尽くした男に捨てられ悪に堕ちた令嬢は悪役ハーレムを築き上げ復讐する

秋風ゆらら

文字の大きさ
15 / 25
ルーハドルツ編

これじゃどっちが誘拐犯か分からないわね

しおりを挟む

 アンナはカルムの魔法で学園本部の建物から移動した。
 アンナが降り立ったのは以前誘拐されて連れてこられた部屋とは別の部屋だった。あの部屋と同じで生活感のない部屋だ。
 辺りを見渡してもカルムと自分しかいない。


「あら、二人は?」


「別の場所に飛ばした。少し君と二人きりで話がしたかったから。」


 そう言うと、カルムはアンナの腕を掴んで自分の方へ引いた。突然のことで驚いたアンナは、なされるがままカルムの方に倒れ込んだ。そのままきつく抱き締められた。
 この前とは違う。捕らえることが目的というよりは縋り付いてきているような抱き締め方だった。強い魔法を使った後で、カルムの身体は熱を持っていた。


「ずっと考えてたんだ。君に『気の毒な境遇』だって言われて。
みんな言うよ。家柄、容姿、魔力全て持って生まれた僕を羨ましいって。だけど羨ましがられている僕自身はこの生活を少しも幸せだと思えなかった。
シュナン家の後継になる責任は重いし、魔法の訓練ばかりで友達と遊ぶ時間もない。
だけど周りの人たちは幸せな境遇と呼ぶから、幸せに思えない僕自身に欠陥があるんだって思ってたんだ。」


「それは、辛かったでしょうね……」


 カルムの表情は見えない。けれど、いつものようにどこか作ったようなキザな話し方ではなくて、まるで幼子が助けを求めるような声だった。多分、顔を見せたくないからアンナを抱き締めたのだろう。


「そうだね。だけど君に気の毒だって言ってもらえたすごく救われた気がした。
多分僕はそう言ってくれる相手がずっと……欲しかったんだなって。」


 アンナはカルムの等身大の姿にやっと触れられた気がした。


「貴方のお父様、貴方の気を悪くさせたいわけじゃないのだけれど、とても貴方自身の幸せを考えているようには見えなかった。
貴方はシュナン家の人間である前に貴方なんだから。自分の幸せを考えてもいいのよ。」


「……うん。迷ったけれど、一度自分のやりたいように行動してみようって決心したよ。それなら僕は君のそばにいたいって思ったんだ。」
 

 カルムはアンナの身体を少し離すと、アンナの顔を見つめて言った。


「アンナ、僕を攫ってくれるかい?」


 カルムに真剣な顔で見つめられて、アンナは頬に熱が昇ってくるのを感じた。誤魔化すように少し笑ってからアンナは答えた。


「もちろんよ。だけど、これじゃどっちが誘拐犯か分からないわね。」 



✳︎✳︎✳︎✳︎



 ロキとミレイと合流すると、罰が悪そうな表情でミレイがアンナに話しかけてきた。


「あの……その、悪かったわ。」


「えっ?」


 ミレイは顔を真っ赤にしていた。


「貴女の言う通り、確かに周りの噂を鵜呑みにして決めつけるなんておかしな話だし、貴女の姿を見ていて噂の方が間違ってるんじゃないかって思えてきた。
短絡的な判断でとても失礼なことを言った。未熟で申し訳なかった。これからは気をつけるわ。」


「別にいいのに。貴方はまだ10代の女の子なんだから間違いなんて仕方ないわよ。」 


 ミレイはキョトンとした顔をする。


「あなただってそうじゃないの?そんなに年が違うようには見えないけど。」


 アンナはぎくりとした。前世では30歳手前だったから、つい言ってしまったのだ。


「確かにそうだけど……ほら、私の方がちょっとお姉さんだから。」


「何それ?まぁいいけど。」


 フフッと笑いながらミレイが言った。我ながら苦しい言い訳だったと思うが、ミレイが気にしていない様子でアンナは安心した。


「……それで、もう行くの?」


 ミレイの質問にアンナは頷く。そっか、とミレイは少し寂しそうに言った。


「目的は果たしたし、これだけ派手に暴れれば追手が来るから。」


「そう。シュナン先輩も、行かれるんですよね……」


「うん。もう決めたんだ。」


 ミレイは胸の前で手を握り締めた。


「今回の薬のこと、私の胸の中に留めておきます。私では力不足ですが、精一杯頑張るので、学園のことは任せてください。」


 ダミクに殺意を向けられて、怯えていた時はどうなることかと思ったが、流石にヒロインは心根が強い。ミレイはきっとこれからも成長して、強く歩いていくだろう。


 アンナはそういえばと思い出して、闇の中から一つだけ残しておいた薬瓶を取り出した。


「アンナ、その薬瓶……」


 ロキが伺うような目線を投げてきている。


「使う訳じゃないけど、一本拝借させてもらったの。何か手がかりがないかと思って。」


 アンナの手の中の鈍い緑色の薬瓶は、何の飾りもない無機質なものだった。


「仕事してる時にちょっと噂には聞いててね。この学園だけじゃない。いるのよ。違法薬をばら撒いて金に変えてる輩が。」


――そして私は知っているのよ。


 アンナはその先は口には出さず、心の中で続けた。


――この薬は次に会いに行く悪役がアンナ・リリスわたしに飲ませるために作った薬だって。


 濁った液体の入った薬瓶はアンナの険しい表情を映し出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...