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第2巻 第9話:禁断の言霊「言霊再生(ワード・リバース)」発動!
しおりを挟む「天音くん、大丈夫?」
天音が意識を取り戻したとき、そこは学園の医務室だった。倉田が心配そうに彼の顔を覗き込んでいる。
「倉田さん...みんなは?」
「無事よ。天音くんのおかげで全員救出できたの」
天音はホッと息をついた。前回の記憶が徐々に蘇ってくる。無言との対決、「風の笛」の力、そして風香たちの解放...
「何日...経った?」
「一日よ。ずっと眠ってたの」
天音は驚いて上半身を起こそうとした。
「落ち着いて」
獅堂教授が医務室に入ってきた。彼は天音の状態を確認するように、じっと見つめた。
「『風の笛』を使ったな。生命力を消費する力だ。無謀だったが...おかげで我々は助かった」
「先生...」
獅堂教授は天音の隣に腰かけた。
「天音、お前の『響け、言霊』の真の力を見た。心と心を繋げる力...それは単なる波動ではない」
「でも...完全に無言を倒せたわけじゃありません」
「ああ。彼は逃げた。そして警告を残した—七日目は必ず来ると」
天音は天井を見つめた。約束の日まであと三日...
「先生、無言を完全に倒すにはどうすればいいですか?」
獅堂教授は深く考え込むような表情を見せた。
「『響け、言霊』の力を極限まで高め、『沈黙の領域』を完全に打ち破る必要がある」
「どうやって...?」
「それこそが我々が今、必死で解明しようとしていることだ」
獅堂教授は立ち上がり、窓から外を見つめた。
「学園の古文書室で、風香、シオン、そして水織教官が調査中だ。昨日から一歩も外に出ていない」
「僕も手伝います」
「いや、まだ休め。『風の笛』の反動はまだ完全には消えていない。少なくとも今日一日は休息が必要だ」
天音は仕方なく横になった。確かに体の芯から疲労感が消えない。しかし、じっとしているのも辛い。
「獅堂先生、無言の言っていた七日目の儀式って、何なんですか?」
「七日目...おそらく『言霊の王』を復活させる儀式だろう」
「どうやって?」
「それが問題だ。古文書によれば、王を復活させるには『七つの封印』を解く必要がある。そして、その鍵となるのが...」
獅堂教授は言葉を切った。
「強力な言霊使いの力だ」
「僕の...?」
「おそらく。特に『響け、言霊』は王と同質の力だと言われている。王を封印する力にも、復活させる力にもなりうる」
天音は重圧を感じた。自分の力が世界の危機につながるかもしれないという恐ろしい可能性。
「倉田さん、少し先生と二人で話してもいい?」
倉田は少し寂しそうな表情を見せたが、素直に頷いた。
「わかった。あとで戻ってくるね」
倉田が部屋を出た後、天音は真剣な表情で獅堂教授に向き合った。
「先生、もう一つ気になることがあります」
「何だ?」
「前回、風香さんたちを救った時...彼らは『沈黙の領域』の中で声を出せました。どうしてですか?」
獅堂教授は意外そうな表情を見せた後、小さく笑った。
「気づいたか...あれは『言霊の共鳴』現象だ」
「言霊の共鳴...?」
「強い絆で結ばれた言霊使い同士が、互いの言霊を増幅させる現象だ。お前の『響け、言霊』が風香たちの心に触れ、眠っていた言霊を呼び覚ました」
「なるほど...」
天音は考え込んだ。仲間との絆が力になる...これは無言に対抗するための重要なヒントかもしれない。
「先生、『言霊の共鳴』を意図的に起こすことはできますか?」
獅堂教授は意外な質問に眉を上げた。
「理論上は可能だが、非常に難しい。強い信頼関係と、言霊の完全な調和が必要だ」
「でも、それができれば...」
「ああ、無言の『沈黙の領域』も打ち破れるかもしれない」
獅堂教授は微笑んだ。
「さすがは天音。核心を突いてきたな」
---
その日の夕方、体調が少し回復した天音は、古文書室へと向かった。そこでは風香、シオン、水織教官が大量の古文書に囲まれて調査を続けていた。
「天音くん!」
風香が驚いた表情で顔を上げた。
「もう動けるのか?」
シオンも珍しく心配そうな表情を見せた。
「ええ、少しだけ...みんなの調査を手伝いたくて」
水織教官は天音の状態を見て、少し眉をひそめた。
「無理はしないでほしいけど...まあ、人手は足りないからね」
