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【295 乱れ打ち】
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「これからどうなっちゃうのかな?」
魔法兵団の宿舎では、受付や書類整理を業務としている、戦力として数えられない者達は待機を命じられていた。
城から伝令に来た兵士によって、すでにラシーン前国王が殺害された事は周知されていた。
戦闘訓練を受けている魔法兵団の団員は、街で暴虐をつくしている帝国兵の鎮圧に出ていた。
「ターニャ、大丈夫だよ。エロール君が心配するなって言ってたから」
ヨハン・ブラントは、不安気な声で話しかけてきた女性、ターニャにいつもと変わらない柔らかい口調で言葉を返した。
「・・・う~ん、ヨハンって本当にエロール君と仲良いよね?」
「うん。親友だもん」
あっけらかんと笑って話すヨハンの顔を見て、ターニャもつられたように口元に笑みを浮かべ、一つ軽い息をついた。
「もぅ・・・なんか妬けちゃうなぁ。彼女の私より分かり合ってない?」
ターニャは肩の下で揃えた艶のある青い髪を指でくるくるといじりながら、金色の瞳でヨハンを少し睨む。
「エロールとは付き合い長いからね。でも、ターニャとも同じくらい分かり合えてると思うよ」
「・・・なんか、微妙なフォローじゃない?」
全く悪気の無い表情で話すヨハンに、ターニャはまた一つ溜息を付いた。
一つ年下で21歳のヨハンと交際して二年。
結婚も意識するようになっていたが、ヨハンとの付き合いが深くなればなるほど、ヨハンとエロールの関係に妙な勘ぐりもしたくなった。
「あはは、ターニャ、また僕とエロールに変な勘違いをしてるね?」
「だって、仲良すぎない?そりゃそんな事ないとは思うけど・・・・・いっつも二人でいるし」
ターニャが何か探るような目を向けてくる。
本気で口にしているわけではなさそうだが、あえて言葉にする事で意地悪をしたいようだ。
「・・・うん。エロールはね、あの性格だから誤解されやすいけど、とっても優しいんだよ。本当に誰よりも信頼できる。エロールは自分が認めた相手は絶対に裏切らないし、きっとその相手が困っていたら、何をしてでも助ける。そのくらい情が深いんだ」
「・・・誰よりもって、ヨハン、それ私よりエロールを信頼してるって事?」
ターニャが眉を寄せ不満気にヨハンを睨むが、ヨハンはそんなターニャの視線にも動じず、小さく首を横に振った。
「そんな事ないよ。男同士の友情の表現さ。僕はターニャをとっても大事に思ってるし心から信頼している。誤解させてごめんね」
素直に頭を下げるエロールに、ターニャは口を少し尖らせながらも、しかたないという風に息を付く。
「ん~・・・ヨハンって、もぅ・・・そういうとこなんかずるい」
「え?どういう事?」
「なんでもないわよ。それで、エロールがすごく信頼できるのは分かったけど、そういうとこが気に入って仲良くしてるって事?」
首を傾げているヨハンに、ターニャは話しの続きを促した。
「まぁ、そういう事だね。あぁいう男だから、僕もエロールに応えたいって思うんだ。僕もエロールを絶対に裏切らないし、真っすぐ付き合っていきたいと思ってる。エロールが困っていたら、きっと僕はなんでもするだろうね」
真っすぐに自分を見つめて語るヨハン。ターニャはその想いの強さにすぐに言葉を返せなかった。
「・・・男同士でこういうの、変かな?」
声のトーンを落とし、やや俯き加減にそう話すヨハンを見て、ターニャは察した。
「・・・うぅん、良いんじゃないかな?そこまで大事に思える友情って、素敵だと思うよ」
「本当!?」
エロールと違ってヨハンは、それなりに周りとうまく付き合えていた。
