17 / 37
魔弾の射手1
しおりを挟む
歩調のズレた奇妙な二人は、何事も無く清流神社に同着。刺すような日光に晒され、中のシャツが少し湿っぽくなった気がする。さすがに朝日も汗が頬をつたっていた。十分少々でこのざまだから、外気の温度が如実に伝わるかと思う。
「アチぃ……、猛暑日に外に出るもんじゃないな」
仰々しい程大きな鳥居を目の前にして、額の汗を拭った。
朝日は鳥居に興味があるのか、近寄って支柱を手で擦っている。
「塗装が剥がれてる。木製なのに大変」
(……強打した俺の背中の心配はしないくせに、鳥居の心配はするのか)
心中でツッコミを入れていると、朝日はこちらに目を向けた。
「この神社は経営難にでも陥っているの?」
「さぁ? でもこの神社の息子は良く塗装してるよ、自分の車のな」
朝日は小難しそうな顔で腕を組んだ。
「後で説教ね」
(……俺の説教は拒絶するくせに、他人にはするのか)
色々とご都合主義的な一面を持つ御仁は、勇み足で参道へと向かった。
「先々行くなって……、ったく」
参道をしばらく行くと、左手に手水舎が見えた。朝日は見つけてすぐに駆けて行って、清水で喉を潤した。柄杓に口を当てて喉を鳴らすのは本来無礼にあたるが、女の唇から滴り落ちる雫が日差しにきらめくのを見せられては、反射的に唾を飲み込んでしまう。
柄杓は一つしか無い。順番を待ってられずに、手ですくって飲もうと水の中に両手を入れた時、朝日は飲みさしの水が入った柄杓の先を俺の眼前に差し出した。
「はい」
気を遣っているらしい。
「いいよ、手ですくって飲むから」
「いいから、いいから」
朝日は遠慮なしに柄杓の先を俺の口に押し当てる。
「ちょ、まっ、あっ―」
人の飲んだ水は何となく飲みたくないからと、柄の部分を乱暴に掴んだせいで先端が暴れ、中の飲み水が全て顔にかかってしまった。
「アハハっ!」
朝日に指を差されて笑われる。変わらぬ不幸体質。
(もう帰りたくなってきた……)
目的地に着いてものの数分で帰宅を切望していた、その時。
「何いちゃついてんの、お前ら」
いきなり背後から第三者に話しかけられ、思わずビクついた。
「中島っ! いつの間に……」
振り返れば、意味も無く神妙な面持ちの中島が、私服姿で立っていた。手には竹で出来た箒が握られている。社の周囲を掃除していたらしい。
中島は朝日を熱心に見つめて、こう言った。
「そうか……、君が……」
俺はとっさに割って入った。
「あぁ、そうなんだ、さっき連絡した俺のイトコだ」
「ちょっと、優―」
俺はすかさず朝日の口を手で塞ぎ、小さく耳打ちした。
「今日だけはイトコでいてくれ、頼む」
しばらくの擦った揉んだの末―
「―初めまして、優理のイトコの雨弥朝日です。本日は大変お日柄も良ろしく……」
ひどく無愛想に、わざとらしい程の硬い挨拶をし始める。相当イトコの設定が気にくわないらしい。ま、ともあれ、これで第一関門突破。こうなると中島の反応が気になる。
朝日の堅苦しい挨拶を最後まで聞いた後、中島は表情を対女性用スマイルへと切り替え、すかした自己紹介を始めた。
「私、中島洋平と申します。この清流神社の宮司、中島裕一郎の一人息子で、藤代君とは大学の同級生、世に言う、御学友というやつです。本日は出迎えが遅れて申し訳ない。雨弥さんのような美麗で高潔な方が我が社においでになるなら、あらかじめ参道にレッドカーペットでも敷いてお待ちしておくべきでした……」
さすが男爵を名乗るだけある。冗談を交えつつ、さり気に容姿を褒めておくスタイルは中島の常套手段で、これは相手が女の時にこそ真価を発揮する。
「ふふ、お上手ね。でも神社にレッドカーペットは無粋じゃなくて?」
「あっ、いやぁー、鋭い! このハイレベルなジョークに素早く正確な指摘をなさるなんて、実に知的だ。素晴らしい。これ程聡明な方は、やはり丁重にもてなさなくてはなりますまい。ささっ、どうぞこちらへ」
中島に連れられて、俺達二人は境内へ案内された。拝殿の手前まで来て、朝日は軽く握った右こぶしで俺の横腹を小さく突ついた。朝日は得意そうな表情とともに、小声で、
「美麗で高潔」
と言って、立てた親指で己を差した。前を行く中島には聞こえていなかった。おい、中島、お前が変なおだて方するから、ウチの使用人がうぬぼれちまったぞ、どうしてくれる。
俺は同じく控えめなトーンで、
「お世辞に決まってるだろ」
