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566 朝礼と出発の時間
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「ディリアン、初対面でいきなり人の店を貶すとはいい度胸じゃないか?その喧嘩買わせてもらうよ。さぁ、遠慮しないで反撃をしてきたらどうだい?」
レイチェルはディリアンの胸倉を掴み、右手一本で高々と持ち上げている。
首を絞められる苦しさから逃れようと、ディリアンは両手でレイチェルの右手を掴み、空宙で足をバタつかせている。必死にレイチェルの手を離そうともがいているが、魔法使いのディリアンの腕力ではどうする事もできない。
「ぐぅ!て、てめぇっ!この、く、くそ女がぁ!」
ディリアンの顔が苦しみと怒りに赤く染まると、レイチェルの手を掴んでいた両手が青く光りだした。
「むっ!?」
両手から発せられる青い光は細く長く伸び出し、自身の胸倉を掴むレイチェルの右腕に、絡みつくようにまとわり出した。
右手首から右肘、右肘から右肩へ、まるで縄で締め上げるようにグルグルとレイチェルの右腕を拘束すると、そのまま自分の胸倉を掴むレイチェルの手を、力任せに引き剥がした。
「ゲホッ!ゲホッ!ふぅ、はぁ・・・この、くそ女ぁ!覚悟できてんだろうな!」
拘束を解かれたディリアンは、そのまま床に落下し倒れこんだ。
苦しそうに首に手をあて咳き込みながら、ゆっくりと立ち上がりレイチェルを睨みつけた。
「・・・ふむ、これがお前の魔道具か?魔力をロープのように伸ばせるのか。しかも私の手を力任せに引き離す程の強さとはな。応用も利きそうだし、良い能力じゃないか」
しかしレイチェルはそんなディリアンに余所に、いまだに自分の右腕を拘束する、青い魔力の縄を興味深そうに眺めている。
女性に片手で持ち上げられた事、そしてこうもずさんな扱いを受けた事で、ディリアンの怒りが爆発した。
「何余裕こいてんだよ!そのまま絞め殺してやらぁ!」
全身から青く輝く魔力が放出される。
左手をレイチェルに向けて拳を握ると、レイチェルの右肩で止まっていた青い魔力の縄が、レイチェルの喉元を目掛けて巻き付こうと飛び掛かった。
「遠隔操作もできるとは、ますます良い魔道具だが・・・使い手が三流だな」
「はぁ?うっ・・・!?」
ディリアンの青い魔力の縄がレイチェルの喉に触れる寸前、レイチェルは反応さえできないスピードで距離を詰め、自由な左手でディリアンの顔を鷲掴みにしていた。
「咄嗟にこの魔道具を止めたのは正解だ。もし私の喉を絞め上げようとしていたなら、お前の頭をこのまま壁に叩きつけなければならないところだった」
冷笑を浮かべ、よく通る声で話すレイチェルに、ディリアンの全身から一気に汗が噴き出した。
この女は本気でやる。脅しや虚構ではなく、それが本気だと感じ取れたからである。
ディリアンは公爵家という権力を、ひけらかす事はしなかった。
それはディリアンの自尊心の問題だが、それでもこの時ばかりは頭をよぎらざるを得なかった。
公爵家の自分にこんな真似をして、この女はただで済むと思っているのか?・・・と。
「・・・分かった。俺の負けだ。発言を撤回する。すまなかった」
降伏する意思を表すように両手を上げ、謝罪の言葉を述べると、レイチェルも顔を掴んでいた左手を離した。
「謝罪を受け入れよう。手荒な事をしたが、この店は私達にとって自分の家も同然。そして店長がこの街に住む人々のために造った店なんだ。そこを理解してもらいたい」
「・・・あぁ、分かったよ。俺ももうあんたを怒らすのはこりごりだぜ・・・」
ディリアンが溜息を付くと、レイチェルの右腕に絡みついていた青い魔力の縄が霧のように拡散され、ディリアンの体に吸い込まれるように戻って行く。
「へぇ・・・一度使った魔力でも、そうやって吸収して戻す事もできるのか。よければその魔道具を見せてはくれないだろうか?」
たった今まで、殺し合いにすらなりかねなかった雰囲気だったにも関わらず、レイチェルはむしろ親しみすら感じさせる顔で話しかける。
