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本編
12. 価値の所在
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「さぁ、まずは身体を拭いて着替えましょう」
私が泣き止むとシスター・ジェルマは長い拘留に弱っていた私の身体を支え、ゆっくりと教会の中へ誘ってくれました。
「いつまでも若い女の子がこんな格好をしておくものではないわ」
彼女は私の為にお湯を用意してくれて、私が汚れきったドレスを脱いで体を拭き始めると、シスター・ジェルマは背中に回って清拭を手伝ってくれた。
体を拭いた布を桶に浸すと、透明だったお湯がみるみるうちに黒くなってしまった。私の汚れはそれ程までに凄まじいものだったのです。
そんな酷い有り様だった自分を恥じて、私は顔を赤くして俯き、シスター・ジェルマに「すみません」とか細く謝りました。
「直ぐに新しいお湯を用意するわね」
ですが、彼女はただ優しく、ひたすらに親切で、私の身体の汚れが落ちるまで根気よく丁寧に洗い、そして私の為に着替えを用意してくれました。
「ごめんなさいね。着替えはそれしかないの」
「いえ、ありがとうございます」
私が袖を通した服は、シスター・ジェルマと同じ修道服でした。ゆったりとした黒い踝丈のワンピースに白い襟掛け。彼女が被るベールを付けた頭巾がないのが違うだけでしょう。
「良く似合っているわ」
「あ、ありがとうございます」
「『アシュレインの翠玉』の話は聞いていたけど……本当にびっくりするぐらい綺麗ね」
シスター・ジェルマは身綺麗になった私を見て、溜め息と共に感心するように感慨を漏らしました。
「貴女ほどの美しい娘を袖にするなんて、アルス殿下も何を考えているのかしらね」
片目を器用に瞑って悪戯っぽく笑う彼女はとても魅力的でした。
断罪からこれまで人々から数々の謂れの無い誹謗を受け、追放の日に守るべき民衆から罵りの言葉と石を投げられた私は、自分自身を否定的に捉えるようになっていました。
投石で負った傷は既に『神聖術』で癒せましたが、心を抉った傷を治す術はなかったのです。
だから穏やかなシスター・ジェルマは私にはとても眩しくて、私の口を衝いて出たのは自分自身を卑下する言葉。
「私にはきっと価値が無いのです。女としても聖女としても……」
しかし、その塞ぎ込んだ物言いの私に彼女はあらっと不思議そうに首を傾げて見せた。
「ふふっ、価値の無い人なんていないのよ」
「え?……でも私は王都で……」
彼女は真っ正面から私を見据え、その琥珀色の瞳に私は言葉を詰まらせました。
「この世にある全てのものは等しくみな無価値だから、だから逆に価値の無いものは何もないの」
「仰っている意味が良く分かりません」
柔らかい雰囲気の彼女との相対は、まるで王都でエンゾ様から教えを乞うている時のようでした。つい先日まで当たり前の事だったのに、懐かしくて温かい。
「この世には価値のあるものは何も無いの。だから人は自分の周囲にあるものに対して自分で価値を決めるのよ」
「……はい」
彼女の教えを私はしっかり咀嚼しながら胸の奥に落としていく。
「喜びなさいミレーヌ。貴女をこんなにも酷い目に合せた人達から貴女は無価値と決められたのよ。貴女は王都の人々の価値観から解放されたのだから――」
彼女の手が私の頭をそっと撫でる。それは辺境の生活で荒れていたけれど、今まで感じた誰よりも優しい手でした。
「――きっと貴女の価値はここで見つかるわ」
「……見つかるでしょうか?」
不安そうな表情をする私にシスター・ジェルマはくすりと笑いました。
「もう既に一つ見つかってるわ」
「え?」
「これだけの目に合っても貴女は恨みも憎しみも口にしない。相手の心遣いに感謝の念を忘れない。私の言葉に真摯に耳を傾ける」
彼女の口から出る言葉は私に対する労りでいっぱいだった。
「そんな貴女の価値を私は知っている。貴女はとっても優しい娘よ」
だから私は零れる涙を押し留められませんでした。
「さあ行きましょう」
私の身支度が済むとシスター・ジェルマは手を取りました。
「どちらへ?」
「隣が孤児院なのよ。みんなに紹介しないとね」
手を引かれて外に出ると私は眼前の光景に息を飲みました。
辺りは真っ赤に焼けていたのです。
「もう日も暮れるわね」
「綺麗……」
その夕焼けはとても美しくて、とても雄大で、私の心の中にある昏い情念さえも真っ赤に燃やし尽くしてしまいそうでした。
「こっちよ」
「あ……はい」
見惚れて立ち尽くしていた私に声を掛け、シスター・ジェルマは教会の隣の建物へと入って行きました。その後を慌てて追って入った建物内の喧騒に私はびっくりしてしまいました。
「お姉さんだーれー?」
「うわぁキラキラしてるー!」
「お姫様?」
入った途端に数人の小さな女の子に囲まれて、私はしどろもどろになってしまいました。
「ねぇジェルマ。この人は?」
「ここに住むの?」
「ええ、そうよ」
そのシスター・ジェルマの答えにわっと子供達が私に群がって来ました。
「お名前は?」
「ずっとここにいるの?」
「どうしてそんなに綺麗なの?」
「どこから来たの?」
矢継ぎ早に質問してくる子供達に戸惑い、どう対応したものかとシスター・ジェルマに助けを求める視線を送ると、彼女は声を立てて笑い出しました。
「あっという間に懐かれちゃったわね。だから私の言った通りだったでしょ?」
「え?」
シスター・ジェルマの笑顔はまるで包まれる様に素敵でした。
「ほら、もうこんなにたくさん価値が生まれた」
その言葉に私は涙を流しながら黙って何度も頷いたのでした。
私が泣き止むとシスター・ジェルマは長い拘留に弱っていた私の身体を支え、ゆっくりと教会の中へ誘ってくれました。
「いつまでも若い女の子がこんな格好をしておくものではないわ」
彼女は私の為にお湯を用意してくれて、私が汚れきったドレスを脱いで体を拭き始めると、シスター・ジェルマは背中に回って清拭を手伝ってくれた。
体を拭いた布を桶に浸すと、透明だったお湯がみるみるうちに黒くなってしまった。私の汚れはそれ程までに凄まじいものだったのです。
そんな酷い有り様だった自分を恥じて、私は顔を赤くして俯き、シスター・ジェルマに「すみません」とか細く謝りました。
「直ぐに新しいお湯を用意するわね」
ですが、彼女はただ優しく、ひたすらに親切で、私の身体の汚れが落ちるまで根気よく丁寧に洗い、そして私の為に着替えを用意してくれました。
「ごめんなさいね。着替えはそれしかないの」
「いえ、ありがとうございます」
私が袖を通した服は、シスター・ジェルマと同じ修道服でした。ゆったりとした黒い踝丈のワンピースに白い襟掛け。彼女が被るベールを付けた頭巾がないのが違うだけでしょう。
「良く似合っているわ」
「あ、ありがとうございます」
「『アシュレインの翠玉』の話は聞いていたけど……本当にびっくりするぐらい綺麗ね」
シスター・ジェルマは身綺麗になった私を見て、溜め息と共に感心するように感慨を漏らしました。
「貴女ほどの美しい娘を袖にするなんて、アルス殿下も何を考えているのかしらね」
片目を器用に瞑って悪戯っぽく笑う彼女はとても魅力的でした。
断罪からこれまで人々から数々の謂れの無い誹謗を受け、追放の日に守るべき民衆から罵りの言葉と石を投げられた私は、自分自身を否定的に捉えるようになっていました。
投石で負った傷は既に『神聖術』で癒せましたが、心を抉った傷を治す術はなかったのです。
だから穏やかなシスター・ジェルマは私にはとても眩しくて、私の口を衝いて出たのは自分自身を卑下する言葉。
「私にはきっと価値が無いのです。女としても聖女としても……」
しかし、その塞ぎ込んだ物言いの私に彼女はあらっと不思議そうに首を傾げて見せた。
「ふふっ、価値の無い人なんていないのよ」
「え?……でも私は王都で……」
彼女は真っ正面から私を見据え、その琥珀色の瞳に私は言葉を詰まらせました。
「この世にある全てのものは等しくみな無価値だから、だから逆に価値の無いものは何もないの」
「仰っている意味が良く分かりません」
柔らかい雰囲気の彼女との相対は、まるで王都でエンゾ様から教えを乞うている時のようでした。つい先日まで当たり前の事だったのに、懐かしくて温かい。
「この世には価値のあるものは何も無いの。だから人は自分の周囲にあるものに対して自分で価値を決めるのよ」
「……はい」
彼女の教えを私はしっかり咀嚼しながら胸の奥に落としていく。
「喜びなさいミレーヌ。貴女をこんなにも酷い目に合せた人達から貴女は無価値と決められたのよ。貴女は王都の人々の価値観から解放されたのだから――」
彼女の手が私の頭をそっと撫でる。それは辺境の生活で荒れていたけれど、今まで感じた誰よりも優しい手でした。
「――きっと貴女の価値はここで見つかるわ」
「……見つかるでしょうか?」
不安そうな表情をする私にシスター・ジェルマはくすりと笑いました。
「もう既に一つ見つかってるわ」
「え?」
「これだけの目に合っても貴女は恨みも憎しみも口にしない。相手の心遣いに感謝の念を忘れない。私の言葉に真摯に耳を傾ける」
彼女の口から出る言葉は私に対する労りでいっぱいだった。
「そんな貴女の価値を私は知っている。貴女はとっても優しい娘よ」
だから私は零れる涙を押し留められませんでした。
「さあ行きましょう」
私の身支度が済むとシスター・ジェルマは手を取りました。
「どちらへ?」
「隣が孤児院なのよ。みんなに紹介しないとね」
手を引かれて外に出ると私は眼前の光景に息を飲みました。
辺りは真っ赤に焼けていたのです。
「もう日も暮れるわね」
「綺麗……」
その夕焼けはとても美しくて、とても雄大で、私の心の中にある昏い情念さえも真っ赤に燃やし尽くしてしまいそうでした。
「こっちよ」
「あ……はい」
見惚れて立ち尽くしていた私に声を掛け、シスター・ジェルマは教会の隣の建物へと入って行きました。その後を慌てて追って入った建物内の喧騒に私はびっくりしてしまいました。
「お姉さんだーれー?」
「うわぁキラキラしてるー!」
「お姫様?」
入った途端に数人の小さな女の子に囲まれて、私はしどろもどろになってしまいました。
「ねぇジェルマ。この人は?」
「ここに住むの?」
「ええ、そうよ」
そのシスター・ジェルマの答えにわっと子供達が私に群がって来ました。
「お名前は?」
「ずっとここにいるの?」
「どうしてそんなに綺麗なの?」
「どこから来たの?」
矢継ぎ早に質問してくる子供達に戸惑い、どう対応したものかとシスター・ジェルマに助けを求める視線を送ると、彼女は声を立てて笑い出しました。
「あっという間に懐かれちゃったわね。だから私の言った通りだったでしょ?」
「え?」
シスター・ジェルマの笑顔はまるで包まれる様に素敵でした。
「ほら、もうこんなにたくさん価値が生まれた」
その言葉に私は涙を流しながら黙って何度も頷いたのでした。
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