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530 追跡 ⑨

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深い霧の中、ビリージョー・ホワイトは、その左目の義眼で、リンジー、ガラハド、ファビアナ、そしてもう一人、帝国の軍人であろう人物の体温を捉えていた。

アラタが想像した通り、ビリージョーの左目が映すその姿は、サーモグラフィーによく似ていた。
体の中心程、色濃い赤に染まり、肌に近い部分程青く、そして白く色を無くしていく。


ナック村を発つ時に見た三人、その体温は形として覚えている。
間違いない。あの三人だ。
そしてもう一人、初めて見る体温だが、あの三人と一緒にいるところを見ると、この人物が帝国の軍人だろう。

身長は160~165cmくらいだな。体格は小柄だが、体温はやや高めだ。それだけでは言い切れないが、女の可能性が高い。宿の受付の話しじゃ、冷やかしに来たり、金遣いも荒くて、マナーもなってないと散々なヤツっぽいから、男だと思ってたぜ。

ビリージョーがリンジー達に目を集中させている姿を見て、レイチェルとアラタは目を閉じて、耳に神経を集中させた。



当然だが、十数メートルも離れた場所の会話なんて、普通は聞き取る事ができない。
だが、レイチェルの驚異的な身体能力は、耳に全神経を集中させた事により、聞こえるはずの無い会話を断片的にだが、捉える事に成功していた。


【あら、やっ・・クインズ・・・は申し出・断った・・・帝国を・・に強気じゃ・・・」

【確かに伝え・・・俺達・・務はここ・・だ】

【あら、相変・・・つれないわね・・そんなん・・・いつま・・独身なのよ】

【余計なお・・・・さぁ、情報・・上だ。もう・・だろ。帰らせ・・・う】


【それは駄目よぉ、だって、いたずらネズミがこっちを見てるじゃない?始末してくれなきゃ】


突如その女はこっちに振り向き、まるで私達に聞かせるかのように、ハッキリと声を向けて言った。


「バレてるぞ!」

私は声を上げると同時に、腰に下げた二本の鞘からナイフを抜き取り、両手に構えた。

反応の速さはアラタもビリージョーさんも同じだった。
一瞬で状況を理解したアラタは、拳を構えて臨戦態勢に入り、ビリージョーさんも壁から一歩後ろに飛び退いた。


「なっ!?」

私達が臨戦態勢に入るとほぼ同時に、私の目の前には鉄の棒を振り被ったガラハドが迫っていた。
速い!

190cmはあろう巨体から振り下ろされる太い鉄の棒が、私に向けて振り下ろされる。
角度から、狙いが私の左肩だというのは読めた。
パワーは私が太刀打ちできるものではない。ゆえにナイフで受けると言う選択は無い。

私は上半身を思い切りのけ反らし、ガラハドの一撃を紙一重で躱す。
振り下ろされた鉄の棒の風圧に、体が押されそうになる。

背をのけ反らせた反動を利用し、私はそのまま大地を蹴り上げ、体を後方に回転させながら左足を大きく振り上げた。

鉄の棒を振り下ろした事により、ガラハドの上半身は前のめりになっている。

「丁度良いところに顔があるじゃないか」

レイチェルの左足がガラハドの顎を蹴り上げた。




跳ね上げられた下顎は、強烈に上顎とかち合わせられる。
その衝撃によって何本かの歯が折れたのだろう。耳障りで嫌な音が脳に響いた。
口から吐き出された血が宙に撒き散らかされ、己の血による赤が視界を染める。


この女の動きは、実に滑らかで美しくすらある。
俺の一撃を後方に回転しながら避け、それと同時に顎を蹴り上げる。
不意を突かれたこの場面で、回避と攻撃を同時にやってのけるとは、並々ならぬ戦闘能力だ。



ガラハドの攻撃に対して、レイチェルの回避、それに伴う同時攻撃は、これ以上ないと言える行動だった。

レイチェルに油断はなかった。

誤算があったとすれば、それはガラハドが攻撃を避けられた事、反撃を受けた事に対して、精神的な動揺も、痛みや怒りの反応も示さず、粛々と最良の一手を判断し、行動に移した事である。


後方に回転しながら飛んだレイチェルが、着地するまでのほんの一瞬の間に、体勢を立て直したガラハドは、地を蹴り飛び掛かっていた

レイチェルの足が地面に着くか着かないか、その狭間で、ガラハドの鉄の棒による突きがレイチェルの腹を捉えた。



まずい!回避はできない!
レイチェルは現状でできる唯一の防御手段として、両手で腹を抱きしめるように護った。

その直後、硬く重い衝撃が両腕を貫き、腹にまで衝撃を与えてレイチェルをはるか後方に突き飛ばした。

十数メートルは飛ばされただろうか。
二度三度、地面に背中を打ち付けながら転がされ、やっと止まった時には、レイチェルはアラタ達とだいぶ離されていた。

くっ!こいつ!
両腕の強い痛み、腹の中がかき回されるような感覚に、顔をしかめ、座り込みたい衝動にかられるが、レイチェルは間を空けずに飛び起きた。

なぜなら、迫ってきているからだ。


見なくても分かる。
さっきのあの反応、あれは自分の痛みにかまける事なく、ただ目的遂行を第一に考え動く男だ。
ゆえに、私がこうして倒れているのに、のんびり手を休めてお話ししよう、なんて事になる訳が無い!
お前は私を無力化させるために追撃を仕掛けてくるはずだ!

起き上がったレイチェルの目に飛び込んできたのは、すでに後一歩のところまで迫ったガラハドが、鉄の棒を右から左へと、薙ぎ払うように振るったところだった。



ガードしたとはいえ、俺の突きの直撃を受けたのに、すぐさま飛び起きるタフさと、危機に対する判断力は見事だ。
お前個人に対する恨みも憎しみもない。
クインズベリーでは世話にもなったし、話した印象から善人だという事も分かった。

まさか国境を越えてまで追跡してくるとはな。
やはり、昨日のうちに倒しておくべきだったかもしれん。
ヤツの目が無い場所でなら、軽く痛めつけるくらいで見逃す事もできた。

だがこの現場を、俺達と帝国の繋がりを見られた以上は、ここで潰させてもらう!

「ウオォォォォォォーッツ!」

獣のように大きく口を開け、ガラハドは叫び声を上げた。




この男、この巨体に見合わない速さだ!そしてパワーは私を大きく上回っている。
痛みも恐れず向かってくるし、厄介な相手だ。

しかも今の一撃で両手が振るえて拳を握る事もできない。当然ナイフも落としてしまった。
我ながら酷い状況だ。苦笑いもでないよ。

けどね!


完全に私の体を捉えたように見えたガラハドの鉄の棒。しかしそれは空を切り、驚きにガラハドは目を見張った。

その時すでに、私はガラハドの背後を取っていた。

「私、スピードには自信があるんだよ」

振り返ったガラハドの顔面を、全力で蹴り抜いた。
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