だが、ヨハンの趣味は少し個性的だった。
大半の人間は面倒に思う書類整理を好み、記録付けや日記を書く事が趣味だった。
同僚に歴史を語る事があり、最初のうちは相手も付き合いで聞いてはくれるが、所詮話半分に流している。
ヨハンは良いヤツだけど、ちょっと変わっている。
周りからはそう認識され、当たり障りの無い付き合いをされてきた。
だが、エロールだけは違った。
いつも文句を口にしているし、ヨハンの話しにもストレートに、興味ねぇよ!と告げるのだが、最後まできちんと話しを聞くのだ。
「・・・本当よ。あなた達二人の関係、私は好きよ。でも、彼女の私が嫉妬しないように、もう少し愛情表現してほしいかな」
「ターニャ・・・ありがとう。うん、もちろんだよ。僕にとってキミは一番大切な人だから」
ヨハンとエロールの関係は、これまで心無い言葉を受けた事があるのだろう。
変わり者と嫌われ者がつるんでいる。そんな言い方をされたりもしたのかもしれない。
だから、ターニャの言葉は心に響いたのだろう。
真っすぐにターニャを見つめ、素直に愛情を伝えてくれたヨハンに、ターニャも頬を赤く染める。
「い、いきなりすごい事言ってくれるのね。そ、そりゃ嬉しいけど」
ヨハンは体を近づけターニャを抱きしめた。
「ターニャは僕が絶対に護るから」
「・・・うん」
ヨハンは窓の外へ目を向けた。
遠くに見える街が赤く染まっている。火の手が上がっているのだろう。
ヨハンは思い出していた。
エロールが護衛として城に入る前に言い残した言葉を。
【ヨハン、お前は心配しないでいい・・・・・俺に任せておけ】
ラシーン前国王が殺害され、街に入っている帝国の兵士千人が暴れまわっている。
カエストゥス国の剣士隊と魔法兵団が鎮圧に乗り出しているし、エロールの実力も知ってはいるが、やはり不安はあるし、どうしても心配にはなってしまう。
だが、信じよう。
俺に任せておけと言った友を。
「エロール、キミを信じている。だから、生きて帰って来い」
大の字に倒れ伏すジャックに、エロールは追撃はかけなかった。
首に巻く水色のマフラーは全長で2メートル程あり、一般的なマフラーよりも長い。
その理由は単純に射程距離が欲しかった。
反作用の糸は、魔力を込めると高質化し、投げ飛ばす事が攻撃方法の主軸になる。
鎖鎌のように、左手で端の方を持ち、右手で周し遠心力を付けて投げ飛ばす。
あまりに長すぎると戻す時に不備がでる可能性と、躱されればやはり致命傷になりかねないと考えたため、この長さで落ち着いたのだ。
「・・・なるほどなぁ・・・そのマフラー、片端が攻撃、もう片端が防御ってことだな?」
エロールが追撃をかけなかった理由、それはジャックに意識があり、反撃できる体力が十分に残っているだろう事を察していたからだ。
「フン、さっさと起きろよ。ダセーな」
ジャックの問いには答えず、エロールは鼻で笑い飛ばし中傷の言葉を吐いた。
ジャックは仰向けのまま下半身を持ち上げると、反動を付けて上半身を飛び起こし立った。
深紅の鎧の胸の部分は破損し、鎧の下の鍛え上げられた逞しい筋肉が露出している。
少しの裂傷があるが、ダメージはほとんどないように見えた。
「深紅の鎧を破壊する程だ。生身で喰らえば危なかったな・・・」
「次はその生身の部分に喰らわしてやるよ」
ジャックは左手に持つ斧を頭上に掲げると、両手で回し始めた。
回転の速度が上がるにつれ、ジャックの周囲の風が渦巻きだした。
「お前の事を甘く見ていたよ。お詫びに俺の技を見せてやる!」
深紅の鎧から炎が噴き出すと、ジャックの周囲で渦巻く風が炎を取り込みだす。
頭上で回す斧もどんどん速さを増していき、比例して火力も上がっていく。
それはジャックを中心とした、炎を纏う竜巻だった。
炎は猛々しくその火を飛ばし、草木を焼いていく。