天音は風香の隣に座り、彼女が読んでいた古文書をのぞき込んだ。
「何か見つかりました?」
「いくつか手がかりが...」
風香は古い羊皮紙を広げた。そこには七つの封印の場所が描かれていた。
「この七つの場所で、『言霊の王』の力が封印されている。でも...」
「一つの封印が既に解かれている」
シオンが冷たい声で言った。彼は別の文書を指さした。
「『風鳴りの谷』の封印が弱まっている。おそらく、無言が既に手をつけたんだろう」
天音は「風鳴りの谷」での出来事を思い出した。あそこで「風の守護者」から力を授かった時、確かに場所の雰囲気が変わっていた。
「残りの封印は?」
「まだ無事なようだ。だがあと三日...それぞれの封印を守るのは不可能だ」
水織教官が厳しい現実を告げた。
「だから、我々は別の方法を探している」
「別の方法...?」
「ああ」
シオンが立ち上がり、奥の書架から古い書物を取り出した。
「『封印転写の術』。一つの場所に七つの封印の力を集める方法だ」
「それが可能なの?」
「理論上はな。だが、強力な言霊使いが必要だ」
水織教官がさらに説明を加えた。
「具体的には、三人の強力な言霊使いが必要。三種類の異なる言霊を持つ者たちだ」
天音はすぐに理解した。
「僕と風香さんとシオン...?」
「そう。お前の『響け、言霊』、風香の『風の言霊』、シオンの『言刃』。この三つが揃えば、『封印転写の術』を発動できる可能性がある」
しかし、風香の表情が暗くなった。
「でも...私の言霊はまだ完全には戻っていない。前回、一時的に使えたけど...今はまた使えなくなってる」
「僕も」
シオンも不満そうな表情で言った。
「言刃が安定しない。無言の『沈黙の領域』の影響が残っているようだ」
天音は重大な問題に直面していることを理解した。三人の言霊が必要なのに、風香とシオンの言霊は完全には使えない状態なのだ。
「何か...方法はないんですか?」
水織教官は難しい顔をした。
「一つだけ...可能性がある」
彼女は最も古い羊皮紙を広げた。そこには「言霊再生」という文字が記されていた。
「これは禁断の言霊。失われた言霊を一時的に復活させる力だ」
「禁断...?」
「ああ。使用には大きな代償が伴う」
水織教官は天音をじっと見つめた。
「この言霊を使うと、使用者自身の言霊が一時的に使えなくなる」
「僕の言霊が...?」
「そう。お前が風香とシオンの言霊を復活させると、お前自身は言霊を失う。少なくとも数時間、恐らく一日ほどは」
重い沈黙が室内に流れた。
「でも、それでは意味がない」
シオンが冷静に指摘した。
「『封印転写の術』には三人の言霊が必要だ。天音が言霊を失えば、二人分しかない」
天音は深く考え込んだ。
「他に方法は...?」
水織教官は首を横に振った。
「残念ながら、見つかっていない。他の古文書もまだ調査中だが...」
「わかりました」
天音は突然立ち上がった。
「『言霊再生』を使います。風香さんとシオンの言霊を復活させます」
「でも、そうしたら天音くんは...」
風香が心配そうに言った。
「大丈夫。何とか別の方法を見つけます」
「別の方法?」
「はい。先生から『言霊の共鳴』について聞きました。もし三人で共鳴できれば、僕の言霊がなくても...」
水織教官が目を見開いた。
「『言霊の共鳴』...確かに理論上は可能だが、成功例は極めて少ない」
「それでも試す価値はあります」
天音の決意に、風香とシオンは互いを見つめた。
「天音...」
シオンが珍しく真剣な表情で言った。
「それほどの覚悟があるなら...俺たちも最善を尽くす」
風香も決意の表情で頷いた。
「私も...全力を尽くすわ」
三人の決意を見て、水織教官も同意した。
「わかった。明日、『言霊再生』の儀式を行おう。今夜は全員しっかり休むように」
---
翌朝、学園の中央広場に特別な魔法陣が描かれていた。周囲には獅堂教授、水織教官、そして数名の上級生たちが警戒の態勢を取っている。
「準備はいいか?」
獅堂教授が天音に確認した。天音は中央の魔法陣の中に立ち、風香とシオンもその両脇に立っていた。
「はい」
「儀式を始める前に知っておくべきことがある」
獅堂教授の表情が厳しくなった。
「『言霊再生』の代償は非常に大きい。最悪の場合、永久に言霊を失う可能性もある」
天音は息を呑んだ。永久に...?
