Sunrise Devil in the rain

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初彼の宿命1

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 ―しばらくは警察沙汰になると思っていたが、両名ともなぜか行方不明の扱いで、死体は見つからなかった。県警が総出で周辺捜査、事情聴取に乗り出すも、捜査は三ヶ月足らずで中止。なんでも、この件に関わった捜査本部の連中が相次いで不幸な事故や急病に見舞われ、内外問わず、この失踪事件から手を引く者が続出したという事情があったらしい。それでも未練がましく極秘捜査を続けた者もいたそうだが、いくら調べても行方に繋がる有力な証拠・情報は得られないままだった。そうやって時間が経つにつれ、誰も捜査する者がいなくなり、最終的には「呪われた連続失踪事件」として未解決のまま幕が下りた。
 この話は大学の中でもはや定説になっている。この事件に望月教授の失踪が絡んでいるとあって、当時ニュースになった際は様々な憶測が飛び交った。だが、いつまでも騒いでいるほど皆も馬鹿じゃない。徐々に信憑性の薄いものから消え、信頼できる一握りの情報だけが残った。それらを総括すると、前述の通りになる。この話はどうやら、学内に捜査関係者の身内がいて、そこから漏れた情報が元になっているらしい。結論を言えば、何も解決しなかったのだ。
 部屋に引きこもって警察の事情聴取に怯えていた当時の俺に、犯人がこう言ったのを覚えている。
「全部、私が処理しておいた、問題ない……。これからも、運悪く目撃者は現れず、行方を掴むための物的証拠も発見されずに終わる。私には分かる……」
 現代警察の捜査能力を舐めきったこの発言が幼稚な強がりではなかったと知るのに、そう時間はかからなかった。しかし、あれほど派手に殺しておいて、なぜ何も見つからないのか、どうやって証拠を隠滅したのか。本人に聞いても真面目に答えないから、こればっかりはついぞ分からなかった。ただ、こめかみを指でノックして、「ここだよ、ここ」と悪魔は得意げに言うだけで、俺はその時、彼女は法で裁けない存在なのだと本気で思った。今から警察に突き出しても証拠不十分でどうにもならないし、それで彼女の機嫌を損ねて死者が増えるのは避けたい。密告も無意味だろう。おそらく、どうあがいてもこの国は彼女を戒めることが出来ない。
 では、彼女の罪は何によって裁かれるのか。

 ―近況を報告すると、今は冬休みの半ば。日暮れの寒い道の上を、ギチギチの買い物袋を両手に歩いている。「弔い」ついでに頼まれていた買い物を済ませたまではいいが、愛車のチャリはとうの昔に濁流に飲まれており、重たい荷物を入れる前カゴが恋しい。早く新調しよう。
「遺体は灰にして、海に撒いた」
 同居人が事件について自白したのは、実質これだけだった。真偽の程は分からないが、他に当ても無いから、俺は週末になると海辺の方へ出かけて、海岸で手を合わせることが習慣になった。目を閉じて一言、「ごめんなさい」とつぶやいて、また殺人犯の住むアパートに戻る。端から見れば矛盾していて馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、こうまでしないと俺の精神が持たない。
《―雨弥朝日を拾ったのは、藤代優理―》
 この事実は逆立ちしたって覆りはしない。全ての引き金を引いたのは間違いなく俺自身であり、得体の知れない悪魔の力が働いて拾わされたのだとしても、それで運が悪かったなどと言い逃れできないことを俺は知っている。例えるなら、赤信号で横断歩道を渡ろうとしたボケ老人をひき殺してしまった奴が不運にも有罪であるように、俺もまた有罪なのだ。
 けれど、それでも俺には情状酌量の余地があるはずだと言い聞かせ、今は心の立て直しを図っている。健気に死者を弔うことが、いつかこの心を全ての罪から救ってくれると信じて―
 