「そのマフラー、片方は結界なんだろ?俺の斧を止めるくらいだから物理耐性が高いのは分かった。だが、これはどうだ?」
高速で回転させていた斧をエロールに向け振るうと、炎渦巻く風がまるでエロールを呑み込むかのように襲い掛かった。
エロールのマフラーはおそらく対物理のみ。
それがジャックの見解だった。
ジャックが斧を振り下ろした時、エロールが左手でマフラーを振り上げると、驚く事に柔らかいだけのマフラーが高質化し、ジャックの斧を受け止めたのだ。
衝撃の一切を無効化したそれは、紛れもなく物理に特化した結界だった。
そしてジャックがエロールのマフラーを対物理のみと推測したもう一つの理由に、マフラーという道具を用いる以上、その形状から魔法や炎から全身を防ぐ手立てが考えられない事があった。
長さはあるが、面積が足りない。広範囲の攻撃からとてもカバーしきれるものではなかった。
「防げるもんなら防いでみやがれぇぇぇッツ!」
ジャックの叫びと共に、渦巻く業火、ジャックの火炎旋風がエロールを呑み込んだ。
一瞬前までエロールが立っていた場所が、あっという間に燃え盛る炎で焼かれている。
斧を下ろし火炎旋風を解くと、その光景にジャックは嬉々として声を上げた。
「アーハッハッハ!やっぱこんなもんかよ?まぁ、俺の鎧を破壊したり、ちょっとはおどろかされたけどよ。やっぱ白魔法使いが戦闘なんてできるわけねぇん・・・・・なっ!?」
業火の中、焼き尽くしたはずの男が悠々と歩き出てきた。
「よぉ、物理結界だけだと思ったか?そんな半端な魔道具のわけねぇだろ」
エロールの正面には、マフラーが端と端を合わせた円を形どり、青く光り輝く結界となって存在していた。エロールは結界を張ったまま、まるで恐れる事なくジャックに向かい歩を進めて来る。
「ば、バカな!?なんだその魔道具は!?」
打撃も炎も防がれたジャックの顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。
「・・・さっき言っただろ?俺の魔道具は・・・」
結界を解いたエロールは鎖鎌の要領で、左手でマフラーの片方の先端を、右手は魔力を流し高質化させジャックに向かい投げ放った。
「くっ!」
咄嗟に両手を盾にしたが、黒魔法の破壊の魔力に変換したエロールのマフラー、反作用の糸を受け、再びジャックの体が後方に吹き飛ばされた。
「攻防一体の反作用の糸だってなぁッツ!」
師団長一の腕力、100キロを超える二丁の斧を背に担ぐ体幹を持つジャックでさえ、踏ん張りがきかず吹き飛ばされる程の威力。
「ぐ、はぁッ!」
吹き飛ばされた勢いで、背後の樹に背を打ち付けられる。
ジャックが体勢を立て直そうと正面に顔を向けると、エロールの追撃はすでに眼前に迫っていた。
「ウォォォォォォォーッツ!」
高質化させた反作用の糸による乱れ打ち。
マフラーの長さ2メートル内に距離を詰め、魔力の続く限り変換させた破壊の魔力を叩きこむ。
これがエロールの描いた勝利の道筋だった。
エロールが反作用の糸を振るう度に、打ち付けられたジャックの体から爆発が起こり、爆破による煙とともに爆音が森に響き渡る。
「が!うぐ、ぐぅッツ!」
エロールの乱れ打ちに対してジャックの取った対抗策は、亀のように体を丸め耐える事だった。
ジャックの頭には、エロールの魔力が切れるまでの持久戦に持ち込もうという考えも浮かんだが、
一発一発を受ける度に、深紅の鎧の装甲が吹き飛ばされ、多大なダメージを与えていくその威力に、自分が長くは持たないと判断した。
格下と見ていたエロールに対し、これだけの攻撃を受けジャックのプライドはボロボロだったが、頭は冷えていた。
最終的に勝てばいい。
ではどうすれば勝てるか?ジャックとて、師団長に上り詰めるまで数多の修羅場を潜り抜けて来た。
最初からこの腕力を手にしていたわけでもない。