「それでも...やります」
「覚悟が決まっているなら、止めはしない」
獅堂教授は魔法陣の外に立ち、儀式の準備を始めた。
「天音くん...本当にいいの?」
風香が心配そうに尋ねた。
「ええ。みんなを救うためなら、この程度の代償は...」
「バカ言うな」
シオンが低い声で言った。
「お前の言霊は特別だ。それを失うのは...」
「だからこそ、僕がやるしかないんです」
天音は二人をまっすぐ見つめた。
「僕には『響け、言霊』がある。心と心を繋げる力...それがあれば、言霊を失っても、まだ何かできるはず」
風香とシオンは黙って頷いた。もう議論する余地はないようだった。
「始めるぞ」
獅堂教授の合図で、魔法陣が輝き始めた。天音は深く息を吸い、心を落ち着かせた。
「風香さん、シオン...僕を信じてください」
二人は無言で頷いた。
天音は両手を広げ、獅堂教授から教わった言葉を唱え始めた。
「封じられた言葉よ、目覚めよ...」
魔法陣の光が強まり、天音の体から波動が広がり始めた。
「失われた力よ、戻れ...」
風香とシオンの周りにも光が現れ、彼らの体を包み込んでいく。
「言霊再生(ワード・リバース)!」
天音の最後の言葉と共に、魔法陣が爆発的に輝いた。眩しすぎて、周囲の者たちは目を覆わなければならないほどだった。
光が収まると、風香とシオンの体が青白く光っていた。
「これは...」
風香が自分の手を見つめた。
「疾風!」
彼女の周りに風が集まり始めた。完全に復活した言霊の力だ。
「言刃!」
シオンの木刀から青白い光の刃が伸びた。彼の表情に安堵の色が浮かぶ。
「成功したようだ」
獅堂教授が満足げに言った。
「天音くん、ありがとう...」
風香が天音に感謝の言葉を述べようとした瞬間、異変が起きた。
天音の体から光が消え、彼はその場に崩れ落ちた。
「天音くん!」
風香が駆け寄った。天音は意識を失ってはいなかったが、体から力が抜けていた。
「大丈夫...です...」
天音は弱々しく言った。しかし、その声には以前の力が感じられない。普通の少年の声だった。
「響け...言霊...」
彼が言霊を使おうとしたが、何も起こらなかった。言霊の力が完全に失われていた。
「予想通りだ」
獅堂教授が天音を助け起こした。
「『言霊再生』の代償として、天音の言霊は一時的に封印された」
「どれくらいの間...?」
シオンが尋ねた。
「わからない。数時間から数日...最悪の場合は...」
教授は言葉を切った。
「いいえ、必ず戻ります」
天音は弱いながらも、強い決意を示した。
「それより...『封印転写の術』の準備を...」
「待て」
獅堂教授が手を挙げた。その瞬間、彼の表情が変わった。
「来るぞ...!」
天音たちには何のことかわからなかったが、次の瞬間に理解した。
空が急に暗くなり、学園の上空に黒い渦が現れたのだ。
「無言だ!」
水織教官が警戒態勢を取った。上級生たちも戦闘態勢に入る。
黒い渦から、無言の姿が現れた。彼は空中に浮かび、天音たちを見下ろしていた。
「よくやったな...『言霊再生』を使うとは」
彼の冷たい声が広場全体に響いた。
「しかし...それは我々の計画の一部でもある」
「どういう意味だ?」
獅堂教授が厳しい声で問うた。
「言霊の力の循環...一方が失えば、一方が得る。天音が言霊を失ったことで、王の復活がさらに近づいた」
「そんな...」
天音は愕然とした。自分の行動が敵の計画を手助けしていたなんて...
