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ハーベノム編
早く話さないと貴方死ぬわよ
しおりを挟む翌朝、アンナはロキとカルムをピグミーハウスのリビングへ呼んだ。
「これからのことだけど、この薬を作った魔術師に会いに行こうと思うの。」
アンナはルーハドルツで回収した薬瓶を机に置いた。
「あの薬は欠陥品だったけど、完成品があるかもしれない。それが手に入れば良いし、手に入らないにしてもこの薬を作ったのが高度な魔術師であることは間違いない。その人物を味方につけられたら良いと思って。」
「確かに魔力を強化する薬を作れる魔術師は稀だ。勇者くんとの戦いでは結局魔力の強さがものをいうだろうし、君の考えは理解できる。
とはいっても、売人は早々逃げてしまったし、あまりにも情報がないよ。」
「……そうね。」
あの薬を作ったのが誰なのか、アンナは前世でプレイしたゲームの知識で知っている。とはいえ、アンナがそれを知っていることは本来あり得ないことだ。少し苦しいが、仕事をする中で手がかりを得たというシナリオで、ひとまず次の悪役がいるであろう街に行くことを提案しようと考えていた。
アンナが話を続けようとした時、ロキとカルムが一斉に入り口の方を向いた。アンナもピグミーハウスの外から魔力の気配を感じた。
「アンナ、誰かがここに入ってこようとしている。」
ロキがピグミーハウスの出口の方を睨みながらそう言った。
「……追っ手かしら?」
「恐らくね。」
カルムが答える。
外にはカルムが張った結界がある。結界は魔法の攻撃から身を守る防壁にもなるし、上達すれば外から見えなくしたり、魔法の気配を隠したりできる。
アンナ達が警戒しながら外に出ると、中年の男が結界を壊そうと拳で殴りつけていた。恐らく男の魔法だろう。男の腕は肘から先が石のようになっていた。
《闇の鞭》
アンナは男を縛り上げる。
「闇の魔女!」
アンナの姿を見て男が声を上げた。ぼろ切れのようなみすぼらしい服を着た男だった。
仲間が潜んでいる可能性を考えて魔力の気配を探ったが、他の魔術師がいる様子はなかった。
「どうしてここが分かったの?」
「俺は指示された場所に来ただけだ!魔力探知が得意な奴が他にいたんだろうよ。」
「そう。目的と貴方に依頼したのは誰か、教えなさい。」
「ああ?!誰が答えるかよ!」
アンナは拘束を強める。
「早く話さないと貴方死ぬわよ。闇の魔法は生き物の生気を奪えるの。」
アンナも人を必要以上に傷つけたくはない。実際には生気を吸ってはいないが脅しをかけた。
魔力を使い過ぎたのだろうか。心なしか男の呼吸が荒い気がする。
「……あー、くそっ、わかったよ!
マドル家の奴に脅されてやったんだ!」
「……マドル家?あの伯爵家の……。」
「そうだよ!闇の魔法を使える女を攫って来いって。」
「……狙いは私。」
男の言葉を繰り返しながらアンナは考える。相手がマドル家の人間なら十分にあり得る話だと。
次に会いに行こうとしている悪役、ユリス・マドルはハーベノムという村にいる伯爵家、マドル家の子なのだ。子とはいっても嫡子ではなく実際には養子だ。まだ14歳だから当主ではない。けれど実質的にマドル家の権力を握っているのはユリスだ。
ユリスは元々、闇の魔法を使える人間を作り出すため秘密裏に創設された研究施設に売られた実験体の一人。器量の良さからマドル家に売られることになり、それから毒の魔法を使って脅しと殺害を繰り返し次期当主の座まで昇り詰めた。
「アンナ、こいつ様子がおかしい。」
ロキの言う通りだった。顔色が悪いし、先ほどよりもさらに呼吸が荒くなってきている。
「おいっ、話したんだからもうやめろよ。」
「私、何もしてないわ!」
思えば会った時から具合が悪そうな様子だった。そして、この男を差し向けた相手がマドル家ならその可能性はある。
「……まさか、毒を盛られていたの?」
アンナがそう呟いた時、男は意識を失って力無く倒れた。アンナは慌てて魔法を解いて男を地面に下ろす。
「カルム、回復魔法を!」
カルムは静かに首を振る。
「根本的な解決にはならないよ。延命はできるかもしれないけど、解毒薬を飲ませるか、魔法をかけた本人が解除するかだね。」
「それって………」
アンナはそれより先のことを言葉にできなかった。
倒れてから間も無く男は息を引き取った。
アンナは考えていた。
アンナを本気で攫おうとしていたとして、大して魔力が強くもない人間一人に任せるだろうか。この男はまるでマドル家の人間が自分を狙っている。その事実を伝えるためだけに派遣されたかのようだ。
「ロキ、カルム。私、ハーベノムへ向かおうと思うの。」
「……この男を送り込んだ者が君を狙っているんだろう?」
いつになく真剣な表情でカルムが尋ねてくる。
「危険なのは承知よ。
実は執政官をしていた時、魔力強化の薬の出どころを調べていて、ハーベノム村が怪しいんじゃないかって話になったの。結局、その時は何も証拠がなくて調査は打ち切りになったんだけど。毒の魔法使いなら薬も作れるでしょう。」
執政官の時の話は出まかせだが、二人に納得してもらうためには、他にもハーベノムに向かう根拠が必要だとアンナは判断した。
「マドル家の人の魔法は植物を操る魔法だったよね?」
カルムが男の死体を横目で見ながら言った。
「植物には毒を持つものもあるし、薬になるものもある。植物を操るだけに止まらず、毒や薬の研究にも力を入れてるとしたらどう?マドル家は植物園も持っているし……」
「いいよ。アンナが言うなら僕は行く。」
アンナとカルムの会話を黙って聞いていたロキが口を開いた。
「その男の死因は分からない。だが、仮にその男が毒殺されたのだとしたら、僕たちのところに辿り着いてから死ぬよう毒の量を調整したことになる。それならば敵は相当毒の扱いに長けているし、頭が回る。向こうから来るのを待つよりこちらから行くというのも手だろう。」
ロキは人が目の前で死ぬという状況に慣れているのだろう。いつもと変わらない様子で淡々と話していた。
「別に僕は反対している訳じゃないさ。ただ敵地に乗り込む危険性を確認しておきたかっただけだよ。うちのお姫様が行くなら僕もついて行くよ。」
「ありがとう、二人とも。それじゃあ、次の目的地はハーベノム村に決まりね。」
アンナは男の死体に向かってそっと手を合わせてから、ハーベノムの方向へ足を踏み出した。
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