体格的に劣る自分が勝ち続けるために、知恵を絞った事も数知れない。
ジャックの頭はこれまでの戦歴から、ここからの逆転に頭を回転させていた。
最初の攻防でエロールのマフラーが、何等かの方法で攻撃と防御の二つの性質を備えている事は見抜いた。
そしてそれには使い手の魔力を用いている事も分かった。
そして一撃で自分を吹き飛ばす程の威力も備えている事から、おそらく消費している魔力は膨大であろう事も読めた。
この乱れ打ちは長くは続かない。
エロールはおそらく短期決戦で臨んでいる。ならば魔力が切れるまで耐え続けられればいいが、そこまでは自分が持たないだろう。
こうして耐えている間にも爆破によるダメージ受け続け、すでにジャックの鎧はほぼ全て破壊され、むき出しの体に攻撃を叩きこまれていた。
すでに全身血まみれにされており、盾とした両腕ももう持ちそうにない。
ジャックの出した答えは、息継ぎだった。
エロールの攻撃を受け続けたジャックは、その攻撃のリズムを体で覚えていた。
体力の少ない魔法使いが、これほど魔力を込めて打ち続けている。
そのためだろう。
数回に一度、僅かな時間攻撃の間隔に遅れが出るのだ。
それはなぜか?呼吸をするためだろう。
エロールの猛攻を受けながら、ジャックは冷静に数を数えていた。
1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・
次だ・・・次に息継ぎをするために攻撃の間隔が空いた時・・・その時が貴様の・・・
6・・・・
エロールの攻撃に僅かな間が生まれる。
「最後だァァァァァッツ!」
全精力を振り絞りジャックが飛び出した。
魔法兵団の宿舎では、受付や書類整理を業務としている、戦力として数えられない者達は待機を命じられていた。
城から伝令に来た兵士によって、すでにラシーン前国王が殺害された事は周知されていた。
戦闘訓練を受けている魔法兵団の団員は、街で暴虐をつくしている帝国兵の鎮圧に出ていた。
「ターニャ、大丈夫だよ。エロール君が心配するなって言ってたから」
ヨハン・ブラントは、不安気な声で話しかけてきた女性、ターニャにいつもと変わらない柔らかい口調で言葉を返した。
「・・・う~ん、ヨハンって本当にエロール君と仲良いよね?」
「うん。親友だもん」
あっけらかんと笑って話すヨハンの顔を見て、ターニャもつられたように口元に笑みを浮かべ、一つ軽い息をついた。
「もぅ・・・なんか妬けちゃうなぁ。彼女の私より分かり合ってない?」
ターニャは肩の下で揃えた艶のある青い髪を指でくるくるといじりながら、金色の瞳でヨハンを少し睨む。
「エロールとは付き合い長いからね。でも、ターニャとも同じくらい分かり合えてると思うよ」
「・・・なんか、微妙なフォローじゃない?」
全く悪気の無い表情で話すヨハンに、ターニャはまた一つ溜息を付いた。
一つ年下で21歳のヨハンと交際して二年。
結婚も意識するようになっていたが、ヨハンとの付き合いが深くなればなるほど、ヨハンとエロールの関係に妙な勘ぐりもしたくなった。
「あはは、ターニャ、また僕とエロールに変な勘違いをしてるね?」
「だって、仲良すぎない?そりゃそんな事ないとは思うけど・・・・・いっつも二人でいるし」
ターニャが何か探るような目を向けてくる。
本気で口にしているわけではなさそうだが、あえて言葉にする事で意地悪をしたいようだ。
「・・・うん。エロールはね、あの性格だから誤解されやすいけど、とっても優しいんだよ。本当に誰よりも信頼できる。エロールは自分が認めた相手は絶対に裏切らないし、きっとその相手が困っていたら、何をしてでも助ける。そのくらい情が深いんだ」
「・・・誰よりもって、ヨハン、それ私よりエロールを信頼してるって事?」