「もう遅い。『七つの封印』のうち、六つは既に我々の手にある」
「嘘だ!」
水織教官が叫んだ。
「残っているのは『真言の塔』の封印だけ...そしてそれも間もなく我々のものになる」
無言は腕を広げた。
「沈黙」
彼の「沈黙の領域」が広場全体に広がり、音が消えた。上級生たちが言霊を放とうとするが、声が出ない。
「この程度では...!」
風香が前に出た。彼女の復活した言霊は、「沈黙の領域」に抵抗している。
「疾風、極まれ!」
彼女の周りに風の渦が形成され、無言に向かって飛んだ。
「言刃!」
シオンも攻撃を加えた。彼の青白い刃が空中の無言を襲う。
「無駄だ」
無言が手をかざすと、風香とシオンの攻撃が停止した。
「二人の力が戻ったところで、私には敵わない」
「だが...三人なら話は別だろう!」
獅堂教授が叫んだ。「沈黙の領域」の中でも、彼の声だけは響いた。
「真実を見よ!」
獅堂教授の強力な言霊が発動し、無言の周りの空間が歪み始めた。
「なに...?」
無言が驚いた表情を見せた。
「私の『沈黙の領域』を破るとは...」
「私は学園最強の教師...獅堂だ。お前の領域ごときでは沈黙させられん!」
獅堂教授、風香、シオンの三人が同時に攻撃を仕掛けた。彼らの言霊が交差し、無言を追い詰める。
天音はただ見ているしかなかった。言霊を失った彼には、もはや戦う手段がない。
「くっ...予想以上だな」
無言が後退した。彼の「沈黙の領域」が揺らぎ始めている。
「だが...これでも食らえ!」
無言が黒い球体を投げつけた。それが地面に触れた瞬間、爆発し、黒い靄が広がった。「言葉喰い」の大群だ。
「これは...!」
靄が獅堂教授たちを襲い、彼らの動きを鈍らせる。「言葉喰い」は言霊を吸収しようとしているのだ。
「みんな...!」
天音は立ち上がった。言霊は使えないが、それでも何かしなければ。
彼は「風の笛」を取り出した。「風鳴りの谷」で得た笛だ。
「ダメ、天音くん!」
風香が叫んだ。
「生命力を消費するって言ってたでしょ!もう使ったら...!」
「でも、このままじゃ...」
「やめろ、天音!」
シオンまでもが止めようとした。
しかし、天音の決意は固かった。言霊は失ったが、まだ笛の力がある。それを使わない手はない。
彼は笛を唇に当て、吹いた。
音はなかったが、笛から波動が広がった。天音の体が再び青白く輝き始める。先日よりも強い光だ。
「また『風の笛』か...」
無言が警戒の色を見せた。
天音は笛の力を借り、「言葉喰い」に向かって波動を放った。すると、靄が徐々に後退していく。
「なに...?言霊なしで『言葉喰い』を押し返すだと...?」
無言の表情に動揺が見えた。
「言葉がなくても...心は響く!」
天音の声が、「沈黙の領域」を超えて響いた。笛の力が彼の思いを音に変えたのだ。
「風香さん、シオン、獅堂先生...力を合わせましょう!」
天音の呼びかけに、三人が応じた。風香の風、シオンの言刃、獅堂教授の真実の力...そして天音の笛の波動。四つの力が交差し、「言霊の共鳴」が起こり始めた。
「これは...!」
無言が後退した。彼の「沈黙の領域」が四人の力によって押し戻されていく。
「無言、お前の計画は終わりだ!」
獅堂教授が叫んだ。
「『七つの封印』は我々が守る。そして『言霊の王』の復活も阻止する!」
四人の力が一点に集中し、無言を直撃した。
「ぐあっ...!」
無言が吹き飛ばされ、黒い渦の中に消えていく。
「まだ...終わりではない...」
彼の声だけが残った。
「これは始まりに過ぎない...七日目は必ず来る...」
黒い渦が消え、空が元の明るさを取り戻した。
「やった...!」
風香が喜びを爆発させた。シオンも珍しく安堵の表情を見せている。
獅堂教授は天音に駆け寄った。彼はもう笛を吹く力もなく、膝をついていた。
「天音、大丈夫か?」
「はい...なんとか...」
天音の表情は疲れ切っていたが、微笑んでいた。
「みんなのおかげで...」
「いや、お前のおかげだ」
獅堂教授も微笑みを返した。
「言霊を失っても、笛の力で波動を生み出し、『言霊の共鳴』を引き起こした。まさに天才だ」
「でも...無言の言っていた七日目...」
「ああ、まだ油断はできない」
獅堂教授は空を見上げた。
「彼は撃退できたが、完全には倒していない。そして『言霊の王』の復活の儀式も...」
「阻止しなければ...」
「そうだ。今日の勝利は大きな一歩だが、本当の戦いはこれからだ」
天音は空を見上げた。いつの間にか日が傾き始めていた。
「先生、僕の言霊は...戻りますか?」
獅堂教授は真剣な表情で言った。
「必ず戻ると信じている。お前の『響け、言霊』は特別だ。簡単に消えたりはしない」
その言葉に、天音も希望を持った。
「ありがとうございます。僕も...信じます」
風香とシオンが天音を支え、四人は学園の建物へと戻り始めた。
今日の戦いで一つの山を越えたが、真の決戦はこれからだ。七日目...「言霊の王」の復活が計画されている日まで、あと二日...
天音たちの戦いは、まだ終わっていなかった。
(つづく)
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