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【296 最後の一手】

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状況だけを見れば、エロールが一方的な戦いを展開していた。

ジャックの一撃を受け止め、斧の回転により発生した竜巻と、火の精霊の加護による炎を合わせた技、火炎旋風も結界で防ぎ切った。

そして隙を付き、反作用の糸での乱れ打ちで、ジャックを完全に圧倒していた。

だが、エロールもまた、ギリギリの精神状態で戦っていた。

ジャックの油断とエロールの意外性がハマリ、今の状況を作り出せたが、ジャックはただの一撃でも当てれば、それだけでエロールを殺しうる事ができる攻撃力を持っている。

喰らう事、それはすなわち死に繋がる。

エロールは極限の緊張状態で全身に滝のような汗をかいていた。
それでも震える手に無理やりマフラーを握り締め、必死に恐怖に立ち向かっていく。


それは全て護るべき友のため。



ここだ!ここで勝ち切らなければ、もう俺に勝機はない・・・・・
真正面からやって勝つには、相手が俺を見下し、舐めているところをつくしかなかった。

何十発と反作用の糸を打ち続ける。

もはや魔力の限界は近い。急激な魔力の消耗に足腰にも力が入らなくなってきている。
体が休息をもとめ、心臓の鼓動も早くなる。今すぐ座り込んでしまいたいが、歯を食いしばり必死にマフラーを振るい続けた。

なぜならまだジャックは生きている。

濛々と立ち込める爆発の煙で姿は確認できないが、反作用の糸を叩きこんだ時の感触がエロールに教えていた。

無防備な死体に打ち込んだのか?いいや、相手はまだ防御の姿勢をとっている。

ならば打ち続けるだけだ。
魔力の最後の搾りかすまで!





ほんの僅かなだった。

全身全霊、己の全てをかけて打ち続けたエロールの、ほんの僅かな呼吸をするための一瞬の間。
それは本来、隙とは呼べない程の僅かなの時間に過ぎない。
だが、息継ぎの間隔を読み切り、その一瞬に全てを懸け、己の命を燃やし尽くしたジャックの執念が、エロールの間隙かんげきを突破した。


息継ぎをしたエロールが再び反作用の糸を振るおうと構えた時、爆煙の中から飛び出してきたジャックの一撃を躱す事は、全てを出しきったエロールには不可能だった。


右の拳だった。
ジャックにはもはや戦斧を振るう力は残っていない。
最後に託したものはここまで鍛え続けた己の肉体だった。

その拳はエロールの顔面を粉砕しうるだけの威力を持っていた。

そう、拳と言えどジャックの一撃は喰らえば死ぬのだ。





そこから先はほんの数舜の攻防だった。



喰らえば死ぬ。そして躱す事は不可能。
迫りくる死の拳は、まるで時が圧縮されたかのように、エロールの目にその動きをハッキリと映した。

左腕一本で受けきれるだろうか?
いいや不可能だ。腕ごと粉砕されるだろう。

ならば両腕では?
エロールは左腕を縦に、右腕を左肘に差し込むようにしてクロスさせ、防御の体勢をとった。


それで受け止められると思ったか?
ジャックの目はそう告げていた。

ジャックの右拳がエロールの左腕に打ち込まれる。そしてその瞬間ジャックの右拳が火を噴いた。

深紅の鎧は粉々に砕かれ、もはや完全に生身のため、全身に炎を纏う事はできない。
だが、拳一か所だけ。拳一か所だけであれば、残り全ての力を込めて炎を纏う事はできる。

ジャックの渾身の一撃だった。


エロールはジャックの拳が左腕に打ち込まれた瞬間、骨の砕ける鈍い音を体の内側から頭に直接聞いた。
そしてそのまま左肘に挟んだ右腕の、肘から先の骨が砕ける音も頭に鳴り響く。
音に一歩遅れて激痛が全身を走り抜けた。

それは、骨を砕かれた痛みと、腕を焼かれる耐えがたい程の二重の激痛だった。

そして苦痛に顔を歪めると同時に、今度は両腕を砕いたジャックの右拳がそのままエロールの左胸に突き刺さった。


本来はエロールの顔面を打ち抜くはずのジャックの右拳だった。
だが、エロールの両腕を犠牲にした防御により、軌道が下にずれた。

いかにジャックの拳と言えど、エロールの腕に打ち込んだままの流れで当てれば、当然威力は削がれている。

しかしそれでも左胸に打ち込まれた拳によって、エロールの肋骨はひび割れ、更なる痛みがエロールを襲う。

だが両腕を犠牲にした事により、結果ひび割れだけで済んだ。


何と引き換えにしてもこの一撃は凌ぎ切る。エロールの覚悟が勝敗を分けた。


ジャックの拳の軌道が下にずれた事で、自然とジャックの姿勢が下がる。

エロールから受けたダメージも相まって、前のめりに体制を崩したジャックの後頭部が、エロールの顔の下に現れた。

両腕を砕かれているエロールに攻撃手段は無い。
足は生きているが、いかに重症のジャックであってもエロールの蹴りで倒せるものではない。


「俺の勝ちだ」


意識の最後にジャックの耳に届いた言葉は、勝利を確信したエロールの言葉だった。

何かが後ろ首に打ちつけられる。
次の瞬間、首の皮、肉が弾け飛び、その血は噴水のように勢いよく吹き上がった。


「な・・・どう、やっ・・・て・・・・・」

倒れ伏す最後の瞬間、僅かに顔を上げ目にしたものは、その口でマフラーを咥え、自分を見下ろしているエロールだった。


「俺が・・・こ・・んな・・・ヤツ・・に・・・」



エロールは自分の足元に倒れるジャックを見下ろす。

最後の瞬間、エロールは首に巻いたマフラーを咥え、口から魔力を流し込み高質化させると、首を振ってジャックの後頭部、後ろ首に叩きつけたのだ。


腕は使えない。足で倒す事もできない。
エロールの最後の一手は口を使った反作用の糸だった。


「はぁ・・・はぁ・・・身の程・・・思い知ったかよ?・・・て言っても、もう・・・聞こえ・・・ねぇか」



エロールは砕かれた両腕に目を落とした。

左腕は完全に潰され、折れた骨が肉を突き破り、血が止めどなく流れ落ちている。
右腕は左腕程ではない。だが腕の中で骨がいくつにも複雑に折れているように感じる。
そして拳を受けた周囲は炎で焼かれ自分の肉を焼く嫌な臭いが鼻につく。

最後に左胸だが、強く痛み呼吸をする事も苦痛に感じる。だが、命は助かったようだ。


戦いは終わった。

エロールは力尽きその場に背中から倒れ込んだ。

文字通り精も根も尽き果てた。


「ヨハン・・・・・俺は、やり遂げた・・・ぞ」


左腕の出血はまずい・・・・・

震える右腕を肩と肘だけ動かし、手の平が左腕に触れるように動かす。

なけなしの魔力を絞りつくし、ヒールを使う。


全身を襲う激しい疲労と痛み、だがもう指一本動かす事もできそうにない。


目がかすむ・・・


エロールの意識はそこで途切れた。
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