それをどう受け取ったかは分からない。
けれどディリアンは、真意を探るかのように、少しだけ黙ってレイチェルの顔を見つめた後、フッと笑ってブルゾンを脱ぐと、中のシャツをたくし上げた。
「・・・流動の石。これが俺の魔道具だ」
へそのすぐ横に、小指の爪くらいの白くて丸い石が見える。
石の小ささに、レイチェルが近づいて見ようとすると、それまで事の成り行きを見守っていたアラタ達も、どれどれと言って近づいて行った。
「あぁ!?おい、お前ら見世物じゃねぇんだぞ!?なにゾロゾロ集まってんだよ!?」
「まぁまぁ、気にするな。なんでこんな場所に付けてるんだい?」
みんなが一斉に集まった事で、若干の戸惑いと文句を口にするディリアンだが、レイチェルは全く意に介さず自分の気になった事を問いかける。
「体の中心に魔力の媒介を付ける事で、全身に均等に力を行き渡らせてるのね。右手でも左手でも、その気になれば足でも頭からでも、さっきと同じ事ができると思うわ」
レイチェルの隣で屈んだシルヴィアが、デリアンのへそを見つめながらその問いに答えた。
「ふ~ん・・・よく考えてるわね。レイチェルの言う通り応用が利く便利な魔道具だわ。ねぇ、あなた、これ自分で作ったの?」
へそを見つめられた後、上目遣いにシルヴィアに顔を見つめられ、ディリアンは言葉を詰まらせる。少し顔を赤くして勢いよくシャツを下ろした。
「う、うるっせぇな!じろじろ見てんじゃねぇよ。そうだよ、俺が自分で作ったんだよ!」
「あら、照れてるのかしら?可愛いわね」
白に近いウェーブがかった髪を耳にかけ、シルヴィアが妖艶な笑みを浮かべると、ディリアンは顔をそむけ、黙ってしまった。
「おいおい、その辺にしとけよ。もう時間じゃねぇのか?」
見かねたミゼルが助け舟を出し、レイチェル達をディリアンから離す。
「おいジャレット、もう時間だ。なんか変な空気になってっけど、簡単に朝礼だけ頼む」
ミゼルがジャレットに流れを引き継ぐと、ジャレットは、おう、と頷き、一つ咳払いをして言葉を発した。
自然と全員が立っていた。テーブを囲む形で、全員がテーブルの真ん中の席で立つ、ジャレットに目を向けている。
「あ~、それじゃあ朝礼を始めるぞ。おざーっす!」
こんな時でもいつも通り挨拶から入るジャレットに、クスクスと笑いがもれる。
なに笑ってんだよ。と軽い調子で文句を言うジャレットに、シルヴィアは、なんでもないわ続けて、と口に手を当てながら続きを促す。
「あ~、それじゃあ店の事は居残りメンバーで後から話すとして、今日はレイチー達がロンズデールに行く日だ。帰りはいつになるか分からないけど、俺達は写しの鏡で連絡が取れる。だから、あまり心配し過ぎない事。向こうにも闇に呑まれたヤツがいる可能性が高いようだから、戦闘は避けられないかもしれない。けど見て見ろこのメンバーを・・・負けると思うか?」
ジャレットが玄関口で固まっている、アラタ達ロンズデール組に顔を向けると、みんなも釣られるようにそっちに顔を向ける。
「ふっ、まぁこの私、シャクール・バルデスがいるのだ。何も心配する事はないぞ。そうだろサリー?」
「はい。戦場はロンズデールですから、バルデス様も本気を出してよろしいかと。であれば、何者もバルデス様におよぶはずがありません」
注目を集めたバルデスが、さも当然と言うように語ると、サリーもまた、至極当たり前の事を言うように言葉を返した。
「ははは、すごい自信だね。でも、実際に僕はまるで相手にならなかったから、実力に裏付けされたものだしね」
「うん、それはそうなんだけど・・・ちょっとうっとおしい」
ジーンとユーリの二人は実際にシャクール・バルデスと戦っている。
結果としては勝利を治めているが、純粋な実力を見れば大きな開きがあった事は事実である。
「頼もしいじゃねぇか、お二人さん。それとディリアン、お前も頼りにしてるぞ。そのスゲー魔道具でみんなを助けてくれよな」
軽い調子でジャレットに声をかけられる。
ディリアンは目を合わせる事はしなかったが、顔の前で軽く手を振り応えた。
