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ルーハドルツ編

これじゃどっちが誘拐犯か分からないわね

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 アンナはカルムの魔法で学園本部の建物から移動した。
 アンナが降り立ったのは以前誘拐されて連れてこられた部屋とは別の部屋だった。あの部屋と同じで生活感のない部屋だ。
 辺りを見渡してもカルムと自分しかいない。


「あら、二人は?」


「別の場所に飛ばした。少し君と二人きりで話がしたかったから。」


 そう言うと、カルムはアンナの腕を掴んで自分の方へ引いた。突然のことで驚いたアンナは、なされるがままカルムの方に倒れ込んだ。そのままきつく抱き締められた。
 この前とは違う。捕らえることが目的というよりは縋り付いてきているような抱き締め方だった。強い魔法を使った後で、カルムの身体は熱を持っていた。


「ずっと考えてたんだ。君に『気の毒な境遇』だって言われて。
みんな言うよ。家柄、容姿、魔力全て持って生まれた僕を羨ましいって。だけど羨ましがられている僕自身はこの生活を少しも幸せだと思えなかった。
シュナン家の後継になる責任は重いし、魔法の訓練ばかりで友達と遊ぶ時間もない。
だけど周りの人たちは幸せな境遇と呼ぶから、幸せに思えない僕自身に欠陥があるんだって思ってたんだ。」


「それは、辛かったでしょうね……」


 カルムの表情は見えない。けれど、いつものようにどこか作ったようなキザな話し方ではなくて、まるで幼子が助けを求めるような声だった。多分、顔を見せたくないからアンナを抱き締めたのだろう。


「そうだね。だけど君に気の毒だって言ってもらえたすごく救われた気がした。
多分僕はそう言ってくれる相手がずっと……欲しかったんだなって。」


 アンナはカルムの等身大の姿にやっと触れられた気がした。


「貴方のお父様、貴方の気を悪くさせたいわけじゃないのだけれど、とても貴方自身の幸せを考えているようには見えなかった。
貴方はシュナン家の人間である前に貴方なんだから。自分の幸せを考えてもいいのよ。」


「……うん。迷ったけれど、一度自分のやりたいように行動してみようって決心したよ。それなら僕は君のそばにいたいって思ったんだ。」
 

 カルムはアンナの身体を少し離すと、アンナの顔を見つめて言った。


「アンナ、僕を攫ってくれるかい?」


 カルムに真剣な顔で見つめられて、アンナは頬に熱が昇ってくるのを感じた。誤魔化すように少し笑ってからアンナは答えた。


「もちろんよ。だけど、これじゃどっちが誘拐犯か分からないわね。」 



✳︎✳︎✳︎✳︎



 ロキとミレイと合流すると、罰が悪そうな表情でミレイがアンナに話しかけてきた。


「あの……その、悪かったわ。」


「えっ?」


 ミレイは顔を真っ赤にしていた。


「貴女の言う通り、確かに周りの噂を鵜呑みにして決めつけるなんておかしな話だし、貴女の姿を見ていて噂の方が間違ってるんじゃないかって思えてきた。
短絡的な判断でとても失礼なことを言った。未熟で申し訳なかった。これからは気をつけるわ。」


「別にいいのに。貴方はまだ10代の女の子なんだから間違いなんて仕方ないわよ。」 


 ミレイはキョトンとした顔をする。


「あなただってそうじゃないの?そんなに年が違うようには見えないけど。」


 アンナはぎくりとした。前世では30歳手前だったから、つい言ってしまったのだ。


「確かにそうだけど……ほら、私の方がちょっとお姉さんだから。」


「何それ?まぁいいけど。」


 フフッと笑いながらミレイが言った。我ながら苦しい言い訳だったと思うが、ミレイが気にしていない様子でアンナは安心した。


「……それで、もう行くの?」


 ミレイの質問にアンナは頷く。そっか、とミレイは少し寂しそうに言った。


「目的は果たしたし、これだけ派手に暴れれば追手が来るから。」


「そう。シュナン先輩も、行かれるんですよね……」


「うん。もう決めたんだ。」


 ミレイは胸の前で手を握り締めた。


「今回の薬のこと、私の胸の中に留めておきます。私では力不足ですが、精一杯頑張るので、学園のことは任せてください。」


 ダミクに殺意を向けられて、怯えていた時はどうなることかと思ったが、流石にヒロインは心根が強い。ミレイはきっとこれからも成長して、強く歩いていくだろう。


 アンナはそういえばと思い出して、闇の中から一つだけ残しておいた薬瓶を取り出した。


「アンナ、その薬瓶……」


 ロキが伺うような目線を投げてきている。


「使う訳じゃないけど、一本拝借させてもらったの。何か手がかりがないかと思って。」


 アンナの手の中の鈍い緑色の薬瓶は、何の飾りもない無機質なものだった。


「仕事してる時にちょっと噂には聞いててね。この学園だけじゃない。いるのよ。違法薬をばら撒いて金に変えてる輩が。」


――そして私は知っているのよ。


 アンナはその先は口には出さず、心の中で続けた。


――この薬は次に会いに行く悪役がアンナ・リリスわたしに飲ませるために作った薬だって。


 濁った液体の入った薬瓶はアンナの険しい表情を映し出していた。
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