Sunrise Devil in the rain

masa

文字の大きさ
22 / 37

でたらめ女3

しおりを挟む
「いただきます」
 和食、それも手のかかりそうな品が食卓の上に並べられている。中島は左手に茶碗を持つと早々に箸を伸ばして、鯖の身をつまんだ。
「うまい! やっぱ鯖の塩煮最高!」
 中島は鯖を白飯と一緒にかき込んでいる。
「洋平、それ好きよねぇ。あ、母ちゃんが作ったのよ?」
 迷い箸は怒られそうだから、とりあえず気になったものから手を付ける。魚料理は二品あって、全く違う魚種だった。手前の、これは鮭だろうか。キノコのソテー風味になっている。
 一口食べれば口の中でバターの香りが広がり、キノコの弾力が食感を刺激して、やわらかい鮭の身が溶け出した。喉元を過ぎると、旨みが疲れた体に染みた。
「優理、それ、おいしい?」
 朝日が箸を手にして言った。まだ何にも手を付けていないようだったから、俺は勧めた。
「あぁ、これおいしいぞ、お前も食ったらいい」
 朝日は手をこまねいて、食べようとしない。
「どうした? 早く食べろよ」
「や、あの、……それ」
「ん?」
「私が作った……のよ?」
 とってつけたような語尾に合わせて首をかしげた朝日は慣れないことをする子供のようだった。黒目が逡巡していた。
「……おう、そうか」
 返事に困ると短く済ませようとするのは卑怯かもしれない。受け答えの仕方が親父そっくりになりつつある自分なんて認めたくないものだ。
 ふいに友紀恵さんが朝日の肩を持って、
「ちゃんと愛想良く言えた?」
「はい、たぶん……」
 しおらしく答える朝日を見て、何となく分かった。さっきのぎこちない仕草とセリフは友紀恵さんが仕込んだものだ。
 友紀恵さんは朝日の耳元で、わざと俺に聞こえるように話す。
「いい、朝日ちゃん、男っていうのはね、まず胃袋から掴むの。あなたせっかく綺麗な顔してるんだから、もっと愛想良くすれば、後から心の方も掴めてくるわ」
 それからは謎の人生指南が続いた。会話の合間に何度も俺に目配せする友紀恵さんを俺は恨めしく思った。この人は何か勘違いをしている気がする。隣の男は絶品料理に夢中で聞いちゃいない。
 メシが冷める前に食べてしまおうと、再び箸を動かした。得体の知れない羞恥を感じて、全てを聞かないようにして、白飯を口に運んだ。