ターニャが眉を寄せ不満気にヨハンを睨むが、ヨハンはそんなターニャの視線にも動じず、小さく首を横に振った。
「そんな事ないよ。男同士の友情の表現さ。僕はターニャをとっても大事に思ってるし心から信頼している。誤解させてごめんね」
素直に頭を下げるエロールに、ターニャは口を少し尖らせながらも、しかたないという風に息を付く。
「ん~・・・ヨハンって、もぅ・・・そういうとこなんかずるい」
「え?どういう事?」
「なんでもないわよ。それで、エロールがすごく信頼できるのは分かったけど、そういうとこが気に入って仲良くしてるって事?」
首を傾げているヨハンに、ターニャは話しの続きを促した。
「まぁ、そういう事だね。あぁいう男だから、僕もエロールに応えたいって思うんだ。僕もエロールを絶対に裏切らないし、真っすぐ付き合っていきたいと思ってる。エロールが困っていたら、きっと僕はなんでもするだろうね」
真っすぐに自分を見つめて語るヨハン。ターニャはその想いの強さにすぐに言葉を返せなかった。
「・・・男同士でこういうの、変かな?」
声のトーンを落とし、やや俯き加減にそう話すヨハンを見て、ターニャは察した。
「・・・うぅん、良いんじゃないかな?そこまで大事に思える友情って、素敵だと思うよ」
「本当!?」
エロールと違ってヨハンは、それなりに周りとうまく付き合えていた。
だが、ヨハンの趣味は少し個性的だった。
大半の人間は面倒に思う書類整理を好み、記録付けや日記を書く事が趣味だった。
同僚に歴史を語る事があり、最初のうちは相手も付き合いで聞いてはくれるが、所詮話半分に流している。
ヨハンは良いヤツだけど、ちょっと変わっている。
周りからはそう認識され、当たり障りの無い付き合いをされてきた。
だが、エロールだけは違った。
いつも文句を口にしているし、ヨハンの話しにもストレートに、興味ねぇよ!と告げるのだが、最後まできちんと話しを聞くのだ。
「・・・本当よ。あなた達二人の関係、私は好きよ。でも、彼女の私が嫉妬しないように、もう少し愛情表現してほしいかな」
「ターニャ・・・ありがとう。うん、もちろんだよ。僕にとってキミは一番大切な人だから」
ヨハンとエロールの関係は、これまで心無い言葉を受けた事があるのだろう。
変わり者と嫌われ者がつるんでいる。そんな言い方をされたりもしたのかもしれない。
だから、ターニャの言葉は心に響いたのだろう。
真っすぐにターニャを見つめ、素直に愛情を伝えてくれたヨハンに、ターニャも頬を赤く染める。
「い、いきなりすごい事言ってくれるのね。そ、そりゃ嬉しいけど」
ヨハンは体を近づけターニャを抱きしめた。
「ターニャは僕が絶対に護るから」
「・・・うん」
ヨハンは窓の外へ目を向けた。
遠くに見える街が赤く染まっている。火の手が上がっているのだろう。
ヨハンは思い出していた。
エロールが護衛として城に入る前に言い残した言葉を。
【ヨハン、お前は心配しないでいい・・・・・俺に任せておけ】
ラシーン前国王が殺害され、街に入っている帝国の兵士千人が暴れまわっている。
カエストゥス国の剣士隊と魔法兵団が鎮圧に乗り出しているし、エロールの実力も知ってはいるが、やはり不安はあるし、どうしても心配にはなってしまう。
だが、信じよう。
俺に任せておけと言った友を。
「エロール、キミを信じている。だから、生きて帰って来い」
大の字に倒れ伏すジャックに、エロールは追撃はかけなかった。
首に巻く水色のマフラーは全長で2メートル程あり、一般的なマフラーよりも長い。
その理由は単純に射程距離が欲しかった。
反作用の糸は、魔力を込めると高質化し、投げ飛ばす事が攻撃方法の主軸になる。
鎖鎌のように、左手で端の方を持ち、右手で周し遠心力を付けて投げ飛ばす。
あまりに長すぎると戻す時に不備がでる可能性と、躱されればやはり致命傷になりかねないと考えたため、この長さで落ち着いたのだ。
「・・・なるほどなぁ・・・そのマフラー、片端が攻撃、もう片端が防御ってことだな?」
エロールが追撃をかけなかった理由、それはジャックに意識があり、反撃できる体力が十分に残っているだろう事を察していたからだ。
「フン、さっさと起きろよ。ダセーな」
ジャックの問いには答えず、エロールは鼻で笑い飛ばし中傷の言葉を吐いた。
ジャックは仰向けのまま下半身を持ち上げると、反動を付けて上半身を飛び起こし立った。
深紅の鎧の胸の部分は破損し、鎧の下の鍛え上げられた逞しい筋肉が露出している。
少しの裂傷があるが、ダメージはほとんどないように見えた。
「深紅の鎧を破壊する程だ。生身で喰らえば危なかったな・・・」
「次はその生身の部分に喰らわしてやるよ」
ジャックは左手に持つ斧を頭上に掲げると、両手で回し始めた。
回転の速度が上がるにつれ、ジャックの周囲の風が渦巻きだした。
「お前の事を甘く見ていたよ。お詫びに俺の技を見せてやる!」
深紅の鎧から炎が噴き出すと、ジャックの周囲で渦巻く風が炎を取り込みだす。
頭上で回す斧もどんどん速さを増していき、比例して火力も上がっていく。
それはジャックを中心とした、炎を纏う竜巻だった。
炎は猛々しくその火を飛ばし、草木を焼いていく。
「そのマフラー、片方は結界なんだろ?俺の斧を止めるくらいだから物理耐性が高いのは分かった。だが、これはどうだ?」
高速で回転させていた斧をエロールに向け振るうと、炎渦巻く風がまるでエロールを呑み込むかのように襲い掛かった。
エロールのマフラーはおそらく対物理のみ。
それがジャックの見解だった。
ジャックが斧を振り下ろした時、エロールが左手でマフラーを振り上げると、驚く事に柔らかいだけのマフラーが高質化し、ジャックの斧を受け止めたのだ。
衝撃の一切を無効化したそれは、紛れもなく物理に特化した結界だった。
そしてジャックがエロールのマフラーを対物理のみと推測したもう一つの理由に、マフラーという道具を用いる以上、その形状から魔法や炎から全身を防ぐ手立てが考えられない事があった。
長さはあるが、面積が足りない。広範囲の攻撃からとてもカバーしきれるものではなかった。
「防げるもんなら防いでみやがれぇぇぇッツ!」
ジャックの叫びと共に、渦巻く業火、ジャックの火炎旋風がエロールを呑み込んだ。
一瞬前までエロールが立っていた場所が、あっという間に燃え盛る炎で焼かれている。
斧を下ろし火炎旋風を解くと、その光景にジャックは嬉々として声を上げた。
「アーハッハッハ!やっぱこんなもんかよ?まぁ、俺の鎧を破壊したり、ちょっとはおどろかされたけどよ。やっぱ白魔法使いが戦闘なんてできるわけねぇん・・・・・なっ!?」
業火の中、焼き尽くしたはずの男が悠々と歩き出てきた。
「よぉ、物理結界だけだと思ったか?そんな半端な魔道具のわけねぇだろ」
エロールの正面には、マフラーが端と端を合わせた円を形どり、青く光り輝く結界となって存在していた。エロールは結界を張ったまま、まるで恐れる事なくジャックに向かい歩を進めて来る。
「ば、バカな!?なんだその魔道具は!?」
打撃も炎も防がれたジャックの顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。
「・・・さっき言っただろ?俺の魔道具は・・・」
結界を解いたエロールは鎖鎌の要領で、左手でマフラーの片方の先端を、右手は魔力を流し高質化させジャックに向かい投げ放った。
「くっ!」
咄嗟に両手を盾にしたが、黒魔法の破壊の魔力に変換したエロールのマフラー、反作用の糸を受け、再びジャックの体が後方に吹き飛ばされた。
「攻防一体の反作用の糸だってなぁッツ!」