と諫めた。朝日は一瞬しょげて、うつむいて、もう一度俺の横腹を突ついた。
「アチぃ……、猛暑日に外に出るもんじゃないな」
仰々しい程大きな鳥居を目の前にして、額の汗を拭った。
朝日は鳥居に興味があるのか、近寄って支柱を手で擦っている。
「塗装が剥がれてる。木製なのに大変」
(……強打した俺の背中の心配はしないくせに、鳥居の心配はするのか)
心中でツッコミを入れていると、朝日はこちらに目を向けた。
「この神社は経営難にでも陥っているの?」
「さぁ? でもこの神社の息子は良く塗装してるよ、自分の車のな」
朝日は小難しそうな顔で腕を組んだ。
「後で説教ね」
(……俺の説教は拒絶するくせに、他人にはするのか)
色々とご都合主義的な一面を持つ御仁は、勇み足で参道へと向かった。
「先々行くなって……、ったく」
参道をしばらく行くと、左手に手水舎が見えた。朝日は見つけてすぐに駆けて行って、清水で喉を潤した。柄杓に口を当てて喉を鳴らすのは本来無礼にあたるが、女の唇から滴り落ちる雫が日差しにきらめくのを見せられては、反射的に唾を飲み込んでしまう。
柄杓は一つしか無い。順番を待ってられずに、手ですくって飲もうと水の中に両手を入れた時、朝日は飲みさしの水が入った柄杓の先を俺の眼前に差し出した。
「はい」
気を遣っているらしい。
「いいよ、手ですくって飲むから」
「いいから、いいから」
朝日は遠慮なしに柄杓の先を俺の口に押し当てる。
「ちょ、まっ、あっ―」
人の飲んだ水は何となく飲みたくないからと、柄の部分を乱暴に掴んだせいで先端が暴れ、中の飲み水が全て顔にかかってしまった。
「アハハっ!」
朝日に指を差されて笑われる。変わらぬ不幸体質。
(もう帰りたくなってきた……)
目的地に着いてものの数分で帰宅を切望していた、その時。
「何いちゃついてんの、お前ら」
いきなり背後から第三者に話しかけられ、思わずビクついた。
「中島っ! いつの間に……」
振り返れば、意味も無く神妙な面持ちの中島が、私服姿で立っていた。手には竹で出来た箒が握られている。社の周囲を掃除していたらしい。
中島は朝日を熱心に見つめて、こう言った。
「そうか……、君が……」
俺はとっさに割って入った。
「あぁ、そうなんだ、さっき連絡した俺のイトコだ」
「ちょっと、優―」
俺はすかさず朝日の口を手で塞ぎ、小さく耳打ちした。
「今日だけはイトコでいてくれ、頼む」
しばらくの擦った揉んだの末―
「―初めまして、優理のイトコの雨弥朝日です。本日は大変お日柄も良ろしく……」
ひどく無愛想に、わざとらしい程の硬い挨拶をし始める。相当イトコの設定が気にくわないらしい。ま、ともあれ、これで第一関門突破。こうなると中島の反応が気になる。
朝日の堅苦しい挨拶を最後まで聞いた後、中島は表情を対女性用スマイルへと切り替え、すかした自己紹介を始めた。
「私、中島洋平と申します。この清流神社の宮司、中島裕一郎の一人息子で、藤代君とは大学の同級生、世に言う、御学友というやつです。本日は出迎えが遅れて申し訳ない。雨弥さんのような美麗で高潔な方が我が社においでになるなら、あらかじめ参道にレッドカーペットでも敷いてお待ちしておくべきでした……」
さすが男爵を名乗るだけある。冗談を交えつつ、さり気に容姿を褒めておくスタイルは中島の常套手段で、これは相手が女の時にこそ真価を発揮する。
「ふふ、お上手ね。でも神社にレッドカーペットは無粋じゃなくて?」
「あっ、いやぁー、鋭い! このハイレベルなジョークに素早く正確な指摘をなさるなんて、実に知的だ。素晴らしい。これ程聡明な方は、やはり丁重にもてなさなくてはなりますまい。ささっ、どうぞこちらへ」
中島に連れられて、俺達二人は境内へ案内された。拝殿の手前まで来て、朝日は軽く握った右こぶしで俺の横腹を小さく突ついた。朝日は得意そうな表情とともに、小声で、
「美麗で高潔」
と言って、立てた親指で己を差した。前を行く中島には聞こえていなかった。おい、中島、お前が変なおだて方するから、ウチの使用人がうぬぼれちまったぞ、どうしてくれる。
俺は同じく控えめなトーンで、
「お世辞に決まってるだろ」
と諫めた。朝日は一瞬しょげて、うつむいて、もう一度俺の横腹を突ついた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる