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第2章──少年期5~10歳──

059 十歳になって社交性を求められた

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◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 あれから一ロミち、雪解けのモコクタヴテ。十歳になったフェリシアとグーリフは、変わらず学園に向けた勉学に励んでいた。
 リスのタイは、執事ノルトの暗号文解読によって長兄ガウリイルがフェリシアの護衛としてつけた事が判明。筆談にて会話が可能という事で本人タイの意思確認も出来た為、とりあえずのところ常にフェリシアのそばにはおいている。

 父親ヨアキムは何故かラングロフ邸内にいるようだったが、相変わらずフェリシアとあまり接触はなかった。逆に母親ナディヤ王都クワシーゼでの仕事が忙しいらしく、ずっと領地に戻ってきていない。
 ヨアキムはたまに思い出したように、食事時や軽食時に同室に顔を出す程度。けれども家族としての会話は全くといって皆無の為、フェリシアとしても何故そうまでして時間サッドを合わせるか不明である。
 ちなみに食事の際は長いテーブルの先にヨアキムがいる為、表情すらあまり確認出来ない程だ。──本当に意味があるのだろうか。

「そうだ、フェル。定例として、学園入学前に子供達の顔合わせと称した茶会がある」

 不意に声を掛けられ、フェリシアは口に含んでいた肉を咀嚼もぐもぐし終わってからヨアキムに視線を向けた。
 時折こうして、業務連絡のように必要事項のみ伝えてくるヨアキムである。
 ネアン時間サッドの夕食時、二ワイアぶりにヨアキムと対面したフェリシア。──グーリフはいつものようにフェリシアの隣で食事中だが、彼はヨアキムを一瞥いちべつすらしない。

「必要な品はノルトに用意させているから行ってきなさい」

 ヨアキムはそれだけ口にすると、──いつの間にか食べ終わっていたようで──席を立って食堂を後にした。
 フェリシアからの返答は必要ないようで、これもいつもの事だ。もう今更ながらだが、フェリシアとヨアキムの間には大きく深い溝がある。

<何だぁ、今の>
<相変わらずだよね、父様。【神の眼+】説明書で動揺とか混乱とかの状態は視えるけど、感情までは分からないからさ。業務連絡と命令しか口にしないから、シア的にどう接して良いのか疲れる>
<フェルが返事しなくても対応変わらねぇし、いつも言いたい事言って消えるもんなぁ>
<うん。相変わらずグーリフの事を名前呼ばないし、視線を向ければ殺気こぼれそうな鋭さじゃん?本当にシア、父様苦手>

 ヨアキムの背を無言で見送ったフェリシアは、新しい肉を口に入れた。
 『苦手』と表現したものの、フェリシアのそれはほぼ『嫌い』に近い。だがそう言ってしまえば、今度はグーリフがヨアキムを排除しに掛かるから困りものだ。──ゆえに、現状維持となっている。

<一応、俺としてはアレがフェルの血族だから放置しているだけさ。それに今は、あぁまで俺に嫌悪の感情を向けてくるのはアイツくらいだしな>

 何処か楽しそうなグーリフだ。それも、こうしてヒトとしての生活が長いからだろうか。
 既にラングロフ邸の使用人は、グーリフを魔獣として認識していない。もう九ロミも経過している為に、古株となる者は片手程しかいないのだ。

<でもだからって、グーリフの扱いを粗雑にされるのは嫌>
<くくくっ、ありがてぇなぁ。フェルと出会ってからの俺は、それまでの二百ロミが霞んじまう程だ>

 魔物以外の生命は、全てが親となるのもとが存在する。だが魔獣は基本的に子育てをしない為、生まれた卵は放置なのだ。
 生まれ落ちてからが既に生き残りを賭けての選択と勝負の連続で、卵といえども転がる事は可能である。はっきりとした意識はないものの、危険を感じて回避する為の回転をおこなうのだ。
 親の魔力で外殻がいかくを覆っているのは、ヒト科も魔核科も同じ。つまりは、魔力が弱いと子の生存率が極端に落ちる。全てが弱肉強食なのだ。

<グーリフがツノウマ種って事は、親のどちらかがそうなんだよね?>
<ん~……まぁ、そうなるか。しゅを引き継ぐのは、ヒトも魔獣も変わらねぇし。そうかと言って、俺は核のもとなんてどうでも良いがな。ってか冗談でも誇張でもなく、今となってはフェルがいればそれで良いさ>

 子育てされていないからと、親に対する感情が湧かないのはフェリシアも理解は出来る。
 実際に今世のフェリシアも、常にそばにいたグーリフは勿論だが。ミア以外は絡みが少なく、三人の兄と母親はかろうじて家族枠に入っているだけ。
 記憶としては前世の親の方に近しい感情が抜けず、父親ヨアキムに至っては邸内の使用人よりも抱く感情が薄いのだ。今更特別な感情が芽生える事はないだろう。

<それにしても……茶会?面倒だなぁ>
<あぁ、あのクマの時以来か。良く引き伸ばせたな>

 フェリシアが五歳の時に、クマ大将邸でおこなわれた茶会。
 それ以前もだが、フェリシアはラングロフ領地からは出ていないのだ。ゆえに領地から出たのは大将からの茶会、一度きりである。