アラタ、レイチェル、ビリージョーも、それぞれが激励の言葉をかけてもらったところで、時計の針は八時三十分を差した。
レイジェス開店の時間であり、アラタ達の出発の時間だった。
レイチェルはディリアンの胸倉を掴み、右手一本で高々と持ち上げている。
首を絞められる苦しさから逃れようと、ディリアンは両手でレイチェルの右手を掴み、空宙で足をバタつかせている。必死にレイチェルの手を離そうともがいているが、魔法使いのディリアンの腕力ではどうする事もできない。
「ぐぅ!て、てめぇっ!この、く、くそ女がぁ!」
ディリアンの顔が苦しみと怒りに赤く染まると、レイチェルの手を掴んでいた両手が青く光りだした。
「むっ!?」
両手から発せられる青い光は細く長く伸び出し、自身の胸倉を掴むレイチェルの右腕に、絡みつくようにまとわり出した。
右手首から右肘、右肘から右肩へ、まるで縄で締め上げるようにグルグルとレイチェルの右腕を拘束すると、そのまま自分の胸倉を掴むレイチェルの手を、力任せに引き剥がした。
「ゲホッ!ゲホッ!ふぅ、はぁ・・・この、くそ女ぁ!覚悟できてんだろうな!」
拘束を解かれたディリアンは、そのまま床に落下し倒れこんだ。
苦しそうに首に手をあて咳き込みながら、ゆっくりと立ち上がりレイチェルを睨みつけた。
「・・・ふむ、これがお前の魔道具か?魔力をロープのように伸ばせるのか。しかも私の手を力任せに引き離す程の強さとはな。応用も利きそうだし、良い能力じゃないか」
しかしレイチェルはそんなディリアンに余所に、いまだに自分の右腕を拘束する、青い魔力の縄を興味深そうに眺めている。
女性に片手で持ち上げられた事、そしてこうもずさんな扱いを受けた事で、ディリアンの怒りが爆発した。
「何余裕こいてんだよ!そのまま絞め殺してやらぁ!」
全身から青く輝く魔力が放出される。
左手をレイチェルに向けて拳を握ると、レイチェルの右肩で止まっていた青い魔力の縄が、レイチェルの喉元を目掛けて巻き付こうと飛び掛かった。
「遠隔操作もできるとは、ますます良い魔道具だが・・・使い手が三流だな」
「はぁ?うっ・・・!?」
ディリアンの青い魔力の縄がレイチェルの喉に触れる寸前、レイチェルは反応さえできないスピードで距離を詰め、自由な左手でディリアンの顔を鷲掴みにしていた。
「咄嗟にこの魔道具を止めたのは正解だ。もし私の喉を絞め上げようとしていたなら、お前の頭をこのまま壁に叩きつけなければならないところだった」
冷笑を浮かべ、よく通る声で話すレイチェルに、ディリアンの全身から一気に汗が噴き出した。
この女は本気でやる。脅しや虚構ではなく、それが本気だと感じ取れたからである。
ディリアンは公爵家という権力を、ひけらかす事はしなかった。
それはディリアンの自尊心の問題だが、それでもこの時ばかりは頭をよぎらざるを得なかった。
公爵家の自分にこんな真似をして、この女はただで済むと思っているのか?・・・と。
「・・・分かった。俺の負けだ。発言を撤回する。すまなかった」
降伏する意思を表すように両手を上げ、謝罪の言葉を述べると、レイチェルも顔を掴んでいた左手を離した。
「謝罪を受け入れよう。手荒な事をしたが、この店は私達にとって自分の家も同然。そして店長がこの街に住む人々のために造った店なんだ。そこを理解してもらいたい」
「・・・あぁ、分かったよ。俺ももうあんたを怒らすのはこりごりだぜ・・・」
ディリアンが溜息を付くと、レイチェルの右腕に絡みついていた青い魔力の縄が霧のように拡散され、ディリアンの体に吸い込まれるように戻って行く。
「へぇ・・・一度使った魔力でも、そうやって吸収して戻す事もできるのか。よければその魔道具を見せてはくれないだろうか?」
たった今まで、殺し合いにすらなりかねなかった雰囲気だったにも関わらず、レイチェルはむしろ親しみすら感じさせる顔で話しかける。
それをどう受け取ったかは分からない。
けれどディリアンは、真意を探るかのように、少しだけ黙ってレイチェルの顔を見つめた後、フッと笑ってブルゾンを脱ぐと、中のシャツをたくし上げた。
「・・・流動の石。これが俺の魔道具だ」
