速!」
追い詰められたカゲロウが、さらなる加速を試みる。その速度は目を見張るものだったが、天音の「響け、言霊」は依然としてその動きを捉えていた。
「もう逃げられない!」
天音は両手を広げ、渦巻く風を全方向に放った。
「疾風、拡がれ!」
風の壁がカゲロウを囲み、彼の動きを制限する。
「くっ...」
カゲロウが罠に嵌った。
「今だ!」
天音は風の力で跳躍し、カゲロウの真上から攻撃を仕掛けた。
「押し潰せ!」
風の圧力がカゲロウを押し潰すように地面に叩きつける。
──ドン!
鈍い音と共に、カゲロウが地面に膝をついた。
「やった...!」
天音は息を切らしながらも、勝利の喜びを噛みしめた。
しかし、カゲロウはまだ諦めていなかった。
「四段...加速...!」
極限まで力を振り絞ったカゲロウの姿が、完全に消えた。
「え...?」
天音の「響け、言霊」でさえ、その動きを捉えきれなかった。
一瞬の後、天音の背後からカゲロウの声が聞こえた。
「終わりだ」
振り向く間もなく、天音の首筋に冷たい感触。カゲロウの鉄の爪が、彼の命を狙う位置に置かれていた。
「...負けました」
天音は静かに降参の意を示した。
カゲロウは爪を引き、天音の肩を叩いた。
「すごいじゃないか。前回とは比較にならないほど成長している」
彼の声には、純粋な感心の色が混じっていた。
「『響け、言霊』...初めて見る言霊だ。自分の声を波動として放ち、周囲の状況を把握する...素晴らしい発想だ」
仙人が二人に近づいてきた。彼の顔には満足の笑みが浮かんでいた。
「天音、よくやった。お前は言霊の真髄に触れ始めた」
「真髄...」
「そうじゃ。言葉と心が一つになった時、新たな言霊が生まれる。『響け、言霊』は、お前自身が生み出した独自の言霊じゃ」
天音は自分の手を見つめた。まだ震えている。だが、それは恐怖や疲労からではなく、新たな力の高揚感からだった。
「自分で...作り出した...」
「言霊使いの中でも、自分だけの言霊を生み出せる者は稀じゃ。お前には才能がある」
仙人は嬉しそうに杖をつきながら言った。
カゲロウも感心した様子だった。
「四段加速までされては、さすがのオレも限界だったがな。あと少しでオレが負けていたところだ」
「いや、まだまだです...」
天音は謙虚に頭を下げた。確かに成長は感じるが、最後はカゲロウに敗れた事実は変わらない。
「いいや、実に素晴らしい成長だ」
カゲロウは真剣な表情で言った。
「特に『響け、言霊』は、オレの加速に対する完璧な対応策だった。視覚では追えない動きを、波動で感知する...実に理にかなっている」
天音は少し照れながらも、カゲロウの言葉に密かに誇りを感じていた。
「だが」
カゲロウの表情が一変する。
「これはまだ序の口だ。世の中にはもっと強力な言霊使いがいる。お前が本当に成長したいなら、もっと厳しい戦いが必要だろう」
「もっと強い...言霊使い?」
「そうだ。特に『言霊の王』の復活を望む者たちは、お前のような才能ある言霊使いを狙っている」
天音は不安と共に、ある種の高揚感も覚えた。まだ見ぬ強敵との戦い...それは恐ろしくもあり、挑戦的でもある。
「では、また来るよ」
カゲロウが身を翻す。
「次回は、今日の倍の力で挑む。それまでに、もっと強くなっていろ」
一瞬で彼の姿は消えた。風のように去っていった、まさに「カゲロウ」のように。
天音はその場に座り込んだ。疲労で体が動かない。
「よくやった、天音」
仙人が近づき、天音の肩を叩いた。
「『響け、言霊』の誕生は、お前の才能の証じゃ。言霊使いとして、一段階成長した」
「でも、最後は負けてしまいました...」
「勝ち負けは二の次じゃ。大事なのは、お前が自分の道を見つけ始めたことじゃ」
仙人は天音を立ち上がらせ、道場の方へ導いた。
「『響け、言霊』は、今後のお前の戦いの核になるじゃろう。その力をさらに深め、発展させるのじゃ」
天音は頷きながら、新たな言霊の感触を確かめるように手を握った。
「響け、言霊...」
その言葉を呟くと、再び体から波動が広がった。今度は意識して使うことで、より鮮明に周囲の状況が感じられた。木々の震え、鳥の羽ばたき、風の流れ...すべてが波動として返ってくる。
「すごい...まるで、目で見るのとは違う世界が広がる...」
「そうじゃ。言霊の力は無限じゃ。お前の想像力と心の強さ次第で、さらに広がっていく」
道場に戻り、仙人は天音の傷の手当てを始めた。
「明日からは『響け、言霊』を中心に、新たな修行を始める。お前の可能性をさらに引き出すためにな」
「はい!」
天音は力強く頷いた。今日の戦いは、たとえ敗北に終わったとしても、大きな進歩だった。自分だけの言霊の誕生。それは誇るべき一歩だ。
「そして...いずれは学校に戻り、倉田さんを守れるようになりたい」
「その日はすぐに来るじゃろう」
仙人は優しく微笑んだ。
「だが、その前にもう一つ試練が待っておる。次の相手は、カゲロウとはまた違った強敵じゃ...」
天音は緊張と共に、次なる挑戦への覚悟を決めた。新たな言霊の力を手に、彼の修行は次の段階へと進んでいく。
「響け、言霊...」
天音は再び呟いた。その言葉は、彼の新たな力の象徴だった。
(つづく)
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