「ミア。子供会って、何処でやるの?」
「はい、シア様。王都クワシーゼで毎クタヴテおこなわれています。ノゲムツロス学園がありますので、そこへ通う予定の御子息御令嬢が一度は参加出来るようにと、五歳から十歳までが対象です。数ロミ掛けて開催されているので、何処かで参加すれば宜しいのです。とはいってもシア様は十歳になられましたので、最終ロミですね」

 ミアも学園に通っていた過去がある為、こういった事情は経験則だろう。
 国内と言えども領地は広範囲に広がるので、全員が一度に集まる事は難しい。それゆえに、強制的な参加義務は一度きりだ。
 領地が近い。もしくは王都クワシーゼに住居を構えている場合、当然ながら何度参加しても構わない。全ては学園に通う前の顔合わせだ。
 学園に通い始めれば、嫌でも親元から離れて入寮しなくてはならない。知り合いが一人もいないのでは、学園生活に支障が出るだろうという心遣いでもあった。

「はぁ……。御茶会、行きたくないんだけど」
「仕方がありませんよ、シア様。入寮してしまえば、わたしもおそばつかえる事が出来ません。グーリフ様と行動を共にされている時は良いでしょうが、男女では寮も異なるので。出来れば、同性のお友達をつくって欲しいのです」
「友達いない、ぼっち生活……」
「俺、女になろうか?」
「えっ?……いや良いから、そういうの。グーリフが今から女の子になったら、皆が凄く混乱しそう」
「くくくっ、そんなもんかぁ?」

 ミアの話から、確かに男女は対等でないと思い出す。実力主義をうたっているこの国でさえ、男尊女卑の傾向があるのだ。──前世でも男女平等をうたいつつも、中身まで反映しきれていないのが事実だったが。
 それはともかく実際問題として、物理的な攻撃力で女性は男性に敵う訳もなく。魔法のみであれば女性にも勝つ見込みはあるだろうが、戦いに限定条件はないのだ。現実的に考えて、確実に男性に勝てる女性はホンの一握りだろう。

 フェリシアは前世で男だったが、普通の高校生で何も特筆すべき点がなかった。体格も学力も並。見た目も並。平々凡々な存在だったのである。
 今は何故かステータスが見えたり。魔獣と呼ばれる存在の、グーリフと仲良しだったり。少し普通という枠からは外れているらしいが、領地引きこもりゆえに実感はあまりない。
 男女差についてもまだ分からないが、グーリフが女の子になるのは違うと断言出来た。そして、フェリシアが女の子である事は変わりない。

「ん~……」
「そう言えば、シア様。今回の子供会に、コノネン様が参加されるという情報があります」
「だぁれ?」
「あぁ、クマか」
「はい、クマです」
「クマ?……あ~、いたねぇ。野性的な」
「二児、三児にあたりますトラ種の御子息御令嬢が五歳になられました。なので、今回から子供会に参加なさるようです」

 フェリシアはラングロフ領地から出ないので、知り合いがいない。唯一見知った他者は、大将宅のクマっ子だ。
 確かフェリシアの一つ年下の筈だが、その下にどうやらトラ種の双子がいるらしい。あの時大将宅の奥方が色々悩んでいたようだが、子供が出来たという事は夫婦仲が多少は良くなったようである。

「クマっ子は?」
「あの方はずっと表舞台には出られていないようなので、後継者としても疑問視されているとか。でも今は子沢山なのです。第一子のクマ種の御子息、4つ下の御子息御令嬢。その一つ下にクマ種の御令嬢です」
「俺達がクマと会ってから、急に子孫繁栄じゃね?」
「ふふふ。何、それ。別にグーリフが何かした訳じゃないよね?……え?したの?」
「くくくっ、少し助言をな」

 相変わらずミアの情報収集能力には驚きだが、フェリシアとしては領地にいながらも知りたい情報を得る一つの手段だ。学園に連れていけない事は、非常に惜しい。
 グーリフの言う助言は気になったが、大将と二人で話した時に何か伝えたのだと想像は出来る。フェリシアも、奥方と二人で話したのだから。

 嫡男であるクマっ子が表舞台から遠ざかっている理由に、フェリシアがいる事は分かっていた。あの飛び掛かられた事件後、何度もコノネンの名前で手紙が来ている事をミアから聞いていたから。──今まで忘れていたけど。
 フェリシアはどうでも良かったのだが、グーリフとミアの怒りが大きかった事を覚えている。ヨアキムが暴れるのはいつもの事なので、原因は何かを知ろうとしなかったが。

「という事で、シア様。ガウリイル様の卒業式に合わせ、ヨアキム様の部隊と共に王都クワシーゼへ向かう予定になっております」
「え?父様と?」
「まぁ、ウザい護衛だと思えよ。帰りはチビ銀と戻る形だな」

 グーリフとミアの間では、既に情報のり合わせが済んでいるようだ。稀少価値の高いフェリシアの守りとして、行きはヨアキム。帰りはガウリイルがつくと決定しているらしい。
 グーリフとミアも当然一緒なのだが、数で襲われてはという対策なのだろう。
 フェリシアは内心で溜め息をきながらも。襲撃に会いたい訳ではないので、諦めて深く考えない事にするのだった。
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