へそのすぐ横に、小指の爪くらいの白くて丸い石が見える。
石の小ささに、レイチェルが近づいて見ようとすると、それまで事の成り行きを見守っていたアラタ達も、どれどれと言って近づいて行った。
「あぁ!?おい、お前ら見世物じゃねぇんだぞ!?なにゾロゾロ集まってんだよ!?」
「まぁまぁ、気にするな。なんでこんな場所に付けてるんだい?」
みんなが一斉に集まった事で、若干の戸惑いと文句を口にするディリアンだが、レイチェルは全く意に介さず自分の気になった事を問いかける。
「体の中心に魔力の媒介を付ける事で、全身に均等に力を行き渡らせてるのね。右手でも左手でも、その気になれば足でも頭からでも、さっきと同じ事ができると思うわ」
レイチェルの隣で屈んだシルヴィアが、デリアンのへそを見つめながらその問いに答えた。
「ふ~ん・・・よく考えてるわね。レイチェルの言う通り応用が利く便利な魔道具だわ。ねぇ、あなた、これ自分で作ったの?」
へそを見つめられた後、上目遣いにシルヴィアに顔を見つめられ、ディリアンは言葉を詰まらせる。少し顔を赤くして勢いよくシャツを下ろした。
「う、うるっせぇな!じろじろ見てんじゃねぇよ。そうだよ、俺が自分で作ったんだよ!」
「あら、照れてるのかしら?可愛いわね」
白に近いウェーブがかった髪を耳にかけ、シルヴィアが妖艶な笑みを浮かべると、ディリアンは顔をそむけ、黙ってしまった。
「おいおい、その辺にしとけよ。もう時間じゃねぇのか?」
見かねたミゼルが助け舟を出し、レイチェル達をディリアンから離す。
「おいジャレット、もう時間だ。なんか変な空気になってっけど、簡単に朝礼だけ頼む」
ミゼルがジャレットに流れを引き継ぐと、ジャレットは、おう、と頷き、一つ咳払いをして言葉を発した。
自然と全員が立っていた。テーブを囲む形で、全員がテーブルの真ん中の席で立つ、ジャレットに目を向けている。
「あ~、それじゃあ朝礼を始めるぞ。おざーっす!」
こんな時でもいつも通り挨拶から入るジャレットに、クスクスと笑いがもれる。
なに笑ってんだよ。と軽い調子で文句を言うジャレットに、シルヴィアは、なんでもないわ続けて、と口に手を当てながら続きを促す。
「あ~、それじゃあ店の事は居残りメンバーで後から話すとして、今日はレイチー達がロンズデールに行く日だ。帰りはいつになるか分からないけど、俺達は写しの鏡で連絡が取れる。だから、あまり心配し過ぎない事。向こうにも闇に呑まれたヤツがいる可能性が高いようだから、戦闘は避けられないかもしれない。けど見て見ろこのメンバーを・・・負けると思うか?」
ジャレットが玄関口で固まっている、アラタ達ロンズデール組に顔を向けると、みんなも釣られるようにそっちに顔を向ける。
「ふっ、まぁこの私、シャクール・バルデスがいるのだ。何も心配する事はないぞ。そうだろサリー?」
「はい。戦場はロンズデールですから、バルデス様も本気を出してよろしいかと。であれば、何者もバルデス様におよぶはずがありません」
注目を集めたバルデスが、さも当然と言うように語ると、サリーもまた、至極当たり前の事を言うように言葉を返した。
「ははは、すごい自信だね。でも、実際に僕はまるで相手にならなかったから、実力に裏付けされたものだしね」
「うん、それはそうなんだけど・・・ちょっとうっとおしい」
ジーンとユーリの二人は実際にシャクール・バルデスと戦っている。
結果としては勝利を治めているが、純粋な実力を見れば大きな開きがあった事は事実である。
「頼もしいじゃねぇか、お二人さん。それとディリアン、お前も頼りにしてるぞ。そのスゲー魔道具でみんなを助けてくれよな」
軽い調子でジャレットに声をかけられる。
ディリアンは目を合わせる事はしなかったが、顔の前で軽く手を振り応えた。
アラタ、レイチェル、ビリージョーも、それぞれが激励の言葉をかけてもらったところで、時計の針は八時三十分を差した。
レイジェス開店の時間であり、アラタ達の出発の時間だった。
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