「ご馳走様でした……」
 分量が多かったところを無理して、胃もたれを起こしていた。横を見れば、中島はソファにもたれてテレビを眺めている。友紀恵さんと朝日は台所で食器を洗っている。
「あ、食べ終わったのね?」
 振り返った友紀恵さんは濡れた手をタオルで拭いて、食卓の上の皿を回収した。
「あの、俺、洗いますよ」
「いいの、いいの、こういうのは女に任せて」
 夕飯までいただいて、何だか申し訳なかった。
「すみません、ありがとうございます……」
 満たされて重たくなった腹を抱えて行って、笑いこける中島の隣に座った。
「藤代、この新番組すっげー面白いぞ!」
 今日始まったバラエティ番組が放送されていた。旬の俳優と女優、モデルをゲストに迎え、大御所芸人が司会を務めている。ありがちなキャスト設定は既視感が酷かった。ソファの肘掛けにもたれてテレビを見ていると、次第に眠気が訪れる。
(あー、まぶたが重い……)
 逆らうように細目でいるうち、まぶたが閉じたことに気づかないで、意識が落ちた……
「―り、優理、起きて」
(……朝日?)
体を揺すられ、ようやく目を覚ました。俺は目を擦りながら時計の針を確認した。
「げっ! 二時間経ってやがる!」
 何故もっと早く起こしてくれなかったかと、逆恨みのような文句を言うと、朝日は肩をすくめてあっけらかんと答えた。
「ぐっすりだったから、もうちょっと寝かせてあげようって。もうちょっと、もうちょっとって思ってたら、こうなりました」
「……あの二人は?」
「友紀恵さんは家事があるからって他の部屋に行っちゃった。洋ちゃんはついさっき泣きながら出てった」
「泣きながら?」
 起き上がって、朝日越しにローテーブルを見れば、片付けたはずのカードが散乱していた。俺が寝ている間にポーカーでもしていたらしく、フォーカードが並んでいる。片方に渦高く積まれたチップが、ワンサイドゲームの惨劇を物語っている。
「……お前が泣かしたんだろ」
 目の前で犯人が自白を始める。
「だって洋ちゃんが泣きの一回とか言うんだもん。最後はチップが無いから、車の塗装費を鳥居の修繕費に回すことをベットして貰ったの」
「はは、なるほどなぁ」
 中島にとっては十八番のポーカーだから、引けなかったんだろうな。服とか賭けだして丸裸にされる前に逃げたのは賢明だと思うが。
 同時に、酷いでたらめだとも思った。相手の土俵で横綱相撲をするような荒技を軽々とやってのけるが、それは本来容易なことではないんだ。サバゲーの時も、最終戦の相手は格上も格上、経験豊富な百戦錬磨のチームで、元々負け戦のはずだった。そこを、世の理から外れた狙撃でねじ伏せた。俺の知る強者同士の戦いってのは、もっとこう、白熱した接戦だ。一気に出し抜くなんて、そんなこと起こってはならない。かつて百メートルを二秒で走った芸人がいたが、会場は興ざめしたそうじゃないか。突出し過ぎた才覚は、誰にも祝福されないんだ、お前なら分かるだろう、朝日。
 呆れたように笑いかけると、朝日は誇らしそうに笑った。
「仇討ちは得意」
 中島は俺をボコしたことを朝日にひけらかしたそうだ。それが朝日をその気にさせたのなら、自業自得だ。
「程々にしとけよな」
 回廊を人が走る音があった。それから間もなく、戸が開け放たれ、息を切らした中島が叫んだ。頬には涙の跡を覗かせていた。
「もう一回! もう一回だけ!」
 リアル野球盤を彷彿とさせる泣きの一回宣言。
「すまん中島、俺達もう帰るわ」
 負けず嫌いの「もう一回」は勝つまで続くから、いつまでも付き合っていられない。
「えぇっ! 待て、そんな」
「いーや、待たない、もう遅いんだ、帰らないと」
 泣きつく中島を振りほどく。
「また今度ね、洋ちゃん」
 トドメの一言は中島を諦めさせた。
「……っはぁー、仕方ない、じゃあ鳥居まで送るわ」
 洗濯物を別室で畳んでいた友紀恵さんに挨拶をし、元来た道をたどって、塗装の剥げた鳥居の前に到着した。外はすっかり夜も更けて、雲間から満月が見え、夜風は頬を撫でた。
「今日は本当に世話になったな、メシもおいしかった」
「おう、また呼ぶよ」
 中島は泣きっ面から一転、笑顔だ。でたらめな女にこっぴどくやられた事はもう気にしていないみたいだ。
「洋ちゃん、鳥居よろしく」
 朝日流のさよならに中島は激昂した。
「次は勝ぁぁぁつっっ!」
 脇を締め、拳を握って、夜中に雄叫びを上げた。前言撤回、やはり根に持っているらしい。

 俺達がしばらく歩いてから振り返ると、中島はまだ手を振っていた。
「洋ちゃん、まだ手、振ってる」
「あんなにして、腕とか疲れないのかなぁ、活発過ぎだろ」
「いつも気怠げな優理とは大違いだね」
 気怠げ、ね。確かにポケットに両手突っ込んで、猫背にべた足で地面を鳴らしている奴は気怠そうに見えるだろうな。
「昔はあのくらい元気良かったんだけどな」
 朝日は不思議そうな顔で、
「どうして今は元気じゃないの?」
 さぁ、どうしてなんだろう。後付けできるそれらしい理由ならいくらでも思いつくが、どれも核心を突けていない気がする。
「たぶん、無駄なエネルギーを使いたくないんだろうな。考えも無しにはしゃいで疲れたら、損した気分になる」
 違うな……。気怠そうにしていたって、いくら楽にしてたって、何故かしんどいんだ。
「そっか」
 この疑問に正解なんて無いだろう。そんなの誰だって分かってる。
「俺、昔と比べて疲れやすくなった気がする。色んな事を気にするようになって、それで気分が滅入ると、体の方まで駄目になるっていうか……」
「それは、いつから?」
「ここ二、三年くらいずっとそんな感じ」
「……精神的なものかもね。心配事とかあるんじゃない?」
「それはあるな、将来の事とか、メチャクチャ心配だ。俺みたいなひ弱な奴がやって行けるのかって、ずっと思ってるよ」
「……そういうことなら、特効薬があるよ」
「へぇ、薬か。なんかおっかねぇな」
「大丈夫、市販の薬だから、劇薬とかじゃないよ」
「市販かよ」
「明日あげる。部屋に置いてあるの」
「……楽しみにしとく」
 駅に向かうあぜ道を、夏の夜に二人して歩く。澄明な空を見上げれば、名も知らぬ星が遅れた光を瞳に届け、過去の輝く己の姿を伝える。
 彼にとっては最後の休日、彼女にとっては運命の日。それぞれが思い描く明日は違っていた。あらゆる思惑が錯綜する中、二人の間にはおよそ言葉というものが無かった。













 








 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

ヘンタイ好きシリーズ・女子高校生ミコ

hosimure
恋愛
わたしには友達にも親にも言えない秘密があります…。 それは彼氏のこと。 3年前から付き合っている彼氏は実は、ヘンタイなんです!

処理中です...