師団長一の腕力、100キロを超える二丁の斧を背に担ぐ体幹を持つジャックでさえ、踏ん張りがきかず吹き飛ばされる程の威力。
「ぐ、はぁッ!」
吹き飛ばされた勢いで、背後の樹に背を打ち付けられる。
ジャックが体勢を立て直そうと正面に顔を向けると、エロールの追撃はすでに眼前に迫っていた。
「ウォォォォォォォーッツ!」
高質化させた反作用の糸による乱れ打ち。
マフラーの長さ2メートル内に距離を詰め、魔力の続く限り変換させた破壊の魔力を叩きこむ。
これがエロールの描いた勝利の道筋だった。
エロールが反作用の糸を振るう度に、打ち付けられたジャックの体から爆発が起こり、爆破による煙とともに爆音が森に響き渡る。
「が!うぐ、ぐぅッツ!」
エロールの乱れ打ちに対してジャックの取った対抗策は、亀のように体を丸め耐える事だった。
ジャックの頭には、エロールの魔力が切れるまでの持久戦に持ち込もうという考えも浮かんだが、
一発一発を受ける度に、深紅の鎧の装甲が吹き飛ばされ、多大なダメージを与えていくその威力に、自分が長くは持たないと判断した。
格下と見ていたエロールに対し、これだけの攻撃を受けジャックのプライドはボロボロだったが、頭は冷えていた。
最終的に勝てばいい。
ではどうすれば勝てるか?ジャックとて、師団長に上り詰めるまで数多の修羅場を潜り抜けて来た。
最初からこの腕力を手にしていたわけでもない。
体格的に劣る自分が勝ち続けるために、知恵を絞った事も数知れない。
ジャックの頭はこれまでの戦歴から、ここからの逆転に頭を回転させていた。
最初の攻防でエロールのマフラーが、何等かの方法で攻撃と防御の二つの性質を備えている事は見抜いた。
そしてそれには使い手の魔力を用いている事も分かった。
そして一撃で自分を吹き飛ばす程の威力も備えている事から、おそらく消費している魔力は膨大であろう事も読めた。
この乱れ打ちは長くは続かない。
エロールはおそらく短期決戦で臨んでいる。ならば魔力が切れるまで耐え続けられればいいが、そこまでは自分が持たないだろう。
こうして耐えている間にも爆破によるダメージ受け続け、すでにジャックの鎧はほぼ全て破壊され、むき出しの体に攻撃を叩きこまれていた。
すでに全身血まみれにされており、盾とした両腕ももう持ちそうにない。
ジャックの出した答えは、息継ぎだった。
エロールの攻撃を受け続けたジャックは、その攻撃のリズムを体で覚えていた。
体力の少ない魔法使いが、これほど魔力を込めて打ち続けている。
そのためだろう。
数回に一度、僅かな時間攻撃の間隔に遅れが出るのだ。
それはなぜか?呼吸をするためだろう。
エロールの猛攻を受けながら、ジャックは冷静に数を数えていた。
1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・
次だ・・・次に息継ぎをするために攻撃の間隔が空いた時・・・その時が貴様の・・・
6・・・・
エロールの攻撃に僅かな間が生まれる。
「最後だァァァァァッツ!」
全精力を振り絞りジャックが飛び出した。
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十歳になると、成人の儀を受けて、神から『スキル』を授かる。
スキルによって、今後の人生が決まる。
当然、素晴らしい『当たりスキル』もあれば『外れスキル』と呼ばれるものもある。
聞いた事の無いスキル『クエスト』を授かったリゼは、親からも見捨てられて一人で生きていく事に……。
少し人間不信気味の女の子が、スキルに振り回されながら生きて行く物語。
一話辺りは約三千文字前後にしております。
更新は、毎週日曜日の十六時予定です。
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