 ―付け替えたドアノブを捻って、部屋の中へ入った。
「……ただいま」
 人の気配は無い。もちろん無い。
「あ、おかえり」
 それは彼女が人ではないから。悪魔だと推定される。
「ちょっと待ってて、これ終わったらすぐご飯作るから」
 すっかり朝日専用となっている黒のノートパソコンが、盛大にファンを唸らせている。本来の性能を引き出されて、狂喜している。
 半開きの襖から、ブレンドの香りが漂う。彼女がパソコンを扱う時、必ずこの匂いがする。俺は買い物袋を食卓に置き、ようやく指の血流を戻す。
「ふぅ……」
 どこかに腰を落ち着けようと、手近にあった椅子を引き寄せる。椅子の足が床を擦る音はとても不快だった。それはいかにも床を傷つけそうで……
「また引きずったー」
 三歩分くらいの足音がして、襖が開いた。彼女は俺を見るなり、
「横着しない!」
 母親と言うより、いつかの俺を叱りつけた教師に近い態度だった。そして、小言ばかりの生活指導が始まる。
「椅子は持ち上げてって、この前も言った」
「床をいたわりなさい」
「住まいを大切に」
 怠慢な俺が悪いのは分かっている、だが、
「あぁ、これから気を付ける」
 逃げるように椅子に座って、上着のポケットから無為に携帯を取り出した。
「この部屋、色々とガタがきててボロいんだから、その辺ちゃんとしないと」
 彼女は頼んでおいた食材が全てあることを確認し、戸棚からエプロンを取り出した。
手際よく準備を進める。いつものように。
 しばらくお互いに無言だったが、俺は突然思い出したかのように返事をした。
「ボロい部屋が嫌なら、新しい部屋に引っ越すか」
 俺は何気なく言ったつもりだったが、火をかけようとした朝日の手が止まった。彼女は振り返らずに言った。
「……もうちょっとだけ、ここに住みたい」
 長くなった髪を後ろで束ね、白いゴムで縛り、今一度つまみを捻った。

 ―二人で食卓を挟み、夕食を取っているのは一見して日常を取り戻したかに思えるが、真の意味で元通りとはいかなかった。こんなにもおいしそうな料理が目の前に並んでいても、あまり食欲が沸かない。俺の方は調子が狂いっぱなしだ。
 それなのに、人斬りの女は難なく生活リズムを掴んで、この部屋の風景に馴染み直している。着々と箸を運んで食事する彼女は、普通の女の子でしかなく、意図もたやすく警察の目を欺き、完全犯罪を為した殺人犯にはとても見えない。
「あ、そのパーカー」
「?」
「それ、俺のじゃねぇか、なに勝手に使ってんだよ」
 朝日は箸を茶碗の上に置いて、腰に手を当て、偉そうに言った。
「彼氏のパーカーを着て、何が悪い」
 女物の上着をいくつも持っているのだから、それを着たら良いと思うのだが。
「別にいいけど、そのパーカー白いから、醤油とか気を付けろよな」
「優理じゃないんだから、そんな下手打たないよ」
(……一言多い)
「そんなことより早く食べなよ、お味噌汁とか冷めちゃうよ?」
 注意喚起しただけで返り討ちに遭うのは納得できかねる展開だった。絶妙に不協和音が付きまとう日常にむかっ腹が立って、
「あぁーっ、分ーったよ! 冷めるもんから先に食えばいいんだろ!」
 ヤケクソ気味に味噌汁を胃袋へ流し、飲み終えた茶碗を食卓に叩きつけた。
 朝日は難儀な顔をして、肩をすくめた。
「何を怒ってるんだか……」
 やり場のない俺の怒りを闘牛士のようにヒラヒラかわすこの女は、どうやら本物の悪魔らしい。本人も会話の中で、それとなく認めている。人でないことは明らかで、有名なイマジナリーモンスターの中から身体的な特徴を照合すれば、それは悪魔に該当するだろう、というような回りくどい認め方だったが、自覚があるのは間違いない。
 だが、彼女を悪魔たらしめる外的特徴は黒翼以外に無く、その黒翼さえ扱いを心得たのか、上手に折りたたんで、体内に収納してしまうようになった。これでは外から判断できない。内的特徴ならば、人外の身体能力と知性、そして人の首をはねた次の日にメシが食える恐ろしいメンタリティなど、悪魔的な部分に枚挙にいとまが無いのだが、いかんせん、見れば見るほど人間の女にしか見えなくて……
 
 だまし絵を見る少年のようにいぶかしんで見つめるうちに、妙なことを口にしていた。
「お前、悪魔なんだよな……?」
 聞いているのかいないのか、朝日はガラスのコップを手に取って、中の茶に口をつけた。
 ―直後、中華秘伝の変面の如く、目にも止まらぬ早さで翼が背を飛び出した。以前より一回り大きくなった翼は惜しげも無く全開し、ありありと悪魔の生態を見せつけてくれる。
 驚き過ぎて目が飛び出すというのはやはり漫画的表現の域を出ないと感じたが、少なくとも顎が外れそうになるというのは共感できた。と、同時に両翼の先が隣部屋の襖と台所のガラスサッシを突き破るという事実も理解した俺は、もう開いた口が塞がらなかった。
 朝日は茶を飲み干した後、左右をゆっくり見て、やっと状況を把握した。
「あー、……やっちゃった」
 いたずらのバレた悪ガキのようだった。下手を打たないとはどの口が言ったのか。住まいを大切にとは何だったのか。
 俺は余罪を追及した。
「おい、俺のパーカーをどうしてくれる」
 服の背中辺りに二つほど大穴が開いてしまったことは見なくても分かる。
 朝日は照れたように笑い、後頭部をさすった。
「……てへぺろ」

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