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527 追跡 ⑥

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「レイチェル、あれが国境か?」

森を抜けて平地を走り続けていると、少し先の方に壁らしき物が見えて来た。
その壁は終わりが見えない程長く、どこまでも広がっていた。
少なくとも俺の目の届く限りは続いている。

身を隠せそうな場所はあまりないため、蝶の対策として馬車からはかなりの距離を空けている。
見晴らしはいいが、かろうじて肉眼で捉えられるかどうかギリギリの距離だ。
あっちが蝶を出しても、俺達に気付けるか難しいだろう。

「あぁ、あれが国境だ。驚いただろ?私もあの壁がどこまで続いているか、いつ作られたのか知らないんだ。近くで見ると高さもかなりのものなんだぞ」

軽い調子でそう話すレイチェルに、一歩後ろを走るビリージョーさんが口を挟んできた。

「レイチェル、あいつらは自国に戻るだけだから、あのまま国境を抜けるだろう。だが、俺達は通行許可証を持っていない。このままでは通れないぞ。追跡はここまでだ。引き返すぞ」

強い口調に、ビリージョーさんが本気で引き返そうとしている事が伝わってくる。

そう言えば、ビリージョーさんは昨日も国境から先へは行くなと言っていた。
もしや、俺達と一緒に来たのは、ここから先へ行かせないようにするためだったのだろうか。

半歩先を走るレイチェルに顔を向け、どう答えるのか反応を待つと、レイチェルは振り返らずに、少し大きな声で言葉を発した。

「確かに私達は通行証を持っていない。このまま進めば国境の番兵に門前払いをくらうだろう。だったらどうすればいいか・・・私、スピードには自信があるんだよ!」

そう言い終わると、レイチェルの速さが一段増し、俺達をグンと引き離した。

「お、おい!レイチェル!?なにをする気だ!?」
「レイチェル!待て!」

俺とビリージョーさんが揃って声を上げるが、レイチェルは更に加速する。
俺達も全力で走り必死に食らいつくが、レイチェルとの差は開くばかりでとても追いつけない。

俺はこの世界に来てからも毎日トレーニングはかかしていないし、体力には自信があった。
しかし、昨日はその体力でレイチェルに完敗したし、今も全力で走ってるのに引き離される。

「はぁ・・・はぁ・・・こ、ここまでの差が・・・あるのか?」

息を切らし、思わず口をついて出た言葉だった。
この世界に来てからも毎日トレーニングしてるし、俺だって少しは強くなったかなと思ってたけど、こうも自分より上をいかれると、正直ショックはあった。

「アラタ君、レイチェルはな、バリオスさんに毎日毎日、それこそ何年も鍛えられたんだ。自主的に指導を願ってもいたそうだし、レイジェスの他のメンバーよりも、ずっと多くの時間を鍛えてもらっていたようだ。だからそんなに悔しそうな顔をするな、その気持ちがあるならキミはこれからだよ」

顔に出ていたようだ。隣を走るビリージョーさんが、俺にフォローを入れてきた。

「・・・レイチェル、そんなに頑張ってたんですか?」

「あぁ、俺は10年前に城を出たから、ジャレットやミゼルから話しを聞いただけだけどな。でも、こうして力を見せつけられると、本当に頑張ったんだなと思うぜ。三年前は俺の方が上だったんだけどな」

追い抜かれた事を悔しがるような口調だったが、その表情はどこか喜んでいるようにも見える。
レイチェルが14歳の時からの付き合いだと言うし、きっと、子供の成長を喜ぶ親のような心境なのだろう。

「おっと、アラタ君止まれ。これ以上走っても追い付けない。レイチェルは考えなしに突っ込むバカじゃない。本当は引き返したいが、止められないなら、どうするのか見てやろう」

ビリージョーさんが俺の前に手を出して、足を止めるように言ってくる。
それに合わせ俺も少しづつ力を緩めて減速し、そして立ち止まった。

「・・・大丈夫ですかね?丸見えですよ」

「普通はそう思うよな?でも、多分大丈夫だ。アラタ君はレイチェルのトップスピードを見た事があるか?さっきレイチェルがスピードには自信があるって言ってただろ?多分ぶっちぎる気だ」

達観した表情でビリージョーさんは、前を行くレイチェルを眺めている。
国境の門に立つ、2人の番兵まであと100~150メートル程だろうか、そのくらいまで迫った時、番兵も自分達のところに走って来る人影に、気付いたような反応を見せた。

「あ、見つかっ・・・・・た?」


絶句とはまさにこういう事を言うのだろう。

番兵がレイチェルに気付き、俺が言葉を発した瞬間、その二人の番兵が突然倒れたのだ。

・・・一体なにが起きた?

いや、考えるまでも無い。
だって、倒れている番兵の後ろにはレイチェルが立っていて、こっちを向いて手招きしているのだから。





目にも止まらない速さと言うのは、まさに今、レイチェルが実践して見せただろう。

目算だが、レイチェルと国境の門の前に立つ番兵達との間には、少なくとも100メートル以上はあったはずだ。
それを一瞬、瞬き程の一瞬で詰めて、相手が自分の姿を認識する前に意識を刈り取った。

信じられない程のスピードだった。
あれがレイチェルのトップスピードなのか。
冬の寒さとはまた違う種類の寒気を感じ、思わず身震いしてしまった。

レイチェルはマルゴンに負けたと言っていたが、マルゴンはよくレイチェルに勝ったなと、今更ながらに信じられない気持ちになってきた。

「ほら、アラタ君行こうか。見たところ今はあの二人だけらしいが、近くに待機所とかがあるはずだ。早くしないと交代とかで仲間が来るかもしれない。抜けるなら早い方がいい」

ビリージョさんに背中を軽く叩かれ、俺はハッと気が付いた。
つい、レイチェルに目を奪われてしまったが、今は任務に集中しなければ!

気を引き締め直した俺の顔を見て、ビリージョーさんは満足したように頷いた。

「よし、じゃあ行こう」

門の前で俺達を待つレイチェルのところへ、俺とビリージョーさんは足を急がせた。
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