9 / 25
ルーハドルツ編
それはお断り
しおりを挟む「とりあえずこの体勢だと話しにくいから下ろしてくれる?」
アンナは今もカルムの膝の上でしっかりと腰に手を回されて固定されている。1秒でも早くこの状況を終わらせたかった。
「最後までするつもりだったけどあまり時間もないし、仕方ないな。」
あまり意味を理解したくない恐ろしいことを言いながらも、カルムは手を離してくれた。
アンナがベッドの淵に座ると、カルムもその横に座った。離してくれてよかったとアンナは内心安堵していた。
「貴方はまだ若い。一度外の世界を見て回って、それからここに戻ってきてもいいでしょう?
その代わり、私も何の見返りもなしに誘拐犯になりはしない。貴方には私の目的に協力してもらいたい。」
「君の目的?」
カルムの目が捕食者のものから、こちらの出方を伺うような視線に変わった。
「レイゼルト・イーディスを殺すことよ。」
カルムは俯いて考え込んでいる様子だった。彫刻のように整った横顔だった。
「確か君は横領の罪で捕まって、その告発者はレイゼルト・イーディスだったっけ?
殺したいのはその恨みで?」
「それもあるけど……こんなこと私が言ったって信じてもらえないかもしれないけど、私は横領なんてしていない。レイゼルトが私を投獄したのは好みじゃない私を自分から遠ざけたかったから。」
「へぇ。こんなに可愛い子をね……」
言われ慣れていない言葉を言われるといちいち照れてしまう。
「……散々周りに嘘をつかれてきた人生だからね。特に女の子の嘘は見抜けるんだ。
だから分かるよ。君は本当のことを言ってるって。僕は君を信じる。」
勇者と呼ばれる人物が嘘の告発をしたと悪女が言う。そんな状況にも関わらず、信じると言われてアンナは心底驚いた。
「だけど僕にも事情があってね。君の実力を知りたいし、ここを出る前にやらなければならないこともある。君の提案に乗るかは、それが終わってから決めさせてほしい。」
「やりたいことって?」
「実は今探している子がいてね。
ミレイ・サキュラという学園の生徒なんだけど、知られてはいけないことを知られてしまって……」
ミレイ・サキュラ。主人公の攻略対象ヒロインの一人だ。
その名前を聞いて一気に記憶が蘇ってきた。そもそもカルムが主人公と対立するのは、ミレイが主人公に助けを求めたからだ。
ミレイはカルムの父の違法薬物の取引現場を見てしまう。正義感の強いミレイは告発しようとするけれど、カルムに見つかって追われることに。
カルムはミレイの記憶を消すためミレイの引き渡しを求め、主人公はそれに応じず戦いへ。その結果主人公側が勝利し、シュナン家の評判は地に落ちる。カルムの父、ダミクは逮捕され、カルムの女癖の悪さも明らかになる。そして、助けられたミレイは主人公と共に旅をすることになる。それがゲームの中で起こる出来事の流れだ。
まだカルムに見つかっておらず、もちろんレイゼルトもこの街には辿り着いていない。そうなると、主人公と初めて出会った場所にミレイはまだ隠れているはず。
「わかった。貴方に協力するわ。でもその前にロキと合流させてよ。」
「ああ、君のナイトならこっちに向かっているみたいだ。窓ガラスを突き破ってでも入ってきそうな剣幕らしいから、無駄に壊されるのも嫌だしこの部屋に来てもらうように伝えるよ。」
ロキが自分のことを探していると知って、アンナは少し嬉しかった。
「そういえばここって貴方の家なの?」
「いや、違うよ。流石に自分の家に攫った女の子を連れ込んだりはできないから、それ用に別で借りてる部屋だよ。」
女を抱くために部屋を借りるってどんな神経よ、とアンナが心の中で突っ込みを入れていると、不意にカルムに肩を掴まれた。そのままカルムの方に引き寄せられ耳元で囁かれた。
「アンナ、続きはまた今度しようね。」
アンナの顔が耳まで赤くなる。
「それはお断り!」
「ハハッ。からかい甲斐があるね、アンナは。」
本当に油断も隙もない男だ。アンナは怒りを込めて睨め付けたが、カルムは気にも留めていない様子だった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「アンナ!」
しばらくすると、ロキが部屋の中に駆け込んできた。ロキと一緒にアンナにカフェテラスで声をかけてきた、ピンク髪の少女がいる。
ロキはアンナの姿を見つけると目にも止まらぬ速さで近づいてきた。
「無事か?怪我はしてないか?」
「ええ。平気よ。」
何もされてないとは言い難いが、ロキに話すのも恥ずかしいので言わなかった。
ロキは安心した様子で息を吐いた。それからカルム方に向き直ると尋ねた。
「アンナを攫ってどういうつもりだ?王国からの命令か?」
ロキの手が剣の柄にかかっている。今にも切り掛かっていきそうな様子だった。
「違う違う。王国に引き渡せばアンナは処刑されるんだろう?僕は彼女をそんな目に遭わせたりしないよ。僕はただアンナ・リリスという少女に興味があっただけさ。」
カルムの方は戦う気はないと示すように両手を上げている。
「……下衆だな。」
聞いたこともないような低い声でロキが呟いた。
二人の間に流れる剣呑とした空気で、アンナは息が詰まりそうになった。ゲーム内でこの二人が対面することはないけれど、誠実な性格のロキと自由を愛するカルム。相性は最悪のようだ。
「騎士さん、すっごい怒ってて怖かったんだよ。カルム、この貸しは大きいからね。」
ピリついた空気など気にしていない様子で、ピンク髪の女の子が頬を膨らませて言った。
「ごめんね、ローラ。感謝してるよ。」
ローラははいはい、と言いながらソファに座ると、部屋の棚の上にあった缶からクッキーを取り出して食べ始めた。
「闇魔女ちゃんにミレイちゃん探すの協力してもらうっていっても、別に闇の魔力って探索に優れてるとかないんじゃない?私の魔法で街中ずっと見張ってるのに一切姿が見えないんだよ。」
「だから私に気が付いたの?」
何故こちらの動きが筒抜けになっていたのか、アンナはずっと疑問に思っていた。
「そっ!ミレイちゃんのついでにカルムに頼まれて闇魔女ちゃん探してたから。」
ミレイのついでで探されていたとは、迷惑な話だ。
「私、ミレイ・サキュラの居場所に心当たりがあるわ。」
ともかくミレイを見つけて、彼女を説得するのが今は優先だ。
「それは本当かい?」
カルムの問いかけにアンナは頷く。
「最後にミレイ・サキュラの姿を見たのは?」
「えっと、学園本部でカルムがミレイちゃんに見られたのに気が付いて、高等部とか図書館とかある辺りにミレイちゃんは逃げてったの。で、そっから姿が見えなくなっちゃった。でも近くの建物はしっかり捜索したんだよ。」
「ピグミーテントと同じ原理だわ。恐らく彼女は図書館の本の中よ。」
「あー、確かにそれあり得るかも!」
ローラがパチンと指を鳴らした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる