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ルーハドルツ編
説得が無理なら
しおりを挟むアンナ達はルーハドルツ魔法学園内の図書館に来ていた。ルーハドルツの街並みと同じ茶色と、金色を基調にした館内。天井まで高さがある本棚が壁に沿ってずらりと並んでいた。
閉館時間を過ぎているのでアンナ達の他に人はいない。カルムがいるから、学園関係者に話を通してもらってすんなりと入ることができた。
そもそもゲームの中ではマリアが図書館に寄りたいと言い出したのをきっかけに、ここに立ち寄ることとなる。本に夢中なマリアを待つ間、勇者の伝記を読もうとした主人公はミレイの助けを求める声を聞く。そして、図書館の本の中にいる彼女に出会って助けを求められるという流れだ。
伝記のあるコーナーの辺りにアンナは歩みを進めた。
「どう?」
魔力探知が得意というローラにアンナは尋ねる。
「うん!微かだけど、この本から魔力を感じるよ。」
『闇の魔術の歴史』というタイトルの本をローラは指差す。アンナが本を開くと、本から眩い光が放たれて、一人の少女が現れた。
長い茶髪を高いところで一つに結んで、少しつった目が印象的な少女、ミレイ・サキュラだった。
ミレイは怯えた様子だったが、その黒い目には強い光が宿っていた。
「……本の中に隠れるとは考えたね。」
カルムに話しかけられてミレイはびくりと身体を震わせた。
「……寮に帰るのも面倒くさいって子が私の友達にいて、その子のスペアの家を借りたんです。」
ミレイはそう答えながらも、どうにか逃げる方法を探している様子だった。
「シュナン先輩、尊敬してたのに……どうしてこんなことに加担するんですか?学長の悪事は私が暴きます!」
気丈に振る舞っていたが、ミレイの声は少し上ずっていた。自分でもミレイの立場なら恐怖を感じざるを得ないだろう。闇の魔女と堕ちた騎士、敵の魔術師に囲まれているのだ。
「君に危害を加えるつもりはないよ。記憶は消させてもらうけど。」
やはりそうか、とアンナは眉を寄せる。カルムの協力を得ることが目的だったが、可能ならミレイの信頼も得たい。
「カルム、待って。」
「アンナ、何故止めるんだい?」
「ミレイの記憶を消せばこの場は凌げるかもしれない。だけど、また誰かに見られたらどうするの?貴方がするべきことは父親に薬の使用を辞めさせることよ。」
カルムは困ったように笑う。
「父さんはやめないよ。
魔法学園はここだけじゃない。ルーハドルツの他にこの国に三校ある。そして五年に一度開かれる四校の対抗戦で、この学園は常に一位を保ってきた。だけど、近年力をつけてきたライバル校があって、このままではきっといつかこの学園は負けてしまう。焦った父さんは近づいてきた売人の誘いに乗ったよ。魔力を引き出す薬を買わないかという誘いにね。」
「副作用で魔力の暴走を起こす可能性があるから禁止されてる違法薬物なんですよ!それを生徒に使うなんてどれほど危険か分かって言っているんですか!」
ミレイが耳が痛くなるほどの大声で叫んだ。
「分かってるよ……だけど父さんは僕の言うことなんて聞き入れはしない。それならば僕にできることは父さんの悪事を隠すことだけだ。」
アンナはハッとした。カルムもまだ高校三年生の学生なのだ。恋愛面で早熟なせいで見えていなかったけれど、親の庇護下に置かれていて当然の年齢だ。カルムの年相応の顔が見えた気がした。
だからといってアンナも引き下がるわけにはいかない。
「カルム、これからもそうやってずっと諦めていくつもりなの?貴方はどう思う?貴方が学長ならどうするの?」
「僕が学長ならこんなことはしない。でも父さんは自分の代で伝統が切れるのを恐れて、冷静な判断ができなくなっている。言っても聞かないよ。」
ずっと黙っていたローラが口を挟んだ。
「魔女っ子ちゃん、止めてよ。
カルム、ミレイちゃんも見つかったし、もう終わりにしよ!」
ローラは大きな丸い目で、気遣わしげにカルムを見ていた。
ローラの様子を見るに、カルムにとって父親に逆らうというのは相当な勇気がいることなのだろう。それに、カルムの父親はカルムのことを真の意味で愛してはいない。実の息子であるカルムが言っても説得に応じないというのも、強ち間違いではないのかもしれない。
「説得が無理なら物理行使よ。私だけではできないわ。カルム、貴方の協力が必要よ。」
「…………」
カルムは答えない。アンナは畳み掛けるように続ける。
「一度やってみましょうよ。私に操られてたってことにすればいいじゃない。ここを出るのが嫌なら、全部終わった後に操りから解放されたってことにして元の生活に戻ればいいのよ。」
カルムはひどく悩んでいる様子だった。痺れを切らしたようにロキが口を挟む。
「アンナ、魔力がどんなに強くても他人の言いなりにしか動けない人間を味方にすることが得策とは思えない。まして本人にその気がないんなら、この街に長居する意味はない。出よう。」
「ロキ、もう少し待って。」
ロキのカルムに対する印象は良くないし、人目につく街の中に長居する危険性もわかる。けれど、あの男を確実に殺すためにカルムの力は欲しい。アンナは祈るような気持ちでカルムを見つめた。
「…………分かった。やるよ。」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でカルムが答えた。
アンナの顔が晴れる。
「本当?分かってくれたみたいで良かった。
……それにしても、あなたの境遇は気の毒ね。」
「……えっ?」
カルムは愕然とした様子でアンナの方を向いた。アンナはカルムを傷つけてしまったのかと焦った。
「気を悪くしてしまったならごめんなさい。でも生まれた時から決められた将来があって、自由になることが少ないのも辛いだろうなって思って……」
「……いや、いいんだ。初めて言われて驚いただけだよ。」
カルムはそう答えたが、どこか上の空で別のことを考えている様子だった。
「そう?じゃあ早速、作戦を立てましょうか。」
「…ああ、そうだね。場所を変えようか。」
アンナ達は元々いたカルムが借りている部屋に戻ることにした。
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