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『弱き者を守り導くことが、貴族の役目・・・我々エバンズ家の役目だよ。分かったかい?フィン。』

『・・・はい。父様。』


幼い頃から言われ続けたこと。
貴族に生まれたからこそ、生まれた瞬間から役目があるのだと父は言っていた。
勉強、武術、剣術、マナー、社交・・・数えればキリがない。


学ぶべきことは多く『貴族』としての自分を創っていく。


それは僕の心を、少しずつ、少しずつ、削っていくようだった。



『孤、児院・・・ですか?』

『ああ。社会勉強だと思って行ってきなさい。お前と同じくらいの年頃の子も多い。話が合うかもしれないよ。』

『・・・わかりました。』



孤児院への視察も貴族の役目らしい。
兄も別の孤児院に行っていたとかなんとか。
これもまた僕の貴族の顔を創るための一つの手段。


いつものように、こなせばいい。

この時はそう思っていた。




僕が訪れた孤児院は、二つ隣の町の外れにあるところだった。
建物自体は小さいが、森に繋がっていて庭が広い。
馬車で向かうと、高齢のシスターが門で待っていた。
しばらくシスターの話を聞いたあと『自由に子どもたちと触れ合ってください』と送り出された。

自由に、か。
難しい課題だなと思いつつ、文字が読めない子には絵本を読み、魔力を持つ子には簡単な魔法を教えているうちにあっという間に時間は過ぎていった。

そうしているうちに一人の子どもが『アル兄がいない』と泣き出すものだから、よくよく話を聞いてみると恐らく一人で森にいるのだろうということだった。

少し暗くなってきて、僕もそろそろ帰らねばならない。だが、こんな小さな子を泣かせたままも気が引ける。

『僕が探してきてあげる』と、付き添いの者達には子ども達の面倒を見るように命じ、一人でその『アル兄』を森に探しに行くことにした。




さほど手が入っていないのだろう。
森の中は木が倒れていたり、草が伸びっぱなしであったり。
公爵家の庭とは雲泥の差があったが、自然そのものを肌で感じられているような気がして気持ちが良かったのを覚えている。


しばらく歩いていくと、小さな池が見えてきた。夕陽が差し込み、水面が橙色に輝いている。
そこに近づくにつれ、花の甘い香りまでする。水辺に花でも咲いているのだろうか。



『ーー、ーーーろ?ーーった、』


少し高い男の声が聞こえる。恐らく『アル兄』だろう。
一人で居るはずだが、何人かで遊んでいたのだろうか?
誰かと話しているようだった。


構わず池に近づいていく。
すると池の周りには色とりどりの花が咲き誇っていて、芳醇な花の香りが胸いっぱいに広がった。




『分かった、分かったって。魔力はまた明日やるって。もう今日は十分やっただ、ちょっ、やめろってば!あははは!』




そこに居たのは切り株に座る一人の黒髪の少年と、ふわふわ光り輝く妖精だった。

妖精は少年の周りを飛び回り、彼に何か話しかけているようだった。
飛び回るたび花がそこら中に咲いていくようで、花はどんどん増えていった。
妖精は飛び回りながら体に触れていてそれが余程くすぐったいのか、少年は頬を赤らめ、笑いをこぼす。




その光景があまりにも幻想的で、綺麗で、儚くて。
僕の口からは何も言葉が出てこなかった。



僕が呆然と立ち尽くしていると、少年がこちらに気づいた。
その瞳は、髪と同じ黒、とても可愛らしい顔立ちの少年。
僕を見て怪訝そうな顔をしたあと、妖精に何か告げると妖精はすぐに姿を消し、辺りに咲いていた花も同じように消えていった。



『・・・お前、誰。何か用?』

『・・・・・・ぼ、くは・・・っ、』

『どうせ貴族だろ。俺のことなら、養子にするような子どもじゃなかったって伝えといてくれ。早く自分の屋敷にでも戻れよ。』

『・・・・・・っ、』

『・・・はぁ。そろそろ俺は戻る。ジョージが泣いてるだろうしな。じゃあな。』

『っ!!ま、待って、うわっ、』



スタスタ僕の横を通り過ぎていく彼は、頭ひとつ分小さい。
慌てて追いかけようと振り返った時、足に木の枝が引っかかり、足がもつれてその場に倒れ込む。


『・・・・・・痛っ・・・っ』


小さな枝でも刺さったのか、手のひらに血が滲む。
回復魔法は苦手な上に、自分にはさほど効果はない。とりあえず池の水で手を洗ってーーー・・・

『・・・何やってんだよ。手出せ。』

『・・・へ?』

顔を上げると、先ほどの少年がすぐ近くに立っていた。
自分で手を差し出すよりも早く、僕の手は一回り小さな手に包まれていた。
優しい魔力を感じ、淡い光が僕の手を包む。
すると、あっという間に傷は跡形もなく消えていた。


『・・・悪かったよ、嫌な態度とって。最近見定めに来る貴族が多くて・・・イライラしてたんだ。詫びにこれもやる。・・・じゃあな、気をつけて帰れよ。』

『・・・・・・え、あ・・・』


少年はまたスタスタと孤児院の方に戻っていき、僕の手には小さな薄桃色のトラリスの花だけが残った。
先ほど妖精が出した花の残りだろうか。
トラリスの花自体は公爵家の庭にも植えてあるなんて事ない花なのに。



『・・・・・・甘くて、いい匂い。』


誰も居なくなった森の中で、僕は心のざわつきが治らず、しばらく動けなかった。
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